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第八章 二年次
第209話 ピザをお届け
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ペシエラが武術大会で圧勝している頃。
「はい、押さないで下さい。数は十分用意してますので、順番にお願いします」
「焼き上がりには十分掛かります。ですので、しばらくお待ちを」
マゼンダ商会の店は大繁盛していた。急遽、商会から人を寄越す事になるくらいには混雑している。
「これは予想外……」
開始十分でこの有り様である。
実は、ピザに関しては試供品として、ペシエラのお茶会に忍ばせていた事があるのだ。その時に学園祭で販売する事は明かしていたので、その口コミがこの混雑を生み出しているというわけなのだ。
「始まるまでに二百は焼いたのに、もう無くなるってどういう事なの?!」
二百というのは、ピザ一枚まるまるの事である。それを八等分にして、その八等分を一つの商品として売りに出しているわけなのだ。そして、その千六百食が、開始二十分で売り切れたのである。おそるべし、貴族の口コミ。
裏ではシアンとキャノルが、必死になって七台フル稼働でピザを焼き続けている。オーカー商会を手伝っていた他のマゼンダ商会の職員も加わって、それはもう必死だった。
チェリシアの収納魔法には、かなりの数の作り置きが放り込んであるのだが、これすらも飲み込む勢いだ。
「これ、どっかで一回閉めた方が良くない?」
「そうね。これはさすがに対応しきれないわ」
チェリシアとロゼリアも音を上げていた。
「これは……、一体どういう事ですの?」
そこへペシエラが初戦を終えてやって来た。そして、目撃したあまりの人だかりに言葉を失いかけた。
「申し訳ございません。あまりの事に手が追いつきませんので、昼前まで一時閉店させて頂きます。昼前には再開しますが、購入制限を設けさせて頂きますのでご了承下さい」
チェリシアの声が響いていた。
これを聞いた客の中には文句を言う者も居た。しかし、ロゼリアたちが目を回しかけていたのを見て、同情する声も聞かれた。それにしても、まったく貴族というのは遠慮がない。
「お姉様、ロゼリア、大丈夫でして?」
「あ、ペシエラ。初戦お疲れ様……」
ペシエラが慌てて駆けつけて心配すると、チェリシアは疲れ切った顔をしながらもペシエラを労ってきた。
「いやまあ、先日ペシエラに持たせたピザが、口コミで広まっちゃってて……」
「なるほど、興味を持った貴族が押しかけて、……この有り様ですのね」
状況を把握したペシエラの言葉が、一瞬詰まった。よく見れば、シアンとキャノル、応援でやって来た商会の職員たちも疲れてその場に座り込んでいた。
「王宮でのお茶会の様子は見てましたが、ここまで人気になるとは思いませんでしたね」
飲み物を配りながら、アイリスはこの惨状に表情を失った。
「魚のほぐし身も入れたりしたし、味付けも濃くなりすぎないようにしたんだけどね。金に物を言わせて、買い占め紛いまで起きるなんて思わなかったわよ」
「……お姉様は貴族を甘く見過ぎですわよ」
ぐったりしているチェリシアの感想に、ペシエラは呆れてしまった。
「私は今日はもう試合がありませんから、このままここに立てますわよ」
「ありがとう、助かるわ」
ペシエラの申し出を快く受け入れたチェリシアは、エプロンを手渡す。
「ドレスが汚れちゃうからね。調理するなら必須よ」
「そうですわね」
チェリシアから受け取ったエプロンを着けたペシエラは、ある物に気が付く。
「あれは、何かしら」
ペシエラの視線の先にあるのは、魔法で映し出されたピザを焼く様子だった。
「ああ、あれね。アイリスたちに付けてる撮影魔法の応用で、小型調理窯とピザの宣伝のために拵えたものよ。今もルゼさんやストンさんたちが頑張って作ってるわ」
「お姉様の発想力には、驚かされますわね」
チェリシアの説明に、ペシエラは食い入るようにピザの焼き上げ動画を眺めていた。
「ペシエラ、はい、これ」
チェリシアは、ペシエラの目の前にピザを差し出す。事前に焼いておいたのを残しておいたの。試合が終わったら食べてもらおうと思ってね」
チェリシアが笑顔で言う。ペシエラはため息をついた後、笑みを浮かべてそれを受け取る。そして、ひと口食べる。
「あら、おいしい」
「でしょ。チーズと魚の酢漬けに野菜を散らした一品よ。焼いちゃうと酢も気にならないでしょ」
チェリシアはにこにこしている。
「魚の酢漬け……。保存食にと作ったあの瓶詰めですわね」
「そうそう。腸を取り除いて、塩水でしっかり洗った上で、酢に漬け込むのよ。これがまた、いいアクセントになるの」
「チェリシア、焼くの手伝ってよ」
ペシエラに説明していると、ロゼリアに怒られた。
「そうね。お昼前に再開したら、また忙しくなるものね。しっかり準備しなくちゃ」
チェリシアたちは、通行人から見える状態でピザを次々と作っていく。こうして、二時間で八十枚ほど焼き上げると、ちょうど昼前の時間を迎える。
