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2.月の乙女

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「ただ今もどりましたー」
「あら、早かったのね。もっとゆっくりパレードを眺めてくればよかったのに」

 建てつけの悪いきしむ扉を閉めて、私は柔和な微笑みを浮かべるシスターのマキアに声をかけた。マキアは50代の女性で、この教会を取り仕切っているシスターだ。
 今この教会には、私達の他に6名の孤児がいる。孤児のほとんどが魔力をもたないか、私のように少ない。
 ここにいる皆が、私のようなくすんだ髪色をしている。

 見た目に魔力の素養が出てしまうこの世界では、見た目の色が判断基準になってしまう。
 悲しいことだが、産まれた子どもの髪の色に絶望して、手放す親も少なくない。

 それでも王都に程近いこの地にしては、今預かっている人数は少ない方だ。
 王都に住む人々や貴族は選民意識が高く、魔力がない者が産まれると、極秘裏に処理することもある。私も含めてここの子達は、孤児院に辿り付けただけ、運が良かったともいえるのかもしれない。
 この教会を取り仕切るのはマキア一人で、教会自体も古く、もう数年もすれば朽ちてしまいそうな程だ。やっと建ってる、という表現がぴったりの教会。
 マキアが引退するまでもてばいいけど……。

 私は幼い頃にこの教会の前に置き去りにされた。
 当然、両親の顔は覚えていない。
 ゲームでは目深にフードを被った女性が「ごめんなさい……」と教会の前に、赤子の私を泣きながら置き去りにするシーンがあった。
 
 買い出しの荷物を置き、被っていたローブを脱ぐ。その時、きらりと私の胸元のペンダントが光りを反射した。
 そう、これは置き去りにされたその時に、母と思しき女性が私の首にかけてくれたものだ。
 親指の先ほどの大きさ、乳白色に輝く月の石ムーン・クォーツ、私の宝物。

「すごい人ごみと花の香りだったわ。ちょっと酔ってしまったみたいで……。あ、王都のワーグナー商店の売上金はこれね」

 買い出しの食材と代金をマキアに渡す。教会では日々の運営資金のために、銀細工や装飾品を作って商店に卸していた。
 ……まぁ気分は悪くなったから嘘ではない、うん。

「はい、確かに。最近は王都の治安も悪いというから、取引もいつまで出来るかしらね……。でも大丈夫?セラが気分を悪くするなんて珍しいわね。夕食の準備はやっておくから、夕食まで横になっていたら?」

 私は頷いた。
 正直、本当に疲れた。

「ありがとう、ちょっと部屋に戻っているわ」


 パタンと自室の扉を閉め、簡素なベッドに倒れこむ。「さーて、これからどうしようかな……」枕に顔を埋めながらつぶやいた。
 この世界が前世でプレイした乙女ゲームの世界だとしたら、これからのことを考えなくちゃ。

 前世の私は乙女ゲーム大好きな、アラサ―だった。
 名前は

「「上田 朝美」」

 あ、良かった 多分日本語で発音出来てる。
 私は前世、所謂ところの喪女だった。記憶がある限りでは……30歳で死んだ……んだよね?
 うーん、思い出そうとしても死んだときの記憶は曖昧だなー。
 でもブラック企業で務める身体は毎日過労で悲鳴をあげていたし、きっと過労死とかかなぁ。どうしよう、一人暮らしのあの部屋、魔窟だったんだけど……。

 前世の家族は、私が16の時に早逝した父に、その後再婚して新しい家庭を築いた母。いま別れを惜しむような大した友人もいなかったし、私が死んで困る人も然程いなかっただろう。私が早死にして面倒かけたなっていう思い以外は、特に何の感慨もない。

 そしてまだ信じたくないけど、恐らく多分間違いなく……、私はあの大好きだったゲームのヒロインに転生した……んだよね?
 
 この国では魔力を持っている者は、その多寡に関わらず王立の魔法学園に通わなければならない。私は今年18歳を迎えた。そして来月からあの王子と同じ学園へと通うことになる。そこがゲームの舞台だ。
 ゲームのオープニングは華々しい建国パレードのアルレーヌの姿、そして学園の入学式で始まる。
 成人を迎える前と後では魔力量に大きな差がでるらしい。成人後の1年間を学園で、己の魔力に合った進路に向けて魔法の制御を学ぶのだ。そして学園を出た後は、それぞれの適正にあった仕事に就く。日本でいう短大とか専門学校のようなものかな?

 私にはこの茶色の髪色が示す通り、土の魔力がある。
 といっても、「出でよゴーレム!!」とかって程のものでは全然なくて、土がモコモコと動くくらいで、花壇や畑の土を耕すのにちょうどいい程度。あと草花の成長がちょっと良くなったり、触れるとコンディションが分かる程度かな。
 土の魔力の保有者って一番多いから、貴族なんかの身分の高い人なんかからは「庶民の色」「農民の色」なんて蔑まれたりすることもある。
 まぁそんな訳で、私も所謂ど平民なんだけど……。


「ん……?」

 カーテンを開け放したままの窓から月の灯りがこぼれる。
 ぼんやりと散らばった思考を拾い集めながら、いつの間にか眠っていたということを知る。
 こんな衝撃的な事実が発覚した後に眠れるとか、私ってばなんていう鋼メンタルだ。
 月が高い位置にあるから、ずいぶん眠ってしまっていたらしい。
 夕食の時間はとうに過ぎていそうだ。マキアは私のこと起こさないでいてくれたんだ。

 窓辺にそっと腰かけた。
 窓の外のいつも通りの街の灯りが、建国のお祭りのせいか、随分と賑わって明るく見える。

(……うぅ、本当にここはゲームの世界なのかな。……だったらまずは攻略対象達から逃げなきゃ……!!)

『ルナと魔法の花飾り』は、ソフトの帯に“貴女をここに、縛り付けたい”という、恐ろしい謳い文句があった。そしてその謳い文句通り、あの今日見た王子だけじゃない、他の攻略対象もかなりのヤンデレ揃い。
 そのルートの中には、死んでるんだか生きてるんだか分からないエンドも多い。
 ヤンデレって現実で言い換えたら、殆どは監禁モラハラ野郎でしょ!?
 そんな奴の餌食なんて、画面上はよくても、自分が体験するなんて、絶対い・や!

 ……でもこの世界で、この国で生きていくなら、学園の卒業は必須。
 ゲームの舞台である学園を避けては通れない。
 来月の学園入学からもこの現実を生き抜くために、攻略対象には極力関わらず、自分の力は決して出さず、1年を乗り切るしかない!!!

(あ、そういえば)

 私が記憶の中のゲームのヒロインだと思った理由は、ゲームのヒロインと同じ名前、教会の孤児院育ち、僅かな土の魔力という共通点のせいだった。
 でもゲームではそれ以外に、ヒロインたる重要な要素があったんだった。

(本当に、出来るかな……?)

 月の明かりに向かって大きく伸びをした。

 じっと月を見つめ、体内を巡る魔力に集中する。
 ……どれくらいの時間そうしていただろう。

 ドクンッ

 私の中で何かが弾けた。
 途端、私の肩程の髪は、腰の下まで伸びていき、その色はくすんだ茶色から白銀の色に変わっていく。
 指先から光の粒が溢れる。


「やっぱり……」

 白銀の力は月の魔力。建国以来最も重要とされている力だ。

 ……やっぱり私は、このゲームのヒロインらしい。


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