26 / 78
第26話 イレギュラー
しおりを挟む
「本日のお昼前の掃除の時間、モエにはイジス坊ちゃんの部屋を掃除して頂きます」
マーサから告げられた仕事は、まさかのイジスの部屋の掃除だった。
どういう反応をするのか楽しみだったのだが、モエはまったくの無反応だった。むしろ、頭に乗っているルスが喜んでいるくらいだった。少し残念に思うマーサである。
「えっと、メイド長?」
意外な反応に驚いていたマーサは、モエの言葉で咳払いをする。
「今日の坊ちゃんの部屋の掃除は私と一緒に行いますので、しっかりと覚えて下さいね」
「あ、はい。分かりました」
マーサがモエに言いつけると、モエは淡々と返事をしていた。
この反応を見る限り、モエはイジスに対して何の感情も持っていない事をひしひしと感じるマーサだった。
(やはり、イジス坊ちゃんの一方的な感情なのですね)
マーサはイジスの事を哀れんだような表情になったのだった。
その後、使用人の半分ほどが出てガーティス子爵とイジスが出発するのを見送った。もちろん、その場にもモエは居たのだが、他の使用人たちと同様に淡々と無表情で頭を下げているだけだった。しっかりと使用人としての仕草は身に付いているので、そこは実に喜ばしい事ではあった。
見送った後はそれぞれの持ち場に戻っていくのだが、その時の一部の使用人たちは愚痴めいた事を話していた。
「あーあ、あの子マイコニドなんでしょ? 安全だって言われても一緒に居たくないわね」
「こら、口に出すのは控えた方がいいぞ」
「そうよ。旦那様も坊ちゃんも認めている以上、私たちがどうこういう事じゃないわ」
「しかしだ、うちに来たばかりの奴が、俺たちよりいい待遇っていうのは解せねえ話だよな」
隅っこの方でひそひそと話をいる。
「おほん!」
近くを通ったエリィがわざとらしく大きく咳払いをする。その音に、愚痴っていた使用人たちは身震いをさせていた。
無言の圧力を掛けられた使用人たちは、そそくさとその場から去っていった。
実のところ、エリィだってモエの待遇に関しては不満はある。だが、しばらく見ていて仕事熱心で覚えるのがとても早いとあって、不満よりも期待の方が上回っていた。マイコニドではあるものの、使用人として上を目指せるのではないかと思うくらいだった。
(まったく、新人に対して抱く不満はあるでしょうが、実際を見ればそんな気持ちも吹き飛ぶでしょうね。私もそうでしたからね)
仕事に向かっていった愚痴を言っていた使用人たちを見ながら、エリィはそんな事を思ったのだった。
(意外と素直ないい子ですから、大事にしてあげませんとね)
エリィは静かに微笑んでいたのだった。
さて、モエはマーサに連れられてイジスの部屋へとやって来ていた。なにせ、今日はイジスは父親の子爵と共に夕方まで居ないとあって、食堂の掃除の予定が吹き飛んでいたからだ。その代わりに言い渡されたのがイジスの部屋の掃除である。
何気にこの部屋に入るのは昨日に続いて2回目である。
掃除をするにあたって、モエは部屋の中をぐるりと見回す。ここは執務室とあって、正面には窓を背にした位置に執務用の机があり、その窓の隣には本棚が置かれている。入口から右側には応接用の机と椅子が置かれていて、左側には外套が掛けられたポールが置かれている。その奥にはベッドが置かれている。その横には扉があり、その奥には水回りやウォークインクロゼットなどがあるらしい。
「モエさん、どうされました?」
マーサに声を掛けられるモエ。
「あっいえ……、自分の部屋とはずいぶんと違うなって思って、つい見てしまいました」
「わうっ」
急に犬の鳴き声が聞こえて、マーサは驚いて辺りを見回してしまう。
「っと、ルスも居るのですね」
「はい、今も私の頭の上に居ますよ」
モエが頭の上に手を伸ばすと、すっとルスが姿を見せた。完全にモエの頭の上が気に入っているのか、ほとんどこの位置が定位置と化していた。今のところルスはまだ小さいので、頭の上に乗っかられていてもモエはまったく苦にしていないようだった。
「大きくなってきたら、さすがにその位置では首を痛めますからね。乗せておくのもほどほどにしておいた方がいいですよ」
「分かりました」
マーサの忠告をおとなしくモエは聞き入れていた。
ジニアスが言うにはプリズムウルフは将来的にはかなり大きくなるらしいので、実に幼いうちしかできない限定的の措置なのである。
「とりあえず今日はそのままでいいですが、大きくなってきたら対処法を考えませんとね」
マーサはそう言うと、イジスの部屋の掃除の準備に取り掛かる。
「それでは、そろそろ始めましょうか。注意点としては、極力小物類は動かさないで下さい。あとは実際に掃除をしながら説明していきます。モエさんはそこのはたきを持って本棚の掃除をしましょうか」
「分かりました」
というわけで、最小限の説明を終えると、マーサとモエはイジスの部屋の掃除を始めたのだった。
実は当主の家族の部屋の掃除を任されるというのは使用人としてはそれなりの躍進なのではあるが、人間の街に出てきてそんなに経っていないモエはその意味をまったく分かっていなかった。
ただ時折マーサから説明を受けながら、黙々と掃除を済ませていたのだった。
その手際の良さは何度見ても素晴らしいもので、マーサが驚くほど掃除は早く終わってしまったのだ。
マーサから告げられた仕事は、まさかのイジスの部屋の掃除だった。
どういう反応をするのか楽しみだったのだが、モエはまったくの無反応だった。むしろ、頭に乗っているルスが喜んでいるくらいだった。少し残念に思うマーサである。
「えっと、メイド長?」
意外な反応に驚いていたマーサは、モエの言葉で咳払いをする。
「今日の坊ちゃんの部屋の掃除は私と一緒に行いますので、しっかりと覚えて下さいね」
「あ、はい。分かりました」
マーサがモエに言いつけると、モエは淡々と返事をしていた。
この反応を見る限り、モエはイジスに対して何の感情も持っていない事をひしひしと感じるマーサだった。
(やはり、イジス坊ちゃんの一方的な感情なのですね)
マーサはイジスの事を哀れんだような表情になったのだった。
その後、使用人の半分ほどが出てガーティス子爵とイジスが出発するのを見送った。もちろん、その場にもモエは居たのだが、他の使用人たちと同様に淡々と無表情で頭を下げているだけだった。しっかりと使用人としての仕草は身に付いているので、そこは実に喜ばしい事ではあった。
見送った後はそれぞれの持ち場に戻っていくのだが、その時の一部の使用人たちは愚痴めいた事を話していた。
「あーあ、あの子マイコニドなんでしょ? 安全だって言われても一緒に居たくないわね」
「こら、口に出すのは控えた方がいいぞ」
「そうよ。旦那様も坊ちゃんも認めている以上、私たちがどうこういう事じゃないわ」
「しかしだ、うちに来たばかりの奴が、俺たちよりいい待遇っていうのは解せねえ話だよな」
隅っこの方でひそひそと話をいる。
「おほん!」
近くを通ったエリィがわざとらしく大きく咳払いをする。その音に、愚痴っていた使用人たちは身震いをさせていた。
無言の圧力を掛けられた使用人たちは、そそくさとその場から去っていった。
実のところ、エリィだってモエの待遇に関しては不満はある。だが、しばらく見ていて仕事熱心で覚えるのがとても早いとあって、不満よりも期待の方が上回っていた。マイコニドではあるものの、使用人として上を目指せるのではないかと思うくらいだった。
(まったく、新人に対して抱く不満はあるでしょうが、実際を見ればそんな気持ちも吹き飛ぶでしょうね。私もそうでしたからね)
仕事に向かっていった愚痴を言っていた使用人たちを見ながら、エリィはそんな事を思ったのだった。
(意外と素直ないい子ですから、大事にしてあげませんとね)
エリィは静かに微笑んでいたのだった。
さて、モエはマーサに連れられてイジスの部屋へとやって来ていた。なにせ、今日はイジスは父親の子爵と共に夕方まで居ないとあって、食堂の掃除の予定が吹き飛んでいたからだ。その代わりに言い渡されたのがイジスの部屋の掃除である。
何気にこの部屋に入るのは昨日に続いて2回目である。
掃除をするにあたって、モエは部屋の中をぐるりと見回す。ここは執務室とあって、正面には窓を背にした位置に執務用の机があり、その窓の隣には本棚が置かれている。入口から右側には応接用の机と椅子が置かれていて、左側には外套が掛けられたポールが置かれている。その奥にはベッドが置かれている。その横には扉があり、その奥には水回りやウォークインクロゼットなどがあるらしい。
「モエさん、どうされました?」
マーサに声を掛けられるモエ。
「あっいえ……、自分の部屋とはずいぶんと違うなって思って、つい見てしまいました」
「わうっ」
急に犬の鳴き声が聞こえて、マーサは驚いて辺りを見回してしまう。
「っと、ルスも居るのですね」
「はい、今も私の頭の上に居ますよ」
モエが頭の上に手を伸ばすと、すっとルスが姿を見せた。完全にモエの頭の上が気に入っているのか、ほとんどこの位置が定位置と化していた。今のところルスはまだ小さいので、頭の上に乗っかられていてもモエはまったく苦にしていないようだった。
「大きくなってきたら、さすがにその位置では首を痛めますからね。乗せておくのもほどほどにしておいた方がいいですよ」
「分かりました」
マーサの忠告をおとなしくモエは聞き入れていた。
ジニアスが言うにはプリズムウルフは将来的にはかなり大きくなるらしいので、実に幼いうちしかできない限定的の措置なのである。
「とりあえず今日はそのままでいいですが、大きくなってきたら対処法を考えませんとね」
マーサはそう言うと、イジスの部屋の掃除の準備に取り掛かる。
「それでは、そろそろ始めましょうか。注意点としては、極力小物類は動かさないで下さい。あとは実際に掃除をしながら説明していきます。モエさんはそこのはたきを持って本棚の掃除をしましょうか」
「分かりました」
というわけで、最小限の説明を終えると、マーサとモエはイジスの部屋の掃除を始めたのだった。
実は当主の家族の部屋の掃除を任されるというのは使用人としてはそれなりの躍進なのではあるが、人間の街に出てきてそんなに経っていないモエはその意味をまったく分かっていなかった。
ただ時折マーサから説明を受けながら、黙々と掃除を済ませていたのだった。
その手際の良さは何度見ても素晴らしいもので、マーサが驚くほど掃除は早く終わってしまったのだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる