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第11話
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ここは、城の展望台。
眩く月明かりが照らすその場所から見える星々は、まさに絶景と言って過言ではない。
しかし、何故だろう? あの日、あの夜に、ウイル様と見た何でもない星空の方が輝いて見えた気がするのは。この視界一杯に広がる星を見ても、心が動かないのは。
――やっぱり、思いつきで来るものじゃなかったな。
そう思って、踵を返そうとした私に、不意に声が掛けられる。
「これはこれは、サラタお嬢様ではありませんか」
「……ルーイン、さん?」
真っ白なドレスを着たその可憐な少女は、微笑みを浮かべていた。
「ご機嫌麗しいようで何よりですわ。城を出て行かれてから心配していたんですのよ」
「それは本気? それとも冗談?」
「冗談? まさか。わたくし、お嬢様とは良い友人になれるものと思っておりますわ。今でも、ね」
口元に手を当てクスリと笑うその姿は、まるで年相応の少女そのもの。
しかしその瞳の奥に宿る光は妖しく、怪しげに揺らめいている。
私は一歩後ずさる。
「あら、どうしてそんなに怖がられていますの? ふふ、可笑しな方」
どういう事だろう?
彼女の態度にわざとらしさを感じないのは。
彼女は本気だ。本気で可笑しいと感じているし、私と友達になりたいとも考えている。
何故かそれが、手に取るように分かってしまった。
この娘は、一体……何?
頭の中にいくつもの疑問が生まれ、消えてくれない。
破裂しそうな程の疑問、疑惑に苛まれてしまい、頭痛に襲われそうになった時、私はそれを振り払うように口を開いた。吐き捨てたかったのだ。
「ラーテン様は死んだわ。もう貴女の愛した方はいないのよ」
「ええ、あの御方は立派に御役目を果たされました。少々、寂しゅうございますが、十分な愛を語らう事も出来ましたので、その時間を下さったお嬢様には感謝をするべきですわね。ありがとうございます」
何がそれ程面白いのか、微笑みを絶やす事無く、スカートの裾を持ち上げて御辞儀をして見せる。
「一体何を言っているの? 役目? 貴女、何者?」
私は必死だった。目の前にいるこの少女があまりに得たいの知れないものだから、心がざわついてくる。体に熱が帯び始め、警告はけたたましい。
彼女は首を傾げると、すぐに戻し、あの笑みのまま答えた。
「私は飽くまでも、あの方の欲望の火に薪を焚べただけですので。そこに、私の我が儘が含まれてないかと問われれば、そうではありませんが」
「要領を得ないわ。結局、何なの?」
「わたくしは所詮、針に過ぎませんわ。ただ、退屈凌ぎに少々時計を早めてみたくなっただけ、それだけの事ですの」
「……意味が分からない」
「そうですか。でも、きっとそう遠くないうちに理解をしてしまう日が訪れる事でしょう」
それだけ話すと、彼女は展望台の手すりへ、優雅にまるでダンスを踊るように向かい、手を置いた。星空を見上げ、月明かりに照らされる様は、実に、恐ろしい程に絵になっている。
「この星空……綺麗なこの景色を貴女様と見られた事、まさに幸運と呼ぶべきしょうね」
突如の事、彼女は手すりの上に身を乗り出した。
私は、驚きのあまり声を上げる事も出来なかった。
「こうして、貴女様とお友達になれそうなのに……、仕方がありませんわね。サラタお嬢様……」
手すりの上で振り向いた彼女は、それまで以上の笑み――まさに満面の笑みを浮かべて、私にこう告げた。
「おさらばでございます」
背中から、そうそのまま、彼女は地上へと落ちていく。
一切の戸惑いを感じさせる事なく、堂々と満足気に。
その白いドレス姿と相まって、悠々と大地へ舞い降りる鳩のように。
思わず手すりまで駆け寄るも、私にはどうする事も出来ず。
彼女の姿が闇に溶け込んでいく様を眺めていた。
やがて、鈍い音が辺りに響いた。
眩く月明かりが照らすその場所から見える星々は、まさに絶景と言って過言ではない。
しかし、何故だろう? あの日、あの夜に、ウイル様と見た何でもない星空の方が輝いて見えた気がするのは。この視界一杯に広がる星を見ても、心が動かないのは。
――やっぱり、思いつきで来るものじゃなかったな。
そう思って、踵を返そうとした私に、不意に声が掛けられる。
「これはこれは、サラタお嬢様ではありませんか」
「……ルーイン、さん?」
真っ白なドレスを着たその可憐な少女は、微笑みを浮かべていた。
「ご機嫌麗しいようで何よりですわ。城を出て行かれてから心配していたんですのよ」
「それは本気? それとも冗談?」
「冗談? まさか。わたくし、お嬢様とは良い友人になれるものと思っておりますわ。今でも、ね」
口元に手を当てクスリと笑うその姿は、まるで年相応の少女そのもの。
しかしその瞳の奥に宿る光は妖しく、怪しげに揺らめいている。
私は一歩後ずさる。
「あら、どうしてそんなに怖がられていますの? ふふ、可笑しな方」
どういう事だろう?
