36 / 113
第二章
第36話 嵐のような忙しさの終わりに
しおりを挟む
結局、その日の営業を終えた頃には、みんな揃ってぐったりとしていた。
なにせピークの時間はひっきりになしにお客がやって来ていたのだから。
それにしても、こんな中途半端な立地のお店に、よくもこんなに人がやって来るものである。
「な、なんなのですか、この忙しさ……」
ミルフィも完全に突っ伏して愚痴をこぼしている。
「てぃ、ティア……。商会に戻る元気があるのでしたら、プレツェを通して発注を増やしておいて下さい。この状態では、明日も明後日も危険な感じしかしません」
「畏まりました。ミルフィ様の仰せの通りに」
ティアはすたすたと歩いて商会へと戻っていく。なぜか彼女だけがピンピンとしていた。魔族のメイドというのは鍛え方が違うのだろうか。
いろいろと思うところもあるが、ひとまずは今日の仕事を無事に終えてくれた従業員に感謝するミルフィである。
(はあ、近くに宿舎を用意して正解だったわ。これじゃ無事に家に帰れるか分かったものじゃないもの……)
顔だけ上げて死屍累々たる状況を見るミルフィは、そう思ったのだった。
「ピアズ、従業員たちを宿舎まで連れて戻ってちょうだい。私はここの後処理をしておきますから」
「承知致しました。ささっ、みなさん従業員宿舎まで戻りましょう」
ピアズに急かされるようにして、従業員たちは立ち上がり、少々ふらふらとしながらもカフェを後にしていった。
カフェにはミルフィ一人だけが残っている。
「ピレシー」
”ふふっ、どうだ、我の言った通りであろう?”
ピレシーを召喚すると、ものすごく得意げに喋っている。疲れているミルフィはそれに文句を言う気すら起きなかった。
”明日の食材は我が溜め込んでいる分から補えるが、さすがに厳しいだろうな。どうするつもりかな、主よ”
ピレシーが意地悪くミルフィに問い掛けてくる。
体を起こしたミルフィは、調理台に肘をついて考え始める。
「プレツェもだいぶ商人としては顔が利き始めましたが、やはり新興商会ゆえに信用がまだまだ薄いんですよね。オーソンさんに頼り続けるにはいきませんけれど、現状では彼の人脈に頼らざるを得ませんね……」
実に悩ましい限りである。
ここまで順調に来れたのも、彼が居てこそ。頭が上がらない一方で、いつまでも頼り続けてもいられないというジレンマのようなものを感じ始めるミルフィである。
「悩んでも仕方ありませんね。とりあえずはこの調理場を片付けておきませんと……」
従業員を一足先に帰らせたので、厨房も店舗の中も営業終了時点の散らかったままの状態だ。それらをひとつひとつ魔法を使って片付けていくミルフィ。
「汚れ具合を見ると、どれだけ酷使したのかがよく分かりますね。ちゃんと手入れをしておかないと、すぐダメになっちゃいそうですね」
汚れを落としてきれいにしたカフェの設備のひとつひとつにリペアの魔法をかけていくミルフィ。魔法をかけていっているとはいっても応急処置的なものなので、いずれダメになってしまうだろう。それでも、カフェの立ち上がりの時期なので、余計な仕事は極力避けておきたいのである。
(せめて半年くらい、道具にはもってもらいませんとね)
ミルフィはそう思いながら、道具のすべてに丁寧に魔法をかけていったのだった。
店舗の内外すべての掃除が終わると、外はすっかり静まり返っていた。街の中の富裕層と平民層の境目、かつちょっと外れた場所にあるとはいえど、夜中の通りというのはなかなかに薄気味悪いものだ。
魔族の住む領域に最も近い街とはいっても、治安がいいかと言われればそうでもない。どんなに頑張っても悪い事をする者は一定数存在してしまうのである。
そういった地理条件もあってか、悪い事をする連中もそれなりに強かったりするのが面倒なところである。
なので、ミルフィも夜の間に出歩く時には、必ず誰かしらが付き添うようになっている。
「ミルフィ様、お迎えに上がりました」
この日やって来たのは、執事のベイクだった。
「ベイク、やけに遅かったではないですか」
「申し訳ございません。羽虫が多かったので、退治に手間取っておりました」
「そうですか。本当にお疲れ様ですね」
「お褒め頂き恐縮でございます」
ミルフィの態度から察するに、この時の羽虫の意味が分かっていたように思える。
「最後にえいっと」
ようやく片付けが終わってカフェを後にするミルフィ。その最後に防犯用の魔法をかけておく。
「ふぅ、帰ったら売り上げの計算ですか。まだ眠れそうにありませんね」
肩をコキコキと鳴らしているミルフィ。まだ若いというのお疲れ様というものである。
「ほっほっ、それは私とプレツェ殿にお任せ下さいませ。ミルフィ様はすぐに休まれた方がよいかと存じます」
「そっか……。では、そうさせて頂きますね」
「はい。今日は一日お疲れ様でございました。戻ればたっぷりティアに甘えるとよろしいですぞ」
ベイクの言葉に、思わず頬を赤らめてしまうミルフィである。
何にしても大変だった一日がこれでようやく終わりを告げた。
商会に戻ったミルフィは、ティアにすぐに連れて行かれる。そして、薬湯からマッサージを受けてベッドに入る。最後はティアに付き添われながら、ぐっすりと眠りについたのであった。
なにせピークの時間はひっきりになしにお客がやって来ていたのだから。
それにしても、こんな中途半端な立地のお店に、よくもこんなに人がやって来るものである。
「な、なんなのですか、この忙しさ……」
ミルフィも完全に突っ伏して愚痴をこぼしている。
「てぃ、ティア……。商会に戻る元気があるのでしたら、プレツェを通して発注を増やしておいて下さい。この状態では、明日も明後日も危険な感じしかしません」
「畏まりました。ミルフィ様の仰せの通りに」
ティアはすたすたと歩いて商会へと戻っていく。なぜか彼女だけがピンピンとしていた。魔族のメイドというのは鍛え方が違うのだろうか。
いろいろと思うところもあるが、ひとまずは今日の仕事を無事に終えてくれた従業員に感謝するミルフィである。
(はあ、近くに宿舎を用意して正解だったわ。これじゃ無事に家に帰れるか分かったものじゃないもの……)
顔だけ上げて死屍累々たる状況を見るミルフィは、そう思ったのだった。
「ピアズ、従業員たちを宿舎まで連れて戻ってちょうだい。私はここの後処理をしておきますから」
「承知致しました。ささっ、みなさん従業員宿舎まで戻りましょう」
ピアズに急かされるようにして、従業員たちは立ち上がり、少々ふらふらとしながらもカフェを後にしていった。
カフェにはミルフィ一人だけが残っている。
「ピレシー」
”ふふっ、どうだ、我の言った通りであろう?”
