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新章 青色の智姫
第91話 お城に戻って
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シェリアへの旅行が終わり、シアンたちは王都に戻ってくる。
シェリアの滞在自体は実質五日間だったわけではあるものの、幻獣スキュラの出現でずいぶんと濃いものとなっていた。
「ねえ、スミレ」
「なんでしょうか、シアン様」
王都に戻ったところで、シアンはスミレに確認をしている。これまでは他人と一緒だった事もあって尋ねられなかったためだ。
「あなた、スキュラの存在には気が付かなかったのかしら」
当然ながら思う話だ。幻獣同士であるなら、ある程度魔力を感知できるはずである。
「分かりませんでしたね。私は幻獣としての力を奪われておりますから、おそらくスキュラの方も私には気付いていないでしょう」
スミレから返ってきた答えはこうだった。
「そっか。ほとんど人間ですものね、あなたは」
シアンも納得したようである。
今のスミレは、禁忌である時渡りの秘法を使った罰で、幻獣としての力を取り上げられてしまっている。時を操る能力もほぼ使えない状態だ。シアンについているのは、その罰のひとつである。
幻獣ならば幻獣としての気配というものがあるが、スミレはそういった背景からクロノアとしては認識されない状態になっている。ニーズヘッグと会ってもなんともないのもそのせいである。
ただ、ケットシーだけは特殊で、スミレのことをクロノアだと完全に認識している。相変わらず規格外でつかみどころのない幻獣なのである。
「しかし、スキュラとは実は初めて会いましたよ」
「あら、そういうこともありますのね」
「はい。私と父クロノスは他の神獣、幻獣とは隔絶された存在です。時を操るというのは、それだけ特殊なのですよ」
「なるほどですね」
スミレの言い分に納得のいくシアン。
「私はベル様にもお会いしたことはありませんから、他の神獣、幻獣との面識はほとんどございません。それでこそ、あのケットシーだけは特殊ですけれどね」
なぜかケットシーの名前を出しながら不機嫌になるスミレである。
ケットシーは幻獣の中ではかなり若い方になるためか、他の神獣や幻獣とは相当違った感性を持っている。特にスミレのような古来からの存在とはかなり反りが合わない部分があるのだ。
ロゼリアやペシエラたちが学生だった頃にも、クロノアはケットシーだけには振り回された経験がある。それがゆえにスミレとして過ごす今でも、ケットシーを苦手としているのだ。
「はーっはっはっはっはっ。ずいぶんと嫌ってくれているようだね、スミレくん」
「ケットシー?!」
神妙な雰囲気になっているところに、突如として響き渡る緊張感のない笑い。
そう、ケットシーの登場である。
「なんであなたがここにいるんですか」
シアンは魔法を使う姿勢を見せ、スミレはどこからともなく掃除道具を引っ張り出してケットシーに向けている。
「おやおや。何度もノックしたのに反応がないのが悪いのだよ。今日やって来たのはシアンくんのご両親からの依頼だよ」
「お父様とお母様の?」
魔法を使う構えを解かないまま、シアンはケットシーの言葉に反応する。
「そうだよ。だから、その物騒な魔法はしまっておくれ。まぁ、放たれたところでボクには通用しないがね」
うっすらと左目が開くケットシー。普段糸目なだけに、片方だけとはいえ目が開いた瞬間に何とも言えない寒気が走る。
全身にぞわわとした感覚が走ると、シアンはすっと魔法を使う姿勢を解いた。
「分かりました。お話を聞きましょう」
「うん、そうこなくっちゃね。スミレくんも、ほうきをそんな風に使うもんじゃないよ」
「むぅ、この猫は……」
スミレも渋々ほうきを卸して部屋の片隅に立てかけたのだった。
「まぁさて、例のオニオール家のついての調査の進展があったよ」
「例のデーモンハートですか」
