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第四話『王都ヴェルスタット』
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メディス村で一夜を明かした俺達は、馬に乗り王都を目指す。
エルザは昨日と同じように俺の後ろに乗り、腰をギュッと掴んでいる。
メディス村を出てからは道なりに進んでいるが、たまにすれ違う商人や冒険者は居たものの、魔物に出会うことはなかった。
きっと昨日のゴブリンが五匹も出てくることが稀だったのだろう。
◇
休憩を挟みつつ、三時間ほど馬を走らせると、小高い丘が見えてきた。
「あの丘を超えると王都が見えてくるわ!」
後ろで叫ぶエルザの言うとおり、丘を超えると王都が見えてきた。
最初に驚いたのは王都のある場所だ。王都の周辺はスレイン公国の城下町並に巨大な外壁で囲まれているのだが、更にその周囲には四方を流れる川で囲まれている。
王都の直ぐ傍には、王都がすっぽり入るくらい巨大な湖があり、その中心に白く輝く城が浮かんでいる。
外壁と川によって守られたこの王都を攻めるのは容易いことではないだろう。まさに天然の要塞といったところか。
「キレイでしょ? 王都ヴェルスタットは別名【水の都】とも呼ばれているのよ」
エルザが自慢するように言うが……なるほど、確かに自慢したくなるのも良く分かる。
これほど美しい都市や城は見たことがない。
王都の人口はなんと三十万人だという。スレイン公国の城下町で確か十五万人と聞いていたので、単純に考えれば倍の規模である。
流石は、バルフレア大陸最大の冒険者ギルドがある都市といったところか。
王都前の門に辿り着くと、馬から降りる。国境門ほどではないが立派な造りの頑丈そうな門だ。
門には多くの冒険者や商人が並んでいる。地形の関係上入口がここしかないのも影響しているだろうが、かなり待つことになりそうだ。
◇
長い列に並んで待っていると、前方から冒険者と思われる二人組の話し声が聞こえる。
「聞いたか? 一週間前からクロムウェル侯爵家の長女が行方不明だそうだ。
探し出した者には、褒美とその長女を妻にすることが出来るそうだぜ」
「本当かよ!? クロムウェル侯爵家は確か男子は居ないんだよな?
ってことは、もしも探し出すことが出来たら次期クロムウェル侯爵ってことじゃねーか!」
「ああ。しかも、ヴェルスタット王国民でなくてもいいらしい。
更には、冒険者だろうとなんだろうと身分も関係ないってよ。
皆必死で探してるそうだぜ」
「そいつは凄いな!
ん? でもよ、それなら直ぐにでも見つかりそうなもんなのになんでまだ見つかってないんだ?
まさか、死んでるってオチじゃないだろうな?」
「いや、死んでるってことはないらしいぜ。
実はな、その長女ってのが凄腕の騎士だそうで、誰かに殺されたり攫われたりってことはまずないそうだ」
「んん? 何かおかしくねーか?
攫われてもいないのに行方不明ってのはよ?」
「俺も別の奴から聞いたから本当かどうかは分からんが、どうやら何か目的があって旅に出た、らしい」
「はあああ!? 侯爵家の長女が旅!?
一体全体どんな理由なんだろうな」
「それが分かれば苦労はしないだろうさ。
まぁ、それに運良く探し出せても、目的があって旅に出たって言うんならすんなりついて来てくれないだろうぜ。
しかも、凄腕の騎士ってんなら、多少腕に覚えがある程度じゃ太刀打ち出来ないだろうな」
「ったく、何だよ。じゃあ俺らにゃ万に一つも望みはねえな。
……ちなみにその長女とやらはどんな格好してるとか分かんのか?」
「俺も聞いた話しだけどな、流れるように美しい金髪と透き通るような蒼い瞳で、誰もが振り返るほどの美人だそうだ。
年齢は今年で二十歳になるんだってよ」
「へぇ……褒美や妻とかはともかく、一目見てみたいもんだな」
「全くだ……っと、順番が来たみたいだぜ。行くか」
そう言って、冒険者らしき二人は笑いながら門の向こう側へ向かう。
ほう、金髪に蒼い瞳か。最近見たことがあるな、俺とエルリックはその特徴に似ているエルザをジーッと見る。
但し、似ている部分は多いものの、エルザは少なくとも二十歳間近の女性には見えないし、ゴブリンに囲まれてピンチに陥っていたくらいだから、凄腕の騎士にも当てはまらないのだが……何か引っかかる。
「……何よ?」
エルザが俺達の視線から逃れるようにして、かろうじてその言葉を吐く。
気になるかならないかで言えば、もちろん気になる。
非常に気になるのだが、エルザが言いたくないのであれば無理に聞くのも何だか気が引けてしまう。
今ここで無理に聞かなくてもいい、まだ出会って一日しか経っていないのだ。
冒険者として一緒に過ごすのであれば、いずれ話してくれるだろう。
何より最初に理由は聞かないでと言われたのだ、ここで聞くのも失礼だろうと、俺は自分に言い聞かせ、この話を終わらせることにした。
「なに、ちょっと似てるなと思っただけさ。
世界には自分に似た人間が三人居ると聞くからな。
さぁ、もう直ぐ俺達の番になるし、この話は御終いにしよう」
そう言って俺はエルザに笑いかける。
