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第一章
第13話 稼働を前に
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”主、かき混ぜ方が足りませんぞ!”
「うへぇ、チョコレートでもすごく混ぜてたのに、まだ混ぜるの?!」
ミルフィがいきなり音を上げていた。
ミルフィとピレシーが何をしているのかというと、商会を立ち上げたので新しい商品を売り出そうとしているのである。そのための目玉となる商品を作っている真っ最中なのだ。
”チョコレートでは魔法でかなり簡単にしたが、この料理ではしっかり感覚を覚えてもらわねばな。混ぜ具合を知らねばいいものはできぬぞ、主”
ピレシーが鬼教官としてミルフィを厳しく指導している。
ここまでもいくらか料理をこなしてきたミルフィだが、今回はかなり緊張しているのか動きが悪い。
それというのも、まだまだ高価なスェトーの粉末を使っているからだ。つまり、ミルフィが作っているのは甘味なのである。
使っている材料は、小麦粉、ミルク、スェトー、卵である。これだけいえば想像はつくだろうが、そう、ミルフィが今作っているのはケーキなのである。しかもショートケーキだ。
この世界には生クリームに相当するものがないので、ミルクからざわざわ加工して作っている。魔法を使えば乳脂肪分を簡単に分離できるのである。
真剣な表情で調理をするミルフィ。その険しさがゆえに侍女であるティアすらも近付けずに見守るだけとなっていた。
「何度見ても、ミルフィ様が料理をなさっているのが信じられないな」
「バラク、それはさすがに失礼ですよ」
声を掛けてきた魔族の料理人を窘めるティアである。
「だってよう、ミルフィ様は姫様なんだぞ? 自分で料理をする必要がどこにあるっていうんだ」
「姫様には姫様の考えがあるのです。私たちは黙って見守るだけですよ」
文句を言うバラクを黙らせるティア。さすがはミルフィの侍女の言葉は重かった。こう言われてしまえば、バラクは本当に黙ってしまっていた。
しかし、見守るティアもミルフィの事がさすがに心配になってきていた。
「ピレシー様、私もお手伝いして構いませんでしょうか」
思わずピレシーに声を掛けてしまうティアだった。
”おお、主の侍女か。うむ、構わぬぞ。おぬしが一緒の方が主もやる気が出るであろう”
ピレシーはティアが手伝う事を了承する。そして、クリームに挑戦しているミルフィの隣で、スポンジ作りに挑戦する事になったティアである。
主従で料理に励む姿を見て、魔王城の料理人たちはつい呆れ返ってしまっていた。
「ありゃどういっても聞きやしないだろうな。俺たちは俺たちのやる事をしようか」
バラクは他の料理人たちに指示して、定番となったボアカツやシチューの調理に取り掛かったのだった。
―――
それから数日後のこと、いよいよ本格的な稼働開始日を間近に迎えていたミルフィ商会へと赴くミルフィたち。
以前から懇意にしているレストランの支配人であるオーソンのおかげで、商会の体裁はずいぶんとしっかりしている。
ミルフィたちの方から派遣したプレツェとメイドの二人、それとピアズの四人もしっかり働いているようである。
「ミルフィ様、お久しぶりでございます」
プレツェがミルフィを出迎える。
「ご苦労様、プレツェ。どうかしら、無事に稼働できそう?」
「はい、ミルフィ様からご指導頂きましたパンやチョコレートを中心とした販売をまず手掛ける予定でございます」
「そうなのですね」
ミルフィはそう返事をすると、ティアへと視線を向ける。
「当面は忙しくなるでしょうから、私とティアも落ち着くまでは泊まり込みで対処します。よろしいでしょうか」
「ええ、ミルフィ様が?!」
驚くプレツェに対して、ミルフィはティアの顔を見た後、黙ってこくりと頷いていた。
「第一この商会の名前、私の名前が付いているのです。顔たる私が居なくては話にならないと思いますからね」
胸に手を当てながらドヤ顔を決めるミルフィである。ここら辺はお姫様らしいわがままっぽさが出ていた。
その後ろで無言で頷くティア。これにはプレツェたちは何も言い返せなかった。
「おお、ミルフィさん。いらしてたのですね」
「お久しぶりです、オーソンさん」
そこへオーソンがやって来た。手を貸した上に、レストランの主要な取引相手となる見込みの商会だ。彼としては顔を出さずにいられなかったのだ。
「ミルフィさんも営業開始に立ち会うご予定で?」
「もちろんです。それと当面は私も現場に立つ予定にしています。裏方中心ですけれど、責任者として当然かと思いますので」
オーソンの質問にしっかりと答えるミルフィ。この辺りはピレシーからの入れ知恵である。食の魔導書は、経営に関してもそれなりに知識を持ち合わせていたのである。
「それで、前祝いというわけではありませんけれど、新しい料理を持って参りました。ご一緒に召し上がってみませんか?」
「それはいいですね。ぜひともご一緒させて頂きましょう」
