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第50話 怒れる子爵
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モエがイジスの専属メイドとして配置されてからというもの、目立った事もなく淡々と日々が過ぎていく。
ただ、モエが一緒に居ると、イジスが以前よりは張り切って仕事をするので、まったく効果がなかったというわけではなさそうだった。
「ランス、ちょっといいでしょうか」
「これはエリィではないですか。どうしたんですか」
エリィとランスがたまたま廊下で鉢合わせをする。
「いえ、モエの様子を確認しようと思いましてね。あの子、私が指導しましたから、何か失礼な事をしていないかと心配になるんですよ」
頬に手を当てながらため息を吐くエリィ。ただ、ランスの方はその姿にちょっと違った意図を感じていたようだ。
「はは~ん、そういうわけですか。二人の間には目立った様子はありませんよ。ただ、イジス様が仕事にかなり集中して下さいますので、その点では非常に効果があったと思います」
「はあ、そうなのですか」
ランスから返ってきた状況説明に、エリィはものすごくため息を混ぜながら反応をしていた。何か期待でもしていたのだろうか。
「イジス様からの一方的な感情はあったが、今ではすっかり落ち着いている。進展を期待しているのなら、あまり望めないかも知れないな」
「誰もそんな事を思っていませんよ。何か凡ミスのような事をしていないか心配しただけです」
「そういう事にしておくよ。じゃあ、私は部下の訓練を見に行ってくるからな」
「ええ、失礼致しました」
そういって、ランスとエリィはすれ違ってそれぞれの場所へと向かった。
ガーティス子爵領内は、先日の亜人や獣たちをめぐる捕り物長の後からは、実に特に何も問題もなく平和なものだった。
子爵も実に淡々と執務をこなす日々が続いている。
「どうだ、あれから街の中で不審な動きをする者は居たか?」
「いえ、これといって特に見られませんね」
子爵の質問に、家令のグリムは淡々と答えている。
「そうか。あれだけ大きな密売組織が摘発されたんだ。我が領ではしばらく動きは取れないだろうな」
「左様でございますね、旦那様」
「我が家の騎士並びに自警団には、引き続き街の中の巡回を行うように伝えておけ。不審な動きがあればすぐに報告するようにもな」
「畏まりました、旦那様」
子爵の命令を受けて執務室から出て行くグリム。
部屋に残った子爵は書類を見ながら、実に渋い顔をしている。
「あれからだいぶ経つが、取り調べは思わしくないな。面倒な力は全部封じているというのに、口が堅すぎる……」
今見ている書類は、その先日壊滅させた亜人たちの密売組織に関する報告書だ。取り調べに対する調書やアジトの中の様子などが記載されている。
「この報告書によれば、街の中にも売られていった亜人が居るようだな。そこそこ大きな組織ゆえに、立ち入り調査ができずに滞っているか……。まったく面倒なものだ」
報告書を机の上に放り投げ、天井を見ながらため息を吐く子爵である。
子爵がここまで憂鬱になるもの無理はない。子爵たちが属する国の中では、亜人や奴隷などの人身売買が一律禁止されているからだ。秘密裏に行われていたとあっても、発覚すればそれだけで領主にも処罰が回ってくる。
一応行われていたという旨は第一報を報告済みだ。今は次のために報告書の作成をしているところである。それを踏まえて再発防止策をまとめた書類も作らねばならないのだから、子爵としても頭は痛い限りである。
「最近はイジスも手伝ってくれているから、この対応に時間を割けるのだが……。いかんせん実態がまだ不透明だ。どうしたものかな……」
すっかり報告書を作る筆が止まってしまう子爵である。
行き詰った子爵は手元に置いてあるベルを鳴らす。すると、執事長であるダニエルがやって来た。
「お呼びでしょうか、旦那様」
「うむ、ランスと数名騎士を呼んできてくれ。自警団へと向かう」
「承知致しました。すぐに呼んで参ります」
子爵からの要請を受け、ダニエルはすぐさま動き出していた。
「さあ、我が領を護るためにも、少しばかり本気を出させてもらおうか……」
子爵の目が鋭くなる。
今までも領地経営に関してはしっかりしてきたつもりだった。しかし、このような犯罪の横行を許してしまった事で、子爵の中でははらわたが煮えくり返っている。
王家から求められた報告書の期限も迫りつつある状況では、もう悠長に構えていられるはずがなかったのである。
しばらくすると、ランスたち騎士が部屋にやって来る。
「家の仕事はイジスに任せ、私は自警団に向かう。動向を頼むぞ」
「はっ、畏まりました」
ランスたちが敬礼をする。一緒に戻ってきたダニエルも執事スタイルで反応している。
「私には護るものがあるのだ。自分勝手な連中のためにめちゃくちゃにされるのは無性に腹立たしい。さあ、行くぞ」
「はっ!」
子爵や騎士たちは、屋敷を出て自警団の牢屋へと向かったのだった。
