上 下
5 / 78

第5話 メイド教育、開始です

しおりを挟む
 翌朝、扉を叩く音でモエは目が覚める。
「ふぁい……、どちら様……」
 目を擦りながら体を起こすモエ。だが、寝ぼけているせいか、自分がどこに居るのかよく分かっていなかった模様。
「あたあっ!!」
 大きな音を立ててベッドから落っこちるモエ。その音のせいで扉の外の人物が大慌てで部屋の中に入ってきた。
「大丈夫ですか、モエさん」
「あたたた……。ってあれ?! ここ、どこ?」
 ベッドから落ちたショックで完全に目を覚ますモエだが、見た事のない部屋の中に居たせいで、意識がかなり混乱しているようである。
 モエが寝ぼけている様子に、部屋に入ってきた人物、エリィはものすごく呆れた顔をしていた。
「モエさん、あなた、昨日の事をもう忘れているのですか?」
「え、えっと……。確か、エリィ!」
 エリィの問い掛けに元気よく声を上げると、モエは頭に手刀を食らっていた。
「あいた!」
「エリィさんです。使用人同士は必ず『さん』を付けて名前を呼ぶように。それと、その笠って痛みを感じるのですね」
「当たり前ですよ、頭の一部なんですから。いたたた……」
 モエは声を上げるが、ベッドから落ちた痛みに腰を擦っていた。まったく、朝からとんでもない失態をかましたものである。
「モエさん、痛がっている暇はありませんよ。さっさと顔を洗って服を着替えて下さい。今日から私がみっちり、メイドとしての心構えと教養をたっぷり叩き込んであげますから」
「ひっ!」
 年は10代の後半から20代前半くらいのエリィだが、メイドとしては長いために、その時の表情といったらモエは恐怖を感じてしまっていた。顔は笑っているが目がまったく笑っていないのである。さすがにそんな表情に見られてしまえば、モエはさっさと顔を洗いに行く。
「待ちなさい、モエ」
「はい?」
「帽子をかぶりなさい。あなたの頭は目立つんですから」
 エリィから帽子を渡されて、それをかぶるモエ。そして、すぐさま出て行こうとするが再びエリィに止められる。
「お礼は?」
「はっ、ごめんなさい。ありがとう」
「よろしい。言葉遣いは後で直しますが、今はそれで構いません。洗面台は廊下に出て左側の突き当りです」
「はい、分かりました」
 モエは返事をするととててと廊下を小走りしていく。その姿を見て、エリィは再びため息を吐いた。先が思いやられると。

 しばらくしてモエが戻ってくる。その姿にエリィはぎょっとする。
「モエさん、顔と手はちゃんと拭きなさい!」
 声を荒げると、どこからともタオルを出してモエの顔に押し付ける。完璧たるメイド、いかなる事態にも対処できるものなのだ。
「わぷっ!」
 タオルを押し付けられたモエは、そのタオルを手に取る。
「モエさん、すぐにそのタオルで顔と手を拭きなさい。床を濡らすと転倒の危険がありますから、手や顔を洗ったらすぐに水分を拭うように、分かりましたか?」
「あう、ごめんなさい」
 身を縮こまらせながら、モエはエリィの注意を聞き入れていた。そして、顔と手を拭き終わると、早速メイド服に着替えていた。
 昨日は着せてもらっていたが、今日は見守られながら自分で着替えるモエ。しかし、やはりろくな服のなかったマイコニドにとって、メイド服というのは少々ハードルが高かったようである。
 無事に着替えて朝食を済ませたモエは、この日はみっちりとエリィによる教育を受ける事となった。なにせモエはイジスの専属になる事になっているためである。
 さすがに子爵とはいえど貴族だ。その子息の専属の使用人となるのであれば、それなりの教養と所作が求められる。それとは無縁のマイコニドをそのレベルに引き上げるために、エリィは心を鬼にしてモエの教育に臨んでいた。
「本来は新人の使用人は、最初に他の使用人たちと顔合わせをするものですが、あなたには時間がありませんからね。顔合わせは夜に回して、それまで私が最低限を教えこみます。覚悟して下さい」
「ひぃぃ~!」
 あまりの厳しさに、モエからは悲鳴が漏れ出ていた。
 しかし、さすがに同じ屋敷の中なので、その様子を見に他の使用人たちが集まってきていた。
「なに、あの子」
「エリィさんに鍛えられてるなんて、見込みのある子なのかしらね」
「てかなに、あの頭……」
 子爵邸内で働くメイドたちが覗き見ながら話をしている。
「うおっほん」
「げっ、メイド長……」
 突然の咳払いに、メイドたちは固まっている。
「おさぼりとは感心しませんね。やる事はちゃんと終えたのですか?」
 メイド長がその様に問い掛けると、メイドたちは顔を真っ青にしながら走り去っていった。仕事をさぼっていたようである。
「まったく、いい加減な子たちだねぇ……」
 腰に両手を当ててため息を吐くメイド長。そして、ノックをすると部屋の中へと入っていった。
「ずいぶんと厳しくしているようですね、エリィさん」
「これはメイド長。はい、旦那様とイジス様の命令でございますので、やむなくでございます」
 声を掛けられてエリィは、メイド長に苦笑いをしながら答えていた。
「しかし、旦那様たちからお話は伺いましたが、この子がマイコニドとは、にわかに信じがたいですね」
 メイド長の言葉が耳に入ったモエは、体を強張らせていた。そして、硬い動きでゆっくりと顔をエリィたちの方に向ける。
「あなたがモエさんね。私はこのガーティス子爵邸のメイド長を務めるマーサと申します。歓迎しますよ、変わったマイコニドさん」
 にこりと微笑むメイド長ことマーサ。そのマーサと目が合ったモエは、緊張のあまり完全に硬直してしまうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

処理中です...