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第5話
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数週間程の時間が過ぎた。
それだけの時が経てば、家の記憶もおぼろに変わる。そうであって欲しかったが、全く嬉しいことに違うようだ。
かつての従者達は全て従順だった。ある意味非常に優秀だったのだろう。
父の行動に何の疑いもなく従ってしまうのだ。所詮捨て子に気を向けるはずはない。
全ての人間がその顔に微笑みを張り付けているのだ。
いつになったら消えてくれるのか? 記憶に意思は介在しない。
庭先に花が咲いた。残念ながらその名前は分からない。ただ、手を加えたその庭の見栄えはある程度よくなっているだろう。
一時期沸き続けた苛立ちもすっかり鳴りを潜めた。そうなってくると感じるものがある。
この屋敷に吹く風が気持ち良い。森の木々の合間を縫って吹き付ける。
鳥の声や虫の音すら聞こえてくるような気がする。
空を見上げると雲が流れていく。
日差しが強くなってきただろうか? 暖かさを感じるようになってきたかもしれない。
季節の変化を感じられるようになったのだから、人間となってきた証左になるのではないかと思う。
何より、これは私の心の拠り所がこの屋敷を選んだ。この襤褸ついた家が今は愛おしい、本当に。
そしてその襤褸も、最近は着飾るようになった。
数週間、言葉の上では単純な時間だが体感は違う。かつての幽霊の住処のような邸宅ではないと胸を張れるようになってきた。
これも全てはウイル様の頑張りあってこそ。
「彼の目的は何? 今だそのお考えが読めない」
「どうされたのか? サラタ殿」
「いえ、貴方のお耳に入れるほどのことではありませんが」
いつの間にか帰ってきたのか。つまらない独り言を聞かれてしまった。
「それよりどうか? この生活は貴女にとって不自由なものに違いが無いだろう。
不満があれば、素直に答えて欲しい」
「答えれば、どうなさるので?」
「無論のこと、改善に励むだけだ。
我々は共同体、貴女の苦しみは俺の心にも通じる」
「ご冗談がお好きなようで。私が苦しんでいるなどと、本気で思っていらっしゃるのですか?」
私の言葉に思わず笑ったウイル様。しかし、その瞳に嘘偽りは無いように見える。
だからこそ、私は彼を信頼しているのだ。その油断無き眼差しに刺されるのも心地よくなってきていた。
「この屋敷も悪く無い、貴女が居て俺が過ごせる場所は、王宮に優る。
満足しているさ」
「穴の空いた床を塞ぎ、
年代物のベッドに襤褸の布を敷いただけの寝床でもよろしいと?」
「そうだな、シーツは流石に新調したいか。今度織ってみよう」
「それならば私が。既に済ませておきましたので、今日よりどうぞお寛ぎを」
「貴女は仕事が早い。俺という矮小さが浮き彫りになるな」
そんなことは勿論ない。彼は私には勿体無いほどに素晴らしいお人だ。
そう、心から思う。
しかし、それを口に出すことは憚られた。
それはきっと、彼に期待してはいけないからだ。
この数週間の関係は、男女の在り方として健全では無い。一度も手を触れ合った事の無い二人が正しき仲とは思えない。
そう考えてしまう程度には、私の価値観は母に染まっていた事に気づき、冷ややかな己を彼から離すべく、移動しようとした。
「では、私はこれにて」
「いや、待って欲しい。やっと落ち着いてきたのだ。
少しばかり貴女の時間を頂きたい」
「……ご随意に。ですが面白き女では無い事を、改めて念頭にお入れくだされば」
「貴女との時間は楽しい。……瞬間なのだ、これは俺の人生に替えが効かないものだと思っている」
(……ずるいお人)
そう思いながらも、初めて彼の手を取った。
それだけの時が経てば、家の記憶もおぼろに変わる。そうであって欲しかったが、全く嬉しいことに違うようだ。
かつての従者達は全て従順だった。ある意味非常に優秀だったのだろう。
父の行動に何の疑いもなく従ってしまうのだ。所詮捨て子に気を向けるはずはない。
全ての人間がその顔に微笑みを張り付けているのだ。
いつになったら消えてくれるのか? 記憶に意思は介在しない。
庭先に花が咲いた。残念ながらその名前は分からない。ただ、手を加えたその庭の見栄えはある程度よくなっているだろう。
一時期沸き続けた苛立ちもすっかり鳴りを潜めた。そうなってくると感じるものがある。
この屋敷に吹く風が気持ち良い。森の木々の合間を縫って吹き付ける。
鳥の声や虫の音すら聞こえてくるような気がする。
空を見上げると雲が流れていく。
日差しが強くなってきただろうか? 暖かさを感じるようになってきたかもしれない。
季節の変化を感じられるようになったのだから、人間となってきた証左になるのではないかと思う。
何より、これは私の心の拠り所がこの屋敷を選んだ。この襤褸ついた家が今は愛おしい、本当に。
そしてその襤褸も、最近は着飾るようになった。
数週間、言葉の上では単純な時間だが体感は違う。かつての幽霊の住処のような邸宅ではないと胸を張れるようになってきた。
これも全てはウイル様の頑張りあってこそ。
「彼の目的は何? 今だそのお考えが読めない」
「どうされたのか? サラタ殿」
「いえ、貴方のお耳に入れるほどのことではありませんが」
いつの間にか帰ってきたのか。つまらない独り言を聞かれてしまった。
「それよりどうか? この生活は貴女にとって不自由なものに違いが無いだろう。
不満があれば、素直に答えて欲しい」
「答えれば、どうなさるので?」
「無論のこと、改善に励むだけだ。
我々は共同体、貴女の苦しみは俺の心にも通じる」
「ご冗談がお好きなようで。私が苦しんでいるなどと、本気で思っていらっしゃるのですか?」
私の言葉に思わず笑ったウイル様。しかし、その瞳に嘘偽りは無いように見える。
だからこそ、私は彼を信頼しているのだ。その油断無き眼差しに刺されるのも心地よくなってきていた。
「この屋敷も悪く無い、貴女が居て俺が過ごせる場所は、王宮に優る。
満足しているさ」
「穴の空いた床を塞ぎ、
年代物のベッドに襤褸の布を敷いただけの寝床でもよろしいと?」
「そうだな、シーツは流石に新調したいか。今度織ってみよう」
「それならば私が。既に済ませておきましたので、今日よりどうぞお寛ぎを」
「貴女は仕事が早い。俺という矮小さが浮き彫りになるな」
そんなことは勿論ない。彼は私には勿体無いほどに素晴らしいお人だ。
そう、心から思う。
しかし、それを口に出すことは憚られた。
それはきっと、彼に期待してはいけないからだ。
この数週間の関係は、男女の在り方として健全では無い。一度も手を触れ合った事の無い二人が正しき仲とは思えない。
そう考えてしまう程度には、私の価値観は母に染まっていた事に気づき、冷ややかな己を彼から離すべく、移動しようとした。
「では、私はこれにて」
「いや、待って欲しい。やっと落ち着いてきたのだ。
少しばかり貴女の時間を頂きたい」
「……ご随意に。ですが面白き女では無い事を、改めて念頭にお入れくだされば」
「貴女との時間は楽しい。……瞬間なのだ、これは俺の人生に替えが効かないものだと思っている」
(……ずるいお人)
そう思いながらも、初めて彼の手を取った。
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