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第70話 子爵を説得せよ
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イジスの住むガーティス領などが所属する王国には、毎年ある時期になると建国祭が行われる。ただし、費用や負担の問題から、全貴族の参加が義務付けられるのは二年に一度。今年はその全貴族参加の年にあたるのだ。
もちろん、全貴族といっても何も一族全員というわけではない。理由があれば辞退することはできるし、一人だけでもいいので参加していればそれで問題はない。
そのため、ガーティス子爵家ではイジスの父親であるガーティス子爵が一人で毎回参加していた。
そもそも、イジスは建国祭の存在こそ知ってはいたが、その詳細はまったくというほど知らなかった。うまく子爵がはぐらかしていたようだ。
だが、今年は押しかけてきたスピアノのせいでその詳細が知られてしまったために、はてさて子爵はどうするつもりなのだろうか。
「父上」
スピアノと一緒にガーティス子爵の部屋を訪れるイジス。もちろん、モエも一緒にいる。
「どうした、イジス」
急に部屋に入ってきたイジスに驚いた様子を見せるガーティス子爵である。
「建国祭の事をスピアノから聞きました。今年は私も参加致します」
「むぅ……?」
イジスが堂々と言い切ると、子爵はスピアノへと視線を移しながら唸っていた。
「別にお前は参加しなくてもよいのだ。いつも通り留守番をして、私の代わりに領地を見ていればいい」
書類を整理しながらすっぱりと言い切る子爵である。やはり参加させるつもりはないようだ。
だが、そこへスピアノが一歩前へ出てくる。
「失礼致しますわ、ガーティス子爵様」
「なんだね、スピアノ・ジルニテ伯爵令嬢」
堂々とした態度のスピアノに厳しい視線を向けるガーティス子爵。だが、スピアノはそれには怯まない。
「隣の領地の者としてお話をさせて頂きますわ」
スピアノの言葉を黙って子爵は聞いている。
「子爵様はいくら何でも交流をしなさすぎですわ。イジス様の存在もほとんどの方が知らぬ状況。もう25歳をも超えられたのですから、そろそろ世継ぎも必要かと存じますわ」
「……それは分かっておる」
「いいえ、分かっておりませんわ。イジス様を外に出す事を、なぜ躊躇なさるのです。こんな小娘ごときに説教されるようでは困りますわよ」
まったく引かぬどころか、頭ごなしの苦言である。
「まさか、やましい隠し事でもあるのではございませんか? 独自に調べさせて頂きましたけれど、イジス様の外部への露出記録はほぼございませんでしたわ」
「……ジルニテは何を考えている?」
スピアノの言葉にギリッと唇をかむ子爵である。
「いいえ、これはお父様もお母様も関係ありませんわ。イジス様に興味を持ったわたくしが直々に調べさせて頂きましたわ」
「なん……だと?」
「とはいえ、一伯爵令嬢のできることなんて知れておりますわ。時間も短かったですし、これで限界でしたわ」
どこからともなく出した紙を見ながら話すスピアノだった。
これにはイジスもモエも黙り込んでいた。行動力に驚いて言葉も出ないのである。
「まったく、隣の領地の人間だからと思って見逃していたが、面倒なお嬢様だったようだな」
「お話に聞いて興味を引かれて、実際にお会いしてひと目惚れでしたもの。より知りたくもなるというものですわ」
「えっ?」
スピアノがすっぱり言い切ると、変な声を出すイジスとモエ。
それと同時に、モエの胸に謎の痛みが走る。
(な、なに、この胸の痛み……)
あまりにも突然のことに困惑するモエだった。
「おほん、話が横に逸れましたわね」
咳払いをして気を取り直すスピアノ。
「お隣としてのお節介ではございますけれど、イジス様の建国祭への参加をお勧め致しますわ。毎回子爵様一人でのご参加となると、他の貴族からもあらぬ声を上げられてしまいますでしょうし」
「うむ……。そうかも知れぬな」
小娘ごときに諭される子爵である。
「私も、参加した方がよろしいかと存じます」
「モエ」
右手を小さく上げながら子爵に意見するモエ。自分の専属侍女であるがために、イジスが名前を叫んで止めようとする。
「いいえ、イジス様。私にも言わさせて下さい」
イジスへと鬼気迫る表情を見せるモエ。これにはイジスも思わず黙り込んでしまう。
「私も小さな集落に住んでいて世間知らずでした。思い切ってこうやって外に出てよかったと思っております。そんな私だから思うのです。イジス様にもいろいろ経験させてみるべきなのではと」
モエもはっきりと意見を述べていた。
なにせ元々はマイコニドという種族で、性質上森にずっと閉じこもっていた。思い切って森の外に出ていろいろ知ったモエの体験があるゆえに、その言葉は強い説得力を持っていたのである。
このモエの言葉が決め手となり、いよいよ子爵が折れる。
「……分かった。今年はイジスを連れていこう」
「ありがとうございますわ、子爵様」
「ありがとうございます、旦那様」
子爵の決定に頭を下げるスピアノとモエ。だが、子爵からは話が続けられる。
