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第58話 見えないものを見るために
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翌日、モエはイジスに付き合わされていた。
「あの、今日は一体何なのでしょうか……」
怪訝な顔をしているモエである。今日は本来なら使用人仲間と一緒にお茶でも飲んでくつろぐはずだったのだ。
だというのに、イジスが急に用事を取りやめたがゆえに、こうしてイジスと付き合わなければならなくなったのである。
外に出るのであれば、先日のマッシュ襲来事件の影響でモエはついていけないためだ。そのくらいにマイコニドへの不信感というものが強いのである。
「すまないな、モエ。胞子は確かに怖いが、話の分からない相手ではないと感じたんでね。ちょっとマイコニドの胞子について検証をしてみたいんだ」
中庭に連れてこられたかと思うと、イジスからは意外な言葉が飛び出てきた。表情から察するに、イジスは本気でマイコニドとも付き合おうとしているようだった。
(……確かに、イジス様とマッシュはどこか心が通じ合ったように見えましたものね)
一人で納得しながらも、ついついため息の出てしまう。しかし、その理由がまさか自分だとは思わないモエなのであった。
さて、モエを中庭に連れて来て、一体何をするつもりなのだろうか。
普段通りにキャップをかぶった状態のモエは、中庭のど真ん中に立たされた。
「イジス様、一体何をなさるおつもりなんですか」
あまりにやりたい事が見えてこないので、イジスに問い掛けるモエ。しかし、イジスは聞こえていないのか、しきりに庭の状態を確認しているだけで、言葉を返そうとはしなかった。
少々不機嫌になるモエではあるものの、自分はあくまで使用人であるので、用事で呼ばれている現状では黙って戻るわけにはいかなかった。ただひたすらに、イジスの反応を待つしかないのである。
「モエ」
唐突にイジスから声を掛けられる。
「はい、何でしょうか」
それでも素早く反応するモエ。すっかりメイドとしての動作が身に付いてしまっている。
「帽子を脱いでくれ」
「か、畏まりました」
ちょっと躊躇したものの、モエは言われた通りに頭のキャップを取る。モエの特徴的な赤色のきのこの笠がその姿を現した。
普段はキャップの効果でかなり胞子の効果は抑えられている。それでも隙間から多少なりと漏れてしまっていた。
その結果が、食堂で見られた変化なのである。普通に掃除した時に比べて、汚れ落ちがよかったり空気が澄んでいたりと、モエの胞子の影響が出ていたのである。
今回、イジスがやろうとしている事は、昨日ランスと話していたマイコニドの胞子の効果範囲の確認である。
ただ問題は、癒しの胞子という具体的な効果の分かりにくいモエの胞子を使うことである。
しかし、マッシュの毒の胞子のように影響の出やすいものは、分かりやすい反面、身に危険を伴う。それに、マッシュも追い返したばかりという状況だ。そうなると、現在街の中に居る唯一のマイコニドであるモエで試すしかないのである。
今現在イジスとモエが居る場所は、庭師から元気がないと報告を受けた場所である。モエの癒しの胞子ならば、回復できるかも知れないのでちょうどいいと考えたようなのだ。
「むむっ、ここら辺の草木たちって、なんだかしおれてませんか?」
さすがは植物系の亜人種であるマイコニドだ。様子がおかしい事に気が付いたようである。
「さすがに気が付いたか。ここら辺は庭師から様子がおかしいと聞いた場所でね。だったらモエの胞子の検証にちょうどいいと思ってそのままにしてもらったんだ」
「むぅ……、私の癒しの胞子で回復させようというわけですか」
イジスの言い分に不機嫌になるモエ。
「仕方がないだろう。マイコニドは様々な情報が不明なままだ。唯一害のないモエに手伝ってもらわないと、うまく付き合うこともできないだろうからな」
「……お気持ちは分かりますが、胞子の毒性がある以上は無理だと思われますよ」
「そのための検証なんだ。頼む、手伝ってくれ、モエ」
ごねるモエに対して、イジスは真剣である。これにはモエも頬を膨らませてはいるようだ。
「仕方ないですね。付き合うのは無理だとは思いますけれど、そこまで仰るのでしたら協力しますよ」
「ありがとうモエ」
腕を組んで不機嫌気味に答えたモエではあるものの、イジスはとても喜んでいたようだった。
「でも、一体何を調べるというのですか?」
「それはだね、胞子の効果範囲だよ。風などの影響もあるだろうけれど、何もしない状態でどのくらいの範囲まで影響を及ぼすのかを知りたいんだ」
「ああ、なるほど……」
質問に答えたイジスの言い分に、モエも納得がいったようだった。
「胞子の効果の及ばない位置からなら、交渉も可能だと。そういうわけですね」
「まあそういう事だね。文字通り距離を保ちながら、交流はできないだろうかと思うんだよ。マッシュを見た限りは、話の通じる相手に思えたからな」
イジスの表情には謎の自信に満ちあふれていた。
「事情はとてもよく分かりました。できる限りは協力させて頂きます」