エルリックは仕方ないな、といった感じで苦笑している。すまんな、これが俺の性分だ。
エリザは目を丸くしてこちらを見ている。
聞かないの? と思っているのだろうが、気にしない。
その後、何度か俯いたりこちらに顔を向けたりを繰り返していたが、最終的にはぷいっと顔を背けて一言「……ありがとう」と、だけ呟いた。
可愛い女の子に恥じらいながら礼を言われるのも悪くないな、と弄れた考えを抱きつつ、気にするなと俺は笑みを返す。
エルザは顔を真っ赤にしているが、どうしたのだろうか? 不思議に思っていると、
「我が弟は何とも罪深い男だね」
「何を言っているんだい、兄さん?」
「あー、分からないならいいさ。天然なのか鈍いのか……エルザは苦労しそうだな」
エルリックが意味の分からない事を俺に向かって言うが、どういうことか良く分からない。
誰が苦労するというのだろう?
そうこうしているうちに俺達の順番になったので、入口まで歩みを進める。
「王都ヴェルスタットにようこそ。
観光ですか? 商売? それとも冒険者?」
「冒険者になる予定です。
あ、すみません。身分証はないので冒険者ギルドで作ろうかと」
「そうですか。入都税に一人銅貨五枚必要ですが大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
そう答えて門番に三人分の入都税を払う。
冒険者になりに王都を訪れる者は多いのだろう、特に疑われることもなくすんなり入ることが出来た。
この世界の通貨はバルフレア大陸では全て統一されている。
統一通貨になったのは四百年前からだそうで、それ以前は各々の国家で独自の通貨があったという。
統一された理由は、四百年前の魔族侵攻によって疲弊した各国で話し合いを行なった結果だそうだ。
通貨の種類と価値についてだが、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、聖金貨となっている。
銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚、金貨百枚で白金貨一枚、白金貨百枚で聖金貨一枚だ。
但し、魔族の住んでいる魔大陸や、獣人が多く住んでいるフリュンゲル大陸では別の通貨が使われているらしい。
昨日泊まったメディス村の宿屋が、夕食と朝食付き風呂なしで一人銅貨十枚だったことを考えると、入都税は安くはないが高くもないといったところだろう。
門番に冒険者ギルドの場所を聞き、礼を言ってから向かおうとすると門番に呼び止められた。
「あぁ、そうだ。冒険者ギルドに行って冒険者登録する前に馬を売るなりしておいた方がいいですよ」
「馬を売る? 何故ですか?」
「馬を持っていれば確かに移動は便利ですが、冒険者にとっては逆に邪魔になるのです。
そうですね、例えば護衛の依頼を受けたとしましょう。考えてみて下さい。
馬に乗っていた場合と乗っていない場合とでの護衛対象を守る時にどちらが守りやすいのかを。
対象を守るという点では乗っていない方が圧倒的に守りやすいのです。
仮に馬を使用しない時には宿屋や馬留めなどで馬を預ける必要がありますが、それにもお金が掛かりますし、運が悪いと盗まれてしまうこともあります。
自分達の家を持っているのであれば良いでしょうが、王都に来たばかりの貴方達はもちろん持っていないでしょう?」
「そうですね、確かに俺達は王都に来たばかりなので家なんて持っていません。
しかし、盗まれることもあるのですか?」
俺が驚いて尋ねると、門番は苦虫を噛み潰したような表情で答える。
「定期的に王都騎士団が巡回していますので治安は良いのですが、王都は広いですし人口も多い。
残念ながら全てに目が届いているわけではないのです」
「そうですか。だったら、せっかく忠告して頂いたことですし、馬を売ろうと思います。
どこに行けば売れますか?」
「それでしたら、この道を真っ直ぐ進んで2番目の交差点を左に曲がったところに商業ギルドがあります。
そこでなら大抵のものは買ってくれますよ」
「有難うございます。じゃあまずは商業ギルドに行ってみます」
俺達は親切な門番に礼を言って、言われた道を行くことにする。
門をくぐり抜けた王都は道も建物も綺麗に整備されており、所々に木々も植えられている。
規則正しい町並みに感動していると、エルリックも同じように感じたようで目を細めていた。
門番に教えられた通りに進むと一際大きな建物が見える。
三階建ての建物の看板には、通貨五種をあしらった商業ギルドのシンボルマークが刻まれているので、ここが商業ギルドで間違いないだろう。
建物の中に入ると、中は様々な人達でごった返していた。
【買取専用窓口】と書かれた窓口を見つけたので、そこに座る女性に話しかける。
「商業ギルドへようこそ。
買い取りをご希望ですね。どういったものでしょうか?」
「外に留めてある馬を売りたいのですが……」
「馬の買い取りですね。
では早速拝見させて頂きます」
そう言って座っていた女性が奥にいた中年の男性を呼ぶ。どうやら査定専門の職員もいるようだ。
「ほほう。これはまた素晴らしい馬ですな!
