神槍のルナル

未羊

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第四章『運命のいたずら』

歪みゆく時

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 ルナルたちがそれぞれに行動している頃、アカーシャとソルトは魔界に戻っていた。
 この二人が魔界に戻っていた理由は、そろそろ戻らないと魔王城に持ち込まれている報告や相談の処理に手を付けられなくなってしまうからだ。案の定、魔王城に戻ると膨大な量の書類が積み上がっていた。
「想像していた以上にあるな……」
「本当にそうですね。どうしてこんな数になっているのかしら」
「お帰りなさいませ、アカーシャ様、ソルト様」
 あまりの書類の数に呆然としていると、ミントが部屋へと入ってくる。
「ミント、この書類の数は一体……」
「はい、魔界各地からの被害報告が主でございます。なんでも魔物が増えているという事で、力の弱い魔族を中心に対処に追われているようなのです」
 アカーシャが尋ねると、ミントから報告書類の内容が告げられる。
「またなんでそんなに魔物が増えているんだ?」
「私に尋ねられても困ります。今は報告を受けたディラン様が部隊編成を行って対処しております」
 アカーシャの問い掛けにミントは淡々と受け答えをしている。
「そうなのですね。ディランにまで負担を掛けてしまって……。こんな時に留守にしていて申し訳ありませんでしたね」
 ソルトは本当に申し訳ないという顔をしている。
「いえ、お二方はルナル様の側近なのです。ルナル様からの命があれば向かわざるを得ませんから、その事は私たちも重々承知しております」
 それでもミントは淡々と応対していた。
「とりあえず、この書類の山をどうにかしないとな。把握次第あたしらも動く。それまではディランに頑張ってもらうしかないな」
「畏まりました。そうそう、私の方もかなりご迷惑をおかけしているみたいで、心苦しいですね」
 部屋を出ていこうとしたミントが、そんな事を口にする。
「ミーアは仕方ないとしても、ミレルまで出て行ってしまってしまうなんて……。私もできる限り手伝ってはおりますが、私の手だけでは間に合いませんね」
 頬に手を当ててため息を吐くミント。
「ミント、できるだけの事をしているだけでも構わない。無茶をして倒れるなんて事は避けてくれ」
「仰せのままに」
 しかし、アカーシャにこう言われれば素直にその言葉に応じるのだった。

 アカーシャとソルトは改めて書類に目を通していく。ミントの言っていた通り、ほとんどが魔界各地から送られてきた魔物による被害のものだった。
 しかし、この報告書の多くにはある共通点があった。
「ふむ……、思ったより人間界との境界付近からの報告が多いな」
「そうですね。それ以外の地域からの報告と比べてみても、明らかに違いますね」
「しかも、被害の規模が違い過ぎる。これは普通の魔物じゃないな」
「どれどれ……」
 アカーシャの言葉を聞いたソルトが、アカーシャが持っていた報告書を手に取って目を通す。それを見たソルトは驚愕の表情を浮かべた。
「何これ……。弱い魔族とはいっても、魔物に負けるような強さじゃないはずなのに、報告書を読む限り壊滅しているじゃないですか」
「ああ。多分、ガンヌ街道に出たペンタホーンのような変種の魔物だろうな。それだったら魔族が負けて壊滅するなんて状況も納得がいく」
「でも、問題なのは、その被害状況が拡大しているという点ですね」
「ああ、そうだ。おそらくは別の魔族が、魔物を生み出すだけ生み出しておいて放置しているのだろう。しかも、場所が人間界との境界付近だ。このまま食い止められずに人間界に流れ出すような事があれば、人間たちとの戦争は避けられないだろうな」
 アカーシャの懸念している通りである。その理由は、魔物は魔族の干渉によって生み出されるからだ。つまり、魔物が大量に押しかければ、間違いなく魔族が絡んでいると見られてしまい、人間との間で戦争を起こす口実となってしまうというわけである。
 それにしても、いくらルナルの酔った勢いの宣言があったからとはいえ、過激派の魔族どももやりたい放題だ。凶悪な魔物を生み出しておいて野放しにしているのだから。そのせいで、力の弱い魔族たちは巻き添えである。このままでは魔界の秩序すらも崩壊しかねない。この状況にアカーシャは力を籠めて机を思い切り叩いた。
「くそっ! いくらルナル様の不用意な発言が発端とはいえ、過激派の連中は一体何を考えているんだ!」
 アカーシャがそう叫んだ時だった。
 ソルトが身に着けている鞄が突然赤く光り出した。その光に気が付いたソルトは、慌ててそれを机の上に置いた。
「この光は、転声石の光ですね。この赤い光はルナル様からだわ」
 ソルトは慎重に転声石を鞄から取り出すと、静かに机の上に置いた。そして、手を添えて魔力を流し込む。
「ルナル様、ソルトです」
 ソルトが転声石に向けて声を掛ける。
『ソルト? そちらの様子はどうでしょうか』
 転声石からルナルの声が聞こえてくる。
「戻ってきてから確認しましたが、魔王城の中は異常はありませんでした。ただ、山積みになっていた書類には気になる報告がございました」
『山積み……、それはご苦労様ですね。それはそうと、気になる事とは?』
 ソルトの返答を聞いて、ルナルが食いつき気味に反応している。
「ルナル様、アカーシャです。実は、魔界の各地から、魔物による被害の報告が多数上がっているようでして、それについて話をしていたところです」
『なんですって?!』
 転声石からルナルの大きな声が響き渡る。
「ですが、ルナル様はまだそちらの用事が済んでいらっしゃらないはずです。ですので、こちらの事は我々だけでできる限り対処致します。かなり広範囲にわたっていますが、限界はあるでしょうが」
 アカーシャは言葉を尻すぼみさせていた。まだ全部を見ていないとはいえ、そこまでの分だけでも相当な範囲なのである。正直言って難しいとしか言いようがなかった。
 ところが、そこに割り込んでくる者が居た。
『おーい、マスターだ。話は聞いていたぞ。人手が足りないというのなら、うちでも対処に協力するぞ』
 そう、マスターである。アルファガドは屈指のハンターギルドである。こういう時こそ出番だと、マスターが出張ってきたのである。
「いや、これは魔族の問題だ。……と言いたいところだが、被害箇所が人間界ともほど近い場所に集中している。それにマスターなら信頼はできるし、協力を頼もう」
「そうですね。やむを得ませんが、人間が協力して対処してくれるなら、最悪の事態は避けられそうですからね」
 あまりの緊急事態に、アカーシャとソルトは、マスターの申し出を了承したのだった。

 話を終えたマスターは、すぐさま被害箇所を確認して作戦を立て始める。
「智将殿、シグムスへの帰還を急ぎたいところだが、申し訳ないが途中でベティスに寄らせてもらう。ルナルはそのまま智将殿とシグムスへ向かって、セインとルルの二人と合流してくれ」
「分かりました。数日遅れてしまうのは心苦しいですが、まずは智将殿を無事にシグムスまで送り届けませんとね」
 ルナルは事情が事情ゆえに、複雑な表情をしてマスターの申し出を受け入れた。
「まったく、これじゃ保護した少女の話しどころじゃなくなったな。とにかく急ぐか」
 ルナルたちは足早にイプセルタを発ち、ベティスへ向けて馬車を走らせた。

 ルナルが宣言した日まで残り三か月。ここへきて状況はその深刻さをさらに増し始めていた。
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