ゆっくりと話し始めるケットシー。その口から出た言葉に、シアンが反応する。
「うん、そうだね」
どこからともなく紅茶セットを取り出して自分で淹れるケットシー。まったく自由な猫である。
「オニオール家に気付かれないようにしながら、このスピード。さすがは娘を狙われたとあってペイルくんもかなり躍起になっているね。オニオール家はただの傀儡。裏には大きな組織がいるようだよ」
「いいのですかね、その情報を勝手に流して」
「君たちは関係者だ。問題ないだろう。なにより、様子を見ると同時に話をするように言われてきたんだからね」
淹れたての熱い紅茶をすすりながら話すケットシーである。猫舌ではないようだ。
「ペイルくんとも話はしたけれど、今年中はこれ以上に事を起こすことはないだろうね。問題はライトくんとダイアくんが入学する来年以降だ」
「……二つの王家を同時に狙える。そういうわけですか」
スミレがいえば、こくりと頷くケットシー。
「パープリアのこともそうだけど、奴らの狙いは自分たちの祖国を取り戻す事だ。邪魔になるのはアイヴォリー王国だからね。やるなら直接的に狙うだろう」
紅茶を飲み干し、かちゃりと膝の上に置くケットシー。知らない間に勝手に座ってくつろいでいたのだ。
「そういうわけだ。シアンくんは元気そうだよと、二人には伝えておくよ。それじゃ、見立てではそうではあるけど、くれぐれも油断しないでくれ」
「分かっています。報告とご忠告どうもありがとうございました」
シアンはケットシーにお礼を言っておく。
ケットシーは手を振りながら帰ろうとするが、思い出したかのようにくるりと振り返る。
「そうそう、アイリスくんの娘、フューシャくんとプルネくんには気を付けるんだよ。合宿の時に何かを感じたはずだから、今の君たちなら分かるよね?」
ケットシーが追加で話した内容に、シアンはごくりと息を飲む。思い当たる節があるからだ。
「何かあれば、ガレンくんやライを頼りたまえ。それでは失礼するよ」
ケットシーは部屋を出ていった。
シアンとスミレは、しばらくの間押し黙ったままじっとしていたのだった。
シェリアの滞在自体は実質五日間だったわけではあるものの、幻獣スキュラの出現でずいぶんと濃いものとなっていた。
「ねえ、スミレ」
「なんでしょうか、シアン様」
王都に戻ったところで、シアンはスミレに確認をしている。これまでは他人と一緒だった事もあって尋ねられなかったためだ。
「あなた、スキュラの存在には気が付かなかったのかしら」
当然ながら思う話だ。幻獣同士であるなら、ある程度魔力を感知できるはずである。
「分かりませんでしたね。私は幻獣としての力を奪われておりますから、おそらくスキュラの方も私には気付いていないでしょう」
スミレから返ってきた答えはこうだった。
「そっか。ほとんど人間ですものね、あなたは」
シアンも納得したようである。
今のスミレは、禁忌である時渡りの秘法を使った罰で、幻獣としての力を取り上げられてしまっている。時を操る能力もほぼ使えない状態だ。シアンについているのは、その罰のひとつである。
幻獣ならば幻獣としての気配というものがあるが、スミレはそういった背景からクロノアとしては認識されない状態になっている。ニーズヘッグと会ってもなんともないのもそのせいである。
ただ、ケットシーだけは特殊で、スミレのことをクロノアだと完全に認識している。相変わらず規格外でつかみどころのない幻獣なのである。
「しかし、スキュラとは実は初めて会いましたよ」
「あら、そういうこともありますのね」
「はい。私と父クロノスは他の神獣、幻獣とは隔絶された存在です。時を操るというのは、それだけ特殊なのですよ」
「なるほどですね」
スミレの言い分に納得のいくシアン。
「私はベル様にもお会いしたことはありませんから、他の神獣、幻獣との面識はほとんどございません。それでこそ、あのケットシーだけは特殊ですけれどね」
なぜかケットシーの名前を出しながら不機嫌になるスミレである。