この馬を二頭ともお売りになるということでよろしいですかな?」
「はい。幾らになるでしょうか?」
「これ程の馬となるとそうですね……
一頭当たり金貨三枚でいかがでしょう?」
普通の馬の相場が金貨一枚。ドミニクはかなり良い馬を用意してくれていたのだなと心の中で感謝する。
査定をしてくれた職員に査定額に問題ないことを告げて馬を渡し、先ほどの窓口の女性の所まで戻ると女性はニコリと笑いかけてきた。
「査定額にご満足頂けたようで何よりです。
ではこちらの書類に買い取り了承のサインをお願い致します」
女性から渡された書類に『カーマイン』とサインする。
「はい、確かに。これで買い取りは完了しました。
こちらが買い取り金額の金貨です。お確かめ下さい」
窓口の女性から金貨六枚を受け取り、俺達は商業ギルドを後にする。
城を出る際に持ち出した額が金貨四枚に銀貨一枚なので、今の所持金は金貨十枚に銅貨五十五枚ということになる。
城にいた時のことを考えるとなんということはない額だが、冒険者であることを考えるとかなりの大金だろう。
「さあ、今度こそ冒険者ギルドに行くか」
「そうね。早く行きましょう!」
エルザは冒険者になれるのが嬉しいのか、声も弾み足取りも軽い。
冒険者ギルドは商業ギルドほどではないが、それでも周りの建物と比べるとはるかに大きい。
看板には双剣と盾をあしらったシンボルマークが刻まれている。
ヴェルスタットの冒険者ギルドは、大陸にある全ての冒険者ギルドの本部という扱いになっており、冒険者の多くがこの場所を訪れる。
冒険者ギルドへ入ると、そこは商業ギルド以上に人で溢れていた。
受付は二十箇所ほどあるだろうか。受付に座っている女性は若い女性が多く、綺麗な人が多い。
どこの受付も埋まっているようなので暫く並んで待っていると、ようやく俺達の順番になる。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご用件は何かしら?」
「冒険者の登録をお願いします」
「畏まりました。パーティーの登録はどうするのかしら?」
「パーティーですか?」
「ええ。複数人で来られる方はパーティーの登録をされる方も多いものですから。
違っていたのならごめんなさいね」
「えーと、それじゃあパーティー登録も一緒にお願いします」
「畏まりました。それではこちらの書類に必要事項の記入をお願いしますね」
受付の赤髪の若い女性は、そう言って俺に冒険者登録用の書類三枚と、パーティー登録用の書類一枚を渡す。
俺達はその場で書類に必要事項を記入する。といっても記入するのは名前と年齢、戦闘スタイルくらいだ。
名前はもちろん『カーマイン』、年齢は十五歳、戦闘スタイルは『剣』と記入する。
問題はパーティー名の方だ。何も決めていなかったためエルリックとエルザに何か案はあるか聞いてみるが二人共返事は「「カーマインに任せる」」だった。
パーティー名か。特に決めてなかったからな。
後々のことを考えると下手な名前にも出来ないし。
……そういえば、スレイン城の古い書物の中に英雄について書かれていた一文があったな、それにするか。
俺はパーティー名も記入して全ての書類を受付の女性に渡す。
「個人用の冒険者登録用紙とパーティー登録用紙を受け取りました。
名前は『カーマイン』さん、『エルリック』さん、『エルザ』さんで間違いないかしら?
ええと、パーティー名は……『神へ至る道』で、メンバーはここにいる三名、リーダーはカーマインさんね?」
「はい」
俺がそう答えると、受付の女性は書類に一枚ずつ処理をしているようで何やら記入していく。
「はい、これで個人とパーティーの登録は完了したわよ。
そしてこれが登録証になるわ。
初回は無料だけど、万一紛失しちゃった場合の再発行には、銀貨一枚が必要になるからくれぐれも注意してね」
受付の女性から真新しい登録証を受け取るとそこには名前とパーティー名、そして鉄等級の証である鉄の素材で出来ていた。
冒険者の等級は鉄から始まり、銅、銀、金、ミスリル、オリハルコン、そして最高級のアダマンタイトの七等級まで存在する。
「細かい規定についてはこっちの冊子を読んでもらうとして、何か聞いておきたいことはあるかしら?」
「そうですね。『軍団』についてお聞きしたいのですが、どうすれば立ち上げることが出来ますか?」
「『軍団』ですって? 登録して直ぐに『軍団』の事を聞く冒険者は初めてよ。
『軍団』を立ち上げるには、金等級冒険者が三名以上所属していること、構成員が最低十名以上いることが条件になるわ。
後は、『軍団』の中にも等級があって、銅、銀、金、白金と四つの等級があるの。
『軍団』の数はバルフレア大陸で百以上あるけれど、その中で白金に到達しているのは『聖女騎士団』だけね」
「そうですか、有難うございます。
ついでにお聞きしますが、冒険者の最高等級、アダマンタイトは現在いますか?」
「アダマンタイトですって!? はぁ……その等級の冒険者は一人も居ないわ。
そもそも冒険者ギルドが創設されてから一人も現れたことがない、まさに幻の冒険者よ?
オリハルコン級冒険者だって五名しか居ないんだから」
どうやら、アダマンタイト級冒険者は未だかつて一人も現れたことがないようだ。
どうすればなれるのか気にはなるが、冒険者になりたての鉄等級が聞いたところで頭のおかしい奴だと思われるのが関の山だ。
それに受付の女性が知るところではないと思われるのでやめておく。
「有難うございます。
そうだ、これの処理手続きをしたいんですが、ここでお願いできますか?」
俺は先日狩ったゴブリンの耳の入った袋を受付の女性に渡す。
「これはゴブリンの耳ね。えぇ、ここで出来るわ。
五匹分だから銅貨五十枚ね。
後は、功績ポイントが三人にそれぞれ二十五ポイントずつ加算されるから登録証をこちらに渡してちょうだい」
三人とも登録証を渡すと受付の女性は登録証に呪文を唱えながらペンで何かを書いているようだが、書かれた文字は直ぐに消えてしまう。
どうやら、あのペンで呪文を唱えながら書く事で、登録証に依頼の成否や狩りの実績などを入力出来るようだ。
「登録証は返すわね。後、こっちが報酬の銅貨だから後で確認してちょうだい。
それと、後七十五ポイントで銅等級に上がれるわよ。
本来であれば、上の等級に上がるには魔物の討伐回数が一定以上必要なんだけど、今回でその要件は満たしてるから安心して。
何か依頼を受けたいのであれば、向こうの掲示板に貼られているから見てみるといいわ。
但し、自分の等級より上の依頼は受けることが出来ないから注意してね」
そう言って受付の女性が登録証と銅貨五十枚を渡してくれた。
俺達は礼を言って早速掲示板に向かう。
「エルザは何か受けたいものはあるかい?」
「そうね。これなんかどうかしら?」
そう言ってエルザが渡してきたのは『ゴブリン討伐依頼』の紙だった。
内容は王都の南にある森の近くに住み着いているゴブリンを退治するというもので、期限は十日。報酬はゴブリン一匹につき銅貨十枚。
更にゴブリンの種類によって報酬額が変わるとのこと。
「昨日あんなことがあったばかりなのに、懲りないな……」
「本当に……」
俺とエルリックが呆れた顔でそう告げる。
「あの時は一人だったからノーカウントよ。……ねえ、ダメ?」
上目遣いで俺を見るエルザ。その表情は可愛らしい。
「ああ、もう! 分かったよ。分かったからそんな目で見るんじゃない」
俺が視線を逸らしながらそう答えると、エルザは嬉しそうな顔をしてはにかむ。
「じゃあ、早速受付の人に持って行きましょう!」
依頼票を持って嬉しそうに受付に向かうエルザの後ろを、俺とエルリックは苦笑しながらその後をついて行くのだった。
エルザは昨日と同じように俺の後ろに乗り、腰をギュッと掴んでいる。
メディス村を出てからは道なりに進んでいるが、たまにすれ違う商人や冒険者は居たものの、魔物に出会うことはなかった。
きっと昨日のゴブリンが五匹も出てくることが稀だったのだろう。
◇
休憩を挟みつつ、三時間ほど馬を走らせると、小高い丘が見えてきた。
「あの丘を超えると王都が見えてくるわ!」
