上 下
10 / 241
第一章 旅立ち

辛い過去

しおりを挟む

 レトルコメルス滞在三日目の朝。明日の朝には出発する予定だ。
 今日は、旅の支度をするために朝食を済ませて三人で出かけた。

 先ずは、ここに着く前に得た戦利品の売却。
 エミリーの空間魔法は無限ではない。まだまだ余裕はあるらしいが、空けておくに越したことはない。魔物の牙や皮、魔石等を売却すると、結構な金額になったので三等分した。

 次は買出しだ。
 野菜は本当に重宝した。料理の幅が広がるうえ、同じ肉でも飽きない。
 スパイスもそうだ。交易都市だけあって、珍しいスパイスがたくさん並んでいる。
 ユーゴは今トーマスに弟子入りして、野営と料理の修行中だ。こういう買い物でも知識を増やせる。エミリーはもちろん興味なしだ。

 革鎧の下には少し値は張るが、絹に魔物由来の特殊な素材を練り込んで伸縮性を持たせた服を着込んでいる。三人とも詳しくは知らないが、練り込まれているのは、蜘蛛系の魔物の糸だと聞いたことがある。吸水性と放湿性に優れ、夏は涼しく冬は暖かい、最高の素材だ。この服を洗い替えで三枚づつ新調した。

 スボンに関しては好みだ。
 ユーゴは、ブラックデニムに伸縮性を持たせたタイトなスボンを履いている。動きやすく丈夫で気に入っている。トーマスもデニムパンツを好んで履いている。
 エミリーは素足だ。ショートパンツに脛当てで、怪我をしても回復すればいいという考えらしい。冬は防寒するようだが。

 買出しが終わった。
 レトルコメルス最後の夕飯は豪華に。少しのお酒で鋭気を養う。

 
 ◇◇◇
 

 ホテルの朝食にもお世話になった。
 ビュッフェ形式で本当に美味しかった。

 さぁ、出発だ。
 次はここから街道沿いを南東に進み、港町ルナポートを目指す。十日ほどの道のりだ。

「いやぁ、いい街だったな。苦い思い出はあるけども……」
「僕も満喫できたな。料理とお酒が本当に美味しかった」
「私もカジノ楽しかったー! ルナポートといえばボートレースだよ! 楽しみー!」

 エミリーはあれからまた少し取り返し、ここでは珍しくそこまで負けなかったようだ。機嫌が良くていい。
 
 道中時々出くわす馬や鹿の魔物を倒し、トーマスに解体の方法を伝授してもらう。冒険者として魔物の解体方法は学んでいるが、トーマスの技術はレベルが違った。
 レトルコメルスで、解体用のナイフを選んでもらっている。

「トーマスは野営とか料理の技術は誰に教わったんだ?」
「うん、僕ノースライン出身って言ったけど、正確に言えば、ノースライン管轄の山岳地帯の出身なんだ。標高が高くて冬は雪で動けなくなるから、雪が降る前に狩りをして冬支度をするんだよ」
「なるほど、生活の一部なんだな」
「うん、野営や狩り、解体は父さんに、料理と肉の加工なんかは、母さんから教わったんだ。兄妹でも一番上だったからね、毎日忙しかったけど充実してたかな」

 それを聞いて、トーマスが頼りになる理由が分かった。

「家族は山に残して旅に出たのか?」
「いや、家族は全員亡くなったよ。家族だけじゃない、僕は民族の生き残りなんだ」
「へっ……?」

 思いもしなかったトーマスの言葉に、ユーゴは目を見開いて間抜けな声を漏らした。
 
「僕が一人でノースラインに行ってるときに、突然火山が噴火したんだ。千年以上噴火してないうえに、その兆候すら全くなかったのにね。粘度の低い溶岩が、一瞬で村を飲み込んだよ。戻ったときには村は固まった溶岩の下だった。家族の遺品も何もないんだ、それが六年程前になるかな。この赤茶色の髪の毛も多分僕だけなんだ。うちの民族特有の色だからね」
「そうだったのか……ごめん、辛い事思い出させたな……」

 軽く俯き謝るユーゴに、トーマスは微笑を浮かべ手を振った。
 
「いやいや、自然が相手だからね。今は受け入れて、家族から受け継いだこの技術で生きていくって決めたんだ。だから冒険者になった」
「やっぱりトーマスは強いな。オレもその技術に感謝して学ばせてもらうよ」

