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第63話 つい勢い余って

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 マイコニドの集落。
 以前、子爵領の街まで突撃してきたマッシュは、無事に集落に戻ってきていた。
 集落の掟を破った罰として、現在は集落の中で監視付きで労働に従事している状況だった。
「お前、よく集落の外に出て無事に戻ってこれたな」
 マッシュを監視するマイコニドは、たびたびそんな事を聞いてくる。
「はっ、別に大した事なかったぜ。街に着くまで何も起きなかったからな」
「って、人間のお前街まで行ったのか?」
 マッシュが人間の街まで行ったという事実を聞いて、大げさに驚く監視のマイコニドである。
「人に会わなかったのは幸いだったがな。会ったからといってなんて事はなかったぜ」
「どうしてそんな」
 マッシュの話を信じられないといった様子のようだ。
「俺たちマイコニドからは常に胞子が振りまかれているのは、お前らも知ってる通りだろ」
「ああ、そうだな」
 こくりと頷く監視マイコニドである。
「どうやらその胞子は、他の連中には危険な状態を引き起こすらしいんだ。実際、俺が近付いた連中は、顔色が悪くなっていたからな」
「なんと、俺たちの胞子にそんな効果があるなんて……」
 衝撃の事実に、恐れおののくマイコニドである。
「ついでにだが、俺が向かった場所にはモエがいた。あいつの胞子は特殊らしくて、人間たちとはうまくやってるみたいだったぜ」
「なっ、姿が見えないと思ったら、人間の街にだと?! それは本当なのか?」
「ああ。実際にこの目で見たから間違いない。それに、あいつは現状に満足してるとまで言い放ってくれたからな。必死に訴えられたら、連れ戻す気になんてなれるわけがないんだ」
 マッシュの言葉に、監視のマイコニドは何も言えなかった。
「あいつが近くに居ると、俺の胞子も無効化されて人間は苦しむ様子はなかったな。あいつは、外の世界の方が合っているのかもしれないぜ」
 畑作業をしながら、マッシュは見てきたすべてを監視のマイコニドに打ち明けてしまった。
「だが、掟を破ったのは事実だ。連れ戻すかどうかはともかくとして、頭領には話をさせてもらうからな」
「その時は俺も連れていってくれ。あいつの生活を壊すわけにはいかないからな」
「分かった。そこまで言うのならそうしよう」
 マッシュの要求をのむ監視のマイコニドである。
 そして、そのまま今日の分の労働を済ませるマッシュだった。

 労働が終わると、マイコニドの頭領の元に向かうマッシュと監視。
「頭領、ちょっとお話はよろしいでしょうか」
「なにかな、聞くくらいはしよう」
 頭領の許可が下りたことで、監視はマッシュを建物の中へと連れて入る。マッシュの姿を見た頭領の雰囲気ががらりと変わる。
「何の用だ。掟を破っておきながら、陳情でもしようというのかね?」
 頭領はマイコニドの中でもかなりの高齢のマイコニドだ。長らく生きてきただけの威厳というものがある。視線を向けられただけでもかなり身が縮こまる思いだ。
「いえ、モエの事です」
「ほう、モエか。結局見つからなんだな。胞子の痕跡も無くなっておったし、まったくどこで何をしておるのやら。はたまた獣の餌にでもなったか?」
 もはや興味がないと言わんばかりに淡々と吐き捨てる頭領である。時には冷酷な判断を下す事もあるが、掟を破ったものには特に厳しい。
 マッシュも集落の外へと向かったことで、もっと厳しい判断が下されるところだったのだが、まだ若いということで労働従事に軽減してもらったという経緯がある。そのために、マッシュは頭領の前ではどうしてもガチガチに固くなってしまうのだ。
「こいつの話では、モエは今、人間の街で暮らしているそうですよ」
「なに、人間の街でだと?」
 頭領の目がいつもの倍以上見開いている。そのくらいに衝撃的な話なのである。
「ばかな。我々マイコニドが人間と暮らせるわけがない。おい、マッシュ。適当なことを言うでないぞ」
「う、嘘じゃねえ。俺は、この目で実際に見たし、人間とも話をしたんだ。……あいつにも必死にお願いされたし、俺が……」
 頭領に頭ごなしに怒鳴りつけられて、マッシュは強く反論する。だが、その時のモエの姿を思い出して、段々と勢いがしぼんでいってしまった。
「あいつは……、人間の隣で幸せそうな姿を見せていたんだ。だったら、あいつの居場所はここじゃない。悔しい……話だ、ぜ……」
 肩を張りながら、必死に何かに耐えようとしているマッシュ。おそらくは、自分の中にあった気持ちをはっきりと認識したのだろう。
 それがゆえに、人間と一緒に居たがるモエの姿が、悔しくて仕方がないようだった。
「むむむ……」
 話を聞いた頭領は、考え込んでしまう。
「頼む、あいつのことはもうそっとしておいてくれ。集落でも死んだ扱いになっているんだ」
「まあそうだな。集落から出ていって無事だった事は驚きだが……。わしらは外の世界と不干渉を決め込んでおるし、まあそっとしておこうではないか」
 頭領は悩んだものの、集落の掟を優先させたのだった。
「マッシュ、それとリンギ。この事は他の者には決して漏らすでないぞ」
「はっ、承知致しました」
 モエが無事で外の世界で暮らしている事は、こうして三人の秘密となったのであった。
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