上 下
11 / 13

第11話

しおりを挟む
 ここは、城の展望台。
 眩く月明かりが照らすその場所から見える星々は、まさに絶景と言って過言ではない。
 しかし、何故だろう? あの日、あの夜に、ウイル様と見た何でもない星空の方が輝いて見えた気がするのは。この視界一杯に広がる星を見ても、心が動かないのは。

――やっぱり、思いつきで来るものじゃなかったな。

 そう思って、踵を返そうとした私に、不意に声が掛けられる。

「これはこれは、サラタお嬢様ではありませんか」
「……ルーイン、さん?」

 真っ白なドレスを着たその可憐な少女は、微笑みを浮かべていた。

「ご機嫌麗しいようで何よりですわ。城を出て行かれてから心配していたんですのよ」
「それは本気? それとも冗談?」
「冗談? まさか。わたくし、お嬢様とは良い友人になれるものと思っておりますわ。今でも、ね」

 口元に手を当てクスリと笑うその姿は、まるで年相応の少女そのもの。
 しかしその瞳の奥に宿る光は妖しく、怪しげに揺らめいている。
 私は一歩後ずさる。

「あら、どうしてそんなに怖がられていますの? ふふ、可笑しな方」

 どういう事だろう?
 彼女の態度にわざとらしさを感じないのは。
 彼女は本気だ。本気で可笑しいと感じているし、私と友達になりたいとも考えている。
 何故かそれが、手に取るように分かってしまった。

 この娘は、一体……何?

 頭の中にいくつもの疑問が生まれ、消えてくれない。
 破裂しそうな程の疑問、疑惑に苛まれてしまい、頭痛に襲われそうになった時、私はそれを振り払うように口を開いた。吐き捨てたかったのだ。

「ラーテン様は死んだわ。もう貴女の愛した方はいないのよ」
「ええ、あの御方は立派に御役目を果たされました。少々、寂しゅうございますが、十分な愛を語らう事も出来ましたので、その時間を下さったお嬢様には感謝をするべきですわね。ありがとうございます」

 何がそれ程面白いのか、微笑みを絶やす事無く、スカートの裾を持ち上げて御辞儀をして見せる。

「一体何を言っているの? 役目? 貴女、何者?」

 私は必死だった。目の前にいるこの少女があまりに得たいの知れないものだから、心がざわついてくる。体に熱が帯び始め、警告はけたたましい。
 彼女は首を傾げると、すぐに戻し、あの笑みのまま答えた。

「私は飽くまでも、あの方の欲望の火に薪をべただけですので。そこに、私の我が儘が含まれてないかと問われれば、そうではありませんが」
「要領を得ないわ。結局、何なの?」
「わたくしは所詮、針に過ぎませんわ。ただ、退屈しのぎに少々時計を早めてみたくなっただけ、それだけの事ですの」
「……意味が分からない」
「そうですか。でも、きっとそう遠くないうちに理解をしてしまう日が訪れる事でしょう」

 それだけ話すと、彼女は展望台の手すりへ、優雅にまるでダンスを踊るように向かい、手を置いた。星空を見上げ、月明かりに照らされる様は、実に、恐ろしい程に絵になっている。

「この星空……綺麗なこの景色を貴女様と見られた事、まさに幸運と呼ぶべきしょうね」

 突如の事、彼女は手すりの上に身を乗り出した。
 私は、驚きのあまり声を上げる事も出来なかった。

「こうして、貴女様とお友達になれそうなのに……、仕方がありませんわね。サラタお嬢様……」

 手すりの上で振り向いた彼女は、それまで以上の笑み――まさに満面の笑みを浮かべて、私にこう告げた。



「おさらばでございます」



 背中から、そうそのまま、彼女は地上へと落ちていく。
 一切の戸惑いを感じさせる事なく、堂々と満足気に。
 その白いドレス姿と相まって、悠々と大地へ舞い降りる鳩のように。
 思わず手すりまで駆け寄るも、私にはどうする事も出来ず。
 彼女の姿が闇に溶け込んでいく様を眺めていた。
 
 やがて、鈍い音が辺りに響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヒロインに悪役令嬢呼ばわりされた聖女は、婚約破棄を喜ぶ ~婚約破棄後の人生、貴方に出会えて幸せです!~

飛鳥井 真理
恋愛
それは、第一王子ロバートとの正式な婚約式の前夜に行われた舞踏会でのこと。公爵令嬢アンドレアは、その華やかな祝いの場で王子から一方的に婚約を解消すると告げられてしまう……。しかし婚約破棄後の彼女には、思っても見なかった幸運が次々と訪れることになるのだった……。 『婚約破棄後の人生……貴方に出会て幸せです!』  ※溺愛要素は後半の、第62話目辺りからになります。 ※ストックが無くなりましたので、不定期更新になります。 ※連載中も随時、加筆・修正をしていきます。よろしくお願い致します。 ※ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

【完結】私は側妃ですか? だったら婚約破棄します

hikari
恋愛
レガローグ王国の王太子、アンドリューに突如として「側妃にする」と言われたキャサリン。一緒にいたのはアトキンス男爵令嬢のイザベラだった。 キャサリンは婚約破棄を告げ、護衛のエドワードと侍女のエスターと共に実家へと帰る。そして、魔法使いに弟子入りする。 その後、モナール帝国がレガローグに侵攻する話が上がる。実はエドワードはモナール帝国のスパイだった。後に、エドワードはモナール帝国の第一皇子ヴァレンティンを紹介する。 ※ざまあの回には★がついています。

「子供ができた」と夫が愛人を連れてきたので祝福した

基本二度寝
恋愛
おめでとうございます!!! ※エロなし ざまぁをやってみたくて。 ざまぁが本編より長くなったので割愛。 番外編でupするかもしないかも。

妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします

リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。 違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。 真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。 ──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。 大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。 いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ! 淑女の時間は終わりました。 これからは──ブチギレタイムと致します!! ====== 筆者定番の勢いだけで書いた小説。 主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。 処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。 矛盾点とか指摘したら負けです(?) 何でもオッケーな心の広い方向けです。

乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった

恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。 そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。 ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。 夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。  四話構成です。 ※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです! お気に入り登録していただけると嬉しいです。 暇つぶしにでもなれば……! 思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。 一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

処理中です...