断るのも無駄だと感じたモエは、イジスの望む通りに、マイコニドの胞子についての調査に協力したのだった。
「あの、今日は一体何なのでしょうか……」
怪訝な顔をしているモエである。今日は本来なら使用人仲間と一緒にお茶でも飲んでくつろぐはずだったのだ。
だというのに、イジスが急に用事を取りやめたがゆえに、こうしてイジスと付き合わなければならなくなったのである。
外に出るのであれば、先日のマッシュ襲来事件の影響でモエはついていけないためだ。そのくらいにマイコニドへの不信感というものが強いのである。
「すまないな、モエ。胞子は確かに怖いが、話の分からない相手ではないと感じたんでね。ちょっとマイコニドの胞子について検証をしてみたいんだ」
中庭に連れてこられたかと思うと、イジスからは意外な言葉が飛び出てきた。表情から察するに、イジスは本気でマイコニドとも付き合おうとしているようだった。
(……確かに、イジス様とマッシュはどこか心が通じ合ったように見えましたものね)
一人で納得しながらも、ついついため息の出てしまう。しかし、その理由がまさか自分だとは思わないモエなのであった。
さて、モエを中庭に連れて来て、一体何をするつもりなのだろうか。
普段通りにキャップをかぶった状態のモエは、中庭のど真ん中に立たされた。
「イジス様、一体何をなさるおつもりなんですか」
あまりにやりたい事が見えてこないので、イジスに問い掛けるモエ。しかし、イジスは聞こえていないのか、しきりに庭の状態を確認しているだけで、言葉を返そうとはしなかった。
少々不機嫌になるモエではあるものの、自分はあくまで使用人であるので、用事で呼ばれている現状では黙って戻るわけにはいかなかった。ただひたすらに、イジスの反応を待つしかないのである。
「モエ」
唐突にイジスから声を掛けられる。
「はい、何でしょうか」
それでも素早く反応するモエ。すっかりメイドとしての動作が身に付いてしまっている。
「帽子を脱いでくれ」
「か、畏まりました」
ちょっと躊躇したものの、モエは言われた通りに頭のキャップを取る。モエの特徴的な赤色のきのこの笠がその姿を現した。
普段はキャップの効果でかなり胞子の効果は抑えられている。それでも隙間から多少なりと漏れてしまっていた。
その結果が、食堂で見られた変化なのである。普通に掃除した時に比べて、汚れ落ちがよかったり空気が澄んでいたりと、モエの胞子の影響が出ていたのである。
今回、イジスがやろうとしている事は、昨日ランスと話していたマイコニドの胞子の効果範囲の確認である。
ただ問題は、癒しの胞子という具体的な効果の分かりにくいモエの胞子を使うことである。
しかし、マッシュの毒の胞子のように影響の出やすいものは、分かりやすい反面、身に危険を伴う。それに、マッシュも追い返したばかりという状況だ。そうなると、現在街の中に居る唯一のマイコニドであるモエで試すしかないのである。
今現在イジスとモエが居る場所は、庭師から元気がないと報告を受けた場所である。モエの癒しの胞子ならば、回復できるかも知れないのでちょうどいいと考えたようなのだ。
「むむっ、ここら辺の草木たちって、なんだかしおれてませんか?」
さすがは植物系の亜人種であるマイコニドだ。様子がおかしい事に気が付いたようである。
「さすがに気が付いたか。ここら辺は庭師から様子がおかしいと聞いた場所でね。だったらモエの胞子の検証にちょうどいいと思ってそのままにしてもらったんだ」
「むぅ……、私の癒しの胞子で回復させようというわけですか」
イジスの言い分に不機嫌になるモエ。
「仕方がないだろう。マイコニドは様々な情報が不明なままだ。唯一害のないモエに手伝ってもらわないと、うまく付き合うこともできないだろうからな」
「……お気持ちは分かりますが、胞子の毒性がある以上は無理だと思われますよ」
「そのための検証なんだ。頼む、手伝ってくれ、モエ」
ごねるモエに対して、イジスは真剣である。これにはモエも頬を膨らませてはいるようだ。
「仕方ないですね。付き合うのは無理だとは思いますけれど、そこまで仰るのでしたら協力しますよ」
「ありがとうモエ」
腕を組んで不機嫌気味に答えたモエではあるものの、イジスはとても喜んでいたようだった。
「でも、一体何を調べるというのですか?」
「それはだね、胞子の効果範囲だよ。風などの影響もあるだろうけれど、何もしない状態でどのくらいの範囲まで影響を及ぼすのかを知りたいんだ」
「ああ、なるほど……」
質問に答えたイジスの言い分に、モエも納得がいったようだった。
「胞子の効果の及ばない位置からなら、交渉も可能だと。そういうわけですね」
「まあそういう事だね。文字通り距離を保ちながら、交流はできないだろうかと思うんだよ。マッシュを見た限りは、話の通じる相手に思えたからな」
イジスの表情には謎の自信に満ちあふれていた。
「事情はとてもよく分かりました。できる限りは協力させて頂きます」
断るのも無駄だと感じたモエは、イジスの望む通りに、マイコニドの胞子についての調査に協力したのだった。
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