上 下
27 / 48

27 遠くから眺めて騒つく心

しおりを挟む
「予想できたことだけど、いざ目にすると凄いわね」

「社員旅行っていうより、合コン旅行って感じだね……」

ビーチで遊んだ後、私達は旅館に戻りお風呂に入って浴衣に着替え、社員旅行参加者全員が集う夜の宴会に赴いた。

貸し切られた大広間はお膳料理と座布団がずらりと並べられていた。

特に席を決めることなどなく、自由に誰とでも交流が出来るような状況の宴会は途中からおかしな感じになってきた。

元々若手の社員ばかりが参加する傾向があったそうだが、今年は先に説明した通り人数が多い。尚且つ皆が皆出会いを求めている。

言い換えれば異性に飢えている。

そしてその飢えた参加者の中でも女性達はこぞって一課の社員達、特に課長の周りに集まった。少しでもお近づきになりたいという思いを胸に、彼女達はお酌をするという名目を利用して色目を使っている。

「よくやるわ」

「私、呼ばれても絶対にあの空間に行きたくない」

私は美香に混ざって総務の参加者と夕食を摂っていた。

他部署と交流をしたいという目的での行動だったが、一課の男性陣と一緒にいたら女子に睨まれそうだったというのも理由の一つだ。そして今まさに自分の判断が正しかったと痛感している。

「うう、折角仲良くなったのに。ヘラヘラしちゃって」

美香は森さんを見て恨みがましく眉を歪ませた。

視線の先の森さんは次々来る女性社員と楽しそうに話をしている。

上原さんや他の一課のメンバーも森さん同様何だかんだ言って楽しそうだ。

まあ、良い歳をした大人の男があそこまで女に囲まれてチヤホヤされて嬉しくないはずがない。

――ひとりを除いては。

「それにしてもさすが榊課長ね。心の壁が厚い。さっきからほとんどお酌断ってるし、すごく機嫌が悪そう」

「……あれは相当イライラしていると思う。近づける人の気がしれない」

遠目に見ているだけで恐いと思ってしまう課長の不機嫌な表情。

絶対に近づかないでおこうと思う反面、その表情を見て安心している自分がいた。

女子に囲まれてヘラヘラしている課長の姿などイメージが違い過ぎて見たくないというかなんというか……。

「いいなぁ陸は。イイ男な上に浮気の心配もなさそう」

「って、なんの話よ」

「何って榊課長の話よ」

「だから何が『いいなぁ』よ。美香、ビーチにいるときから変な物言いするのは止めてよね」

「だって、陸と榊課長って私結構お似合いだと思うんだよね。高身長でスタイル抜群、仕事も出来て人間性もばっちり」

「私はそんな完璧人間じゃないよ。それにお似合いって言われても……」

「そうね、どちらかというとお子様のアンタに課長が手を焼いてるって感じよね。この贅沢者」

「何言ってっ――」

「あからさまに気に入られて可愛がられておいて、何勘違いで済まそうとしてんのよ。他の誰の目を誤魔化せても私の目は誤魔化せないわよ。少なからずアンタはあのお方の特別枠よ」

「……特別枠って言われても。ただ単に私はからかわれてるだけだって。一課で唯一の女子だから目にかけてもらってるところも少しはあるかもしれないけど」

美香は酔っているのか少し据わった目で私を斜め下からねめつけ、ふうんとお酒の入ったお猪口を口に運んだ。

「まあ、あんたがそう言い張るならそれでもいいんだけどね。後から誰かに取られて後悔しても知らないから」

――誰かに取れる。

現状、課長が誰であろうと女の人と付き合ってる光景は何故か想像はできない。

けれども目と鼻の先で次々とアピールを受けているところを見ると、あの中に一人くらい課長が好きになる人がいるかもしれないと思わないわけでもない。

あの鬼課長が今まで私が見てきたようなオフの顔をあそこにいる誰かに見せる。そんな姿を想像しようとしたが、モヤモヤと何故か嫌な気分が込み上げてきたので、想像を止める。

私はモヤモヤした嫌な気分の原因を考えることはせずに、頭を切り替えようて人だかりの方を眺めるのを止めようとした。しかし、意外な人物を見つけて、逸らそうとした視線がとまる。

木野さんが混ざっていた。

食事の席は総務の女子メンバーに混ざっていなかったから良也と夕食を共にしているのだろうと思っていた。どうやら今は先ほどまで私達の周りにいた総務の女子社員達が一課のメンバーにお近づきに行ったのに乗っかったようだ。

