逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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第八章 二年次

第223話 禁法の代償

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 コーラル伯爵邸でひと通りの事が終わった頃、王都の外れを急いで戻ってくる影があった。
「……おかしい。どういうわけか落ち着かぬのだ。インディ、貴様はどう思う?」
 パープリア男爵である。
「はっ、確かに妙な感覚がありますな。ただ、あの罠が破壊される事も見破られる事も、まずはあり得ないと思いますが」
 インディも違和感の正体を掴めずにいた。
 まさかデーモンハートを破壊されて、男爵の企みが潰えている事など、微塵にも思っていないだろう。
 王都に向けて歩みを速めるパープリア男爵たちの前に、突如として一人の女性が姿を現した。
「誰だ、お前はっ!」
 パープリア男爵が叫ぶ。しかし、その女性は顔色ひとつ変えずに、男爵を凝視している。
「クソアマがっ! 旦那様、お下がり下さい」
 インディが、パープリア男爵と女の間に立って身構える。インディの手には武器となる短剣が握られているが、それでも女の表情は変わらなかった。
「……禁法を犯せし、愚か者どもが。その対価を支払うといいわ」
 沈黙を守っていた女が、突如として告げる。その言葉に、パープリア男爵は訳が分からないといった表情をする。
「待て、それは一体……」
「問答無用。お前の使った禁法は破られた。従って、
「破られただと? おい、どういう……っ!」
 パープリア男爵は説明を求めて騒ぐが、女はまったく動じる事なく、パープリア男爵とインディに魔法を放つ。
 辺りが眩しく光ったかと思えば、その光は一瞬で消えた。そして、そこに残ったのは、まったく身動きどころか瞬きすらしないパープリア男爵とインディの姿だった。
「後の裁きは、アイヴォリー王家に任せましょう。愚か者共よ、城まで飛んでいけ」
 女が右手を掲げてくるりと回転させると、動かぬ二人の体がふわりと宙に浮いた。
「……経緯くらいは記しておいた方がいいわね。あとは、あの子たちに任せておいて大丈夫でしょう」
 女はスラスラと男爵たちの罪状をしたためると、それを男爵の胸のポケットに突っ込んだ。そして、空間に歪みを生み出す。
「まったく、時の幻獣として、こんな事までしなきゃいけないなんてね」
 なんと、女は時の幻獣であるクロノアだった。時を操るという高位の存在ゆえ、こういった非常事態の対処をやらされているというわけなのである。
 しかし、同じ時期に禁法の使い手が二人も出るとは思ってみなかった。しかも、一人は今も絶賛発動中である。それに加えて、クロノアはそれを手伝わされている。
(まさか、デーモンハートを持ち出すとはね。それを破壊するとは、さすがはハイスプライトといったところか……)
 クロノアは、パープリア男爵たちを城へ転送しながら、今回の一件の事を考えていた。
(願いを叶えて時を戻したのはいいけれど、異世界の魂を巻き込んでしまったのは誤算だったわね。でも、そのおかげで大きな膿を絞り出す事ができた)
 王都の方を見ながら、クロノアは考えを巡らせている。
(これで王国に居座る問題はひとつ片付いた。大きな問題で残るのは……、モスグリネ王国のペイル王子ね)
 隣国モスグリネという懸念材料。前回は恋愛感情の拗れから、アイヴォリーとモスグリネとの間で戦争が起こるまでに至ったのだ。
 今回はアイヴォリーの基盤を崩す反乱分子を潰す事ができたが、隣国との関係はまだ不安定なままだ。正直どうなるのか、クロノアですら見通せない状態である。
(父上に比べれば、私なんてまだまだひよっこ。すべてを普遍的に見通す事はまだ無理なのね……)
 クロノアは大きくため息をひとつつくと、やり残しがない事を確認して夜の闇へと紛れていった。
 翌朝の事。
 いつもの通り城を巡回していた兵士が、牢の中でまったく身動きをしない妙な体勢で固まったパープリア男爵とインディを見つけた。そして、瞬く間に城中が大騒ぎとなったのは、言うまでもない事だった。
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