後ろで叫ぶエルザの言うとおり、丘を超えると王都が見えてきた。
最初に驚いたのは王都のある場所だ。王都の周辺はスレイン公国の城下町並に巨大な外壁で囲まれているのだが、更にその周囲には四方を流れる川で囲まれている。
王都の直ぐ傍には、王都がすっぽり入るくらい巨大な湖があり、その中心に白く輝く城が浮かんでいる。
外壁と川によって守られたこの王都を攻めるのは容易いことではないだろう。まさに天然の要塞といったところか。
「キレイでしょ? 王都ヴェルスタットは別名【水の都】とも呼ばれているのよ」
エルザが自慢するように言うが……なるほど、確かに自慢したくなるのも良く分かる。
これほど美しい都市や城は見たことがない。
王都の人口はなんと三十万人だという。スレイン公国の城下町で確か十五万人と聞いていたので、単純に考えれば倍の規模である。
流石は、バルフレア大陸最大の冒険者ギルドがある都市といったところか。
王都前の門に辿り着くと、馬から降りる。国境門ほどではないが立派な造りの頑丈そうな門だ。
門には多くの冒険者や商人が並んでいる。地形の関係上入口がここしかないのも影響しているだろうが、かなり待つことになりそうだ。
◇
長い列に並んで待っていると、前方から冒険者と思われる二人組の話し声が聞こえる。
「聞いたか? 一週間前からクロムウェル侯爵家の長女が行方不明だそうだ。
探し出した者には、褒美とその長女を妻にすることが出来るそうだぜ」
「本当かよ!? クロムウェル侯爵家は確か男子は居ないんだよな?
ってことは、もしも探し出すことが出来たら次期クロムウェル侯爵ってことじゃねーか!」
「ああ。しかも、ヴェルスタット王国民でなくてもいいらしい。
更には、冒険者だろうとなんだろうと身分も関係ないってよ。
皆必死で探してるそうだぜ」
「そいつは凄いな!
ん? でもよ、それなら直ぐにでも見つかりそうなもんなのになんでまだ見つかってないんだ?
まさか、死んでるってオチじゃないだろうな?」
「いや、死んでるってことはないらしいぜ。
実はな、その長女ってのが凄腕の騎士だそうで、誰かに殺されたり攫われたりってことはまずないそうだ」
「んん? 何かおかしくねーか?
攫われてもいないのに行方不明ってのはよ?」
「俺も別の奴から聞いたから本当かどうかは分からんが、どうやら何か目的があって旅に出た、らしい」
「はあああ!? 侯爵家の長女が旅!?
一体全体どんな理由なんだろうな」
「それが分かれば苦労はしないだろうさ。
まぁ、それに運良く探し出せても、目的があって旅に出たって言うんならすんなりついて来てくれないだろうぜ。
しかも、凄腕の騎士ってんなら、多少腕に覚えがある程度じゃ太刀打ち出来ないだろうな」
「ったく、何だよ。じゃあ俺らにゃ万に一つも望みはねえな。
……ちなみにその長女とやらはどんな格好してるとか分かんのか?」
「俺も聞いた話しだけどな、流れるように美しい金髪と透き通るような蒼い瞳で、誰もが振り返るほどの美人だそうだ。
年齢は今年で二十歳になるんだってよ」
「へぇ……褒美や妻とかはともかく、一目見てみたいもんだな」
「全くだ……っと、順番が来たみたいだぜ。行くか」
そう言って、冒険者らしき二人は笑いながら門の向こう側へ向かう。
ほう、金髪に蒼い瞳か。最近見たことがあるな、俺とエルリックはその特徴に似ているエルザをジーッと見る。
但し、似ている部分は多いものの、エルザは少なくとも二十歳間近の女性には見えないし、ゴブリンに囲まれてピンチに陥っていたくらいだから、凄腕の騎士にも当てはまらないのだが……何か引っかかる。
「……何よ?」
エルザが俺達の視線から逃れるようにして、かろうじてその言葉を吐く。
気になるかならないかで言えば、もちろん気になる。
非常に気になるのだが、エルザが言いたくないのであれば無理に聞くのも何だか気が引けてしまう。
今ここで無理に聞かなくてもいい、まだ出会って一日しか経っていないのだ。
冒険者として一緒に過ごすのであれば、いずれ話してくれるだろう。
何より最初に理由は聞かないでと言われたのだ、ここで聞くのも失礼だろうと、俺は自分に言い聞かせ、この話を終わらせることにした。
「なに、ちょっと似てるなと思っただけさ。
世界には自分に似た人間が三人居ると聞くからな。
さぁ、もう直ぐ俺達の番になるし、この話は御終いにしよう」
そう言って俺はエルザに笑いかける。
エルリックは仕方ないな、といった感じで苦笑している。すまんな、これが俺の性分だ。
エリザは目を丸くしてこちらを見ている。
聞かないの? と思っているのだろうが、気にしない。
その後、何度か俯いたりこちらに顔を向けたりを繰り返していたが、最終的にはぷいっと顔を背けて一言「……ありがとう」と、だけ呟いた。