ピレシーを召喚すると、ものすごく得意げに喋っている。疲れているミルフィはそれに文句を言う気すら起きなかった。
”明日の食材は我が溜め込んでいる分から補えるが、さすがに厳しいだろうな。どうするつもりかな、主よ”
ピレシーが意地悪くミルフィに問い掛けてくる。
体を起こしたミルフィは、調理台に肘をついて考え始める。
「プレツェもだいぶ商人としては顔が利き始めましたが、やはり新興商会ゆえに信用がまだまだ薄いんですよね。オーソンさんに頼り続けるにはいきませんけれど、現状では彼の人脈に頼らざるを得ませんね……」
実に悩ましい限りである。
ここまで順調に来れたのも、彼が居てこそ。頭が上がらない一方で、いつまでも頼り続けてもいられないというジレンマのようなものを感じ始めるミルフィである。
「悩んでも仕方ありませんね。とりあえずはこの調理場を片付けておきませんと……」
従業員を一足先に帰らせたので、厨房も店舗の中も営業終了時点の散らかったままの状態だ。それらをひとつひとつ魔法を使って片付けていくミルフィ。
「汚れ具合を見ると、どれだけ酷使したのかがよく分かりますね。ちゃんと手入れをしておかないと、すぐダメになっちゃいそうですね」
汚れを落としてきれいにしたカフェの設備のひとつひとつにリペアの魔法をかけていくミルフィ。魔法をかけていっているとはいっても応急処置的なものなので、いずれダメになってしまうだろう。それでも、カフェの立ち上がりの時期なので、余計な仕事は極力避けておきたいのである。
(せめて半年くらい、道具にはもってもらいませんとね)
ミルフィはそう思いながら、道具のすべてに丁寧に魔法をかけていったのだった。
店舗の内外すべての掃除が終わると、外はすっかり静まり返っていた。街の中の富裕層と平民層の境目、かつちょっと外れた場所にあるとはいえど、夜中の通りというのはなかなかに薄気味悪いものだ。
魔族の住む領域に最も近い街とはいっても、治安がいいかと言われればそうでもない。どんなに頑張っても悪い事をする者は一定数存在してしまうのである。
そういった地理条件もあってか、悪い事をする連中もそれなりに強かったりするのが面倒なところである。
なので、ミルフィも夜の間に出歩く時には、必ず誰かしらが付き添うようになっている。
「ミルフィ様、お迎えに上がりました」
この日やって来たのは、執事のベイクだった。
「ベイク、やけに遅かったではないですか」
「申し訳ございません。羽虫が多かったので、退治に手間取っておりました」
「そうですか。本当にお疲れ様ですね」
「お褒め頂き恐縮でございます」
ミルフィの態度から察するに、この時の羽虫の意味が分かっていたように思える。
「最後にえいっと」
ようやく片付けが終わってカフェを後にするミルフィ。その最後に防犯用の魔法をかけておく。
「ふぅ、帰ったら売り上げの計算ですか。まだ眠れそうにありませんね」
肩をコキコキと鳴らしているミルフィ。まだ若いというのお疲れ様というものである。
「ほっほっ、それは私とプレツェ殿にお任せ下さいませ。ミルフィ様はすぐに休まれた方がよいかと存じます」
「そっか……。では、そうさせて頂きますね」
「はい。今日は一日お疲れ様でございました。戻ればたっぷりティアに甘えるとよろしいですぞ」
ベイクの言葉に、思わず頬を赤らめてしまうミルフィである。
何にしても大変だった一日がこれでようやく終わりを告げた。
商会に戻ったミルフィは、ティアにすぐに連れて行かれる。そして、薬湯からマッサージを受けてベッドに入る。最後はティアに付き添われながら、ぐっすりと眠りについたのであった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる