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番外編集
番外編 ルゼとグレイア(前編)
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時はロゼリアたちが学園を卒業した後の春の二の月。
ロゼリアがモスグリネ王家に、ペシエラがアイヴォリー王家に嫁いでしまい、最近のマゼンダ商会の中はすっかり静かになっていた。
「ですから、もう少し大豆の量を増やせませんか? これじゃ味噌も醤油も豆腐も増産できませんよ」
「そうは言われましてもね。モスグリネでの作付け面積は限界なんです。それこそアイヴォリー王国内で生産して頂きませんと……」
「うぎぎぎぎ……」
チェリシアが怒鳴っていた。自分の前世の世界の味を再現しようとして躍起になっているのだ。
味噌も醤油もコーラル領のシェリアで獲れる魚とは相性がいいので、もっと広めようと躍起になっているのである。
なにせロゼリアもペシエラも嫁いでいなくなってしまったので、チェリシアを止められる人物がいなくなってしまった。その結果がこの暴走なのである。
その騒ぎを気にする事なく、一人の女性が部屋を訪ねてきた。
「チェリシア様、工房に出かけてきますね」
「ルゼ、今日もグレイアのお手伝い?」
「はい、そうですよ。学園を卒業されて、家業を継ぎたいといわれていましたので、その手伝いですね」
「そっか、頑張ってね」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
ルゼが部屋を出ていくと、再び部屋の中からチェリシアの大声が響き渡っていた。
素知らぬ顔でマゼンダ商会を後にしたルゼは、今日もリード工房のグレイアを訪ねていた。
「グレイア様、いらっしゃいますか?」
「ルゼ、いらっしゃい」
工房に顔を覗かせると、グレイアが出迎えてくれた。
吊りズボンにシャツ、ごつい革の手袋とすっかり鍛冶職人のような姿である。卒業頃には伸びていた髪の毛は、後ろでまとめてポニーテールになっていた。
「これから始めるところですかね」
「ええ、いい加減に剣のひとつでも打ってみようと思うの。手伝ってもらえるかしら」
「構いませんよ。金属なら私の得意分野ですから」
どうやらこれから剣を打つらしく、そのための道具が炉の前に集められていた。
父親のリードも40歳を超えてくるので、工房としては跡継ぎが問題になっていた。そこで、学園を卒業したグレイアがひとまず家業を継ごうとしているである。
「それはそうと、リード様はいらっしゃいませんのですね」
「お父さんはちょっと……ね」
きょろきょろと工房を見回すルゼに、グレイアは恥ずかしそうに頬をかきながら言葉を濁していた。
「ああ、腰ですか」
「ぎくっ」
「腰をいわしてはハンマーは振れませんものね。あとでライにでも頼むとしましょう」
「ご、ごめんね……」
グレイアは恥ずかしそうに縮こまっていた。
しかし、ルゼはまったく動じていなかった。
「けがや病気の時は無理をしないに限ります。今日はリード様に代わって私がグレイア様に鍛冶をお教えしますね」
「は、はい。よろしくお願いします。というか、ルゼって鍛冶ができるの?」
「いえ、できません。けれど、私は金属のエキスパートですからね。お任せ下さい」
不安げになるグレイアに、ルゼは自信たっぷりだった。
ルゼは世界中のありとあらゆる金属を食らってきたメタルゼリーという魔物だ。
メタルゼリー自体、金属を主食とするスライムの一種なのだが、その中でもルゼは世界中を旅して金属を食べて回った特殊な個体なのである。まさに金属を知り尽くした女なのだ。
「では、始めましょうか」
「は、はい」
ルゼは体を自由に変えられるスライムの特性を使って、服を作業に適したものへと変化させる。
「扱いたい金属を仰って下さいね。魔力が続く限り、どんな金属でもご用意できますから」
「そ、それだったら、魔法銀をお願いします」
「魔法銀ですね。剣が作れるくらいの量あればいいですかね」
「はい」
ルゼは突然自分の体の一部を変化させると、その部分が金属のインゴットに変わる。切り離された体の部分はあっという間に再生してしまっていた。
「相変わらず……慣れませんね」
「人間から見ればただの自傷行為ですからね。私からすればただ単に体の一部を分離させてるだけですが、なまじ人間の姿をしているのがよくありませんか」
ルゼは淡々と語っている。
「それはそうと、剣1本分の魔法銀が用意できましたので、早速始めましょうか」
ルゼが見守る中、グレイアが鍛冶を始めようとする。
「やり方も分からんで、何ができるというのだ、グレイア」
「お、お父さん!」
つらそうな表情をしながら少し前かがみになっているリードが奥から出てきた。
「リード様、休まれないで大丈夫なのですか?」
淡々と問い掛けるルゼ。
「娘が剣を打つといっているのに、寝ていられるわけがない。さすがに作業を手伝う事はできんが、口を挟むくらいはできるぞ」
そう答えるリードではあるものの、顔が本当にきつそうである。その様子を見かねたルゼは、額に指先を当てながらリードに話し掛ける。
「ちょっとお待ち下さいね。ライを呼びかますから。そんな状態で指導をされても、気になって失敗する可能性が高まってしまいます」