可愛い女の子に恥じらいながら礼を言われるのも悪くないな、と弄れた考えを抱きつつ、気にするなと俺は笑みを返す。
エルザは顔を真っ赤にしているが、どうしたのだろうか? 不思議に思っていると、
「我が弟は何とも罪深い男だね」
「何を言っているんだい、兄さん?」
「あー、分からないならいいさ。天然なのか鈍いのか……エルザは苦労しそうだな」
エルリックが意味の分からない事を俺に向かって言うが、どういうことか良く分からない。
誰が苦労するというのだろう?
そうこうしているうちに俺達の順番になったので、入口まで歩みを進める。
「王都ヴェルスタットにようこそ。
観光ですか? 商売? それとも冒険者?」
「冒険者になる予定です。
あ、すみません。身分証はないので冒険者ギルドで作ろうかと」
「そうですか。入都税に一人銅貨五枚必要ですが大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
そう答えて門番に三人分の入都税を払う。
冒険者になりに王都を訪れる者は多いのだろう、特に疑われることもなくすんなり入ることが出来た。
この世界の通貨はバルフレア大陸では全て統一されている。
統一通貨になったのは四百年前からだそうで、それ以前は各々の国家で独自の通貨があったという。
統一された理由は、四百年前の魔族侵攻によって疲弊した各国で話し合いを行なった結果だそうだ。
通貨の種類と価値についてだが、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、聖金貨となっている。
銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚、金貨百枚で白金貨一枚、白金貨百枚で聖金貨一枚だ。
但し、魔族の住んでいる魔大陸や、獣人が多く住んでいるフリュンゲル大陸では別の通貨が使われているらしい。
昨日泊まったメディス村の宿屋が、夕食と朝食付き風呂なしで一人銅貨十枚だったことを考えると、入都税は安くはないが高くもないといったところだろう。
門番に冒険者ギルドの場所を聞き、礼を言ってから向かおうとすると門番に呼び止められた。
「あぁ、そうだ。冒険者ギルドに行って冒険者登録する前に馬を売るなりしておいた方がいいですよ」
「馬を売る? 何故ですか?」
「馬を持っていれば確かに移動は便利ですが、冒険者にとっては逆に邪魔になるのです。
そうですね、例えば護衛の依頼を受けたとしましょう。考えてみて下さい。
馬に乗っていた場合と乗っていない場合とでの護衛対象を守る時にどちらが守りやすいのかを。
対象を守るという点では乗っていない方が圧倒的に守りやすいのです。
仮に馬を使用しない時には宿屋や馬留めなどで馬を預ける必要がありますが、それにもお金が掛かりますし、運が悪いと盗まれてしまうこともあります。
自分達の家を持っているのであれば良いでしょうが、王都に来たばかりの貴方達はもちろん持っていないでしょう?」
「そうですね、確かに俺達は王都に来たばかりなので家なんて持っていません。
しかし、盗まれることもあるのですか?」
俺が驚いて尋ねると、門番は苦虫を噛み潰したような表情で答える。
「定期的に王都騎士団が巡回していますので治安は良いのですが、王都は広いですし人口も多い。
残念ながら全てに目が届いているわけではないのです」
「そうですか。だったら、せっかく忠告して頂いたことですし、馬を売ろうと思います。
どこに行けば売れますか?」
「それでしたら、この道を真っ直ぐ進んで2番目の交差点を左に曲がったところに商業ギルドがあります。
そこでなら大抵のものは買ってくれますよ」
「有難うございます。じゃあまずは商業ギルドに行ってみます」
俺達は親切な門番に礼を言って、言われた道を行くことにする。
門をくぐり抜けた王都は道も建物も綺麗に整備されており、所々に木々も植えられている。
規則正しい町並みに感動していると、エルリックも同じように感じたようで目を細めていた。
門番に教えられた通りに進むと一際大きな建物が見える。
三階建ての建物の看板には、通貨五種をあしらった商業ギルドのシンボルマークが刻まれているので、ここが商業ギルドで間違いないだろう。
建物の中に入ると、中は様々な人達でごった返していた。
【買取専用窓口】と書かれた窓口を見つけたので、そこに座る女性に話しかける。
「商業ギルドへようこそ。
買い取りをご希望ですね。どういったものでしょうか?」
「外に留めてある馬を売りたいのですが……」
「馬の買い取りですね。
では早速拝見させて頂きます」
そう言って座っていた女性が奥にいた中年の男性を呼ぶ。どうやら査定専門の職員もいるようだ。
「ほほう。これはまた素晴らしい馬ですな!
