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第39話 あまつぐい

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 屋敷に帰り、用意されていたカルボナーラを啜り終え、緑茶で一息をつく。
 まだ昼だってのに、疲れたなぁ。あ~肩痛え。足もパンパンだよこれ。

「音を立てて食うなと、いつも言うとろうが」

「何言ってんだ。麺ってのは啜る為にあるんだぜ」

「パスタにはパスタの正しい食べ方があるんじゃ。全く……」

 呆れた様子でババアはそう言った。
 しょうがないじゃん、お腹減ってたんだよ。

 それにしてもこの屋敷に来て、もうどれくらい経っただろうか。
 最初の頃と比べれば、随分慣れたと思う。飯も美味いし。
 まあ食事に関しては言う事無いけども、これでババアの見てくれが小学生じゃなくて麗しい美女だったらなあ……。二十後半から三十前半くらい、いやぶっちゃけ四十手前でも構わない。
 言う事何でも聞いちゃうんだけどなあ……。
 こう胸がデカくて、太ももとかいい感じにムッチリしてて……。それで大人の包容力で思いっ切り甘やかしてくれて。……現実ってのはいつだって非常だなあ。

「悪かったのう。こんな貧相な体つきで」

「な、なんだ!? 俺また口に出してたのか!!?」

「腑抜けた面で人の事をジロジロと見れば嫌でも気づくわ。まったく、少しは自重せんか」

 やれやれと言わんばかりに、ババアは首を振る。
 くっそ、俺の心の中を読むんじゃねえよ。プライバシーの侵害だろうが!

「お前はわかりやす過ぎる。きっとこのままずっと変わらんのだろうな」

 うるせえ。余計なお世話だクソッタレ。


 そんな会話をしながら、話はさっき見た未確認飛行物体に移った。
 だって普通に気になるんだもの。

「結局さ、いつからあんな訳の分かんないモンが、空から降ってくるようになったわけ?」

「別に降ってくるばかりでは無いがな、いつ頃と言われれば、五次元間の移動技術が発見されるようになってからじゃ。といっても当初は、極僅か、何時ものゴシップ程度にしか世間に浸透していなかった」

「当初はねえ……。ってことは、本格的にはやっぱり?」

「そう、実際に技術が確立してからアレらは現れた。それから、それなりに年月は立っているがその正体は今だ分からぬ」

「だからいつまで立っても未確認飛行物体って訳ね。納得」

 そう言いながら、俺は緑茶をすする。

「だが、いつかは何かしらの答えは出るじゃろう。それまでは気長に待つしかあるまい」

「答えが出たところで、どうにもなんねぇ気がするがなぁ……」

「それは政府次第じゃろう。一般人の認識では大きい雹程度に受け入れられとる」

「それってどうよ?」

「大きな実害が無くば、人々は興味を示さん。それが人間というものよ」

「そりゃあ、まあ……そうかもしんないけどもねぇ」

 なんだかなあ。
 
 
 昼飯も食い終え、汗が臭いと風呂を促された俺は、屋敷の温泉で疲れを癒やし終えた。
 あ~、やっぱいいよな温泉。これが無きゃやってらんねえよ。
 人里離れたここの娯楽なんて、温泉とテレビぐらいなもんだ。年寄りみたいだけど、実際ババアが住んでるんだから仕方ない。

 「さてと……これからどうするか」

 ドライヤーで乾かし切れなかった髪をタオルで拭きつつ、俺は居間へとやってきた。
 そこにはババアの姿は無く、代わりに一枚の紙が置いてあった。

「ん? なになに?」

『表に出てこい。面白いものが見れるぞ』

 それだけ書かれていた。
 珍しいな。こんな風に誘ってくるとは。いつもなら修行だ、家事だ、とか言って無理矢理連れ回されるのに。……まあ良いか。

 俺は服をさっさと着替えて、玄関の扉に手を掛けた。

「一体何を見せてくれるって言うんだか」

 扉を開き、そこで待っていたのは……。

「よう来たのう。客が来とるぞ、中々楽しい事になりそうじゃ」

 不敵に笑うババアとその向こう側、そこにいたいたのは――!


 ◆ ◆ ◆


 玄関の扉を開けたモナーガはあまりの光景に絶句をしてしまう。
 しかしながら面食らうのも無理はない。

 仙女『サーラン』と共にいたのは、まさしくこの世の者とは到底思えない、形容しがたきナニモノかの姿。

 遊星からのなんとやらと呼ぶべきか? 将又、素直に怪物と呼ぶべきか?
 少なくともそれが、地球外の異形生物にある事に違いなし。

 その者達、そう複数存在する者達は皆、同じ姿。
 後頭部が異様に肥大化し、顔面はどこが目なのかも分からない。そして全身を覆うは、鎧とも呼べるような漆黒の皮膚である。
 また、その身体は筋肉質でありながらも、贅肉と脂肪によって膨れ上がっている。
 その姿は、醜悪にして滑稽であり、また奇怪であった。
 テカりを帯びた肉体と大きく避けた口から溢れる唾液。
 その足元では、唾液によって地面が煙を上げていたのである。

 彼らは一様に何か呻き声のようなものを上げているが、サーラン達には理解は出来ない。
 それは、彼らが人間の声帯を持っていない為か、それとも独自の言語で会話しているのか?

