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自分の命より大切なものは限られる

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 ユーグの命を奪った後、剣を抜いた私は『蘇生』の魔法を使い、彼を蘇らせた。

 蘇ったことが信じられなかったのか、とぼけた顔をしていたユーグだったけど、私の顔を見るなり襲い掛かってきた。

 仕方がないから再び剣で心臓を貫き、ユーグを殺した後、もう一度『蘇生』でユーグを蘇らせる。

 ユーグはようやく気付いたようで、襲い掛かってくることはなかった。
 代わりに小刻みに肩を震わせながら、恐怖に染まった顔で私を見た。

 そこでユーグに「こんなところで死んでしまうのは嫌よね」と前置きをしたうえで、「解呪の方法を教えてくれたら――そして、私に忠誠を誓うのなら命は助けてあげるし、力も奪わないであげる。ただし、破ったり私のことを口外した時は死んでもらうことになるけれど」と耳元でささやいたのだ。

 すると彼はその場にひれ伏し、私に忠誠を誓うと言った。

 途端にユーグの体が光に包まれる。

 戸惑うユーグに、私は満面の笑みで『誓約』の魔法が成立したことを教えてあげた。
 
 『誓約』の魔法は、一方の当事者が相手方に対して、一方的に約束を遵守する旨を誓約するもので、一度成立したら魔法の使用者――つまり、私が死なない限り破棄することができない。
 
 カイルを呪い殺そうとした相手の言葉を信じてあげるほど、私は愚かではないし優しくもないの。
 
 ユーグに解呪の方法を聞いた私は、約束通り彼をそのまま解放してあげた。

 悪意をもってカイルを殺そうとしたユーグを殺さずにおいたのには理由がある。
 亜人の国の動向を探らせるためだ。

 『誓約』の効果で、どんなに離れていても連絡は可能、それでいて同じ亜人ということで怪しまれることもないし、もしバレたところでこちらに害は及ばない。

 カイルを救うと同時に亜人の国における手駒も手に入れた私は、壊れた壁や廊下を魔法で修復し、魔王城へ戻った。

 壊れたままだと勘繰る者が現れるかもしれないもの。

 後のことはユーグがうまくやってくれるでしょう。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌日の昼過ぎ、ためらいがちに部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 私の部屋を訪れる者は限られている。
 入室をすすめると入ってきたのは案の定、魔王レボルと弟のカイルだった。

「ようこそおいでくださいました。あら? カイルくんはもう動いて大丈夫なの?」

「うん!」

 途端に、にぱっと表情を明るくさせるカイルの笑みに、私の表情も緩んでしまう。

 ああ、この愛らしい笑顔に癒される。

 この笑顔が見れただけで、亜人の国まで出向いた甲斐があったというものだわ。

 私はレボルへ視線を移す。

「レボル様、何かお話しがあるのではなくて?」

「あ、ああ」

「それでしたら立ち話というわけにはいきませんね。さあ、どうかご遠慮なさらずに、そちらへお座りくださいませ」

 レボルとカイルは備え付けのソファに腰を下ろした。
 ちょこんと座ったカイルの姿がいちいち可愛い。

 対面の椅子に腰かけた私は、アンを呼ぶ。
 ほどなくして、アンが姿を現した。

「急に呼び出してごめんなさいね」

「お嬢様の命令が最優先っすよ。それで何かご用っすか?」

「ええ、お客様に何か差し上げたいのだけれど……アン、紅茶を淹れてもらえる?」

「了解っす。でもセバス様と同じ味は無理っすからね」

「ふふ、私はアンが淹れてくれる紅茶も好きよ」

「お嬢様にそう言われたら頑張るしかないっすね」

 そうしてアンは準備に入り――やがてレボルとカイル、そして私の前に湯気の立つ紅茶を注いだカップを運んでくれた。

 立ち昇る湯気から漂う香りは濃厚かつ爽やかで、この香りだけで味が保証されていると言っても過言ではないだろう。

「冷めないうちにいただきましょうか」

 そう言って自分の分の紅茶に口をつけて、熱い液体を喉に流す。

「……うまいな」

「おいしい!」

 レボルは目を細めて、ほうと感嘆のため息を吐いたかと思えば、カイルは目をキラキラとさせながらカップを覗き込んでいる。

「おかわり、おかわりお願いしたいなっ」

 2人の反応に、アンもまんざらでもないといった表情をしていた。

 それから何度か紙のように薄いカップを口へ運んだレボルは、中身が少なくなったカップを手にしたまま、こちらを見つめた。

「エリカよ、その……なんだ。お前には感謝している。カイルの命を救ってくれたのだからな」

「昨日も言いましたが、お礼を言われるほどのことではありません、レボル様。私がカイルくんを助けたくて勝手にしたことですもの」

「そうは言ってもな……エリカがいなければカイルは呪いによって死んでいたはずだ。今こうして笑っていられるのは、やはりお前のおかげなのだ」

「そうだよ! 助けてくれてありがとう、エリカお姉ちゃん!」

 裏表のない感情を向けられることに慣れていない私にとって、2人のストレートな言葉はなんだかくすぐったい。

「何か褒美をやりたいが、欲しいものはないか?」

「そう仰られましても……すでに欲しいものはいただいておりますし……」

「うん? 何のことだ?」

「レボル様とカイルくんの仲睦まじい姿、これに勝るものはありませんわ」

 私が満面の笑みを浮かべて告げる。
 
 いやほんと、カイルを前にした時のレボルの表情。
 私が最初に対面した時とは思えないほど穏やかな表情をしている。

 カイルはカイルで、本当にレボルのことを慕っているのがよく分かるから、じゃれ合う2人を見ているだけで私の方がありがとう、と礼を述べたいくらいだ。

 レボルはぽかんと口を開けたまま、こちらを見つめていたけど、やがて一言。

「……そうか」

 とだけ言って、顔を背けてしまった。

 彼の頬の血色がどことなく良いことに気づいていたけれど、わざとそれには気づかなかった振りをして、「エリカお姉ちゃん、大好きっ」と駆け寄ってきたカイルの頭を優しく撫でた。
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