彼女の態度にわざとらしさを感じないのは。
彼女は本気だ。本気で可笑しいと感じているし、私と友達になりたいとも考えている。
何故かそれが、手に取るように分かってしまった。
この娘は、一体……何?
頭の中にいくつもの疑問が生まれ、消えてくれない。
破裂しそうな程の疑問、疑惑に苛まれてしまい、頭痛に襲われそうになった時、私はそれを振り払うように口を開いた。吐き捨てたかったのだ。
「ラーテン様は死んだわ。もう貴女の愛した方はいないのよ」
「ええ、あの御方は立派に御役目を果たされました。少々、寂しゅうございますが、十分な愛を語らう事も出来ましたので、その時間を下さったお嬢様には感謝をするべきですわね。ありがとうございます」
何がそれ程面白いのか、微笑みを絶やす事無く、スカートの裾を持ち上げて御辞儀をして見せる。
「一体何を言っているの? 役目? 貴女、何者?」
私は必死だった。目の前にいるこの少女があまりに得たいの知れないものだから、心がざわついてくる。体に熱が帯び始め、警告はけたたましい。
彼女は首を傾げると、すぐに戻し、あの笑みのまま答えた。
「私は飽くまでも、あの方の欲望の火に薪を焚べただけですので。そこに、私の我が儘が含まれてないかと問われれば、そうではありませんが」
「要領を得ないわ。結局、何なの?」
「わたくしは所詮、針に過ぎませんわ。ただ、退屈凌ぎに少々時計を早めてみたくなっただけ、それだけの事ですの」
「……意味が分からない」
「そうですか。でも、きっとそう遠くないうちに理解をしてしまう日が訪れる事でしょう」
それだけ話すと、彼女は展望台の手すりへ、優雅にまるでダンスを踊るように向かい、手を置いた。星空を見上げ、月明かりに照らされる様は、実に、恐ろしい程に絵になっている。
「この星空……綺麗なこの景色を貴女様と見られた事、まさに幸運と呼ぶべきしょうね」
突如の事、彼女は手すりの上に身を乗り出した。
私は、驚きのあまり声を上げる事も出来なかった。
「こうして、貴女様とお友達になれそうなのに……、仕方がありませんわね。サラタお嬢様……」
手すりの上で振り向いた彼女は、それまで以上の笑み――まさに満面の笑みを浮かべて、私にこう告げた。
「おさらばでございます」
背中から、そうそのまま、彼女は地上へと落ちていく。
一切の戸惑いを感じさせる事なく、堂々と満足気に。
その白いドレス姿と相まって、悠々と大地へ舞い降りる鳩のように。
思わず手すりまで駆け寄るも、私にはどうする事も出来ず。
彼女の姿が闇に溶け込んでいく様を眺めていた。
やがて、鈍い音が辺りに響いた。
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