63 / 78
第63話 つい勢い余って
しおりを挟む
マイコニドの集落。
以前、子爵領の街まで突撃してきたマッシュは、無事に集落に戻ってきていた。
集落の掟を破った罰として、現在は集落の中で監視付きで労働に従事している状況だった。
「お前、よく集落の外に出て無事に戻ってこれたな」
マッシュを監視するマイコニドは、たびたびそんな事を聞いてくる。
「はっ、別に大した事なかったぜ。街に着くまで何も起きなかったからな」
「って、人間のお前街まで行ったのか?」
マッシュが人間の街まで行ったという事実を聞いて、大げさに驚く監視のマイコニドである。
「人に会わなかったのは幸いだったがな。会ったからといってなんて事はなかったぜ」
「どうしてそんな」
マッシュの話を信じられないといった様子のようだ。
「俺たちマイコニドからは常に胞子が振りまかれているのは、お前らも知ってる通りだろ」
「ああ、そうだな」
こくりと頷く監視マイコニドである。
「どうやらその胞子は、他の連中には危険な状態を引き起こすらしいんだ。実際、俺が近付いた連中は、顔色が悪くなっていたからな」
「なんと、俺たちの胞子にそんな効果があるなんて……」
衝撃の事実に、恐れおののくマイコニドである。
「ついでにだが、俺が向かった場所にはモエがいた。あいつの胞子は特殊らしくて、人間たちとはうまくやってるみたいだったぜ」
「なっ、姿が見えないと思ったら、人間の街にだと?! それは本当なのか?」
「ああ。実際にこの目で見たから間違いない。それに、あいつは現状に満足してるとまで言い放ってくれたからな。必死に訴えられたら、連れ戻す気になんてなれるわけがないんだ」
マッシュの言葉に、監視のマイコニドは何も言えなかった。
「あいつが近くに居ると、俺の胞子も無効化されて人間は苦しむ様子はなかったな。あいつは、外の世界の方が合っているのかもしれないぜ」
畑作業をしながら、マッシュは見てきたすべてを監視のマイコニドに打ち明けてしまった。
「だが、掟を破ったのは事実だ。連れ戻すかどうかはともかくとして、頭領には話をさせてもらうからな」
「その時は俺も連れていってくれ。あいつの生活を壊すわけにはいかないからな」
「分かった。そこまで言うのならそうしよう」
マッシュの要求をのむ監視のマイコニドである。
そして、そのまま今日の分の労働を済ませるマッシュだった。
労働が終わると、マイコニドの頭領の元に向かうマッシュと監視。
「頭領、ちょっとお話はよろしいでしょうか」
「なにかな、聞くくらいはしよう」
頭領の許可が下りたことで、監視はマッシュを建物の中へと連れて入る。マッシュの姿を見た頭領の雰囲気ががらりと変わる。
「何の用だ。掟を破っておきながら、陳情でもしようというのかね?」
頭領はマイコニドの中でもかなりの高齢のマイコニドだ。長らく生きてきただけの威厳というものがある。視線を向けられただけでもかなり身が縮こまる思いだ。
「いえ、モエの事です」
「ほう、モエか。結局見つからなんだな。胞子の痕跡も無くなっておったし、まったくどこで何をしておるのやら。はたまた獣の餌にでもなったか?」
もはや興味がないと言わんばかりに淡々と吐き捨てる頭領である。時には冷酷な判断を下す事もあるが、掟を破ったものには特に厳しい。
マッシュも集落の外へと向かったことで、もっと厳しい判断が下されるところだったのだが、まだ若いということで労働従事に軽減してもらったという経緯がある。そのために、マッシュは頭領の前ではどうしてもガチガチに固くなってしまうのだ。
「こいつの話では、モエは今、人間の街で暮らしているそうですよ」
「なに、人間の街でだと?」
頭領の目がいつもの倍以上見開いている。そのくらいに衝撃的な話なのである。
「ばかな。我々マイコニドが人間と暮らせるわけがない。おい、マッシュ。適当なことを言うでないぞ」
「う、嘘じゃねえ。俺は、この目で実際に見たし、人間とも話をしたんだ。……あいつにも必死にお願いされたし、俺が……」
頭領に頭ごなしに怒鳴りつけられて、マッシュは強く反論する。だが、その時のモエの姿を思い出して、段々と勢いがしぼんでいってしまった。
「あいつは……、人間の隣で幸せそうな姿を見せていたんだ。だったら、あいつの居場所はここじゃない。悔しい……話だ、ぜ……」
肩を張りながら、必死に何かに耐えようとしているマッシュ。おそらくは、自分の中にあった気持ちをはっきりと認識したのだろう。
それがゆえに、人間と一緒に居たがるモエの姿が、悔しくて仕方がないようだった。
「むむむ……」
話を聞いた頭領は、考え込んでしまう。
「頼む、あいつのことはもうそっとしておいてくれ。集落でも死んだ扱いになっているんだ」
「まあそうだな。集落から出ていって無事だった事は驚きだが……。わしらは外の世界と不干渉を決め込んでおるし、まあそっとしておこうではないか」
頭領は悩んだものの、集落の掟を優先させたのだった。
「マッシュ、それとリンギ。この事は他の者には決して漏らすでないぞ」
「はっ、承知致しました」
モエが無事で外の世界で暮らしている事は、こうして三人の秘密となったのであった。