 少なくとも彼らが放つ雰囲気は、大凡《おおよそ》友好的なものでは決して無かったのである。

「な、ななななっ! なんだこいつら!? ど、どういう事だババア!!?」

「正体なぞ知らん。恐らくあの未確認飛行物体と関係があるじゃろうが、流石に地球外の事にはめっきりなんでな」

 動揺に動揺を重ねて全身を震わすモナーガとは対称的に、
あっけからんとするサーラン。

「見ての通り化け物じゃ。お前の好きそうな見た目をしておるじゃろ?」

「なわけねえだろ!! あんたどんな目で俺の事見てんだ!?」

「まあまあそう言うな。……実を言うとの、こやつらと会うのはこれが初めてでもない」

「はあ?」

「政府からの発表は無いが、恐らくこの星の人間と接触する機会がこれまでにもあったんじゃろう。目的は知らんが、少なくとも最初に出会った時は襲いかかられた」

 返り討ちにしてやったがの。何が面白いのか、まるで昔の思い出話でも語るかのようなサーラン。
 かの奇怪生物はサーランの張った結界により近づく事が出来ずいる。

「まあ、そんな話はどうでも良いじゃろう。ここいらで儂の威厳を拝ませてやる。よーく見ておけ」

 言うやいなや、サーランは静かに目を閉じる。すると彼女の周囲に、青白い光の玉が浮かび上がった。
 それはゆっくりとサーランの周りを漂いながら、やがて彼女を取り囲むように集束する。
 その光景は、さながら光に包まれているようであった。
 しかし、ただの光ではない。
 次第にその輝きは強くなっていく。

 その瞬間である。しかと目を開いたサーラン、その肉体に変化が訪れる。

 幼子を呈していたその肉体は、瞬く間に大きくなり、その皮膚が、肌が、異なる色へと変貌する。
 全身を染め上げる白。その頭部に獣の耳が、その臀部には獣の尾が。
 その顔つきは人では無く、狐を思わせる。―――その姿、妖狐と呼ぶべきか!

「……変身しちゃったよ……」

 驚愕のあまり、呆然と立ち尽くすモナーガ。

「何を惚けておる。お前の師の姿、見逃すでない」

 その言葉と共に、奇怪生物をせき止めていた結界を解除する。
 すとろ当然だが、途端に奇怪生物の群れは一斉にサーランへと飛びかかる。

「あ、危ねえ!」

 思わず叫ぶモナーガ。

「案ずるな」

 そう言うと、サーランは迫り来る奇怪生物に対し、腕を突き出す。

「はっ!!」

 仙狼咆せんろうほう――!
 掛け声と同時に、放たれるは狼を象ったチャクラの塊。
 それが一体の異形生物に直撃し、爆発音と共に吹き飛ばす。
 呆気無く、あまりにも呆気無く同胞を一人やられた奇怪生物は思わず呆然としてしまうも、それも一瞬の出来事である。

 先程以上の殺気に満ち溢れた眼差しで、サーランを睨みつけると再び彼女に襲いかかる。
 しかし、サーランは臆する事なく、むしろそれを待っていたかのように不敵な笑みを浮かべると、今度は両手を広げる。

「来い。まとめて相手になってやる」

 挑発を受けた奇怪生物達、
要望に応えるが如く四方から襲い来る群れ、群れ、群れ!
 しかしである。

 仙猿駕撃せんえんがげき――!
 サーランが放ったのは掌底打ち。
 それが、奇怪生物達に次々と炸裂していく。
 まるで紙切れのように宙に舞う奇怪生物達。
 その光景に唖然として見つめるモナーガ。

