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第三章 大陸冒険編
あぶく銭
しおりを挟む次の日の朝。
里の皆との別れを二日酔いで迎える訳にはいかない。抑えて飲んだつもりだったが、身体のダルさを隠しきれない。いや、正直に言えば体調は最悪だ。
入念に顔を洗い、軽くストレッチをする。気怠さの残る身体を叩き起した。
里の中心地、里長の屋敷の前。皆がユーゴ達三人をわざわざ見送りに来てくれた。
トーマスは刀を砥ぐための砥石を受け取り、エミリーに渡した。エミリーは女中達と何度も抱き合って泣いている。
「お前ぇらの戻るところはここだ。いつでも帰ってこいよ!」
「そうだな、私達はお前らの家族だ」
「うむ、気をつけてな。ほれ、仙王への手紙だ。門番にでも渡せば話が通るであろう。前も言うたが、里の一大事には手を貸してくれ。では行って来い!」
「はいっ! 行ってきます!」
手を振る皆を背に港まで駆ける。エミリーは泣きながら走っている。一年前は馬でここまで来たが、今は走ったほうが速い。
里の思い出を噛み締めながら走った。すぐに港に着いた。
「エミリー、まだ泣いてんのか……」
「だって……あんなに家族みたいに仲良くしてもらった事無いんだもん……」
エミリーは幼少期から周りを気にしながら生活してきた。楽しい一年間だったんだろう。
「さて、どうする? 船に乗るか、駆けて行くか」
「空中散歩で行ける距離だとは聞いたけど、方向は分かる?」
「方向は分かるよ。ほら、見えてる」
「あ、ホントだ」
三人で空に駆け上がった。
初夏の陽射しはまだ柔らかく、潮を含んだ風を切って進む。
「たまに海竜が顔出すね! 懐かしいな」
「ほんと、あの術を自分たちが習得するとは思わなかったよ」
「お、見えたな。一年ぶりのルナポート。エミリーはボートレースか?」
「あったりまえよ! 賭場お預けだったんだからね!」
船よりも明らかに早く着いた。
陸に着地するやいなや、エミリーは二人に振り返る事なく駆け出した。
「ボートレースいってきまーす!!」
「おい! せめて昼飯!」
「前回忘れてたもんね……二人でお昼にしようか」
一年前と同じで、海開きはまだの様だ。口には出さないが、ユーゴは少しガッカリした。
「やっぱり里とは捕れる魚が違うんだなぁ。こっちはこっちで美味いな」
「うんうん、醤油も味噌もあるから里の料理はいつでもできるよ。魚以外だけど」
「オレも厨房に入って色々教えてもらったんだ。また作ろう」
さて、エミリーはいないが、今後の予定を立てよう。
「まず目指すはレトルコメルスだね。そこから南に行けば『仙神国オーベルフォール』だよ」
「オレ達の脚なら、レトルコメルスまでは三日もかからないか?」
「そうだね。三日あれば着くと思うよ」
「まずはレトルコメルスで、Sランク冒険者に昇格しとくか!」
一年間ですっかり変わった味覚にルナポートの料理は新鮮に感じた。内陸に行くと海の魚は食べられない。海の幸を腹いっぱい楽しんだ。
「そう言えば、エミリーと待ち合わせ場所決めてないね」
「ボートレース場に行ってみるか」
ボートレースは小さな湾で開催されている。この為に作られたかのような綺麗な楕円形の湾内は、口が狭く波も少ない。周りを囲むように客席が設けられている。
「オレも賭けてみようかなぁ?」
「良く分からないけど、エミリーがハマるくらいだし、やってみようか」
一際人が多く、賑やかな場所に向かった。どうやらここが舟券売場らしい。周りを見渡すが、買い方がさっぱり分からない。
「オッズってなんだ?」
「倍率かな? 賭けたお金がこの倍率で増える感じじゃない?」
一通り目を通すと、百倍を超えてるものもある。2と3が人気らしかった。
「二連単ってのに一万ブール賭けてみよう。2ー4だ! 11倍だって」
「僕は一万ブールを3ー1だ! 13倍か」
舟券を勝って観客席に。
一万ブールは賭けすぎたかと後悔する。まぁいい、里ではあまり使っていない為、金はある。
各船が走り出した。スタートラインに向けて加速する。
凄い、各船ほぼ同時にスタートを切った。
2が先頭に出た。ユーゴが勝つには4が来ればいい。が、3と1が続いて4が来ている。
レースも中盤、耳を覆いたくなる程の怒号の様な声援が激しさを増す。
6と3が接触して4が出てきた。トーマスが頭を抱えている。
そのまま2ー4でゴール。
「ぃよっしゃー!! 11万ブゥール!」
ビギナーズラックというやつだ。
「今晩はオレが奢るわ!」
「凄いねユーゴ。有り難く頂こう」
「さて、いい時間だ、エミリーの魔力は……向こうか」
舟券売場の片隅で、エミリーは三角座りでうずくまっている。
見慣れた格好だが、かなり久しぶりに見る気がした。
「エミリー、聞かなくても分かるけど……」
「私のお金……返して……」
「いくらやられた?」
「無一文に……なりました……」
「え……? 50万ブール以上持ってたよな? どんな賭け方したら半日で一般労働者の10年分無くせるんだよ!」
二人もしてみたから分かる。エミリーの賭け方は異常だ。
「まぁ、晩飯奢ってやるから元気だせよ。オレは10万ブールのあぶく銭を手に入れた」
「え!? 勝ったの?」
「おう、勝者からのアドバイスだ。賭けるのは少額にしなさい。1万ブールを少額と言うのはどうかとは思うが……」
「晩ごはんとホテル代、お世話になります」
エミリーはユーゴに平伏した。
少女を土下座させているユーゴに、ギャンブラー達の視線が刺さる。慌てて半泣きのエミリーを立ち上がらせ、競艇場を後にした。
夕飯は贅沢に。
大きなエビや高級魚を高級なワインで流し込み、高級ホテルに三人で泊まってあぶく銭を使い果たした。
特にギャンブルにハマる事はないだろう。たまにでいい。
「無一文も二日三日の我慢だよ。Sランク試験で儲かるから」
島の外での一年ぶりの就寝、イグサの匂いのない寝床に少し違和感を感じたが、すぐに眠りについた。
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