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第4話 子爵邸での初日
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身ぎれいにされたモエは、エリィから渡された服に着替える事になった。
ところが、ここで思わぬ事態が襲い掛かる。
「あの、これって服なんですよね? どうやって着るのですか?」
そう、モエはなんと服の着方を知らなかったのだ。
ちなみにエリィが渡したのは予備のメイド服である。
モエからのこの言葉を聞かされて、エリィは改めてモエが人間社会と隔絶された生活をしてきたマイコニドだという事を思い知らされた。
「はあ、今回は私が着せてあげますから、次からは自分で着替えられるようになって下さいね」
「うっ、すみません」
モエは怒られて縮こまる。
「まったく、謝ったりお礼を言ったりできるっていう事は、一般教養はそこそこあるみたいですね。ただ、人間社会を知らないとこれから生きていけませんからね。この後イジス様から直々に命ぜられるとは思いますが、私がみっちり鍛えてあげますからね」
「は、はい。よろしくお願いします」
モエは肌着を着せられながら、エリィの言葉に答えていた。
ひと通り服を着せ終えると、
「それでは、最後にこれを頭にかぶって下さい」
エリィは何やら白い大きな布を取り出していた。
「えっと、これは?」
「ナイトキャップという眠る時に頭にかぶる帽子です。頭全体を覆いますので、そのマイコニド特有の笠を隠すのにちょうどいいかと思うのですよ」
「あっ、なるほど」
エリィの説明を受けたモエは、ものすごく納得していた。
人間の頭には、確かに笠がない。その笠をさらしたまま歩き回れば、確かに目立って仕方がないだろう。
「この帽子について尋ねられたら、くせ毛が酷くて見せられないとでも言っておけば大体の方はそれで納得して下さると思いますので、それで押し通して下さい」
「は、はい!」
モエが元気よく返事をするので、エリィは不思議と安心してしまった。
「では、イジス様のところへと向かいますね。今でしたらまだ旦那様とご一緒でしょうから、おとなしくじっと私の隣で立っていて下さいね」
「はい」
メイド服に着替えたモエはエリィに連れられて、屋敷の2階にあるガーティス子爵の部屋へと向かったのだった。
ガーティス子爵の部屋の前で、エリィはモエを自分の後ろに立たせる。そして、扉を叩いて中に呼び掛ける。
「旦那様、エリィでございます。イジス様はいらっしゃいますでしょうか」
「エリィか。バカ息子なら居るぞ、ちょうど叱っている最中だからな」
どうやらエリィの読み通りに、イジスは子爵の部屋に居たようである。
「お邪魔してもよろしいでしょうか」
「構わんぞ、入ってこい」
「それでは失礼致します」
エリィはそう言って、扉をゆっくり開く。そして、モエにも一緒に入ってくるように視線で合図を送った。
部屋の中に入るエリィとモエ。そこには椅子に座ってイジスを睨み付ける男性と、床に正座をさせられているイジスの姿があった。これは間違いなく説教の真っ最中だった。
思わぬ光景を目の当たりにしたモエは、エリィの後ろに隠れてしまう。
「ふむ、そこの娘が、このバカ息子が拾ってきた少女か。その姿をよく見せてみろ」
子爵が声を掛けると、エリィは嫌がるモエをどうにか宥めながら、自分の前へと立たせた。
「ふむ、マイコニドとは聞いていたが、この距離に立ってなんともないとは、確かに変わっておるな。普通は毒を食らったり体が痺れたり眠くなったりと、体に異常がすぐ現れるものなのだがな」
子爵はそう言いながらモエに近付いていく。後ろに立っているエリィがなんともないのだから、子爵はまったく恐れずにモエの前までやって来た。
「この帽子で笠を隠しているのか。エリィ、いい作戦だ」
「お褒め頂き恐縮でございます」
