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囚われの姫君と、なんか黒幕っぽい人

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 ロザリアが目を覚ますと、そこは石造りの部屋だった。
 いや、部屋というにはおかしな造りだ。

 何故なら部屋の中は鉄格子で覆われていた。
 端から端まで歩けば、ロザリアの歩幅で10歩はかかるだろうか。

 鉄格子の向こう側には、同じく鉄でできた扉が見える。
 無機質な鈍色の格子に触れると、冷たさを感じる。

 ロザリアの華奢きゃしゃな細腕では、到底破ることのできない堅牢さがそこにあった。

 ロザリアはしばらくその場に立ち尽くし扉を眺めていたが、やがてゆっくりときびすを返して部屋に唯一ある椅子に腰かけた。

 眠りにつこうとしたら、誰かに呼ばれて声のした方へ振り向こうとしたところまでは覚えている。

 ただ、そこから先の記憶がロザリアには一切なかった。
 次に気が付いた時にはこの場にいたのだ。

 身にまとうのは、心もとないほど薄い、白のネグリジェ一枚。
 豊かな胸の膨らみと、張りのある太ももが覗いている。
 むき出しとなった足に、石畳がしんしんと冷気を伝えてくる。

 この冷徹なおりの中にただ一人という状況の中で、ロザリアは冷静だった。

 火傷を負ったあの日に感じた絶望に比べれば、どうということはない。

 王国の騎士は優秀だ。
 諦めさえしなければきっと助けが来る。

 そう思っているからこそ、ロザリアは落ち着いているのだ。
 
 ロザリアは瞳を閉じると、両手を組み合わせて、女神に祈りを捧げる。

 不意にガチャリ、と鍵が開く音がした。
 無機質な音を立てながら鉄の扉が開く。
 
 扉から入ってきたのは、ひとりの長身の男だった。

「ロザリア王女、気分はいかがかな」

 男の呼びかけに、ロザリアは目を開けた。

 歳は40代手前といったところだろう。
 体を包むのはゆったりとした黒衣、銀糸で細かい装飾が施されているが、鍛え抜かれた体躯によるものか、胸のあたりが盛り上がっていた。

 ウエーブがかった金髪は、整髪用の油でオールバックに纏められている。
 切れ長の双眸そうぼうがロザリアを見ていた。

「こんな所に閉じ込められて、気分がいいとお思いですか?」

「フフ、これは失礼をした」

 男は謝罪した。
 だが、唇に張り付く微笑は全てを蔑むような、歪んだ笑いを見せていた。
 ロザリアは本能的な恐怖を感じた。

「だが安心してほしい。もう少ししたら別の場所に貴女を案内しよう」

「別の場所……どこでしょうか?」

「残念だが教えるわけにはいかない。なに、少なくとも殺されるようなことはない。ただし、貴女が大人しくしていればの話だが」

「私にそのような力はありませんよ。それよりも王女の誘拐は大罪です。今ならまだ間に合います、私を城へ帰してはいただけませんか?」

 僅かでも応じる可能性があるのであれば罪の軽減を約束してもいい、ロザリアはそう考えていた。

「フフ、面白いことを言う。残念だがその提案は受けることはできない」

「……なぜですか?」

「素直に教えるとでも思っているのか? まあいい、一つだけ言えるのは王国に新たな歴史が刻まれるということだ」

 続けて、「良いか悪いかでいえば悪い歴史だが」と付け加えた男は不敵に微笑んだ。

「ああ、助けを期待しているのなら諦めた方がいい。王国の騎士たちがここに来ることは――ない」

「っ!? ……どうして、来ないと分かるのですか」

 男はロザリアの問いに答えることなく、扉から出ていく。
 扉の外には2人の兵士が立っていた。

 兵士の1人が扉に鍵をかけて男に敬礼する。

「夜明け前にここを出る。それまで見張っておけ、いいな」

「承知しましたアルベルト様」

 アルベルトは頷くと、薄暗い地下道を歩き出した。

 王国の騎士がやってこない理由、それはロザリアが囚われている場所にあった。
 アルベルトは王国貴族で伯爵位を授かっており、ここはアルベルトの屋敷の地下なのだ。

 ロザリアも部屋に籠ってさえいなければ、アルベルトが貴族だと気づくことができただろう。

 だが、火傷を負っていた彼女は人前に出ることを忌避していた。

 それ故に、アルベルトの顔を見ても気づけなかったのだ。

 普段のアルベルトは、国王に従順な臣下を演じており、今まで怪しい素振りなど一度も見せていなかった。

 事実、王国の騎士たちは街中を探し回ることはしていても、伯爵であるアルベルトの邸宅を疑うことなど考えてもいない。

 仮に騎士が訪れるようなことがあったとしても、問題ないように手は打っていた。

 この館には、近衛騎士に匹敵するほどの力を持った兵士が何人もいるのだ。

 更にロザリアを閉じ込めている地下道は、街の外へと続く抜け道もある。

 兵たちが時間を稼いでいる間に連れ出すことなど、アルベルトの実力があれば容易い。

 アルベルトは口角を歪める。

 ロザリアの引き渡しが完了すれば、王国と亜人の国との力関係は崩れることになるはずだ。

 そうすれば、異世界からやってきた勇者たちも魔王討伐どころではない、亜人の対応に追われることになる。

「もうすぐだ。もうすぐ私の願いが叶う……」

 アルベルトが呟き、館へ通じる隠し階段を上がりきったその時、兵士が息を切らせながら走ってきた。

「アルベルト様! し、侵入者です!」

 アルベルトは目を見開く。

「なんだとっ!! 近衛騎士か!?」

「騎士の姿ではありませんでした。ただ、恐ろしいまでの強さで、我々では手も足も出ません!!」

 防備の面で見れば絶対の自信があったアルベルトにとって、直ぐに兵士の言葉を信じることができなかった。

 館にいるのは、アルベルトが自ら選び抜いた兵士ばかりだ。
 雑兵など一人もいない。

 その彼らが手も足も出ないという。
 しかも相手は近衛騎士ではない、別の何者か。

「くっ、私がいく! お前たちは地下の守りを固めるのだ!!」

 それだけ告げると、アルベルトは走りだした。

 ここまできたというのに、邪魔をされてたまるか。
 
 知らず、アルベルトは舌打ちしていた。
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