無理をして悪化させてはいけないので、まずはライに治療を頼むことにしたのである。
はたしてこんな状態でまともな剣が打てるというのだろうか。幸先はとても不安なのであった。
ロゼリアがモスグリネ王家に、ペシエラがアイヴォリー王家に嫁いでしまい、最近のマゼンダ商会の中はすっかり静かになっていた。
「ですから、もう少し大豆の量を増やせませんか? これじゃ味噌も醤油も豆腐も増産できませんよ」
「そうは言われましてもね。モスグリネでの作付け面積は限界なんです。それこそアイヴォリー王国内で生産して頂きませんと……」
「うぎぎぎぎ……」
チェリシアが怒鳴っていた。自分の前世の世界の味を再現しようとして躍起になっているのだ。
味噌も醤油もコーラル領のシェリアで獲れる魚とは相性がいいので、もっと広めようと躍起になっているのである。
なにせロゼリアもペシエラも嫁いでいなくなってしまったので、チェリシアを止められる人物がいなくなってしまった。その結果がこの暴走なのである。
その騒ぎを気にする事なく、一人の女性が部屋を訪ねてきた。
「チェリシア様、工房に出かけてきますね」
「ルゼ、今日もグレイアのお手伝い?」
「はい、そうですよ。学園を卒業されて、家業を継ぎたいといわれていましたので、その手伝いですね」
「そっか、頑張ってね」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
ルゼが部屋を出ていくと、再び部屋の中からチェリシアの大声が響き渡っていた。
素知らぬ顔でマゼンダ商会を後にしたルゼは、今日もリード工房のグレイアを訪ねていた。
「グレイア様、いらっしゃいますか?」
「ルゼ、いらっしゃい」
工房に顔を覗かせると、グレイアが出迎えてくれた。
吊りズボンにシャツ、ごつい革の手袋とすっかり鍛冶職人のような姿である。卒業頃には伸びていた髪の毛は、後ろでまとめてポニーテールになっていた。
「これから始めるところですかね」
「ええ、いい加減に剣のひとつでも打ってみようと思うの。手伝ってもらえるかしら」
「構いませんよ。金属なら私の得意分野ですから」
どうやらこれから剣を打つらしく、そのための道具が炉の前に集められていた。
父親のリードも40歳を超えてくるので、工房としては跡継ぎが問題になっていた。そこで、学園を卒業したグレイアがひとまず家業を継ごうとしているである。
「それはそうと、リード様はいらっしゃいませんのですね」
「お父さんはちょっと……ね」
きょろきょろと工房を見回すルゼに、グレイアは恥ずかしそうに頬をかきながら言葉を濁していた。
「ああ、腰ですか」
「ぎくっ」
「腰をいわしてはハンマーは振れませんものね。あとでライにでも頼むとしましょう」
「ご、ごめんね……」
グレイアは恥ずかしそうに縮こまっていた。
しかし、ルゼはまったく動じていなかった。
「けがや病気の時は無理をしないに限ります。今日はリード様に代わって私がグレイア様に鍛冶をお教えしますね」
「は、はい。よろしくお願いします。というか、ルゼって鍛冶ができるの?」
「いえ、できません。けれど、私は金属のエキスパートですからね。お任せ下さい」
不安げになるグレイアに、ルゼは自信たっぷりだった。
ルゼは世界中のありとあらゆる金属を食らってきたメタルゼリーという魔物だ。
メタルゼリー自体、金属を主食とするスライムの一種なのだが、その中でもルゼは世界中を旅して金属を食べて回った特殊な個体なのである。まさに金属を知り尽くした女なのだ。
「では、始めましょうか」
「は、はい」
ルゼは体を自由に変えられるスライムの特性を使って、服を作業に適したものへと変化させる。
「扱いたい金属を仰って下さいね。魔力が続く限り、どんな金属でもご用意できますから」
「そ、それだったら、魔法銀をお願いします」
「魔法銀ですね。剣が作れるくらいの量あればいいですかね」
「はい」
ルゼは突然自分の体の一部を変化させると、その部分が金属のインゴットに変わる。切り離された体の部分はあっという間に再生してしまっていた。
「相変わらず……慣れませんね」
「人間から見ればただの自傷行為ですからね。私からすればただ単に体の一部を分離させてるだけですが、なまじ人間の姿をしているのがよくありませんか」
ルゼは淡々と語っている。
「それはそうと、剣1本分の魔法銀が用意できましたので、早速始めましょうか」
ルゼが見守る中、グレイアが鍛冶を始めようとする。
「やり方も分からんで、何ができるというのだ、グレイア」
「お、お父さん!」
つらそうな表情をしながら少し前かがみになっているリードが奥から出てきた。
「リード様、休まれないで大丈夫なのですか?」
淡々と問い掛けるルゼ。
「娘が剣を打つといっているのに、寝ていられるわけがない。さすがに作業を手伝う事はできんが、口を挟むくらいはできるぞ」
そう答えるリードではあるものの、顔が本当にきつそうである。その様子を見かねたルゼは、額に指先を当てながらリードに話し掛ける。
「ちょっとお待ち下さいね。ライを呼びかますから。そんな状態で指導をされても、気になって失敗する可能性が高まってしまいます」
無理をして悪化させてはいけないので、まずはライに治療を頼むことにしたのである。
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