その光景に違和感を覚え、眉間に皺が入りかける。

「ねぇ――」

意見を求めたくなって、視線を一度木野さんから逸らして美香を見る。すると、美香はかわいい顔が歪むくらい不機嫌度がアップした睨みを森さんに向けていた。

その迫力に慄いた私は女子に囲まれている森さんと美香を交互に見た後、苦笑してしまう。

美香は嫉妬する程度に森さんがお気に召したようだ。

私から見ても海で遊んでいる二人はお似合いだった。

森さんの方からも美香を気に入っているようだし、連絡先の交換ももう済ませた事はさっき聞いた。

そのままの流れでいい感じになりそうだと思っていた矢先に目の前の光景である。

「美香混ざりたいなら行ってきなよ」

「いや。あんなミーハー達と混ざって自分の質を落としたくない」

悔しそうに見つめているくせに意地を張っている美香の背中を押してみるが腰を浮かせる気配はない。

「前から充分ミーハーじゃん」

「私、割と本気なの。他の女と同列だって思われたくないじゃん」

まさに乙女な発言に私はまじまじと美香の横顔を見つめてしまった。

「へえ、頑張って。友達のよしみで色々協力するよ」

「当然ね。でも、陸は私のこと構ってる暇無いかもよ」

美香が視線をちらりと動かしてそちらを指さす。

するとそこには木野さんが課長の横に座ってニコニコと話している姿があった。

どんな話をしているのかはまるで聞こえないけれど、木野さんは何か一生懸命に課長に話しかけている。

……彼氏がいるのに何の用なんだろう?
 
そう思いはしたが、彼氏がいようといまいと会社で一二を争って優秀な上司とお近づきになれる機会なんて滅多にない。だから色恋抜きで近づく人もいるだろう。

女子社員に混ざって男子社員が恐縮そうに課長に挨拶をしに行く姿はちらほら見た。

ただぼんやり人だかりを見ていても仕方がない。美香を深く考えるのはやめて、おいしい料理とお酒に集中しようと視線を逸らそうとした、のだけれど。

その瞬間に目を疑うような光景を見てしまい視線がそれに縫いとめられる。

――課長、笑ってる。

今まで男女関わらず誰に声を掛けられても仏頂面を貫いていた課長が木野さんとの会話の中で僅かに表情を緩め笑顔を作っていた。

それは一瞬だけだったけれど、作り笑いではない本物の笑顔だったということが何故か私にはわかった。

ズキン。

とたん胸が痛む。

あれ、おかしいな。どうしてこんなに気分になるんだろう。

ズキン。

自問自答すると再度胸が軋んだ。視線を逸らしても先ほどの課長の笑顔が頭に浮かんでくる。


あの笑顔は――

――今まで私だけに向けられるものだったのに。


どうして木野さんに。

そう考えた瞬間、私ははっとして大部屋全体をぐるりと見渡した。

そして一点に目的の人物を見つけてさらに胸が痛む。

部屋の隅の方に一人で座っていた良也の視線は課長と木野さんを真っ直ぐ捉えていた。

そしてその表情は苦痛に歪んでいた。

木野さん、どうして良也を放っておいて課長と楽しそうに話しているの?

そこはあなたの居場所じゃないでしょ。


そこは――

私の――


「ああ、もう我慢できない! あのヘラヘラした顔見てらんない!」

美香が勢い良く立ち上がった気配に私はビクリと体を震わす。

気がついたときには美香は機嫌の悪さ全開の顔で他の女子を押しのけ、森さんの正面にドンと座った。頬を膨らませつつもお酌をしようと徳利を出している。

森さんは一瞬驚いた顔をしていたが、何だか妙に嬉しそうにはにかんで美香から受けた酒を美味しそうに飲み下した。

どこからどう見てもいい雰囲気。自然と森さんの周りから女子が減り始める。

さすが美香だ。

羨ましい。

羨ましい?

何が?

私は自分の思考がめちゃくちゃで、何がなんだか分からなくなってきた。

そんな頭の中をお酒のせいにしようとして、目の前のグラスに残っていた強い地元の焼酎を一気に呷った。

苦手な焼酎は喉が焼けるように強く、苦かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】政略結婚だからこそ、婚約者を大切にするのは当然でしょう?

つくも茄子
恋愛
これは政略結婚だ。 貴族なら当然だろう。 これが領地持ちの貴族なら特に。 政略だからこそ、相手を知りたいと思う。 政略だからこそ、相手に気を遣うものだ。 それが普通。 ただ中には、そうでない者もいる。 アルスラーン・セルジューク辺境伯家の嫡男も家のために婚約をした。 相手は、ソフィア・ハルト伯爵令嬢。 身分も年齢も釣り合う二人。 なのにソフィアはアルスラーンに素っ気ない。 ソフィア本人は、極めて貴族令嬢らしく振る舞っているつもりのようだが。 これはどうもアルスラーンの思い違いとは思えなくて・・・。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

死ぬために向かった隣国で一途な王弟に溺愛されています

まえばる蒔乃
恋愛
「死んでこい。お前はもう用済みだ」  男子しか魔術師になれないハイゼン王国に生まれたアスリアは、実家の別邸に閉じ込められ、規格外の魔力を父の出世の為に消費され続けていた。18歳になったとき、最後に与えられた使命は自爆攻撃だった。  結局アスリアは自爆に失敗し、そのまま隣国で解呪のため氷漬けにさせられる。  長い眠りから目を覚ましたアスリアの前に現れたのは、美しい金髪の王弟殿下レイナードだった。 「新たな人生をあなたに捧げます。結婚してください、僕の憧れの人」  彼はアスリアに何か恩があるらしく、敵国テロリストだったアスリアを大切に扱う。  アスリアはまだ知らない。氷漬けで10年の時が経ち、故郷はもう滅びていること。  ――そして彼がかつてアスリアが保護していた、人攫いに遭った少年だということに。 <生きる意味を見失った令嬢×年齢逆転の王弟殿下×囲い込み愛>

【完結】王命婚により月に一度閨事を受け入れる妻になっていました

ユユ
恋愛
目覚めたら、貴族を題材にした 漫画のような世界だった。 まさか、死んで別世界の人になるって いうやつですか? はい?夫がいる!? 異性と付き合ったことのない私に!? え?王命婚姻?子を産め!? 異性と交際したことも エッチをしたこともなく、 ひたすら庶民レストランで働いていた 私に貴族の妻は無理なので さっさと子を産んで 自由になろうと思います。 * 作り話です * 5万字未満 * 完結保証付き

【欧米人名一覧・50音順】異世界恋愛、異世界ファンタジーの資料集

早奈恵
エッセイ・ノンフィクション
異世界小説を書く上で、色々集めた資料の保管庫です。 男女別、欧米人の人名一覧(50音順)を追加してます! 貴族の爵位、敬称、侍女とメイド、家令と執事と従僕、etc……。 瞳の色、髪の色、etc……。 自分用に集めた資料を公開して、皆さんにも役立ててもらおうかなと思っています。 コツコツと、まとめられたものから掲載するので段々増えていく予定です。 自分なりに調べた内容なので、もしかしたら間違いなどもあるかもしれませんが、よろしかったら活用してください。 *調べるにあたり、ウィキ様にも大分お世話になっております。ペコリ(o_ _)o))

「おまえを愛している」と言い続けていたはずの夫を略奪された途端、バツイチ子持ちの新国王から「とりあえず結婚しようか?」と結婚請求された件

ぽんた
恋愛
「わからないかしら? フィリップは、もうわたしのもの。わたしが彼の妻になるの。つまり、あなたから彼をいただいたわけ。だから、あなたはもう必要なくなったの。王子妃でなくなったということよ」  その日、「おまえを愛している」と言い続けていた夫を略奪した略奪レディからそう宣言された。  そして、わたしは負け犬となったはずだった。  しかし、「とりあえず、おれと結婚しないか?」とバツイチの新国王にプロポーズされてしまった。 夫を略奪され、負け犬認定されて王宮から追い出されたたった数日の後に。 ああ、浮気者のクズな夫からやっと解放され、自由気ままな生活を送るつもりだったのに……。 今度は王妃に?  有能な夫だけでなく、尊い息子までついてきた。 ※ハッピーエンド。微ざまぁあり。タイトルそのままです。ゆるゆる設定はご容赦願います。

何も知らない愚かな妻だとでも思っていたのですか?

木山楽斗
恋愛
公爵令息であるラウグスは、妻であるセリネアとは別の女性と関係を持っていた。 彼は、そのことが妻にまったくばれていないと思っていた。それどころか、何も知らない愚かな妻だと嘲笑っていたくらいだ。 しかし、セリネアは夫が浮気をしていた時からそのことに気づいていた。 そして、既にその確固たる証拠を握っていたのである。 突然それを示されたラウグスは、ひどく動揺した。 なんとか言い訳して逃れようとする彼ではあったが、数々の証拠を示されて、その勢いを失うのだった。

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

処理中です...