5 / 241
第一章 旅立ち
ロックリザード
しおりを挟むいつまでも狼狽えている場合ではない。各自、武具を手に持ち戦闘態勢を整える。
偶然出てきたとは言え、暗い坑道内での戦闘ではないのが救いだ。
トーマスは左手のカイトシールドに気力を込め、守りを固める。敵を誘導し引き付けて、味方が安全に攻撃できるようにするのが盾役の仕事だ。
ロックリザードの敵意は、全てトーマスに向いた。
ユーゴは刀の柄を両手で握り、火属性に変換した魔力を込める。魔力の乗りが今までの剣とは段違いだ。
『魔法剣 炎の破斬!』
火属性の斬撃を、ロックリザードに向けて放った。
敵の意識は完全にトーマスに向いている。不意をついた攻撃だ、まともに当たった。
が、体皮が少し焦げただけだった。
火が駄目なら次は風だ。
『魔法剣 風の斬撃!』
横薙ぎで風属性の剣風を飛ばす。
次は警戒していたか、防御された。前評判通りの硬さだ。
トーマスは、ロックリザードの鋭い爪の猛攻を正面から受け止め続けている。流石はAランクの魔物、押されて傷が増えていく。
「エミリー! サポート頼むぞ!」
「準備できてるよ!」
エミリーは杖を構え、トーマスに向けて術を掛けた。
『回復術 ヒール』
『補助術 ロバスト』
トーマスの傷が、淡い光と共にスーッと消えていく。補助術により防御力が増す。
「ユーゴ! 刀は『斬る』もんだよ!」
敵の猛攻を防ぎながら、トーマスが叫んだ。
父親にも言われた事だった。
刀の斬れ味は、気力の扱いでさらに増す。
「すまん! 魔法剣にこだわりすぎた!」
『補助術 ストレングス! クイック!』
エミリーの補助術が、ユーゴの力と素早さを底上げする。
敵はパワーはあるが鈍重だ。真横から斬り掛かると、高い金属音と共に硬い鱗に弾き返された。文字通り歯が立たない。
刀に、薄く薄く丁寧に気力を纏わせながら、トーマスの後ろからロックリザードを観察する。
大きさは、トーマスの1.5倍くらいか。
よく見ると、首の下あたりからベストを着ている様な隙間が見える。
――あそこだ!
右手に刀を持ったまま、左手に魔力を込めた。
『風魔法 空気砲!』
下から風魔法でロックリザードの顎を跳ね上げ、仰け反ってガラ空きの胸元に向けて思いきり地面を蹴り、トーマスの頭上を越えて斬りかかった。
技名など無い、渾身の力で振り下ろす。
「ぬォォォーッ!!」
刀の柄を強く握り締めた両手に、確かな手応えが伝わる。ロックリザードは、胸から真っ二つに裂けて倒れた。
「おいおい……恐ろしいほど切れるな……」
「ユーゴは魔法剣士だと思ってたけど、これからは剣技メインの方がいいかもね」
「Aランクおめでとー! 報酬ゲットー!」
ロックリザードの体皮を処理していると、拳大の魔石が足元に転がった。Bランク以下の魔物からも魔石は出るが、ここまで大きい物を見るのは初めてだった。
「ねぇねぇこの魔石、私の杖に使っていい?」
魔石は主に魔法具などの動力に使われ、人の生活に欠かせない。また、魔法等の増幅効果もあるため、術師の杖にも使われる。
ユーゴも魔法を扱うが、刀に付ける訳にもいかない。
「オレは構わないよ」
「僕も構わない」
「ありがとう! 古い魔石は皮と一緒に売ろうか」
倒した魔物は、角や牙、体皮等の素材を採取してから火魔法で火葬する。死骸をそのままにしておくと不衛生なのもあるが、主な理由は魔石などの取り残しを防ぐ為だ。全てを焼くのは難しいがそのままよりは良い。
三つの袋いっぱいに戦利品を詰めて持ち帰った。
これで晴れて三人はAランクの冒険者だ。
◇◇◇
「ほらよ、報酬の30万ブールだ。魔石の交換と防具用の体皮を差し引いてもこの量だ。割と大型のロックリザードだったな、減額は無いよ」
報酬の内訳は主に、依頼達成報酬と魔物の牙や体皮、魔石等の売却額で決まる。王国内の一般労働者の平均年収が約5万ブール。三人で分けても二年分の収入だ。常に死と隣り合わせな分、報酬は大きい。
Aランク報酬はBランクと比べて五倍ほどになった。
「一人10万ブールだな。エミリーは鍛冶屋立て替えの分引いとくからな」
「無一文からの脱却だー! さすがAランク、多いね!」
「こんな大金持ち歩くの怖いな。銀行に行ってからご飯に行こうよ」
ゴルドホークの銀行は町の中心部にある。競馬場の近くにある事に意図的なものを感じるが、それはギャンブルをしない二人には関係の無い話ではある。
ウェザブール王国内であれば、どこでも入出金できる。当面の生活費だけ持ち歩いて、あとは銀行に預けるのが普通だ。
「魔力認証をお願いします」
窓口の女性に促され、目の前の金属板に手を置き魔力を注ぎ込む。
「ユーゴ・グランディール様ですね。お預かり致します」
一人として同じものは無い魔力を、認証に利用するシステムだ。
「おいエミリー。せめて半分は預けとけよ」
「嫌だね! いちいち下ろすの面倒くさいし」
「もう絶対奢らねーからな……」
「まぁ、とりあえずご飯に行こうか」
ギルドにいる冒険者達は、彼らがAランクの試験を受けに行った事を知っている。
併設された酒場での祝勝会は考えられない。他の冒険者のプライドを逆撫でする恐れがあるからだ。無駄に絡んで来る輩がいる事は、数年の冒険者生活で身に染みて理解している。
少し高級な酒場ヘ移動し、まずはキンキンに冷えたビールをオーダーした。
「Aランクおめでとー! カンパーイ!」
エミリーの音頭で、ジョッキを高い位置で合わせる。
冒険者の証明カードをテーブルに並べ、額面に新たに加わったAの文字を眺めながら、三人は脂っこい食事をビールで流し込んだ。
「とりあえず、半月くらいゆっくりするか?」
「そうだね、もうこの町を出ても良いけどどうする?」
「じゃあ、二週間で荷物まとめて住処の手続きも終わらせとくか。オレはこの町出るの初めてなんだよ、寂しさもあるけど楽しみだな」
「分かったよ! ここのスレイプニルレースも賭け納めか……」
「じゃあ、二週間後の朝にギルドに集合な!」
今日の勝利と、今後の期待を肴に夜更けまで酒を楽しんだ。
18
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
能力1のテイマー、加護を三つも授かっていました。
暇野無学
ファンタジー
馬鹿の巻き添えで異世界へ、召喚した神様は予定外だと魔法も授けずにテイマー神に丸投げ。テイマー神もやる気無しで、最低限のことを伝えて地上に降ろされた。
テイマーとしての能力は最低の1だが、頼りは二柱の神の加護だけと思ったら、テイマーの能力にも加護が付いていた。
無責任に放り出された俺は、何時か帰れることを願って生き延びることに専念することに。
異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。
黒ハット
ファンタジー
前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」
公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。
血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。
婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?
江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】
ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる!
※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。
カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過!
※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪
※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる