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第24話 実に対照的
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イジスはルスを預かって部屋へと戻った。
ルスは人間の手によってボロボロにされて衰弱していた過去があるために、人間に対してかなり警戒心を持っているはず。それだというのに、イジスの腕の中でルスはとてもおとなしくしていた。ランスに対して吠えつく事もなかった。
「ずいぶんとおとなしいですね。あの時死にそうになっていたのですから、人間に対して恐怖を抱いていると思ったのですが」
ランスはルスをじっと見つめながら話している。
「もしかしたら、あの時にルスの事を見つけた私たちの事を覚えているのかも知れないな。だとしたら、実に賢い子だと思うよ」
イジスはそうランスに返しながら、ルスの頭を撫でている。これに対してもルスはとてもおとなしくしていた。エリィですら撫でさせてもらえないというのに、なんと羨ましい事なのだろうか。
「うーん、プリズムウルフっていうが、どこからどう見ても普通の犬だよな」
イジスは両手でルスを抱えたまま、持ち上げてルスの顔をじっと見る。いきなり高いところに上げられたルスは、何が起きたのか分からないらしく、首を傾げていた。
「そうですね。ですが、先程モエの頭の上から急に現れましたので、光を操って透明になるという能力は確かに持っているようですね」
「そういえばそうだったな……」
ランスの言葉で、さっき食堂で見た光景を思い出したイジスである。
モエの呼び掛けに応えて、モエの帽子の上で急に姿を現したのだ。あれがプリズムウルフの持つ特殊能力なのである。
ただ、プリズムウルフがそういう能力を持っている事は一部の界隈では知られているのだが、いつ頃から使い始める能力なのかはよく知られていない。そもそも、聖獣という存在についてもほとんどが伝承なので、こうやって実際に見るという事は稀なのだ。
ルスをじっと見つめながら首を傾げるイジス。それに合わせるようにルスもまた同じ方向に首を傾げている。
「さて、モエが食堂の掃除を終えてやって来るまでの間、ルスの面倒をちゃんと見てやらないとな」
「そうですね。気になる女性の相棒ですから、ちゃんと丁寧に扱いませんとね」
「ばっ、……何を言っているんだ、ランスは!」
ランスが不意に小突くと、イジスはルスを抱き締めながら取り乱したようにランスの方に視線を向ける。この程度の不意打ちで取り乱すとは、イジスはかなりの重症のようである。
「くう~ん?」
その様子を見ながら、ルスは眉間にしわを寄せながら小さく鳴いたのだった。
さて、どのくらい時間が経ったのだろうか。
イジスの部屋の外から廊下を歩く音が聞こえてきた。その足音は扉の前でぴたりと止み、扉を叩く音が響き渡る。
「失礼致します、イジス様。モエです」
外から聞こえてきたのはモエの声だった。
「おお、モエか。入っていいぞ」
「では、失礼致します」
イジスが許可を出すと、扉が開いてモエが入ってくる。その表情は、使用人らしく無表情だった。普段は結構にこにこと笑顔でいる事もあるのだが、この辺はエリィの教育の賜物といえよう。
「食堂の掃除が終わりましたので、ルスを引き取りに参りました」
モエは一歩前に出る。
「ああ、毎日ご苦労だね。ほら、ルス。モエが来たぞ」
「わうん」
イジスはモエを労った後に、ルスに声を掛ける。すると、ルスは嬉しそうに鳴いていた。
「あうーん」
そして、小走りでモエに駆け寄ると、そのままモエの足元で頭を擦りつけていた。
「お待たせしましたね、ルス。いい子にしてましたか?」
「わう!」
モエが屈んでルスを抱え上げると、ルスは元気そうに吠えていた。尻尾をパタパタと振っているので、喜んでいるようである。
「そう、優しくしてもらえたのね。ふふっ、よかったわね」
あまりにルスの喜びようが大げさだったのか、モエはつい笑みをこぼしてしまう。そのモエの顔を見て、イジスはどういうわけか顔を真っ赤にしていた。
「……イジス様?」
隣に立つランスがじとりとイジスに視線を向ける。ランスに厳しい視線を向けられたイジスは、ごほんごほんと咳き込んでいた。
男二人の妙な行動に対して、モエは何があったのかまったく理解できずに、ルスを抱えたまま目をぱちぱちとさせていた。
「イジス様」
「ごほん、……何だい、モエ」
モエが声を掛けてきたので、慌てて姿勢を正すイジス。
「いえ、ルスを預かって頂いてありがとうございました。それと、差し出がましいとは思いますが、ルスもイジス様の事を気に入っているみたいですし、たまに預かって頂いてよろしいでしょうか」
思いもしないモエからの頼みに、イジスは目を丸くして驚いていた。その姿を見たランスが表情を歪めたのは言うまでもない。
「ああ、構わないよ。いつでも頼ってくれ」
イジスはそんなランスの反応に気が付く事なく、モエからの頼みをすぐさま了承していた。そして、これに対してモエがホッとした表情をしたものだから、イジスはさらに舞い上がっていた。
「ありがとうございます。では、時々お願い致しますね。失礼致しました」
モエもモエでそんなイジスの態度をまったく気に掛ける事なく、淡々と喋るとそのまま部屋を出ていってしまった。
モエが部屋を出ていった後、イジスの顔は喜びで崩れていた。しかし、モエの態度を見る限り脈はまったくなさそうである。
本当に哀れな男、イジスなのであった。
ルスは人間の手によってボロボロにされて衰弱していた過去があるために、人間に対してかなり警戒心を持っているはず。それだというのに、イジスの腕の中でルスはとてもおとなしくしていた。ランスに対して吠えつく事もなかった。
「ずいぶんとおとなしいですね。あの時死にそうになっていたのですから、人間に対して恐怖を抱いていると思ったのですが」
ランスはルスをじっと見つめながら話している。
「もしかしたら、あの時にルスの事を見つけた私たちの事を覚えているのかも知れないな。だとしたら、実に賢い子だと思うよ」
イジスはそうランスに返しながら、ルスの頭を撫でている。これに対してもルスはとてもおとなしくしていた。エリィですら撫でさせてもらえないというのに、なんと羨ましい事なのだろうか。
「うーん、プリズムウルフっていうが、どこからどう見ても普通の犬だよな」
イジスは両手でルスを抱えたまま、持ち上げてルスの顔をじっと見る。いきなり高いところに上げられたルスは、何が起きたのか分からないらしく、首を傾げていた。
「そうですね。ですが、先程モエの頭の上から急に現れましたので、光を操って透明になるという能力は確かに持っているようですね」
「そういえばそうだったな……」
ランスの言葉で、さっき食堂で見た光景を思い出したイジスである。
モエの呼び掛けに応えて、モエの帽子の上で急に姿を現したのだ。あれがプリズムウルフの持つ特殊能力なのである。
ただ、プリズムウルフがそういう能力を持っている事は一部の界隈では知られているのだが、いつ頃から使い始める能力なのかはよく知られていない。そもそも、聖獣という存在についてもほとんどが伝承なので、こうやって実際に見るという事は稀なのだ。
ルスをじっと見つめながら首を傾げるイジス。それに合わせるようにルスもまた同じ方向に首を傾げている。
「さて、モエが食堂の掃除を終えてやって来るまでの間、ルスの面倒をちゃんと見てやらないとな」
「そうですね。気になる女性の相棒ですから、ちゃんと丁寧に扱いませんとね」
「ばっ、……何を言っているんだ、ランスは!」
ランスが不意に小突くと、イジスはルスを抱き締めながら取り乱したようにランスの方に視線を向ける。この程度の不意打ちで取り乱すとは、イジスはかなりの重症のようである。
「くう~ん?」
その様子を見ながら、ルスは眉間にしわを寄せながら小さく鳴いたのだった。
さて、どのくらい時間が経ったのだろうか。
イジスの部屋の外から廊下を歩く音が聞こえてきた。その足音は扉の前でぴたりと止み、扉を叩く音が響き渡る。
「失礼致します、イジス様。モエです」
外から聞こえてきたのはモエの声だった。
「おお、モエか。入っていいぞ」
「では、失礼致します」
イジスが許可を出すと、扉が開いてモエが入ってくる。その表情は、使用人らしく無表情だった。普段は結構にこにこと笑顔でいる事もあるのだが、この辺はエリィの教育の賜物といえよう。
「食堂の掃除が終わりましたので、ルスを引き取りに参りました」
モエは一歩前に出る。
「ああ、毎日ご苦労だね。ほら、ルス。モエが来たぞ」
「わうん」
イジスはモエを労った後に、ルスに声を掛ける。すると、ルスは嬉しそうに鳴いていた。
「あうーん」
そして、小走りでモエに駆け寄ると、そのままモエの足元で頭を擦りつけていた。
「お待たせしましたね、ルス。いい子にしてましたか?」
「わう!」
モエが屈んでルスを抱え上げると、ルスは元気そうに吠えていた。尻尾をパタパタと振っているので、喜んでいるようである。
「そう、優しくしてもらえたのね。ふふっ、よかったわね」
あまりにルスの喜びようが大げさだったのか、モエはつい笑みをこぼしてしまう。そのモエの顔を見て、イジスはどういうわけか顔を真っ赤にしていた。
「……イジス様?」
隣に立つランスがじとりとイジスに視線を向ける。ランスに厳しい視線を向けられたイジスは、ごほんごほんと咳き込んでいた。
男二人の妙な行動に対して、モエは何があったのかまったく理解できずに、ルスを抱えたまま目をぱちぱちとさせていた。
「イジス様」
「ごほん、……何だい、モエ」
モエが声を掛けてきたので、慌てて姿勢を正すイジス。
「いえ、ルスを預かって頂いてありがとうございました。それと、差し出がましいとは思いますが、ルスもイジス様の事を気に入っているみたいですし、たまに預かって頂いてよろしいでしょうか」
思いもしないモエからの頼みに、イジスは目を丸くして驚いていた。その姿を見たランスが表情を歪めたのは言うまでもない。
「ああ、構わないよ。いつでも頼ってくれ」
イジスはそんなランスの反応に気が付く事なく、モエからの頼みをすぐさま了承していた。そして、これに対してモエがホッとした表情をしたものだから、イジスはさらに舞い上がっていた。
「ありがとうございます。では、時々お願い致しますね。失礼致しました」
モエもモエでそんなイジスの態度をまったく気に掛ける事なく、淡々と喋るとそのまま部屋を出ていってしまった。
モエが部屋を出ていった後、イジスの顔は喜びで崩れていた。しかし、モエの態度を見る限り脈はまったくなさそうである。
本当に哀れな男、イジスなのであった。
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