上 下
4 / 39

幕間『カイルの手紙』

しおりを挟む
 カーマインカイルエルリックアルフォンスがエルザと共にメディス村に到着した頃、スレイン公国第一王子アレクと、第二王子グレイはカンザス砦の視察を終え、スレイン城に戻ってきていた。

 二人の王子達が戻って来たと同時に、文官や近衛騎士から最初に受けた報告は、第三王子カイル及び側仕え兼護衛騎士アルフォンスの失踪であった。

「ええい! カイルはまだ見つからんのかっ!?」
「あの愚弟は禄な事をしないな! 城内は探し回ったのかっ!?」

 アレクとグレイは不快感を隠そうともせず声を荒げるが、それに対する答えはどれも芳しくないものばかりだった。
 その答えに更に二人の苛立ちは増していく。
 二人にとってカイルとは特に害はないが、何を考えているか分からない気味の悪い弟、といった程度の認識しかなかった。
 そんな弟のいきなりの失踪劇だ。二人の衝撃は如何程か。

 二人は幼い頃から宰相と大臣に囲われていた為、兄弟同士で接する機会が全くと言っていいほどなかったのだ。
 普段はアレクとグレイとで言い争ってばかりであったし、歳も離れているということもあり、二人はカイルを放置していた。

 放置して醜い言い争いを終始していた結果が現在の事態を招いている訳なのだが、その事については二人共、全く気付いていないので手の施しようがない。

 何せ、カイルが城から出るなどとは二人とも微塵も思っていなかったのだから。

 しかし、何を考えているか分からない弟であろうとも何かと使い道はある。
 このまま居なくなりましたでは困るのだ。

「こうなったら騎士団を使って公国内の捜索をっ!」
「ならば私は公国内に触れを出して大々的に探してやる!」
「「お、お待ち下さいませ、王子!」」

 二人の王子が暴走しそうになるのを、宰相と大臣が慌てて止める。
 それは今までにないくらいほど息がピッタリであった。

「落ち着いて下さい、アレク王子にグレイ王子。カイル王子の部屋からこのようなものが見つかったと騎士から報告がございました」

 宰相が取り出したのは一通の手紙である。手紙の内容は次のように書かれていた。

『拝啓 
 アレク兄上、グレイ兄上。
 兄上達がこの手紙を読んでいるということは私は既に城には居ないでしょう。
 もしかしたら公国内にも居ないかもしれません。
 私は常々、自身が王族であるということに対して嫌気がさしておりました。
 故に、今回このような行動をとったのですが、黙って居なくなったことに対しては、ほんの僅かではありますが申し訳なく思っております。
 しかし、兄上達や宰相、大臣に話していたらきっと引き止められていたでしょうし、最悪幽閉されていたかもしれません。
 兄上達はスレイン公国の国王の地位に魅力を感じておられるようですが、私は全く感じておりません。
 王族というものにも未練は、砂の一粒ほどもございません。
 ですので、このままそっとしておいて頂ければ幸いです。
 むしろ、騎士団を使って捜索したり、触れを出して失踪した私を探すというのはお止めになったほうが良いでしょう。
 何故ならば、公国民だけでなく、他国にも知られることとなり、スレイン公国、引いてはスレイン王家の恥となりましょう。
 最悪の場合、他国に付け入る隙を与えかねませんので絶対にお止め下さい。
 そこで、私が今回の件について全て丸く収まる案を書き記しておきますのでご一考下さい。
 私は元々社交や外交に携わっておらず、また城から出ることも無かった為、名前はともかく顔は知られておりません。
 それを逆手に取り、私が元々病弱で大病を患い、死んでしまったということにするのです。
 形だけでも大々的に葬儀を行うことにより、公国内外に失踪という事実を隠すことが出来ますし、そこで悲しんでいるフリをすれば弟思いの良い兄達だという噂も広まることでしょう。
 先見の明をお持ちの兄上達であれば、必ずやこの素晴らしい案を実行していただけるものと確信しております。
 それではスレイン公国と兄上達の、今後の発展とご活躍を祈念してお別れの挨拶に代えさせて頂きます』
 
「「……何が素晴らしい案だっ!」」

 二人の王子が、双子らしく息の合った叫び声を発する。
 どう読んでも自分達をバカにしているようにしか思えない内容なのだ、二人とも顔を真っ赤にして憤慨している。

 それに関しては、宰相も大臣も同様の想いを抱いていた。
 ただ、それと同時に心の奥底でえも言われぬ不安を感じてもいたのだ。

 もしも、仮にカイル王子を見つける事が出来、城に連れ戻せたとして、二人の王子や我々にカイル王子を御する事が出来るのであろうか、と。

 少なくとも、ここにいる二人の王子のように御せる自信は宰相にも大臣にも無かった。
 このような思考力と行動力のある相手は、傍に置いておいたところで何をしでかすか分からない。

 御することが出来ないのであれば、手紙の通りにしたほうが無難なのではないか、と。
 至極簡単な答えを見出した宰相と大臣はお互いに目配せし、頷く。

「しかし、アレク王子、グレイ王子。確かにカイル王子の書かれている通り、捜索は我が国の恥となりましょう」
「そうです。そもそも王族が罪も犯していないのに城から出るなど、世界中を見渡しても聞いたことがございません。
 永遠に他国に語られる笑い種となりましょう」
「カイル王子の策にハマるようで、というより実際にハマっているのですが、手紙に書かれている通りにするのが、一番被害を最小限に抑えることが出来るのです」

 宰相と大臣が心の中を悟られぬようにしつつ、必死に二人の王子を説得する。

「ぐぬぬぬぬ! 本当にそうするしかないのかマルコスよっ!?」
「はい、それしかございません」
「……ベラムも同じ意見か?」
「私も今回の件に関しては、宰相に同意致します」

 二人のお目付け役が偽装葬儀に賛成とあっては、もはや二人の王子も否とは言えなかった。



 こうしてカイル王子失踪の三日後、第三王子が病で亡くなったと、スレイン公国内外に発表され、空の柩を使用した葬儀を大々的に執り行った。

 その際に、カイルの指摘通りに悲しんでいるようにやってみせたのだから、やはりこの王子達は単純と言わざるをえない。

 カイルの置き手紙による巧みな罠を成功させた事により、カイルは晴れて自由の身となり『カーマイン』になるのだが、本人がそれを知ることになるのはまだ少し先の話である。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界でのキャンピングカー生活【車両召喚】は有用でした

そう
ファンタジー
ブラック企業に務める霧島透は二十七歳にして念願のキャンピングカーを手に入れた。  早速、キャンピングカーでキャンプをするが、突如として異世界のオセロニア王国に召喚されてしまう。  王国が求めているのは魔王軍に対抗できる勇者であったが霧島は勇者ではなかったので放逐される。しかし、霧島には【車両召喚】という固有スキルがあり、キャンピングカーを召喚することができた。  早速、霧島はキャンピングカーで王国を脱出。さらにキャンピングカーに付随していた【ショップ】機能により前世の品物を購入できることが発覚した。

手札看破とフェンリルさんで最強へ~魔法はカードだと真理に到達してない世界でデッキ構築!~

白慨 揶揄
ファンタジー
弓使いのユライは、「勘だけで実力が伴っていない」と追放されてしまう。  だが、仲間たちが攻撃や回避のタイミングが分かっていたのは、ユライのお陰だと誰も気づいていなかった。  ユライの勘。  それは、相手が何枚の魔法(カード)を持っているか見える能力だった。  未来では魔法はカードバトルと称されていることを、一匹の獣から聞いたユライ。  魔法の手に入れ方も知り、デッキを組み上げ人々を助け、お礼の品を受け取るが魔物を討伐した金銭は寄付することから「真のヒーロー」と崇められていく。  一方、魔物を倒せていたのは全て自分達のお陰だと信じてやまないパーティーは、お偉方の前で失敗を繰り返し、次第に責任を擦り付け合っていく。

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

底辺召喚士の俺が召喚するのは何故かSSSランクばかりなんだが〜トンビが鷹を生みまくる物語〜

ああああ
ファンタジー
召喚士学校の卒業式を歴代最低点で迎えたウィルは、卒業記念召喚の際にSSSランクの魔王を召喚してしまう。 同級生との差を一気に広げたウィルは、様々なパーティーから誘われる事になった。 そこでウィルが悩みに悩んだ結果―― 自分の召喚したモンスターだけでパーティーを作ることにしました。 この物語は、底辺召喚士がSSSランクの従僕と冒険したりスローライフを送ったりするものです。 【一話1000文字ほどで読めるようにしています】 召喚する話には、タイトルに☆が入っています。

召喚されたリビングメイルは女騎士のものでした

think
ファンタジー
ざっくり紹介 バトル! いちゃいちゃラブコメ! ちょっとむふふ! 真面目に紹介 召喚獣を繰り出し闘わせる闘技場が盛んな国。 そして召喚師を育てる学園に入学したカイ・グラン。 ある日念願の召喚の儀式をクラスですることになった。 皆が、高ランクの召喚獣を選択していくなか、カイの召喚から出て来たのは リビングメイルだった。 薄汚れた女性用の鎧で、ランクもDという微妙なものだったので契約をせずに、聖霊界に戻そうとしたが マモリタイ、コンドコソ、オネガイ という言葉が聞こえた。 カイは迷ったが契約をする。

絶対に見つかってはいけない! 〜異世界は怖い場所でした〜

白雪なこ
ファンタジー
気がつけば、異世界転生を果たしていたエリザの人生は、その時から恐怖、破滅と隣り合わせなものとなった。 一瞬たりとも気を抜いてはいけない。気付かれてはいけない、知られてはいけない。なのに、異世界転生者の本能なのか、全てを忘れたように純異世界人として生きることもできなくて。 そんなエリザの隠密転生者ライフをコソコソっとお届けしようと思います。 *外部サイトにも掲載しています。

正しい竜の育て方

夜鷹@若葉
ファンタジー
『竜騎士』――飛竜を従え、戦場をかける騎士。 かつて竜騎士として叙任され竜騎士となったアーネストは、ある戦場からの帰りに悪竜の群れと遭遇し部下と飛竜の両方を失ってしまう。そのショックからアーネストは、竜騎士である自分を否定するようになる。 そんな中、アーネストはかつての恩師の頼みから竜騎士育成機関――マイクリクス王立竜騎学舎で竜騎士の卵たちへの剣術の指南を請け負うこととなる。そこで再び飛竜とふれあい、竜騎士としての自分を見つめ直すこととなる。 ※毎週水曜日更新を目標にやっていきたいです!

処理中です...