「……マジかよ、……あいつら相手に一人で、やっぱりトンデモねえババアだな」

「まだまだこの程度、食後の運動にもならんわ。ほれほれ、ぼーっとしている暇はないぞ」

 余裕の表情で、サーランは指を振る。

「なにせこやつら、数だけは相当じゃからの」

 サーランの言葉通り、またぞろ押し寄せてくる奇怪生物達の数、その軍勢とくればまるで蟻の大群である。

「なっ!? まだあんなにいんのかよ!?」

「なに、心配はいらぬ。ほれ、返してやるからお前も手伝え」

 サーランはどこから取り出したのか、モナーガから預かっていた多目的変身ブレス『FZコマンダー』を返還する。

「こ、このタイミングかよ……。ババア知ってたのか?」

「お前を介抱したのは誰だと思っておる、嫌ならもう一度取り上げるぞ」

「ち、仕方が無い。だったらリクエストに応えて久しぶりに暴れてやらあ!!」

 左腕に取り付けたFZコマンダーに触れるモナーガ、指紋を読み取り生体電気から彼の意思を汲み取ると、微粒子状に格納されていた超光金属『ゼスト合金』がモナーガの全身を覆い、瞬時に外宇宙探査型強化外骨格『シャトルクロス』へと変化させる!

「どうもイマイチ着心地が良くないなあ、やっぱオートメンテじゃこんなもんか」

「何をぶつくさ言うとる。どの程度のものか見てやろう、構えい」

 そして二人は背中合わせになると、迫り来る奇怪生物の軍勢を迎え撃つ。

 蓮覇獅子仙爪れんぱししせんそう――!
 サーランによる鋭い爪牙が、迫り来る奇怪生物を次々と切り裂いていく。
その様はまさに百獣の王ライオンのそれである。
 次々と細切れになっていく奇怪生物、やがて肉片が山となり積み重なっていく。

 一方、シャトルクロスを装着したモナーガはというと、

「オラァ!!」

 両手を前に突き出し、エネルギーを集める。

 ボルトブレーカー――!
 帯電した電気を拡散放電させる。その威力は凄まじく、放出された電撃が辺り一面に広がり、奇怪生物達を飲み込んでいく。
 瞬く間に焦土へと化す周囲。

「ほう、中々良いではないか。その調子でどんどん蹴散らせい」

「けっ、言われなくても目に物拝ませてやるよッ!」

 まだまだ、その数に衰えを見せない軍勢に、今度は右腕を構える。
 すると、腕部上部にせり出す砲門。放たれたるは、全てを貫く閃光!

 ニードルビームガン――!
 秒間三十発で次々と撃ち出される光弾は、迫り来る奇怪生物達を撃ち抜いていき、たちまち屍の山を築く。

「はっ! そこだっ!!」

 サーランは尻尾を器用に使い、襲い来る奇怪生物の身体を貫いた。

「ふう。しかし数ばかり多くて少々飽きてきたのう。仕方ない、一発でかいのを食らわせてやるとするか。……巻き添え食らわんように気を付けておけよ」

「ああ!? 何だって、何か言ったか!?」

 久しぶりの戦闘に集中力を割いてサーランの言葉を聞き取れなかったモナーガ。それでも集音機能が完全に修復していたならば、恐らく問題はなかっただろう事が、まさに悲劇を演出していたのだ。

 両の拳を腰に据え、チャクラを溜める動作を取るサーラン。もちろんそんな隙を見逃す者はおらず、かたきに向かって群がる奇怪生物達。

 それこそが、あだとなるのだ。

 仙狐幻皇羅刹せんこげんおうらせつ――!
 サーランの全身から放たれるは、神々しいまでに眩い黄金色のオーラである。
それはまるで黄金の輝きを放つ雷のようであった。
 黄金に輝くサーランの姿を目の当たりにした奇怪生物達は、本能的に危険を感じ取ったのか、一斉に逃げようとする。

 しかし、時すでに遅し!
 その姿、視界に入れた時点で逃げ場など存在はしないのだ!

「天よりの罰じゃ……その身で受けよ!!」

 仙狐空前烈波せんこくうぜんれっぱ――!
 次の瞬間、サーランの周囲に展開された無数の魔法陣より放たれた、数え切れない程の光の刃によって、奇怪生物達の群れは一瞬にして細切れにされた。それでも収まる所を知らない余波は、そのまま周辺を蹂躙し続け、そして……。

「ぎゃあああああ!!!」

 忠告を聞き逃したモナーガは、サーランの放った衝撃波に巻き込まれてしまう。

「あ~あ、だから言わんこっちゃ無い」

「やりやがったなババア!!」

「ふん、忠告はしたろうに。ほれ、後一息じゃ。片付けるぞ」

 なんと言う事か。屋敷周りを犇めくように埋め尽していた奇怪生物も最早、目視で数える程にまで減っていた。
 それを見届けた二人は、最後の仕上げにかかる。

「くっそ! 覚えてろよババア……!」

 悪態を付くモナーガは左手の掌を掲げ、炉心からエネルギーをかき集める。
 そこから飛び出して行った物は、奇怪生物達にとってまさしく絶望の具現化と言えるだろう。

 マイクロブラックホール――!
 モナーガの元を飛び出した、米粒よりも小さい黒球は、やがて空間を押し潰しながら膨張を始める。重力崩壊を引き起こしながら急速に巨大化していく様は、さながら宇宙誕生を彷彿とさせる光景だった。
 そして、その大きさは瞬く間に数メートルまで膨れ上がり、やがて限界を迎えたその球体からは、膨大な熱量と光が溢れ出す。
 そして、その光と闇が混ざり合う中心点には、超高温超高密度の超高エネルギー粒子が渦巻いていた。その様はまさに、光と闇の融合である。

