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憂鬱な転生【カノンの場合】

8.胸騒ぎの昼休み

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 ――あった、良かった……。

 ざわつく人混みのなか、詰めていた息を緩め安堵の息を吐いた。と、ほぼ同時に、頭上から見知った声がかかる。

「お、舞宮すげーじゃん。3位かよ」
「――時雨くん……、も名前あるね。すごいね」
「ハハッ、お前が言うと嫌味だな」

 そう言うと時雨はカノンの頭をぐしゃぐしゃっと乱暴に撫でた。そしてもうその場には興味を失ったようで、すぐに行ってしまった。
「もう……」乱れた髪を手で直しながら、もう一度目線を上げて、自分の名前を確認する。
 今日は期末テストの順位の発表日だった。廊下に貼りだされた上位者だけの順位表には3位にカノン、10位には時雨の名前がある。

 ――良かった……、この成績なら、パラメーターも順調、かな。…城野院先輩のおかげだな…。

 前に城野院と屋上で出会った後、持っていた教科書を見返すと、優美な筆致でテストのポイントが書き込みされていた。そのどれもがすごく分かりやすく、今回のテストにとても役立ったのだ。
 ゲームのなかでは、期末テストの時にパラメーターが低いと中途エンドがあった。それもあって、今回の発表はひどく緊張していた。
 まさか一度のテストの結果だけで、退学になんてなるはずがないと思いながらも、プレッシャーが相当にかかっていた。

 そして瞳を伏せると、もう一度短く息を吐いて、胸をなでおろした。そうして、順位表を囲む人込みから離れようと、一歩下がったその時だった。

「……さすが、ヒロイン……。教養パラもばっちりね……」

「!! えっ」

 ドキン
 鼓動が跳ねた。
 ゲームを示唆する言葉。カノンは弾かれるように、頭をあげた。
 だが、辺りを見回しても、貼りだされた順位表を見る生徒たちで込み合った廊下で、誰がその言葉を発したのかは分からない。

 ――え、いま誰が……!?

 ドクドクと収まらない心臓を抑え、もう一度周囲を見渡すけれど、やっぱり誰かは分からない。

 ――聞き覚えのない、女の子の声だった……。

 聞き間違えにしては、ハッキリと聞こえたその声に、カノンの胸騒ぎは、いつまでも収まることはなかった。


 ◇◇◇◇◇


「あー! カノンちゃーん! これからお昼―?」
「あ……、玲央先輩……」
「久々だねっ。ね、これからもう少ししたらアトリウムで演奏会をやるんだけど、観に来ない?」
「演奏会?」
「そうそっ! 今度のチャリティーコンサートに3年生は出ないからさぁ。だからじゃないけど、今日昼休みの時間で3年の何組かでミニ演奏会するんだ! 俺の友達出るんだよねー」

 テストも終わり、久々の午後の授業があるその日、いつものように屋上への階段を上ろうとした時、バッタリと廊下で玲央に出会った。
 特段断る理由も思いつかなかったので、「いいですね」と返事をした。二人で他愛もない会話をしながらアトリウムへと向かって廊下を歩く。

 玲央は陽光に照らされた茶色の髪をふわふわと揺らしながら、「カノンちゃんに会えるなんてラッキーだったなー」なんて言って、にこにこしている。
 カノンは、そんな無邪気そのものな様子の玲央に目を細めた。純粋で、可愛いなと思う。

 ――でも、こんな一点の曇りもないような、明るい人には気後れをしてしまう。
 生来の性格のせい、なのだろうか。
 玲央の放つその明るさに照らされて、己の卑屈さが露わになってしまいそうで。特別なものは何一つと持っていない、つまらない人間だとバレてしまいそうで。
 例えば恋人になるとか、ずっと一緒にいるのは怖い、そう思ってしまう。

 そうして徐々にアトリウムに近づくにつれ、美しいピアノの旋律が聞こえてきた。そして同時にチェロの音色。

「あ……」
「あ、始まってたねー! ちょうど城野院と瑠依だ」

 カノンは思わず息をのんだ。低く伸びやかに歌うように響くチェロの音色。吹き抜けを通して校内中に響き渡っているであろう、その優しく切ない音色に一瞬にして引き込まれたのだ。

 音色の美しさもさることながら、ステンドグラスを背に、アトリウムのステージにいる二人は遠目からでも呼吸を忘れる程に美しい。
 それでなくとも二人とも端正な顔立ちだ。そして長いまつ毛が伏せられて、真剣な表情で演奏をする城野院の姿は、先日の屋上の時に感じた時よりもいっそう、完成された美術品のような美しさだった。

 アトリウムのステージの周りはたくさんの生徒が埋め尽くしていて、これ以上近寄ることは出来ない。だが、そのままそこに立ち尽くして、その姿に文字通りくぎ付けになってしまった。

 ――この曲、は……。

 その音色に、その姿に魅入られていて、演奏が終わっても身動きすることもできず、見つめていた。だがその時、余韻をかき消すかのように黄色い歓声が響いた。
 演奏が終わって数瞬の後に、ステージに向かって、アイドルのコンサートのような場違いな声援が送られたのだ。

「きゃー!城野院さまぁ~~!!」「城野院様ステキーー!!」

 演奏を終えた城野院は、立ち上がると少し苦笑してその声に、片手を挙げて返した。その姿にまた歓声があがる。
 せっかくの素敵な夢を、場違いな声に台無しにされたようで、カノンは眉をしかめた。

「――城野院先輩って、すごい人気なんですね……」
「あぁ、あいつ目立つからねー。瑠依も人気なんだけど、表だって騒いでくるのは城野院のファンが多いかなぁ?」
「へぇー……」

 確かにゲームのなかでも、城野院は女生徒から黄色い声援を送られたり、付きまとわれていたように思う。
 これまではどちらかと言えば避けたかったこともあって、特に気にしたことはなかったが、女生徒に取り囲まれる城野院の姿を見るのは、なんだか不愉快な気持ちになった。

「カノンちゃんお昼まだだよね? まだ他の奴の演奏聞く? それとも中庭に出て、昼飯にしよっか?」
「あ……、じゃあお昼にしましょう」

 次の演奏はカルテットのようだった。勉強のためにも聞きたいところだったけれど、視界の端に未だ女生徒に囲まれる城野院がいる。カノンはなんだか、ここを離れたい気持ちでいっぱいだった。

「オッケー」

 玲央はニカッと笑みを返した。
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