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38 気まずい休日出勤

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自分の内側と悶々と向き合い、課長と木野さんの事を考えながら仕事をしていたものだから、ここ数日普段はしないケアレスミスを連発して、無駄に先輩達や課長にも怒られた。

課長と同じ空間で働くのが居たたまれなくて、増々外回りの時間を増やす。当然事務作業が間に合わない。

運が良いのか悪いのか、外にいる分獲得契約がどんどん増え、変なアドレナリンが出て営業ペースが上がってしまう。ブレーキの利かなくなった下り坂の自転車の如く、私の仕事は加速度的に増えてしまっていた。

契約が取れることは会社にとって悪いことではないので、余裕がある仲間が事務作業を手伝ってくれる程に。

それでも仕事がおっつかず、休日出勤を余儀なくされる。

なので、私はお出かけ日和な秋晴れの土曜の正午、会社のデスクに噛り付いて仕事をしていた。

運が悪いことに本日は課長も休日出勤。

私以外にも何人かオフィスに社員がいるから何とか仕事が出来ているけれど、もし2人きりにでもなったら全く集中出来なくて一日無駄にしであろう事は想像に難くない。

「はあ…」

私はその日何度目かになるため息をつき脱力する。

集中しきれない状態で無理やりパソコンに向かっていたから無駄に疲れを感じる。

そろそろお昼にしようと思い立ち、コンビニで買ってきたサンドイッチとお茶を手に持って休憩スペースに向う。

席は離れているとはいえ、課長と同じ空間で気を抜いてお昼を摂れる気がしなかったのだ。

私は自販機の前に並べられたベンチに座りこむ。

そこで、もう一度ため息。

出来ることなら帰りたい。

けれども仕事は私を逃がしてはくれないのである。

とにかく今は腹ごしらえをしてパワーを得ることが先決だと、私はサンドイッチに小さく噛みつく。

寝不足と食欲不振は未だに続いている。

一気に食べるとお腹に負担が掛かってすぐに気分が悪くなるので、これでもかというくらいチマチマと噛みつく。

それでもやっぱり食べることは人間にパワーを与えてくれるらしく、私は少し気分が軽くなったような気がして、僅かな時間だけでもリラックスモードに入ろうとした、

――のだが、

世の中は私の見方ではないらしい。

私の安息をこれでもかというくらい吸収して不快感に変えて返してくる声がした。

「あっ、陸も休日出勤? ラッキー」

「…………なんで杉浦が土曜日に会社になんているのよ」

「いや、今週俺風邪引いて2日間も休んじゃってさ。それに最近の陸は以前に増して無駄に忙しそうだったから、もしかしたら土曜に会社に来れば会えるかなと思って」

良也は無遠慮に私の隣に腰を下ろした。

先ほどまでとは種類の違う疲れをどっと感じる。

課長に見苦しいとまで言われているにもかかわらず、この男は本当にいつまで経っても変わらない。

馬鹿の一つ覚えとはこういう奴の為にある言葉なのだろう。

内容が内容でなければ、尊敬に値すると思えるほどにブレない。

すぐにでも立ち去りたい。

けれども、またサンドイッチは残っているし、まだ一課に戻る気にもなれない。

何より良也のために体を動かすのが億劫だったため、不快さを我慢してその場に留まることを選択した。

すると、良也はここぞとばかりに話しかけてくる。

「いやさ、突然熱が出てマジで今週は焦っちゃったよ。去年もこんなことあったよな。あの時は陸が看病してくれたから一日休むだけで済んだけど今年はそうもいかなくってさ。やっぱり俺には陸が必要だなぁ、なんて改めて思っちゃったりして」

「……性懲りもなく、何度もよくそんな事が言えるわね」

もう社員旅行から数カ月も経過しているのだ。下らない喧嘩が原因で始まった勘違いの想いなどとっくに消えてもよい頃だというのに。

そう言ってやると良也は不満そうに眉根を寄せる。

「だから俺本気だって何度も言ってるじゃん」

「まったくもって信じられない」

「それは陸が俺の話をちゃんと聞いてくれないからだよ。ちゃんと話すチャンスもくれないのにそんな事言われる筋合いない」

正論である。

確かに私は下らない有り得ないとずっと良也のことを適当にあしらってきたし無視もした。

真面目に話を聞こうなんてこれっぽっちも思わなかった。必要性を感じなかったから。

けれども、こうも長期間に渡って同じことを繰り返されると無視するにも限界がある。

一度話をしっかり聞いて諭してやれば、目が覚めるかもしれない。

そう、魔が差したのだ。

「――じゃあ、ちゃんと話してみる?」

「えっ! 時間くれるの!?」

「今ならいいよ」

ただでさえ最近仕事に集中できていない。だったらここらで1つ問題を解決しておくのも良いかもしれない。

幸い今日は土曜日で通常なら休みの日。誰に時間を拘束されている訳でもない。

オフィスに戻るのも気まずいし、少しくらいなら時間を使ってもいい。

良也は私の発言が余程意外だったのか目を丸くしてしばしの間停止していたが、次の瞬間少し考える風にする。

「ありがとう。けど、ここじゃ――」

確かに出勤している社員が疎らにいる階の休憩スペースでプライベート極まりない話をするわけにはいかない。

私は考えを巡らして、ひとつ提案した。

「じゃあ、資料室は。あそこなら自由に鍵借りられるし、今なら人も来ないでしょ?」

良也は私の案に賛同して深く頷く。

その表情は先ほどまでとは違って妙に真剣だった。私は多少の違和感を覚えたが、それを気にとめることなく立ち上がる。

「じゃあ、鍵借りてくる」

すると、良也がついでに映像資料室の鍵も持ってきてと頼んできた。

頭がまともに回転していなかった私は何か見たい資料でもあるのかと、あっさりと了承した。

後々、後悔することになるとは知らずに。
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