領民の生活を守るために、並々ならぬ気迫をもって向かう子爵。その姿に、騎士たちは思わず身震いをしてしまうほどだった。
ただ、モエが一緒に居ると、イジスが以前よりは張り切って仕事をするので、まったく効果がなかったというわけではなさそうだった。
「ランス、ちょっといいでしょうか」
「これはエリィではないですか。どうしたんですか」
エリィとランスがたまたま廊下で鉢合わせをする。
「いえ、モエの様子を確認しようと思いましてね。あの子、私が指導しましたから、何か失礼な事をしていないかと心配になるんですよ」
頬に手を当てながらため息を吐くエリィ。ただ、ランスの方はその姿にちょっと違った意図を感じていたようだ。
「はは~ん、そういうわけですか。二人の間には目立った様子はありませんよ。ただ、イジス様が仕事にかなり集中して下さいますので、その点では非常に効果があったと思います」
「はあ、そうなのですか」
ランスから返ってきた状況説明に、エリィはものすごくため息を混ぜながら反応をしていた。何か期待でもしていたのだろうか。
「イジス様からの一方的な感情はあったが、今ではすっかり落ち着いている。進展を期待しているのなら、あまり望めないかも知れないな」
「誰もそんな事を思っていませんよ。何か凡ミスのような事をしていないか心配しただけです」
「そういう事にしておくよ。じゃあ、私は部下の訓練を見に行ってくるからな」
「ええ、失礼致しました」
そういって、ランスとエリィはすれ違ってそれぞれの場所へと向かった。
ガーティス子爵領内は、先日の亜人や獣たちをめぐる捕り物長の後からは、実に特に何も問題もなく平和なものだった。
子爵も実に淡々と執務をこなす日々が続いている。
「どうだ、あれから街の中で不審な動きをする者は居たか?」
「いえ、これといって特に見られませんね」
子爵の質問に、家令のグリムは淡々と答えている。
「そうか。あれだけ大きな密売組織が摘発されたんだ。我が領ではしばらく動きは取れないだろうな」
「左様でございますね、旦那様」
「我が家の騎士並びに自警団には、引き続き街の中の巡回を行うように伝えておけ。不審な動きがあればすぐに報告するようにもな」
「畏まりました、旦那様」
子爵の命令を受けて執務室から出て行くグリム。
部屋に残った子爵は書類を見ながら、実に渋い顔をしている。
「あれからだいぶ経つが、取り調べは思わしくないな。面倒な力は全部封じているというのに、口が堅すぎる……」
今見ている書類は、その先日壊滅させた亜人たちの密売組織に関する報告書だ。取り調べに対する調書やアジトの中の様子などが記載されている。
「この報告書によれば、街の中にも売られていった亜人が居るようだな。そこそこ大きな組織ゆえに、立ち入り調査ができずに滞っているか……。まったく面倒なものだ」
報告書を机の上に放り投げ、天井を見ながらため息を吐く子爵である。
子爵がここまで憂鬱になるもの無理はない。子爵たちが属する国の中では、亜人や奴隷などの人身売買が一律禁止されているからだ。秘密裏に行われていたとあっても、発覚すればそれだけで領主にも処罰が回ってくる。
一応行われていたという旨は第一報を報告済みだ。今は次のために報告書の作成をしているところである。それを踏まえて再発防止策をまとめた書類も作らねばならないのだから、子爵としても頭は痛い限りである。
「最近はイジスも手伝ってくれているから、この対応に時間を割けるのだが……。いかんせん実態がまだ不透明だ。どうしたものかな……」
すっかり報告書を作る筆が止まってしまう子爵である。
行き詰った子爵は手元に置いてあるベルを鳴らす。すると、執事長であるダニエルがやって来た。
「お呼びでしょうか、旦那様」
「うむ、ランスと数名騎士を呼んできてくれ。自警団へと向かう」
「承知致しました。すぐに呼んで参ります」
子爵からの要請を受け、ダニエルはすぐさま動き出していた。
「さあ、我が領を護るためにも、少しばかり本気を出させてもらおうか……」
子爵の目が鋭くなる。
今までも領地経営に関してはしっかりしてきたつもりだった。しかし、このような犯罪の横行を許してしまった事で、子爵の中でははらわたが煮えくり返っている。
王家から求められた報告書の期限も迫りつつある状況では、もう悠長に構えていられるはずがなかったのである。
しばらくすると、ランスたち騎士が部屋にやって来る。
「家の仕事はイジスに任せ、私は自警団に向かう。動向を頼むぞ」
「はっ、畏まりました」
ランスたちが敬礼をする。一緒に戻ってきたダニエルも執事スタイルで反応している。
「私には護るものがあるのだ。自分勝手な連中のためにめちゃくちゃにされるのは無性に腹立たしい。さあ、行くぞ」
「はっ!」
子爵や騎士たちは、屋敷を出て自警団の牢屋へと向かったのだった。
領民の生活を守るために、並々ならぬ気迫をもって向かう子爵。その姿に、騎士たちは思わず身震いをしてしまうほどだった。
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