 何物も抗う術は無し! 超重力の暴力に飲まれはすれど、逃れる事など叶わないのだ!
 全ては終わった後、そこには何も残ってはいない。全てが原子の粒へと還元されていったのだ。

「やっべぇ、流石にやり過ぎたかな?」

「ここが儂の家の敷地で良かったな。これが森の中ならえらい事になってたわ」

「は、反省してるよ。悪かったって」

 仮面の下で冷や汗を掻くモナーガ。大気圏内でこの技を使うのは初めての経験であった。

 しかしながら、ここは仙女サーランの屋敷である。その周辺にはある仙術が施されており、謂わば現実の空間とは切り離されているのだ。
 これこそが、仙術・仙狸朧幻瑶せんりおぼろげんようである。
 特筆すべきは、その空間を突破してきた謎の奇怪生物の業もしくは技術の方だ。
 今のところ、現代科学では到達できないはずの空間への介入。サーランの警戒を引き上げるにこれ以上は無い。

「……さて、では最後の仕上げといこうかの」

「はあ? 仕上げって、もう何もいないけど……」

 そう、周辺の敵はもうどこにもいない、二人の奮戦によりものの見事に殲滅されたからだ。
 では、サーランの告げる仕上げとは一体何か?
 その答えを示すように、上空を見上げるサーラン。
 思わず顔を見上げるモナーガだったが、当然そこには何もいない。
 一体どういう事か? 首を傾げるモナーガだが、もしや一つ閃いた。

「まさか……!?」

 サーチモードを起動し、索敵範囲を広げる。
 するとどうだ。透き通る青い空の向こう。そう、大気圏を突き抜けた暗黒の空間にその存在を確認した。
 それは、巨大な船。こうしてサーチを掛けなければ認識する事が出来ないのは、単に距離があるからだけでは無い。ステルス状態でその姿を隠しているからだ。
 頭部モニターに読み取った情報が表示される。
 それは、全長十二キロメートルにも及ぶ巨大戦艦。
 それが、巨大の砲門を構えて地球に、いや、こちらに向けられていたのだ!

「あれは……宇宙船だとッ!!?」

「やっと気付いたようだな。まったく、遅いわ」

「いや、だって、あんなもん普通気付かないぜ!?」

「やれやれ、お前の持つ科学の力もそれほどでもないようじゃ。まあ、いい。
肩慣らしのフィナーレにしては、ちと派手な物を見せてやろう」

 両手を腰の右側に引き、構えを取るサーラン。
 途端にモニターが、そこにあつまる膨大なエネルギーの存在を感知し、思わず後ずさってしまうモナーガを一体誰が責められようか。

「な、なんだババア……? い、一体何しようって?!」

「黙って見ておれ。但し、しっかり地に足を付けねば吹き飛ばされてしまうかもしれんがな」

「……え?」

 それ以上話す事は無いと言わんばかりに口を閉ざすサーラン。
 それを見たモナーガは、慌てて周辺にあった物にしがみつく。
 しかし時すでに遅し!
 サーランの全身から放たれたのは、神々しいまでに眩く黄金色のチャクラのオーラ。そして、その両腕の中に眩く輝くチャクラ光!

 今、解き放つ! これぞ仙術を極めし者の極地の一つ!

 霊龍砲れいりゅうほう――!

 其は正しく龍。天へ向け、悠然と飛び立つ黄金の龍であった。
 その雄々しき姿は、見る者を圧倒する。
 そして、その力はただ破壊のみに留まらず、空の彼方へと消えていく。

 その瞬間である、奇怪生物達の戦艦から地球を破壊せんと発射されたるは遥か巨大なエネルギーの砲。
 二つの膨大な破壊エネルギーが、天空に於いてぶつかり合う。
 しかし、しかしである! 拮抗したの一瞬のみ、瞬く間に龍が飲み込み、さらなる力を蓄え、大気の壁さえも穿ち、巨大戦艦へと到達、蹂躙を始めたのである。まるで、それは太陽の輝き!
 全ての物を焼き尽くさんとするその光は、やがて宇宙の闇すらも照らし出す。
 後に残ったのは、全てを喰らい尽くした一筋の光。

 こうして、地球は未知なる脅威より救われたのである!
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