「ただし、条件がある」
「なんでしょうか」
子爵からの言葉に、モエはきょとんとした目で首を傾げる。
「モエ、君もイジスについて行きなさい」
子爵から示された条件に驚くイジスとモエなのであった。
もちろん、全貴族といっても何も一族全員というわけではない。理由があれば辞退することはできるし、一人だけでもいいので参加していればそれで問題はない。
そのため、ガーティス子爵家ではイジスの父親であるガーティス子爵が一人で毎回参加していた。
そもそも、イジスは建国祭の存在こそ知ってはいたが、その詳細はまったくというほど知らなかった。うまく子爵がはぐらかしていたようだ。
だが、今年は押しかけてきたスピアノのせいでその詳細が知られてしまったために、はてさて子爵はどうするつもりなのだろうか。
「父上」
スピアノと一緒にガーティス子爵の部屋を訪れるイジス。もちろん、モエも一緒にいる。
「どうした、イジス」
急に部屋に入ってきたイジスに驚いた様子を見せるガーティス子爵である。
「建国祭の事をスピアノから聞きました。今年は私も参加致します」
「むぅ……?」
イジスが堂々と言い切ると、子爵はスピアノへと視線を移しながら唸っていた。
「別にお前は参加しなくてもよいのだ。いつも通り留守番をして、私の代わりに領地を見ていればいい」
書類を整理しながらすっぱりと言い切る子爵である。やはり参加させるつもりはないようだ。
だが、そこへスピアノが一歩前へ出てくる。
「失礼致しますわ、ガーティス子爵様」
「なんだね、スピアノ・ジルニテ伯爵令嬢」
堂々とした態度のスピアノに厳しい視線を向けるガーティス子爵。だが、スピアノはそれには怯まない。
「隣の領地の者としてお話をさせて頂きますわ」
スピアノの言葉を黙って子爵は聞いている。
「子爵様はいくら何でも交流をしなさすぎですわ。イジス様の存在もほとんどの方が知らぬ状況。もう25歳をも超えられたのですから、そろそろ世継ぎも必要かと存じますわ」
「……それは分かっておる」
「いいえ、分かっておりませんわ。イジス様を外に出す事を、なぜ躊躇なさるのです。こんな小娘ごときに説教されるようでは困りますわよ」
まったく引かぬどころか、頭ごなしの苦言である。
「まさか、やましい隠し事でもあるのではございませんか? 独自に調べさせて頂きましたけれど、イジス様の外部への露出記録はほぼございませんでしたわ」
「……ジルニテは何を考えている?」
スピアノの言葉にギリッと唇をかむ子爵である。
「いいえ、これはお父様もお母様も関係ありませんわ。イジス様に興味を持ったわたくしが直々に調べさせて頂きましたわ」
「なん……だと?」
「とはいえ、一伯爵令嬢のできることなんて知れておりますわ。時間も短かったですし、これで限界でしたわ」
どこからともなく出した紙を見ながら話すスピアノだった。
これにはイジスもモエも黙り込んでいた。行動力に驚いて言葉も出ないのである。
「まったく、隣の領地の人間だからと思って見逃していたが、面倒なお嬢様だったようだな」
「お話に聞いて興味を引かれて、実際にお会いしてひと目惚れでしたもの。より知りたくもなるというものですわ」
「えっ?」
スピアノがすっぱり言い切ると、変な声を出すイジスとモエ。
それと同時に、モエの胸に謎の痛みが走る。
(な、なに、この胸の痛み……)
あまりにも突然のことに困惑するモエだった。
「おほん、話が横に逸れましたわね」
咳払いをして気を取り直すスピアノ。
「お隣としてのお節介ではございますけれど、イジス様の建国祭への参加をお勧め致しますわ。毎回子爵様一人でのご参加となると、他の貴族からもあらぬ声を上げられてしまいますでしょうし」
「うむ……。そうかも知れぬな」
小娘ごときに諭される子爵である。
「私も、参加した方がよろしいかと存じます」
「モエ」
右手を小さく上げながら子爵に意見するモエ。自分の専属侍女であるがために、イジスが名前を叫んで止めようとする。
「いいえ、イジス様。私にも言わさせて下さい」
イジスへと鬼気迫る表情を見せるモエ。これにはイジスも思わず黙り込んでしまう。
「私も小さな集落に住んでいて世間知らずでした。思い切ってこうやって外に出てよかったと思っております。そんな私だから思うのです。イジス様にもいろいろ経験させてみるべきなのではと」
モエもはっきりと意見を述べていた。
なにせ元々はマイコニドという種族で、性質上森にずっと閉じこもっていた。思い切って森の外に出ていろいろ知ったモエの体験があるゆえに、その言葉は強い説得力を持っていたのである。
このモエの言葉が決め手となり、いよいよ子爵が折れる。
「……分かった。今年はイジスを連れていこう」
「ありがとうございますわ、子爵様」
「ありがとうございます、旦那様」
子爵の決定に頭を下げるスピアノとモエ。だが、子爵からは話が続けられる。
「ただし、条件がある」
「なんでしょうか」
子爵からの言葉に、モエはきょとんとした目で首を傾げる。
「モエ、君もイジスについて行きなさい」
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