二人は淡々と会話をしているが、この時、子爵の手によってモエの帽子は脱がされており、モエの真っ赤な笠が子爵の目の前にさらされていた。
「あうあう……」
帽子を脱がされて慌てふためくモエ。必死に子爵から帽子を奪い返そうとしていた。その様子を見た子爵は、帽子を持った手を高く上げてモエが届かないようにする。すると、モエは必死に飛び跳ねていた。
「ふはははは、この行動は面白いな。いや、悪かった、確認してみたかっただけだ。ほれ、帽子だぞ」
子爵は大声で笑うと、モエの頭に帽子を置いて手を放していた。意地悪をされたために、モエは頬を膨らませて子爵を睨み付けていた。
「この態度は確かに人間社会に親しみのない者の取るものだな。エリィ、しっかりと教育してやってくれ」
「畏まり……って、旦那様。この者をここに置くおつもりですか?!」
「もちろんだ。世にも珍しい害のないマイコニドだぞ? 手元に置いてじっくり観察したくなるではないか。それに、このバカ息子が拾ってきたというのが気になるからな」
子爵はそう言いながら、イジスに視線を落としていた。
そのイジスだが、ぴくりとも反応しない。どうやら相当に絞られていたようである。
「どれ、私はこいつの相手をもうしばらくしているから、エリィはそのマイコニドを連れて部屋へ行きなさい」
「承知致しました。では、お休みなさいませ、旦那様、イジス様」
エリィは頭を下げて、モエを連れて部屋を出ていった。
「さて、イジス。お前は今日中に今回の事について提出用の報告書をまとめておけ。朝一で私のところに持ってくるようにな」
「……はい、父上」
イジスは返事をすると、ゆっくりと立ち上がって、ふらつきながら部屋を出ていった。
「まったく、面倒な事件が起きておったものだ。バカ息子のおかげで解決には進みそうだが、無茶をするのは一体誰に似たのやら……」
子爵はそう呟くと、窓際まで移動して外を眺めていた。
こうして、モエの子爵邸での生活が始まったのである。
いきなりいろいろあったがために、今後の生活に不安ばかりを抱くモエは、その日はなかなか寝付く事ができなかったようだった。
ところが、ここで思わぬ事態が襲い掛かる。
「あの、これって服なんですよね? どうやって着るのですか?」
そう、モエはなんと服の着方を知らなかったのだ。
ちなみにエリィが渡したのは予備のメイド服である。
モエからのこの言葉を聞かされて、エリィは改めてモエが人間社会と隔絶された生活をしてきたマイコニドだという事を思い知らされた。
「はあ、今回は私が着せてあげますから、次からは自分で着替えられるようになって下さいね」
「うっ、すみません」
モエは怒られて縮こまる。
「まったく、謝ったりお礼を言ったりできるっていう事は、一般教養はそこそこあるみたいですね。ただ、人間社会を知らないとこれから生きていけませんからね。この後イジス様から直々に命ぜられるとは思いますが、私がみっちり鍛えてあげますからね」
「は、はい。よろしくお願いします」
モエは肌着を着せられながら、エリィの言葉に答えていた。
ひと通り服を着せ終えると、
「それでは、最後にこれを頭にかぶって下さい」
エリィは何やら白い大きな布を取り出していた。
「えっと、これは?」
「ナイトキャップという眠る時に頭にかぶる帽子です。頭全体を覆いますので、そのマイコニド特有の笠を隠すのにちょうどいいかと思うのですよ」
「あっ、なるほど」
エリィの説明を受けたモエは、ものすごく納得していた。
人間の頭には、確かに笠がない。その笠をさらしたまま歩き回れば、確かに目立って仕方がないだろう。
「この帽子について尋ねられたら、くせ毛が酷くて見せられないとでも言っておけば大体の方はそれで納得して下さると思いますので、それで押し通して下さい」
「は、はい!」
モエが元気よく返事をするので、エリィは不思議と安心してしまった。
「では、イジス様のところへと向かいますね。今でしたらまだ旦那様とご一緒でしょうから、おとなしくじっと私の隣で立っていて下さいね」
「はい」
メイド服に着替えたモエはエリィに連れられて、屋敷の2階にあるガーティス子爵の部屋へと向かったのだった。
ガーティス子爵の部屋の前で、エリィはモエを自分の後ろに立たせる。そして、扉を叩いて中に呼び掛ける。
「旦那様、エリィでございます。イジス様はいらっしゃいますでしょうか」
「エリィか。バカ息子なら居るぞ、ちょうど叱っている最中だからな」
どうやらエリィの読み通りに、イジスは子爵の部屋に居たようである。
「お邪魔してもよろしいでしょうか」
「構わんぞ、入ってこい」
「それでは失礼致します」
エリィはそう言って、扉をゆっくり開く。そして、モエにも一緒に入ってくるように視線で合図を送った。
部屋の中に入るエリィとモエ。そこには椅子に座ってイジスを睨み付ける男性と、床に正座をさせられているイジスの姿があった。これは間違いなく説教の真っ最中だった。
思わぬ光景を目の当たりにしたモエは、エリィの後ろに隠れてしまう。
「ふむ、そこの娘が、このバカ息子が拾ってきた少女か。その姿をよく見せてみろ」
子爵が声を掛けると、エリィは嫌がるモエをどうにか宥めながら、自分の前へと立たせた。
「ふむ、マイコニドとは聞いていたが、この距離に立ってなんともないとは、確かに変わっておるな。普通は毒を食らったり体が痺れたり眠くなったりと、体に異常がすぐ現れるものなのだがな」
子爵はそう言いながらモエに近付いていく。後ろに立っているエリィがなんともないのだから、子爵はまったく恐れずにモエの前までやって来た。
「この帽子で笠を隠しているのか。エリィ、いい作戦だ」
「お褒め頂き恐縮でございます」
二人は淡々と会話をしているが、この時、子爵の手によってモエの帽子は脱がされており、モエの真っ赤な笠が子爵の目の前にさらされていた。
「あうあう……」
帽子を脱がされて慌てふためくモエ。必死に子爵から帽子を奪い返そうとしていた。その様子を見た子爵は、帽子を持った手を高く上げてモエが届かないようにする。すると、モエは必死に飛び跳ねていた。
「ふはははは、この行動は面白いな。いや、悪かった、確認してみたかっただけだ。ほれ、帽子だぞ」
子爵は大声で笑うと、モエの頭に帽子を置いて手を放していた。意地悪をされたために、モエは頬を膨らませて子爵を睨み付けていた。
「この態度は確かに人間社会に親しみのない者の取るものだな。エリィ、しっかりと教育してやってくれ」
「畏まり……って、旦那様。この者をここに置くおつもりですか?!」
「もちろんだ。世にも珍しい害のないマイコニドだぞ? 手元に置いてじっくり観察したくなるではないか。それに、このバカ息子が拾ってきたというのが気になるからな」
子爵はそう言いながら、イジスに視線を落としていた。
そのイジスだが、ぴくりとも反応しない。どうやら相当に絞られていたようである。
「どれ、私はこいつの相手をもうしばらくしているから、エリィはそのマイコニドを連れて部屋へ行きなさい」
「承知致しました。では、お休みなさいませ、旦那様、イジス様」
エリィは頭を下げて、モエを連れて部屋を出ていった。
「さて、イジス。お前は今日中に今回の事について提出用の報告書をまとめておけ。朝一で私のところに持ってくるようにな」
「……はい、父上」
イジスは返事をすると、ゆっくりと立ち上がって、ふらつきながら部屋を出ていった。
「まったく、面倒な事件が起きておったものだ。バカ息子のおかげで解決には進みそうだが、無茶をするのは一体誰に似たのやら……」
子爵はそう呟くと、窓際まで移動して外を眺めていた。
こうして、モエの子爵邸での生活が始まったのである。
いきなりいろいろあったがために、今後の生活に不安ばかりを抱くモエは、その日はなかなか寝付く事ができなかったようだった。
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