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第三話『初めての戦闘』

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 ヴェルスタット王国国境門に到着したのだが、その門の迫力に圧倒された私とアルフォンスは、思わず溜め息を吐く。

「間近で見ると凄まじい迫力だな……」
「本当ですね。ここが閉まっていたらと思うとゾッとしますよ……」

 スレイン公国とヴェルスタット王国を結ぶこの門は、アルメリア渓谷に置かれており、高さ五十メートル、幅二十メートル、厚さ三メートル以上の鋼鉄で出来ている巨大な門だ。
 ありとあらゆる外敵からの侵入を阻むこの門は、戦時には砦の役目も果たしていたらしい。

 らしい、というのも両国が最後に戦争をしたのは約二百年も昔のことで、戦後お互いに不可侵条約を締結しており、現在は友好の証として常時開門し、人の出入りは基本的に自由となっている。

 通常、国と国との国境沿いには砦や門が設置されており、必ず身分照会が行われる。
 しかし、このヴェルスタット王国国境門は、例外中の例外となっているのだ。
 世界広しといえど他にこのような場所は存在しないだろう。

 そう、ヴェルスタット王国を目指したのは冒険者ギルドのことだけでなく、通行自由フリーパスというのも決め手になっている。
 今の時点で身分照会をされるのは私としても避けたいからな。

 開放された国境門をあっさり通り抜けれたことに、私達は拍子抜けする。
 むしろ大変だったのはアルメリア渓谷を抜ける方だった。流石に大陸有数の渓谷というだけのことはある。

 アルメリア渓谷を抜けた先で一旦馬を止めて、周りに人が居ないことを確認した後、私はアルフォンスに話しかける。

「アルフォンス、ここから先は私は王族ではないし、其方も騎士ではない。
 それは理解しているな?」
「もちろんです」
「理解しているのであればそれでいい。
 であれば、言葉遣いや名前もここから変えようと思う」
「言葉遣いは聞いておりましたが名前もですか?」
「そうだ。正直なところ、スレイン公国から外へ出たことのない私達にとって、顔だけで身分が判明するということはまずないと思っている。
 兄達と違って、私は殆ど社交などしていなかったからな。
 だが、この先冒険者としてランクを上げていけば、自ずと名前も知られていくことになる。
 そこで名前が同じままだと勘づく者は必ず出てくるはずだ」
「確かに可能性はありますね」
「そこでだ。私は今から『カーマイン』と名乗る。
 其方……んん、兄さんは『エルリック』と名乗ってくれ」
「はっ……? 『兄さん』!?」

 アルフォンス改めエルリックは、大きく目を見開き、聞き返す。

「何を驚いているんだ、兄さん? 本当の弟や息子のように接してくれていたんなら、息子よりは弟の方が自然だろう? 
 それともこんな大きな息子がいてもいいのかい?」

 『俺』はそう言って、エルリックにニヤリと口の端に笑みを浮かべる。

「分かり、まし……あー、分かったよ。カーマイン。
 ただ、顔が全く似てないことに関して聞かれた場合はどう説明するつもりだ?」
「そこは、母親違いとか義理の兄弟とか言って誤魔化せばいいさ」

 エルリックは一瞬目を丸くしたように見えたが、次の瞬間には今度は呆れたような顔になる。

「全く。我が弟ながら末恐ろしいよ……」
「お褒め頂き光栄です」
「……褒めてない」
「はははっ。もちろん分かってるさ。
 さぁ出発しようか、兄さん」



 呼び方や設定の打ち合わせを終え、再び馬を走らせた。
 一時間ほど走らせたところで俺とエルリックは異常を察知する。
 五百メートルほど先に、何者かが魔物に襲われているのが見えたのだ。

「兄さん、急ごう!」
「ああ!」

 俺達が急いで近づくと、襲われているのは一人だけ。
 剣士のような格好をしている少女のようだ。
 襲っている魔物はゴブリンで、数は五匹。棍棒で殴りかかってきているのに対して何とか剣で防いではいるが、明らかに分が悪い。

 俺は七つの能力スキルの一つ、【英雄領域オーバー・ドライヴ】を発動させる。
 【英雄領域オーバー・ドライヴ】は自身の全てのステータスを上昇させる効果を持つ。
 上昇値の割合は自身の熟練度レヴェルに応じて変動する。

 【英雄領域オーバー・ドライヴ】によってステータスの上がった俺は、馬から飛び降り、鞘からロングソードを抜きつつ、一足飛びでゴブリンのもとへ行く。
 すかさず一匹を一刀のもとに切り落とし、更に返す刀でもう一匹を切り伏せる。

「だ、誰!?」
「落ち着け! 話はゴブリンを倒してからだ!」

 いきなり現れた俺に驚いた少女と残りのゴブリン三匹だったが、ゴブリン達は俺を敵と見做して襲いかかってくる。

「「「ギャギャ!」」」

 三匹同時に棍棒を振り被り攻撃してくるが、動きが遅い。
 バックステップで躱すと遅れてエルリックがたどり着き、素早くロングソードで一匹を絶命させる。

「「ギャ、ギャギャギャ!」」

 残り二匹になったところで、ようやく不利を悟ったのか逃げようと後ろに背を向けるがもう遅い。
 俺とエルリックで一匹ずつ切り払う。
 安全になったところで俺は少女に話しかける。

「ふぅ、全部倒せたな。えーと、大丈夫? 怪我はないか?」

 少女は死体となったゴブリン五匹とこちらを交互に見つめていたが、俺の問いに我に返ったのか、こちらに話しかけてきた。

「え、っと、大丈夫よ。助けてくれて助かったわ。
 流石にこの数を相手にするのは無理だし、どうやって逃げようか考えてたのよ。
 強いのね、貴方達」
「そうか。間に合ったようで良かったよ。
 っと、俺の名前はカーマイン。こっちは兄のエルリックだ。
 君の名前を聞いてもいいかな?」
「私の名前は……エルザよ。
 カーマイン達は国境門の方から来たみたいだけど、スレイン公国から来たの?」
「まあな。二人で冒険者になりたくてね。
 冒険者になるならスレイン公国よりもヴェルスタット王国の方がいいって聞いたから、それで王都に向かう途中なんだ」
「へぇ。冒険者ね……ゴブリン五匹をあんな一瞬で倒せるんなら納得だわ」

 エルザはそう言って、うんうんと頷いている。

「そう言ってもらえると嬉しいね。
 エルザはヴェルスタット王国の人間みたいだけど、こんなところに一人でどうしたんだい?」

 エルザの格好は赤いロングドレスのような服装で、その上に鉄の胸当てと鉄小手を装備している。
 剣自体は鞘に収まっているので判別できないが、鞘の意匠を見る限り、かなりの業物のようだ。

 彼女の身長は俺の胸の辺りくらいだから、百五十センチあるかないかといったところだろう。
 小柄だが……その割には胸がかなり大きい。
 流れるように美しい金髪が腰までかかり、クリッとした蒼い目が良く似合っていて可愛らしいが、服装と身長や体型、それに装備も相まってこのような街道で一人でいるのはかなり浮いている。

 その様な感想を抱いていた俺に対して、エルザが口を開く。

「実は、私もちょっと理由があって冒険者になりたくて王都に行く途中だったのよ。
 理由は……聞かないでおいてくれると助かるわ」

 そう言われてしまうと、俺達も似たようなものだ。特に深入りしてまで聞く必要はない。

「まぁ、誰にでも話したくないことの一つや二つはあるだろうし、聞かないよ。
 ねえ、兄さん?」
「そうだな。でもエルザちゃん? 見たところまだ小さいようだけど一人で大丈夫なのかい? 
 ご両親が心配してるんじゃ?」

 エルリックがそう問いかけるとエルザが俯いた。
 何やら肩も震わせているように見える。
 先ほどの戦闘が怖かったのかと思い、何か声をかけようとすると、バッと顔を上げエルリックの顔をジト目で睨む。

「……十六歳」
「「ん?」」

 俺とエルリックの声がキレイにハモる。

「これでも私は十六歳なの! 小さくて悪かったわねっ!」
「「えええええええぇぇぇっ!?」」

 まさか、俺より年上とは。エルリックと声がハモったせいで、俺までジト目で睨まれる。

「す、すまない。まさか成人しているとは思わなかっ……あっ! いや、スミマセン」

 エルリックが平身低頭で謝り続けている。
 よしよし、頭を下げるのに抵抗がないようで何よりだ……俺の方にもジト目が集中してきたので、謝った。

「はあ~。もういいわよ。今まで何回も言われてきたことだしね。
 た・だ・し! 次はないわよ?」

 俺とエルリックは冷や汗を流しながら黙って頷く。

「話を元に戻すとして、王都に行くのなら私も一緒に連れて行ってくれないかしら? 
 一人じゃ難しいって実感したし。目的地が同じなんだからどうかしら?」

 俺とエルリックは顔を見合わせ、頷き合う。

「構わないよ。ここで出会ったのも何かの縁だ。
 そうだな、どうせなら王都で冒険者登録したら同じパーティでも組むかい?」
「いいのっ!? 助かるわ、有難う!」

 エルザは嬉しそうに笑みを溢す。
 パーティについては勢いついでだったんだが……まぁ、元々二人だけでは冒険者は厳しいと思っていたからいいか。
 それにあんなに嬉しそうにしているのにやっぱり嘘でしたとは今更言い難い。
 
「じゃあ、まずは日が暮れる前にこの先にあるメディス村まで行きましょう! 
 村の宿屋で一晩泊まってから、翌朝から王都を目指せば昼過ぎには着くはずよ。
 あ! それとゴブリンの耳だけは斬って袋があれば入れておいてね」
「ん? 何でだい?」
「ゴブリンの場合は、耳を冒険者ギルドに持っていけば、それが討伐証明になって、討伐費用とランクポイントが入るのよ。
 魔物によって部位が違うから、それについてはギルドの受付で聞いてみるのがいいわね」

 エルザの言葉に頷くと、俺とエルリックで五匹分のゴブリンの耳を斬り取り、小袋に入れる。
 装備品については特に売り物になりそうなものは持っていないのでそのままにしておくことにした。

 死体についてはどうしたらいいか聞くと、このまま放置しておけば他の魔物が処理するそうだ。

「さて、じゃあメディス村に行こうか。
 エルザ、俺の方でも兄さんの方でもいいから後ろに乗りなよ」
「あの、一人じゃ乗れない……」

 頬を少し染め、エルザが呟く。そういえば身長のことを考えて無かったな。
 エルリックが馬から降り、エルザを抱きかかえるようにして俺の後ろに乗せる。

「……ありがと」

 聞き取れるか取れないかというくらい小さな声でエルザが呟く。
 気を取り直してメディス村へ向かい、馬を走らせるのだが。これはマズイ。

 エルザが、振り落とされないように俺の腰に手を回してギュッとくっついている為、エルザの胸の感触が背中ごしに伝わってくるのだ。
 確か、鉄の胸当てをしているはずなんだが……? 

 そういえば今まで女性とは殆ど接していなかったな、と少し後悔しつつ、頭の中を無にしてメディス村を目指す俺と、その姿を見て苦笑するエルリックであった。
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