ケットシーは幻獣の中ではかなり若い方になるためか、他の神獣や幻獣とは相当違った感性を持っている。特にスミレのような古来からの存在とはかなり反りが合わない部分があるのだ。
ロゼリアやペシエラたちが学生だった頃にも、クロノアはケットシーだけには振り回された経験がある。それがゆえにスミレとして過ごす今でも、ケットシーを苦手としているのだ。
「はーっはっはっはっはっ。ずいぶんと嫌ってくれているようだね、スミレくん」
「ケットシー?!」
神妙な雰囲気になっているところに、突如として響き渡る緊張感のない笑い。
そう、ケットシーの登場である。
「なんであなたがここにいるんですか」
シアンは魔法を使う姿勢を見せ、スミレはどこからともなく掃除道具を引っ張り出してケットシーに向けている。
「おやおや。何度もノックしたのに反応がないのが悪いのだよ。今日やって来たのはシアンくんのご両親からの依頼だよ」
「お父様とお母様の?」
魔法を使う構えを解かないまま、シアンはケットシーの言葉に反応する。
「そうだよ。だから、その物騒な魔法はしまっておくれ。まぁ、放たれたところでボクには通用しないがね」
うっすらと左目が開くケットシー。普段糸目なだけに、片方だけとはいえ目が開いた瞬間に何とも言えない寒気が走る。
全身にぞわわとした感覚が走ると、シアンはすっと魔法を使う姿勢を解いた。
「分かりました。お話を聞きましょう」
「うん、そうこなくっちゃね。スミレくんも、ほうきをそんな風に使うもんじゃないよ」
「むぅ、この猫は……」
スミレも渋々ほうきを卸して部屋の片隅に立てかけたのだった。
「まぁさて、例のオニオール家のついての調査の進展があったよ」
「例のデーモンハートですか」
ゆっくりと話し始めるケットシー。その口から出た言葉に、シアンが反応する。
「うん、そうだね」
どこからともなく紅茶セットを取り出して自分で淹れるケットシー。まったく自由な猫である。
「オニオール家に気付かれないようにしながら、このスピード。さすがは娘を狙われたとあってペイルくんもかなり躍起になっているね。オニオール家はただの傀儡。裏には大きな組織がいるようだよ」
「いいのですかね、その情報を勝手に流して」
「君たちは関係者だ。問題ないだろう。なにより、様子を見ると同時に話をするように言われてきたんだからね」
淹れたての熱い紅茶をすすりながら話すケットシーである。猫舌ではないようだ。
「ペイルくんとも話はしたけれど、今年中はこれ以上に事を起こすことはないだろうね。問題はライトくんとダイアくんが入学する来年以降だ」
「……二つの王家を同時に狙える。そういうわけですか」
スミレがいえば、こくりと頷くケットシー。
「パープリアのこともそうだけど、奴らの狙いは自分たちの祖国を取り戻す事だ。邪魔になるのはアイヴォリー王国だからね。やるなら直接的に狙うだろう」
紅茶を飲み干し、かちゃりと膝の上に置くケットシー。知らない間に勝手に座ってくつろいでいたのだ。
「そういうわけだ。シアンくんは元気そうだよと、二人には伝えておくよ。それじゃ、見立てではそうではあるけど、くれぐれも油断しないでくれ」
「分かっています。報告とご忠告どうもありがとうございました」
シアンはケットシーにお礼を言っておく。
ケットシーは手を振りながら帰ろうとするが、思い出したかのようにくるりと振り返る。
「そうそう、アイリスくんの娘、フューシャくんとプルネくんには気を付けるんだよ。合宿の時に何かを感じたはずだから、今の君たちなら分かるよね?」
ケットシーが追加で話した内容に、シアンはごくりと息を飲む。思い当たる節があるからだ。
「何かあれば、ガレンくんやライを頼りたまえ。それでは失礼するよ」
ケットシーは部屋を出ていった。
シアンとスミレは、しばらくの間押し黙ったままじっとしていたのだった。
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