以前、子爵領の街まで突撃してきたマッシュは、無事に集落に戻ってきていた。
集落の掟を破った罰として、現在は集落の中で監視付きで労働に従事している状況だった。
「お前、よく集落の外に出て無事に戻ってこれたな」
マッシュを監視するマイコニドは、たびたびそんな事を聞いてくる。
「はっ、別に大した事なかったぜ。街に着くまで何も起きなかったからな」
「って、人間のお前街まで行ったのか?」
マッシュが人間の街まで行ったという事実を聞いて、大げさに驚く監視のマイコニドである。
「人に会わなかったのは幸いだったがな。会ったからといってなんて事はなかったぜ」
「どうしてそんな」
マッシュの話を信じられないといった様子のようだ。
「俺たちマイコニドからは常に胞子が振りまかれているのは、お前らも知ってる通りだろ」
「ああ、そうだな」
こくりと頷く監視マイコニドである。
「どうやらその胞子は、他の連中には危険な状態を引き起こすらしいんだ。実際、俺が近付いた連中は、顔色が悪くなっていたからな」
「なんと、俺たちの胞子にそんな効果があるなんて……」
衝撃の事実に、恐れおののくマイコニドである。
「ついでにだが、俺が向かった場所にはモエがいた。あいつの胞子は特殊らしくて、人間たちとはうまくやってるみたいだったぜ」
「なっ、姿が見えないと思ったら、人間の街にだと?! それは本当なのか?」
「ああ。実際にこの目で見たから間違いない。それに、あいつは現状に満足してるとまで言い放ってくれたからな。必死に訴えられたら、連れ戻す気になんてなれるわけがないんだ」
マッシュの言葉に、監視のマイコニドは何も言えなかった。
「あいつが近くに居ると、俺の胞子も無効化されて人間は苦しむ様子はなかったな。あいつは、外の世界の方が合っているのかもしれないぜ」
畑作業をしながら、マッシュは見てきたすべてを監視のマイコニドに打ち明けてしまった。
「だが、掟を破ったのは事実だ。連れ戻すかどうかはともかくとして、頭領には話をさせてもらうからな」
「その時は俺も連れていってくれ。あいつの生活を壊すわけにはいかないからな」
「分かった。そこまで言うのならそうしよう」
マッシュの要求をのむ監視のマイコニドである。
そして、そのまま今日の分の労働を済ませるマッシュだった。
労働が終わると、マイコニドの頭領の元に向かうマッシュと監視。
「頭領、ちょっとお話はよろしいでしょうか」
「なにかな、聞くくらいはしよう」
頭領の許可が下りたことで、監視はマッシュを建物の中へと連れて入る。マッシュの姿を見た頭領の雰囲気ががらりと変わる。
「何の用だ。掟を破っておきながら、陳情でもしようというのかね?」
頭領はマイコニドの中でもかなりの高齢のマイコニドだ。長らく生きてきただけの威厳というものがある。視線を向けられただけでもかなり身が縮こまる思いだ。
「いえ、モエの事です」
「ほう、モエか。結局見つからなんだな。胞子の痕跡も無くなっておったし、まったくどこで何をしておるのやら。はたまた獣の餌にでもなったか?」
もはや興味がないと言わんばかりに淡々と吐き捨てる頭領である。時には冷酷な判断を下す事もあるが、掟を破ったものには特に厳しい。
マッシュも集落の外へと向かったことで、もっと厳しい判断が下されるところだったのだが、まだ若いということで労働従事に軽減してもらったという経緯がある。そのために、マッシュは頭領の前ではどうしてもガチガチに固くなってしまうのだ。
「こいつの話では、モエは今、人間の街で暮らしているそうですよ」
「なに、人間の街でだと?」
頭領の目がいつもの倍以上見開いている。そのくらいに衝撃的な話なのである。
「ばかな。我々マイコニドが人間と暮らせるわけがない。おい、マッシュ。適当なことを言うでないぞ」
「う、嘘じゃねえ。俺は、この目で実際に見たし、人間とも話をしたんだ。……あいつにも必死にお願いされたし、俺が……」
頭領に頭ごなしに怒鳴りつけられて、マッシュは強く反論する。だが、その時のモエの姿を思い出して、段々と勢いがしぼんでいってしまった。
「あいつは……、人間の隣で幸せそうな姿を見せていたんだ。だったら、あいつの居場所はここじゃない。悔しい……話だ、ぜ……」
肩を張りながら、必死に何かに耐えようとしているマッシュ。おそらくは、自分の中にあった気持ちをはっきりと認識したのだろう。
それがゆえに、人間と一緒に居たがるモエの姿が、悔しくて仕方がないようだった。
「むむむ……」
話を聞いた頭領は、考え込んでしまう。
「頼む、あいつのことはもうそっとしておいてくれ。集落でも死んだ扱いになっているんだ」
「まあそうだな。集落から出ていって無事だった事は驚きだが……。わしらは外の世界と不干渉を決め込んでおるし、まあそっとしておこうではないか」
頭領は悩んだものの、集落の掟を優先させたのだった。
「マッシュ、それとリンギ。この事は他の者には決して漏らすでないぞ」
「はっ、承知致しました」
モエが無事で外の世界で暮らしている事は、こうして三人の秘密となったのであった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる