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勇者を目指せ!?

第10話

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 ——俺が勇者になる?
 魔族で、魔王バエルの息子である俺が?
 いやいや、無理に決まってるだろ。

 イリスの突拍子もない提案にゼノスの頭の中は混乱していた。
 当の本人はというと、ニコニコ顔を見せている。
 
「あー、イリス。何で俺が勇者になれば俺たちの仲を皆が祝福してくれるんだ?」
「それはですね。この学院で勇者に選ばれた生徒には爵位を与えるとお父様が仰っていたのです」
「お父様ってことは、ルナミス王国の国王がか?」
「ええ。あくまでルナミス王国の、ですけどね」

 勇者。
 それは、バエルの前に魔族領を統治していた魔王の時代に、魔王討伐の命を受けた人間に与えられたという称号だ。
 勇者は魔王を討伐し、魔族を現在の魔族領まで追いやったと伝えられている。

 王国の爵位が与えられれば、王国内では立派な貴族だ。
 身分違いだと言う者はゼロではないだろうが、現状を鑑みれば最善の手といえる。
 問題はどうやって勇者になるかだが――。

「勇者はどうやって決められるのか、イリスは知ってるか?」
「ごめんさい。詳しいことは私も知らないんです。ただ、を成し遂げた者に与えられると聞きました」
「……偉業?」
「そう、偉業です。誰もが讃える功績を示すことが、勇者に選ばれる条件と言われています」

 そう言われてもゼノスはピンとこなかった。
 偉業といわれても何をすればよいのか分からない。
 
「例えば、ゼノスが先ほど倒したミノタウロスのように、人々の脅威となる魔族の討伐が一番わかりやすい偉業といえますね」
「なるほど」

 ようやく合点がいった。
 ただし、ゼノスには新たな疑問が浮かび上がる。

「でもよ、魔族は本格的に攻めてきていないよな?」

 バエルは魔族領を広げようとしたり、人間を滅ぼそうと思っていないため、積極的に人間の住む場所に攻め入ることはしていない。
 あくまで、人間が魔族領に攻めてきたときのみ対処している。

「そうですね。基本的に魔族が数を揃えて襲ってくることは滅多にありません。ごく稀に魔族領近くの町を襲う魔族がいるくらいでしょうか」

 魔族の中には前魔王時代の恨みを持つ者も当然いる。
 魔王自身、別に人間を襲うなと命令しているわけでもないし、ガス抜きは必要だからと配下の魔族が人間の領土にちょっかいを出すのは放置していた。

「だろう? それなら――」
「ですが最近、魔族の群れが町を襲うという出来事がおきているのです。それも帝国、王国、共和国関係なしに」
「へえ」

 ——それは初めて聞いたな。
 親父からはそんな話は聞いたことがない。
 親父に隠れてコソコソ動き回っているやつでもいるのか。

「王国の被害は今のところ軽微ですが、帝国では小さな町が一つ滅ぼされたと聞いています。その頃からですね、休戦して魔術学院を設立しようという話があがったのは」
「そして勇者や魔術師を養成しよう、か」
「魔王がいつ本気で攻めてくるか分かりませんからね」
「……そうだな」

 ——親父にそんな気はこれっぽっちもないと思うけどな。
 まあ、事情を知らない人間たちからすれば、親父が指示を出して町を襲わせていると思われても仕方がないか。

 不意にイリスがゼノスの両手を握る。

「私たちが公に結ばれるには、ゼノスが勇者になっていただかなくてはなりません。……私の為に勇者になってくれますか?」

 出来たばかりの可愛い彼女にお願いされて断れるはずもない。
 うるんだ瞳で見つめてくるイリスに、ゼノスは力強く頷く。

「任せとけ」
「……うれしい」

 イリスは蚊の鳴くような声で呟いた。
 あまりの可憐さに、ゼノスは頭をぶん殴られたような衝撃を受ける。
 彼女というのはこんなにも愛おしく感じるものなのかと。
 今すぐに抱きしめたいという衝動に駆られてしまう。
 それをゼノスはぐっと抑えた。

 何故なら、二人がダンジョンに入ってからかなりの時間が経っているからだ。
 あまり遅すぎると後続の生徒が入ってくるかもしれない。
 そこでもし、二人が抱き合っている姿を見られでもしたら。
 魔術学院の生徒数を考えると、噂はすぐに広まってしまうだろう。
 今はお互いの気持ちが確認できただけで十分だ。

「イリス」
「はい」
「その、なんだ。そろそろ戻らないと怪しまれちまう」
「あっ!? そ、そうですね」

 イリスは慌ててゼノスの手を離し、後ろへ下がる。
 
「じゃあ、戻るか」
「はいっ」



 ダンジョンを出ると、雲が浮かぶ青い空から注がれる暖かな日差しに、ゼノスは思わず目を細めた。

「遅かったですね。何か問題でもおきましたか?」

 遅くなった二人に対して、ウィリアム先生が問いかける。

「いや、いつもより魔族が多かったもんだから少し時間がかかっちまった」
「そうなんです。遅くなってしまい申し訳ありません」
「そうですか。まあ、何事もなかったのであればよかったです」

 実際は違うのだが、ダンジョンを出る前に口裏を合わせておこうと二人で決めていたのが功を奏した。

「お疲れさん。じゃあ、またな」
「お疲れ様。また、ね」

 せっかくお互いのことが好きだと分かっても、他の生徒たちの目もあるこの場では、いちゃつくことなどできるはずがない。
 二人の会話はこれが精いっぱいだった。
 名残惜しくはあるが、二度と二人きりで会えないわけではない。
 そのための合図も確認しあった。
 もちろん、いつでもというわけにはいかない。
 だが、以前と違い、今や彼氏彼女の関係なのだ。
 その喜びの方が大きかった。

 もちろん、転移魔法で現れたミノタウロスのことも忘れてはいない。
 犯人の目星はついている。
 ダンジョンから出てきた際に、明らかに驚いている人物が一人だけいたからだ。

 ——確か、ユリウスと一緒にいたダインとかいうやつだったな。
 
 入学初日にゼノスが倒した帝国の生徒である。
 ゼノスと視線が合うと、あからさまに逸らしていたがバレバレだった。
 また仕掛けてこないとも限らないし、警戒しておいたほうがいいだろう。

「……そういえば」

 入学してから一度も連絡を入れていないことに気づいた。
 
「……うーん」

 連絡すること自体は問題ない。
 問題なのは、イリスと付き合うことになったことまで報告すべきか、ということだ。
 親父の性格上、まず間違いなく冷やかしてくるだろうことは想像に難くない。
 面倒なことにならなきゃいいが、とゼノスは深い溜め息を吐いた。
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