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第33話 モエ、お使いを頼まれる
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モエが初めて街に出た日から数日間、特に問題なく平和な時間が過ぎていっていた。
マイコニドという事で少々警戒されていたものの、モエの仕事っぷりとルスの愛くるしさのおかげで、少しずつ屋敷に馴染んでいっていた。
ところが、ある日の事だった。
「モエ、ちょっといいか?」
屋敷の中を掃除していたモエに、ガーティス子爵が声を掛けてきた。
「何でしょうか、旦那様」
くるりと振り返って背筋を伸ばすモエ。すっかり使用人としての行動が身に付いていた。これでも20日程度しか経っていないというのに、高い適応能力である。おそらくエリィの教え方がよかったのだろう。
モエが反応したはいいが、子爵は場所を変えようと言って、自分の部屋まで案内していた。どういうつもりか分からないものの、相手が屋敷の主である以上、モエは逆らう事も断る事もなく部屋までついていった。
子爵の私室に入ると、そこにはダニエルとマーサという、使用人のトップ二人が立って待ち構えていた。
その予想外な人物が居た事に、モエは思わずびっくりして後ろに跳んで閉めた扉に張り付いてしまった。
無理もない話というものだ。屋敷の主、使用人のトップ二人が勢ぞろいしているのだから。普通の使用人なら、きっと恐らく気を失って倒れてしまうところだろう。モエだからなんとか耐えているという感じだった。
ただ、モエが耐えられたのにはもう一つ理由があった。頭の上のルスである。
このルスは酷い目に遭わされた事もあってか、悪意というものには相当に敏感になっているのだ。そのルスが落ち着いてモエの頭の上でじっとしているのである。となれば、モエは何も慌てる必要はないというわけだった。ルスは優秀なのである。
「急に部屋まで来てもらってすまないな。実はモエに頼みたい事がある」
「何でございますでしょうか」
モエは真顔で受け答えをする。なにせ執事長とメイド長が同席しているのだ。この状況ではさすがに下手な態度は取れないのである。
「実はな、このメモに書いてある場所まで行って物を引き取ってきてもらいたい」
子爵はこう言いながら、メモを取り出してモエに渡そうとする。
「旦那様。私はまだこのお屋敷に来て日数が浅いですし、街の事もよく分かりません。他の方にお願いされてはいかがかと存じます」
だが、モエは自分がまだ未熟であり、知識不足を理由に辞退をしようとしていた。ところが、子爵は表情をまったく崩す事はなかった。
「ふむ、それは確かに一理あるな。だがね、実はこれから手の空いている使用人というのが居ないのだよ。しかし、受け取りをこの時間にしてしまった以上、今さら変えるというわけにはいかない。すまないが、頼まれてくれ」
子爵にこうとまで言われてしまえば、さすがにモエでは断る不可能だった。ダニエルとマーサの視線だってある。完全に仕組まれたものだったのだ。
「……承知致しました。一応午後からでございますね」
メモ書きを渋々受け取ったモエは、目を通した上で子爵に確認を取っている。
「ああ、その通りだ。昼からそのメモの場所に行って物を引き取ってきてくれればいい。代金は前払いをしてあるから気にしなくていいぞ」
子爵の言葉に渋々モエは用事を引き受ける事になってしまった。一応メモには目的地までの地図が描かれており、二度目となるモエでもなんとかたどり着けそうにはなっていた。
だが、ここで納得いかないのはモエ一人で向かわなければならないという事である。
前回はエリィが居た上に、そのエリィが街の中で結構顔が知られていたので安全に用事を済ませられたのだ。はっきりモエ一人では不安しかなかったのだ。
ところがどっこい、引き受けてしまったからにはモエ一人で向かわなければならない。正直言って、モエには不安しかなかった。
「わうっ!」
モエが悶々としていると、頭の上から犬の鳴き声が聞こえた。
「ああ、ルス。あなたが居たわね」
鳴き声を聞いてハッとするモエである。そう、一人ではなかったのだ。
モエの頭の上には、ほぼ常に聖獣プリズムウルフのルスが乗っかっている。すっかりモエはそれを失念していたのである。
「うんうん、頼りにしてるわよ、ルス」
頭の上に手を伸ばして、透明になっているルスを撫でるモエ。撫でられたルスは嬉しそうに鳴いていた。
本当にルスはモエにはよく懐いている。その関係か、モエに対して親しい人物たちにはあまり警戒を抱いていないようである。モエに対して害があるかないか、それを基準としているという事なのだろう。実に優秀な子なのである。
ルスのおかげで平常心に戻ったモエは、昼食までの間にいつも通り仕事をこなしていく。本当にまだ屋敷にやって来て20日程度かと思えるくらいにその手つきは慣れていた。
「さて、これで出かける準備は完了ね」
昼食を終えたモエは外出に向けて服装を整える。外出の時の格好を確認したらメイド服のままでいいと言われたので、今のモエの格好はメイド服のままである。理由を尋ねたら、今回はガーティス子爵家だとはっきり分かった方がいいからだと返された。
前回は一般的な街の人の服装に着替えされられただけに、どうにも釈然としないモエである。
それはそれとして、いよいよモエ単独による領都への初めてのお使いが始まった。
果たしてモエは無事に任務をまっとうする事ができるのだろうか。ハラハラドキドキの時間が始まったのである。
マイコニドという事で少々警戒されていたものの、モエの仕事っぷりとルスの愛くるしさのおかげで、少しずつ屋敷に馴染んでいっていた。
ところが、ある日の事だった。
「モエ、ちょっといいか?」
屋敷の中を掃除していたモエに、ガーティス子爵が声を掛けてきた。
「何でしょうか、旦那様」
くるりと振り返って背筋を伸ばすモエ。すっかり使用人としての行動が身に付いていた。これでも20日程度しか経っていないというのに、高い適応能力である。おそらくエリィの教え方がよかったのだろう。
モエが反応したはいいが、子爵は場所を変えようと言って、自分の部屋まで案内していた。どういうつもりか分からないものの、相手が屋敷の主である以上、モエは逆らう事も断る事もなく部屋までついていった。
子爵の私室に入ると、そこにはダニエルとマーサという、使用人のトップ二人が立って待ち構えていた。
その予想外な人物が居た事に、モエは思わずびっくりして後ろに跳んで閉めた扉に張り付いてしまった。
無理もない話というものだ。屋敷の主、使用人のトップ二人が勢ぞろいしているのだから。普通の使用人なら、きっと恐らく気を失って倒れてしまうところだろう。モエだからなんとか耐えているという感じだった。
ただ、モエが耐えられたのにはもう一つ理由があった。頭の上のルスである。
このルスは酷い目に遭わされた事もあってか、悪意というものには相当に敏感になっているのだ。そのルスが落ち着いてモエの頭の上でじっとしているのである。となれば、モエは何も慌てる必要はないというわけだった。ルスは優秀なのである。
「急に部屋まで来てもらってすまないな。実はモエに頼みたい事がある」
「何でございますでしょうか」
モエは真顔で受け答えをする。なにせ執事長とメイド長が同席しているのだ。この状況ではさすがに下手な態度は取れないのである。
「実はな、このメモに書いてある場所まで行って物を引き取ってきてもらいたい」
子爵はこう言いながら、メモを取り出してモエに渡そうとする。
「旦那様。私はまだこのお屋敷に来て日数が浅いですし、街の事もよく分かりません。他の方にお願いされてはいかがかと存じます」
だが、モエは自分がまだ未熟であり、知識不足を理由に辞退をしようとしていた。ところが、子爵は表情をまったく崩す事はなかった。
「ふむ、それは確かに一理あるな。だがね、実はこれから手の空いている使用人というのが居ないのだよ。しかし、受け取りをこの時間にしてしまった以上、今さら変えるというわけにはいかない。すまないが、頼まれてくれ」
子爵にこうとまで言われてしまえば、さすがにモエでは断る不可能だった。ダニエルとマーサの視線だってある。完全に仕組まれたものだったのだ。
「……承知致しました。一応午後からでございますね」
メモ書きを渋々受け取ったモエは、目を通した上で子爵に確認を取っている。
「ああ、その通りだ。昼からそのメモの場所に行って物を引き取ってきてくれればいい。代金は前払いをしてあるから気にしなくていいぞ」
子爵の言葉に渋々モエは用事を引き受ける事になってしまった。一応メモには目的地までの地図が描かれており、二度目となるモエでもなんとかたどり着けそうにはなっていた。
だが、ここで納得いかないのはモエ一人で向かわなければならないという事である。
前回はエリィが居た上に、そのエリィが街の中で結構顔が知られていたので安全に用事を済ませられたのだ。はっきりモエ一人では不安しかなかったのだ。
ところがどっこい、引き受けてしまったからにはモエ一人で向かわなければならない。正直言って、モエには不安しかなかった。
「わうっ!」
モエが悶々としていると、頭の上から犬の鳴き声が聞こえた。
「ああ、ルス。あなたが居たわね」
鳴き声を聞いてハッとするモエである。そう、一人ではなかったのだ。
モエの頭の上には、ほぼ常に聖獣プリズムウルフのルスが乗っかっている。すっかりモエはそれを失念していたのである。
「うんうん、頼りにしてるわよ、ルス」
頭の上に手を伸ばして、透明になっているルスを撫でるモエ。撫でられたルスは嬉しそうに鳴いていた。
本当にルスはモエにはよく懐いている。その関係か、モエに対して親しい人物たちにはあまり警戒を抱いていないようである。モエに対して害があるかないか、それを基準としているという事なのだろう。実に優秀な子なのである。
ルスのおかげで平常心に戻ったモエは、昼食までの間にいつも通り仕事をこなしていく。本当にまだ屋敷にやって来て20日程度かと思えるくらいにその手つきは慣れていた。
「さて、これで出かける準備は完了ね」
昼食を終えたモエは外出に向けて服装を整える。外出の時の格好を確認したらメイド服のままでいいと言われたので、今のモエの格好はメイド服のままである。理由を尋ねたら、今回はガーティス子爵家だとはっきり分かった方がいいからだと返された。
前回は一般的な街の人の服装に着替えされられただけに、どうにも釈然としないモエである。
それはそれとして、いよいよモエ単独による領都への初めてのお使いが始まった。
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