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お上りさんは注意力が散漫になりがち

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 王都にやって来たのは2日後の昼だった。

 空を見上げればよく晴れた晴天で、絶好の観光日和だ。
 街の中心を通るメインストリートは中央にそびえ立つ王宮に続いている。
 その通りにはいくつも店が建ち並び、行き交う多くの人々で溢れていた。

「うわあ……凄いや!」

 カイルが目を輝かせながらはしゃいでいる。
 ずっと魔王城にいたカイルには見るものすべてが目新しいに違いない。

「ねえ、お姉ちゃん。あれはなあに?」

 カイルが指す方は王宮の東側に建っている建造物だった。
 王宮と比べても見劣りしない、壮麗な建物だ。
 建物の中央部分には美しい女性の像が3体、向かい合うようにして立っている。
 
「あれは聖女神教会ね。邪神を封印している女神アシュタルテとイシュベル、そしてフローヴァに祈りを捧げるために建てられたそうよ」

「へえ、女神さまかぁ。神っていうくらいだから、きっとすごいんだろうなぁ!」

「ふふ、そうね」

 異世界から人間を召喚したり、加護を与えたりできる力を持っているんですもの。
 凄いか凄くないかでいえば、凄い部類に入るでしょう。

「でも、お姉ちゃんもすごいよね!」

「あら、そうかしら?」

「うん! だって、僕の病気を治してくれたし。今もこうして遊びに連れてきてくれたし」
 
 カイルはその場でくるりと回って見せた。

 今のカイルには角がない。
 私の用意した仮面の効果だが、元々肌が白いカイルにはそれで十分だった。

 誰が見ても可愛い人間の男の子にしか見えないだろう。
 うん、とっても可愛い。

 にこにこしながらカイルの頭を優しく撫でる。

「お兄ちゃんもそう思うよね?」

「……そうだな」

 今まで一言も喋っていなかったレボルが口を開く。

 レボルもカイルと同じように仮面をつけている。
 魔族の証である浅黒い肌は白くなり、立派な角も消えていた。
 髪はカイルと同じく金髪で、変わっていないのは黄金の瞳くらいだ。

 ただ、元の造形が神がかっているものだから、とにかく人目をひいてしまう。

 加えてレボルが今着ている服は私が用意したものだ。
 シルクの白シャツに、黒のパンツ。
 シンプルな組み合わせだが、レボルのスタイルが良いこともあり、よく似合っている。

 レボルとすれ違った女性は老若問わずいったん立ち止まり、そして必ず振り返っていた。
 頬を紅潮させながら。

 まあ、どうしたって目立つ顔立ちをしているのだから、仕方がないと言えばそれまでだけど、当の本人は初めてのことに慣れないようで、今まで黙り込んでいたみたい。

 当然、私もエリー仕様に姿を変えていた。
 どこで善人ヨシトと会うかもしれないし。

 ベルガストに来てからというもの、女神だ、勇者だ、魔王だ、亜人だと、地球にいた頃の日常からは程遠い経験をしている。

 望んでいたこととはいえ、非日常がずっと続くとたまにはのんびりしたくなるものだ。

 なので、今回のお出かけはちょうどよい息抜きと言えるでしょう。
 私とカイルにとってはだけど。

「人混みには慣れませんか?」

「当たり前だ。周りにいるのはすべて人間だぞ」

 レボルの表情は硬い。

「ふふ、安心してください。仮面を着けている限りバレることはありません」

「そのような心配はしていない。エリ……エリーのことは信頼しているからな」

 あら、素直なこと。

「我はあそこから離れたことがなかったからな。落ち着かんのだ。できることなら長居はしたくない。だが……」

 レボルの視線の先には、あちらこちらを珍しそうに見るカイルがいた。

「あのように楽しそうな姿を見るとな。帰ろうとは言いづらい」

「お優しいのですね、レボル様は」

「……優しくなどない」

 そう言ってレボルは顔を背けた。

 うっすら頬を染めて否定されても、ねえ。
 説得力がありませんわ。

 その時だった。

「痛ってえな!」

 バッと振り返ると、そこには強面の男が立っていた。
 腰に剣をぶら下げているところを見ると、冒険者だろうか。
 
 どうやら周りに気を取られていたカイルが、誤って男にぶつかってしまったようだ。

「ご、ごめんなさい」

 頭を下げるカイルに男はギロリ、と睨んでいる。
 私は2人の間に瞬時に割り込む。

「まぁまぁ、子供のしたことですから。こうして謝っているのですし、今回は許していただけませんか」

「あぁん? ……ん? ほほう、へえ」 

 男の表情が変わる。
 ニヤニヤしており、どうにも下卑た印象しか感じられない。

 ターゲットをカイルから私に切り替えたようだ。

「姉ちゃん、このガキの身内か何かか?」

「そのようなものですわ」

「そうかい。じゃあ、俺の鎧を弁償してくれねえか。ぶつかってきたせいで傷がついちまった。ほら、ここだ」

 男の鎧を見ると、確かに小さな傷がついていた。
 ただし、同じような傷が何か所もあるため、本当にカイルが付けたものか怪しい。

「こいつは特注品だから修理代も掛かるだろうなぁ。まあ、払えないっていうんなら、ちょっと付き合ってくれるだけでも俺は構わねえけどな」

 うへへ、とわらいながら舌なめずりをする男。

 あまりにも単純で分かりやすい思考に軽く殺意が芽生える。
 異世界にもこういう輩がいるのね。
 
 どんな素材か知らないけれど、特注品だと言うのならカイルがぶつかったくらいで傷がつくはずがないでしょう。

 そんな粗悪品を購入するような輩は冒険者に向いていない。

 不注意でぶつかったカイルが悪かったのは確かだけど、それに対する要求があまりにも低俗すぎる。

 せっかくの楽しい気分が、目の前の男のせいで台無しにされてしまった。

 人通りの多い場所だけど仕方ないわね。
 私は降りかかった火の粉を振り払うべく、一歩踏み出そうとした。

 その時。

「……我の女に何か用か」

 レボルは私の真横に立ち、私の肩を抱きながら男を見た。
 背筋が凍り付くほどに冷たい眼差しで。

 おかしいわね、いつから私はレボルの女になったのかしら?

 そんなことを考えながら男の方を見ると、表情が完全に固まってしまっている。
 
 正確にはダラダラと汗を流しているのだけど。
 冷や汗かしら。

 さすが魔王。
 仮面で姿を変えることができても力まで抑えているわけではないから、発している圧力が尋常ではない。

「い、いや……なにもないです、はい」

 先ほどまでの勢いは何だったのか、男は小声で答えた。

「そうか。だったらさっさと視界から消えろ。我の気が変わらんうちにな」

「し、失礼しましたああああ」

 レボルのあまりに冷たい声に男は何度も頷くと、逃げるように去っていった。
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