しかし、この時ミルフィが持ってきたお祝いの料理が、しばらくの間、商会の悩みの種になるとは思ってもみなかったのである。
「うへぇ、チョコレートでもすごく混ぜてたのに、まだ混ぜるの?!」
ミルフィがいきなり音を上げていた。
ミルフィとピレシーが何をしているのかというと、商会を立ち上げたので新しい商品を売り出そうとしているのである。そのための目玉となる商品を作っている真っ最中なのだ。
”チョコレートでは魔法でかなり簡単にしたが、この料理ではしっかり感覚を覚えてもらわねばな。混ぜ具合を知らねばいいものはできぬぞ、主”
ピレシーが鬼教官としてミルフィを厳しく指導している。
ここまでもいくらか料理をこなしてきたミルフィだが、今回はかなり緊張しているのか動きが悪い。
それというのも、まだまだ高価なスェトーの粉末を使っているからだ。つまり、ミルフィが作っているのは甘味なのである。
使っている材料は、小麦粉、ミルク、スェトー、卵である。これだけいえば想像はつくだろうが、そう、ミルフィが今作っているのはケーキなのである。しかもショートケーキだ。
この世界には生クリームに相当するものがないので、ミルクからざわざわ加工して作っている。魔法を使えば乳脂肪分を簡単に分離できるのである。
真剣な表情で調理をするミルフィ。その険しさがゆえに侍女であるティアすらも近付けずに見守るだけとなっていた。
「何度見ても、ミルフィ様が料理をなさっているのが信じられないな」
「バラク、それはさすがに失礼ですよ」
声を掛けてきた魔族の料理人を窘めるティアである。
「だってよう、ミルフィ様は姫様なんだぞ? 自分で料理をする必要がどこにあるっていうんだ」
「姫様には姫様の考えがあるのです。私たちは黙って見守るだけですよ」
文句を言うバラクを黙らせるティア。さすがはミルフィの侍女の言葉は重かった。こう言われてしまえば、バラクは本当に黙ってしまっていた。
しかし、見守るティアもミルフィの事がさすがに心配になってきていた。
「ピレシー様、私もお手伝いして構いませんでしょうか」
思わずピレシーに声を掛けてしまうティアだった。
”おお、主の侍女か。うむ、構わぬぞ。おぬしが一緒の方が主もやる気が出るであろう”
ピレシーはティアが手伝う事を了承する。そして、クリームに挑戦しているミルフィの隣で、スポンジ作りに挑戦する事になったティアである。
主従で料理に励む姿を見て、魔王城の料理人たちはつい呆れ返ってしまっていた。
「ありゃどういっても聞きやしないだろうな。俺たちは俺たちのやる事をしようか」
バラクは他の料理人たちに指示して、定番となったボアカツやシチューの調理に取り掛かったのだった。
―――
それから数日後のこと、いよいよ本格的な稼働開始日を間近に迎えていたミルフィ商会へと赴くミルフィたち。
以前から懇意にしているレストランの支配人であるオーソンのおかげで、商会の体裁はずいぶんとしっかりしている。
ミルフィたちの方から派遣したプレツェとメイドの二人、それとピアズの四人もしっかり働いているようである。
「ミルフィ様、お久しぶりでございます」
プレツェがミルフィを出迎える。
「ご苦労様、プレツェ。どうかしら、無事に稼働できそう?」
「はい、ミルフィ様からご指導頂きましたパンやチョコレートを中心とした販売をまず手掛ける予定でございます」
「そうなのですね」
ミルフィはそう返事をすると、ティアへと視線を向ける。
「当面は忙しくなるでしょうから、私とティアも落ち着くまでは泊まり込みで対処します。よろしいでしょうか」
「ええ、ミルフィ様が?!」
驚くプレツェに対して、ミルフィはティアの顔を見た後、黙ってこくりと頷いていた。
「第一この商会の名前、私の名前が付いているのです。顔たる私が居なくては話にならないと思いますからね」
胸に手を当てながらドヤ顔を決めるミルフィである。ここら辺はお姫様らしいわがままっぽさが出ていた。
その後ろで無言で頷くティア。これにはプレツェたちは何も言い返せなかった。
「おお、ミルフィさん。いらしてたのですね」
「お久しぶりです、オーソンさん」
そこへオーソンがやって来た。手を貸した上に、レストランの主要な取引相手となる見込みの商会だ。彼としては顔を出さずにいられなかったのだ。
「ミルフィさんも営業開始に立ち会うご予定で?」
「もちろんです。それと当面は私も現場に立つ予定にしています。裏方中心ですけれど、責任者として当然かと思いますので」
オーソンの質問にしっかりと答えるミルフィ。この辺りはピレシーからの入れ知恵である。食の魔導書は、経営に関してもそれなりに知識を持ち合わせていたのである。
「それで、前祝いというわけではありませんけれど、新しい料理を持って参りました。ご一緒に召し上がってみませんか?」
「それはいいですね。ぜひともご一緒させて頂きましょう」
しかし、この時ミルフィが持ってきたお祝いの料理が、しばらくの間、商会の悩みの種になるとは思ってもみなかったのである。
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