この馬を二頭ともお売りになるということでよろしいですかな?」
「はい。幾らになるでしょうか?」
「これ程の馬となるとそうですね……
一頭当たり金貨三枚でいかがでしょう?」
普通の馬の相場が金貨一枚。ドミニクはかなり良い馬を用意してくれていたのだなと心の中で感謝する。
査定をしてくれた職員に査定額に問題ないことを告げて馬を渡し、先ほどの窓口の女性の所まで戻ると女性はニコリと笑いかけてきた。
「査定額にご満足頂けたようで何よりです。
ではこちらの書類に買い取り了承のサインをお願い致します」
女性から渡された書類に『カーマイン』とサインする。
「はい、確かに。これで買い取りは完了しました。
こちらが買い取り金額の金貨です。お確かめ下さい」
窓口の女性から金貨六枚を受け取り、俺達は商業ギルドを後にする。
城を出る際に持ち出した額が金貨四枚に銀貨一枚なので、今の所持金は金貨十枚に銅貨五十五枚ということになる。
城にいた時のことを考えるとなんということはない額だが、冒険者であることを考えるとかなりの大金だろう。
「さあ、今度こそ冒険者ギルドに行くか」
「そうね。早く行きましょう!」
エルザは冒険者になれるのが嬉しいのか、声も弾み足取りも軽い。
冒険者ギルドは商業ギルドほどではないが、それでも周りの建物と比べるとはるかに大きい。
看板には双剣と盾をあしらったシンボルマークが刻まれている。
ヴェルスタットの冒険者ギルドは、大陸にある全ての冒険者ギルドの本部という扱いになっており、冒険者の多くがこの場所を訪れる。
冒険者ギルドへ入ると、そこは商業ギルド以上に人で溢れていた。
受付は二十箇所ほどあるだろうか。受付に座っている女性は若い女性が多く、綺麗な人が多い。
どこの受付も埋まっているようなので暫く並んで待っていると、ようやく俺達の順番になる。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご用件は何かしら?」
「冒険者の登録をお願いします」
「畏まりました。パーティーの登録はどうするのかしら?」
「パーティーですか?」
「ええ。複数人で来られる方はパーティーの登録をされる方も多いものですから。
違っていたのならごめんなさいね」
「えーと、それじゃあパーティー登録も一緒にお願いします」
「畏まりました。それではこちらの書類に必要事項の記入をお願いしますね」
受付の赤髪の若い女性は、そう言って俺に冒険者登録用の書類三枚と、パーティー登録用の書類一枚を渡す。
俺達はその場で書類に必要事項を記入する。といっても記入するのは名前と年齢、戦闘スタイルくらいだ。
名前はもちろん『カーマイン』、年齢は十五歳、戦闘スタイルは『剣』と記入する。
問題はパーティー名の方だ。何も決めていなかったためエルリックとエルザに何か案はあるか聞いてみるが二人共返事は「「カーマインに任せる」」だった。
パーティー名か。特に決めてなかったからな。
後々のことを考えると下手な名前にも出来ないし。
……そういえば、スレイン城の古い書物の中に英雄について書かれていた一文があったな、それにするか。
俺はパーティー名も記入して全ての書類を受付の女性に渡す。
「個人用の冒険者登録用紙とパーティー登録用紙を受け取りました。
名前は『カーマイン』さん、『エルリック』さん、『エルザ』さんで間違いないかしら?
ええと、パーティー名は……『神へ至る道』で、メンバーはここにいる三名、リーダーはカーマインさんね?」
「はい」
俺がそう答えると、受付の女性は書類に一枚ずつ処理をしているようで何やら記入していく。
「はい、これで個人とパーティーの登録は完了したわよ。
そしてこれが登録証になるわ。
初回は無料だけど、万一紛失しちゃった場合の再発行には、銀貨一枚が必要になるからくれぐれも注意してね」
受付の女性から真新しい登録証を受け取るとそこには名前とパーティー名、そして鉄等級の証である鉄の素材で出来ていた。
冒険者の等級は鉄から始まり、銅、銀、金、ミスリル、オリハルコン、そして最高級のアダマンタイトの七等級まで存在する。
「細かい規定についてはこっちの冊子を読んでもらうとして、何か聞いておきたいことはあるかしら?」
「そうですね。『軍団』についてお聞きしたいのですが、どうすれば立ち上げることが出来ますか?」
「『軍団』ですって? 登録して直ぐに『軍団』の事を聞く冒険者は初めてよ。
『軍団』を立ち上げるには、金等級冒険者が三名以上所属していること、構成員が最低十名以上いることが条件になるわ。
後は、『軍団』の中にも等級があって、銅、銀、金、白金と四つの等級があるの。
『軍団』の数はバルフレア大陸で百以上あるけれど、その中で白金に到達しているのは『聖女騎士団』だけね」
「そうですか、有難うございます。
ついでにお聞きしますが、冒険者の最高等級、アダマンタイトは現在いますか?」
「アダマンタイトですって!? はぁ……その等級の冒険者は一人も居ないわ。
そもそも冒険者ギルドが創設されてから一人も現れたことがない、まさに幻の冒険者よ?
オリハルコン級冒険者だって五名しか居ないんだから」
どうやら、アダマンタイト級冒険者は未だかつて一人も現れたことがないようだ。
どうすればなれるのか気にはなるが、冒険者になりたての鉄等級が聞いたところで頭のおかしい奴だと思われるのが関の山だ。
それに受付の女性が知るところではないと思われるのでやめておく。
「有難うございます。
そうだ、これの処理手続きをしたいんですが、ここでお願いできますか?」
俺は先日狩ったゴブリンの耳の入った袋を受付の女性に渡す。
「これはゴブリンの耳ね。えぇ、ここで出来るわ。
五匹分だから銅貨五十枚ね。
後は、功績ポイントが三人にそれぞれ二十五ポイントずつ加算されるから登録証をこちらに渡してちょうだい」
三人とも登録証を渡すと受付の女性は登録証に呪文を唱えながらペンで何かを書いているようだが、書かれた文字は直ぐに消えてしまう。
どうやら、あのペンで呪文を唱えながら書く事で、登録証に依頼の成否や狩りの実績などを入力出来るようだ。
「登録証は返すわね。後、こっちが報酬の銅貨だから後で確認してちょうだい。
それと、後七十五ポイントで銅等級に上がれるわよ。
本来であれば、上の等級に上がるには魔物の討伐回数が一定以上必要なんだけど、今回でその要件は満たしてるから安心して。
何か依頼を受けたいのであれば、向こうの掲示板に貼られているから見てみるといいわ。
但し、自分の等級より上の依頼は受けることが出来ないから注意してね」
そう言って受付の女性が登録証と銅貨五十枚を渡してくれた。
俺達は礼を言って早速掲示板に向かう。
「エルザは何か受けたいものはあるかい?」
「そうね。これなんかどうかしら?」
そう言ってエルザが渡してきたのは『ゴブリン討伐依頼』の紙だった。
内容は王都の南にある森の近くに住み着いているゴブリンを退治するというもので、期限は十日。報酬はゴブリン一匹につき銅貨十枚。
更にゴブリンの種類によって報酬額が変わるとのこと。
「昨日あんなことがあったばかりなのに、懲りないな……」
「本当に……」
俺とエルリックが呆れた顔でそう告げる。
「あの時は一人だったからノーカウントよ。……ねえ、ダメ?」
上目遣いで俺を見るエルザ。その表情は可愛らしい。
「ああ、もう! 分かったよ。分かったからそんな目で見るんじゃない」
俺が視線を逸らしながらそう答えると、エルザは嬉しそうな顔をしてはにかむ。
「じゃあ、早速受付の人に持って行きましょう!」
依頼票を持って嬉しそうに受付に向かうエルザの後ろを、俺とエルリックは苦笑しながらその後をついて行くのだった。
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