 いつからいたのか、エミリーが近くの岩に座っていた。

「みんな辛い過去の上で生きてるんだよね。仲間三人で助け合って行こうね!」
「うん、ありがとうエミリー」
 

 ◇◇◇

 
 二日後の夕方。

「おっ、やっと水辺を見つけたな」
「ほんとだね、ちょっと早いけどここで野営しようか」

 川の流れが緩やかだ。水鳥が優雅に水面みなもを移動している。

「水浴びでも寒くはないけど、やっぱりお湯が恋しいね」

 河原の小岩に腰掛けたトーマスが嘆いている。

「ふふふ。エミリー君、では例のものを出してくれるかい?」
「むふふ。分かったよユーゴ君」

 エミリーの空間魔法から新品のテントを出してもらい、二人で組み立てる。
 四角いテントを川の側に張った。

「あれ、新しいテント買ったんだね。でもこれ、天井に穴空いてるけど……」

 加工金属製のストーブを中に入れて、煙突をテントの穴から出し、ストーブの上には火成岩を並べる。中には木製のベンチを置いた。

「ユーゴ、これはまさか……」
「そう、テントサウナだ」
「休憩のリクライニングチェアもちゃんとあるよ!」

 大きく口を開けて目を見開き、珍しくトーマスが嬉しさを全面に出している。

「不銹鋼製のストーブだ。熱に強く錆びにくい。サウナだけじゃなく、鍋の加熱にも使えるし暖もとれる」
「毎日サウナに入れるじゃないか! すばらしい!」
「ストーブに火入れするから、二人は寝るテントと夕飯の用意を頼めるか?」
「「了解!」」

 ユーゴは額の汗を拭いながらストーブに火を入れる。テント内の温度は急上昇、バケツに水を汲み、三人で水着に着替え、テント内に入った。
 たっぷり汗をかいて川にダイブ。エミリーにいたっては泳いでいる。

 先に男二人、リクライニングチェアで休憩だ。

「やっぱり最高だ……」
「オレらバカンスに来てるんだっけか……?」

 遅れてエミリーが椅子にもたれ掛かり、深く息を吐く。

「ほんと、こんな気持ちいい事あるんなら、早く教えて欲しかったよ!」

 しばしの休憩。
 緩やかに流れる川のせせらぎ、時折聞こえる野鳥のさえずり。サウナの高温で高まった鼓動が徐々に落ち着きを取り戻し、旅の疲れが癒される。
 魔物に襲われる危険もあるが、この気持ち良さには代えられない。その時は戦うまでだ。

「さて、夕飯に火を入れるか」
「お腹すいたー」

 皆で立ち上がった時、ユーゴが違和感を感じた。

「あれ? エミリーこっち向いてみて?」
「ん、どうしたの?」
「やっぱりだ、片目が青いぞ?」
「本当だ、青いね」
「えっ……い…やっ……」
「ん?」
「いやっ……いやだ……」
「おいおい、どうした?」

 エミリーの目があちこちに泳ぎ始め、青ざめた顔は次第に恐怖に染まっていった。

『いやぁーッッ!!』

 エミリーはその場にしゃがみ込み、頭を抱えて震え出した。

「おい! 大丈夫か!?」
「だめだ! 過呼吸起こしてる!」

 パニック状態のエミリーは、そのまま気を失った。
 

 ◇◇◇
 

 リクライニングチェアにエミリーを寝かせて、薄い毛布を掛けている。呼吸は落ち着きを取り戻し、穏やかに眠っているようだ。
 少しすると、目を覚ました。

「エミリー、大丈夫か?」
「あぁ、気失ってたんだ。ごめんよ、ありがとう」
「いや、無事で良かった……」

 エミリーは体を起こして座り直した。
 二人に背を向け、右目に何かを入れている。

「見られちゃったね……二人が察した通り、私はこの青い眼を隠して生きてるんだ。色付きのレンズを入れてるんだけど、川で取れちゃったみたい……気をつけないと。前に、過去の事はあまり話したくないって言ったよね? 二人を信用してないから言いたくないって事じゃないんだよ……どう話せばいいか分からないだけなんだ……」

 少し沈黙が流れる。

「エミリー、オレたちは仲間だ。言いたいことは言ってスッキリすればいいし、言いたくない事は言わなくていい」
 
「エミリー言ってくれたよね。みんな辛い過去の上で生きている、仲間で助け合おうって。それでいいじゃないか」

「うん……ありがとう……」

 エミリーはこぼれた涙を右手で拭って立ち上がった。

「よし、ご飯食べようか! いつ起きてもいいように、じっくり煮込んだから美味しいよ!」

 美味しい食事で、徐々にエミリーの顔に笑顔が戻った。

 
 その後も順調に歩をすすめ、レトルコメルスを出て11日。
 港町ルナポートに到着した。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

能力1のテイマー、加護を三つも授かっていました。

暇野無学
ファンタジー
 馬鹿の巻き添えで異世界へ、召喚した神様は予定外だと魔法も授けずにテイマー神に丸投げ。テイマー神もやる気無しで、最低限のことを伝えて地上に降ろされた。  テイマーとしての能力は最低の1だが、頼りは二柱の神の加護だけと思ったら、テイマーの能力にも加護が付いていた。  無責任に放り出された俺は、何時か帰れることを願って生き延びることに専念することに。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...