この後も大盛況で、結局、お昼のピークが落ち着いたあたりで体力を使い果たし、早めの店じまいとなってしまったのだった。
「はい、押さないで下さい。数は十分用意してますので、順番にお願いします」
「焼き上がりには十分掛かります。ですので、しばらくお待ちを」
マゼンダ商会の店は大繁盛していた。急遽、商会から人を寄越す事になるくらいには混雑している。
「これは予想外……」
開始十分でこの有り様である。
実は、ピザに関しては試供品として、ペシエラのお茶会に忍ばせていた事があるのだ。その時に学園祭で販売する事は明かしていたので、その口コミがこの混雑を生み出しているというわけなのだ。
「始まるまでに二百は焼いたのに、もう無くなるってどういう事なの?!」
二百というのは、ピザ一枚まるまるの事である。それを八等分にして、その八等分を一つの商品として売りに出しているわけなのだ。そして、その千六百食が、開始二十分で売り切れたのである。おそるべし、貴族の口コミ。
裏ではシアンとキャノルが、必死になって七台フル稼働でピザを焼き続けている。オーカー商会を手伝っていた他のマゼンダ商会の職員も加わって、それはもう必死だった。
チェリシアの収納魔法には、かなりの数の作り置きが放り込んであるのだが、これすらも飲み込む勢いだ。
「これ、どっかで一回閉めた方が良くない?」
「そうね。これはさすがに対応しきれないわ」
チェリシアとロゼリアも音を上げていた。
「これは……、一体どういう事ですの?」
そこへペシエラが初戦を終えてやって来た。そして、目撃したあまりの人だかりに言葉を失いかけた。
「申し訳ございません。あまりの事に手が追いつきませんので、昼前まで一時閉店させて頂きます。昼前には再開しますが、購入制限を設けさせて頂きますのでご了承下さい」
チェリシアの声が響いていた。
これを聞いた客の中には文句を言う者も居た。しかし、ロゼリアたちが目を回しかけていたのを見て、同情する声も聞かれた。それにしても、まったく貴族というのは遠慮がない。
「お姉様、ロゼリア、大丈夫でして?」
「あ、ペシエラ。初戦お疲れ様……」
ペシエラが慌てて駆けつけて心配すると、チェリシアは疲れ切った顔をしながらもペシエラを労ってきた。
「いやまあ、先日ペシエラに持たせたピザが、口コミで広まっちゃってて……」
「なるほど、興味を持った貴族が押しかけて、……この有り様ですのね」
状況を把握したペシエラの言葉が、一瞬詰まった。よく見れば、シアンとキャノル、応援でやって来た商会の職員たちも疲れてその場に座り込んでいた。
「王宮でのお茶会の様子は見てましたが、ここまで人気になるとは思いませんでしたね」
飲み物を配りながら、アイリスはこの惨状に表情を失った。
「魚のほぐし身も入れたりしたし、味付けも濃くなりすぎないようにしたんだけどね。金に物を言わせて、買い占め紛いまで起きるなんて思わなかったわよ」
「……お姉様は貴族を甘く見過ぎですわよ」
ぐったりしているチェリシアの感想に、ペシエラは呆れてしまった。
「私は今日はもう試合がありませんから、このままここに立てますわよ」
「ありがとう、助かるわ」
ペシエラの申し出を快く受け入れたチェリシアは、エプロンを手渡す。
「ドレスが汚れちゃうからね。調理するなら必須よ」
「そうですわね」
チェリシアから受け取ったエプロンを着けたペシエラは、ある物に気が付く。
「あれは、何かしら」
ペシエラの視線の先にあるのは、魔法で映し出されたピザを焼く様子だった。
「ああ、あれね。アイリスたちに付けてる撮影魔法の応用で、小型調理窯とピザの宣伝のために拵えたものよ。今もルゼさんやストンさんたちが頑張って作ってるわ」
「お姉様の発想力には、驚かされますわね」
チェリシアの説明に、ペシエラは食い入るようにピザの焼き上げ動画を眺めていた。
「ペシエラ、はい、これ」
チェリシアは、ペシエラの目の前にピザを差し出す。事前に焼いておいたのを残しておいたの。試合が終わったら食べてもらおうと思ってね」
チェリシアが笑顔で言う。ペシエラはため息をついた後、笑みを浮かべてそれを受け取る。そして、ひと口食べる。
「あら、おいしい」
「でしょ。チーズと魚の酢漬けに野菜を散らした一品よ。焼いちゃうと酢も気にならないでしょ」
チェリシアはにこにこしている。
「魚の酢漬け……。保存食にと作ったあの瓶詰めですわね」
「そうそう。腸を取り除いて、塩水でしっかり洗った上で、酢に漬け込むのよ。これがまた、いいアクセントになるの」
「チェリシア、焼くの手伝ってよ」
ペシエラに説明していると、ロゼリアに怒られた。
「そうね。お昼前に再開したら、また忙しくなるものね。しっかり準備しなくちゃ」
チェリシアたちは、通行人から見える状態でピザを次々と作っていく。こうして、二時間で八十枚ほど焼き上げると、ちょうど昼前の時間を迎える。
この後も大盛況で、結局、お昼のピークが落ち着いたあたりで体力を使い果たし、早めの店じまいとなってしまったのだった。
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