38 / 48
38 気まずい休日出勤
しおりを挟む自分の内側と悶々と向き合い、課長と木野さんの事を考えながら仕事をしていたものだから、ここ数日普段はしないケアレスミスを連発して、無駄に先輩達や課長にも怒られた。
課長と同じ空間で働くのが居たたまれなくて、増々外回りの時間を増やす。当然事務作業が間に合わない。
運が良いのか悪いのか、外にいる分獲得契約がどんどん増え、変なアドレナリンが出て営業ペースが上がってしまう。ブレーキの利かなくなった下り坂の自転車の如く、私の仕事は加速度的に増えてしまっていた。
契約が取れることは会社にとって悪いことではないので、余裕がある仲間が事務作業を手伝ってくれる程に。
それでも仕事がおっつかず、休日出勤を余儀なくされる。
なので、私はお出かけ日和な秋晴れの土曜の正午、会社のデスクに噛り付いて仕事をしていた。
運が悪いことに本日は課長も休日出勤。
私以外にも何人かオフィスに社員がいるから何とか仕事が出来ているけれど、もし2人きりにでもなったら全く集中出来なくて一日無駄にしであろう事は想像に難くない。
「はあ…」
私はその日何度目かになるため息をつき脱力する。
集中しきれない状態で無理やりパソコンに向かっていたから無駄に疲れを感じる。
そろそろお昼にしようと思い立ち、コンビニで買ってきたサンドイッチとお茶を手に持って休憩スペースに向う。
席は離れているとはいえ、課長と同じ空間で気を抜いてお昼を摂れる気がしなかったのだ。
私は自販機の前に並べられたベンチに座りこむ。
そこで、もう一度ため息。
出来ることなら帰りたい。
けれども仕事は私を逃がしてはくれないのである。
とにかく今は腹ごしらえをしてパワーを得ることが先決だと、私はサンドイッチに小さく噛みつく。
寝不足と食欲不振は未だに続いている。
一気に食べるとお腹に負担が掛かってすぐに気分が悪くなるので、これでもかというくらいチマチマと噛みつく。
それでもやっぱり食べることは人間にパワーを与えてくれるらしく、私は少し気分が軽くなったような気がして、僅かな時間だけでもリラックスモードに入ろうとした、
――のだが、
世の中は私の見方ではないらしい。
私の安息をこれでもかというくらい吸収して不快感に変えて返してくる声がした。
「あっ、陸も休日出勤? ラッキー」
「…………なんで杉浦が土曜日に会社になんているのよ」
「いや、今週俺風邪引いて2日間も休んじゃってさ。それに最近の陸は以前に増して無駄に忙しそうだったから、もしかしたら土曜に会社に来れば会えるかなと思って」
良也は無遠慮に私の隣に腰を下ろした。
先ほどまでとは種類の違う疲れをどっと感じる。
課長に見苦しいとまで言われているにもかかわらず、この男は本当にいつまで経っても変わらない。
馬鹿の一つ覚えとはこういう奴の為にある言葉なのだろう。
内容が内容でなければ、尊敬に値すると思えるほどにブレない。
すぐにでも立ち去りたい。
けれども、またサンドイッチは残っているし、まだ一課に戻る気にもなれない。
何より良也のために体を動かすのが億劫だったため、不快さを我慢してその場に留まることを選択した。
すると、良也はここぞとばかりに話しかけてくる。
「いやさ、突然熱が出てマジで今週は焦っちゃったよ。去年もこんなことあったよな。あの時は陸が看病してくれたから一日休むだけで済んだけど今年はそうもいかなくってさ。やっぱり俺には陸が必要だなぁ、なんて改めて思っちゃったりして」
「……性懲りもなく、何度もよくそんな事が言えるわね」
もう社員旅行から数カ月も経過しているのだ。下らない喧嘩が原因で始まった勘違いの想いなどとっくに消えてもよい頃だというのに。
そう言ってやると良也は不満そうに眉根を寄せる。
「だから俺本気だって何度も言ってるじゃん」
「まったくもって信じられない」
「それは陸が俺の話をちゃんと聞いてくれないからだよ。ちゃんと話すチャンスもくれないのにそんな事言われる筋合いない」
正論である。
確かに私は下らない有り得ないとずっと良也のことを適当にあしらってきたし無視もした。
真面目に話を聞こうなんてこれっぽっちも思わなかった。必要性を感じなかったから。
けれども、こうも長期間に渡って同じことを繰り返されると無視するにも限界がある。
一度話をしっかり聞いて諭してやれば、目が覚めるかもしれない。
そう、魔が差したのだ。
「――じゃあ、ちゃんと話してみる?」
「えっ! 時間くれるの!?」
「今ならいいよ」
ただでさえ最近仕事に集中できていない。だったらここらで1つ問題を解決しておくのも良いかもしれない。
幸い今日は土曜日で通常なら休みの日。誰に時間を拘束されている訳でもない。
オフィスに戻るのも気まずいし、少しくらいなら時間を使ってもいい。
良也は私の発言が余程意外だったのか目を丸くしてしばしの間停止していたが、次の瞬間少し考える風にする。
「ありがとう。けど、ここじゃ――」
確かに出勤している社員が疎らにいる階の休憩スペースでプライベート極まりない話をするわけにはいかない。
私は考えを巡らして、ひとつ提案した。
「じゃあ、資料室は。あそこなら自由に鍵借りられるし、今なら人も来ないでしょ?」
良也は私の案に賛同して深く頷く。
その表情は先ほどまでとは違って妙に真剣だった。私は多少の違和感を覚えたが、それを気にとめることなく立ち上がる。
「じゃあ、鍵借りてくる」
すると、良也がついでに映像資料室の鍵も持ってきてと頼んできた。
頭がまともに回転していなかった私は何か見たい資料でもあるのかと、あっさりと了承した。
後々、後悔することになるとは知らずに。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
鬼上司の執着愛にとろけそうです
六楓(Clarice)
恋愛
旧題:純情ラブパニック
失恋した結衣が一晩過ごした相手は、怖い怖い直属の上司――そこから始まる、らぶえっちな4人のストーリー。
◆◇◆◇◆
営業部所属、三谷結衣(みたに ゆい)。
このたび25歳になりました。
入社時からずっと片思いしてた先輩の
今澤瑞樹(いまさわ みずき)27歳と
同期の秋本沙梨(あきもと さり)が
付き合い始めたことを知って、失恋…。
元気のない結衣を飲みにつれてってくれたのは、
見た目だけは素晴らしく素敵な、鬼のように怖い直属の上司。
湊蒼佑(みなと そうすけ)マネージャー、32歳。
目が覚めると、私も、上司も、ハダカ。
「マジかよ。記憶ねぇの?」
「私も、ここまで記憶を失ったのは初めてで……」
「ちょ、寒い。布団入れて」
「あ、ハイ……――――あっ、いやっ……」
布団を開けて迎えると、湊さんは私の胸に唇を近づけた――。
※予告なしのR18表現があります。ご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる