ほつれ家族

陸沢宝史

文字の大きさ
上 下
2 / 29

第2話 想定外の誘い

しおりを挟む
 四限目までの授業を終えた俺は鞄から弁当と水筒を取り出して教室を後にする。いつもは教室で食べるので、よく昼ご飯を食べている友人から「弁当持ってどこに行くんだ?」と珍しがられる。流石に先輩と食事をするという事実を告げれば、友人から質問攻めされるので、「他クラスの友人と食べる」と納得してもらえそうな嘘をついて未然に危機を回避した。

 二年生の教室は二階にあり、三年生は上の三階に教室がある。俺は階段を上がって三階へと向かうが、普段立ち寄ることが少ない三年生の区域であるため、多少心が落ち着かない。もっとも小学生低学年の頃に上級生の教室を通るときの膨大な緊張感よりかは気分は安定している。

 三の一の教室前にたどり着いた俺は扉前から教室を見渡し栗之先輩を探す。栗之先輩は弁当を持ったまま栗之先輩の友人らしき人らと談笑していた。栗之先輩の周囲の人はは既に弁当箱を空けて、料理を手を付け始めていた。僅かながら栗之先輩を待たせてしまったようだ。会話中の集団にいる栗之先輩を呼ぶのは少し気恥ずかしくなるが勇気を振り絞り栗之先輩を呼ぶ。

「栗之先輩、お昼になったので約束通り教室に来ました」

 確実に栗之先輩に声が届く音量であったため、栗之先輩が反応してくれたが栗之先輩の周囲の人もこちらを振り向く。栗之先輩の周囲の人は口元を緩めながら何かを疑うかのように栗之先輩に見ている。栗之先輩は周りに対し苦笑いしながら俺の方へと歩いてくる。

「お待たせ。わざわざ教室まで来てくれてありがとうね」
「いえ俺が言い出したことなので気にしてないですよ」

 俺の前に到着した栗之先輩が手に持っている弁当箱を入れる袋は鳥が描かれた穏やかなデザインだ。

「お昼食べる場所中庭のベンチでいい? 他に候補があるならそこでもいいけど」

 栗之先輩とお昼を食べることに意識を取られていたせいで食事をする場所を考え忘れていた。躍巡高校では食堂と教室以外に屋内に食事可能な座席はない。空き教室も原則昼休みは利用禁止であるため、食堂を利用しない場合、自クラス以外の学生と食べる場合は誰かの教室か中庭のベンチで食べる必要がある。ただ他クラスの同級生なら違和感はないが、後輩や先輩と共に自教室でご飯を食べるのは周囲から好奇な目で見られる可能性が高く少々気不味い。

「中庭のベンチで構いませんよ。それなら早く中庭に行きましょう」
 俺は多少栗之先輩を急かすように先輩に返答し、栗之先輩と共に三年の階から離れていく。栗之先輩と教室の前で話している間、三の一の教室からこちらを興味津々そうに観察している三年生の目線が個人的に辛かった。なので早急に栗之先輩の教室から去りたかった。

 中庭に着いた先輩と俺は空いていたベンチを見つけると栗之先輩から先にベンチに座り、その後に俺が栗之先輩と少し離れた位置に腰掛ける。中庭のベンチには屋根はなく、今は太陽が目立つ晴天がベンチを見下ろしている。外で食事をするが久しぶりな俺は思わず太陽の光が眩しく手で目を覆った。

「今日は眩しいですね」
「確かに天気が良すぎるかも。けど弁当食べるには晴れていたほうが気持ちよく食べられるから、晴れててよかったね」

 曇り空だったらどこか気分も興醒めするので俺も好天であることに感謝する。栗之先輩は袋から小さな弁当箱を取り出すと蓋を開ける。一段式の弁当箱の中身は半分が白ご飯で残りが野菜中心のおかずだった。一方で俺も二段式の弁当箱を開けるが、一段目がふりかけが敷かれた白ご飯、二段目が肉が多めのおかずという構成となっていた。母さんに作ってもらっているため、昼になるまで内容は分からない。

 栗之先輩は箸を持つと弁当に手を付けず俺の弁当を注視してくる。
「松貴くんのお弁当美味しそうだね。こっちまで肉のいい香りがしてきて食欲が高まる」
「肉は嫌いではないので、肉が弁当に出てきたときは嬉しいですね。けど栗之先輩のお弁当も見栄えが良くて美味そう。野菜中心で栄養バランスについても注意していそうに見えるし」

 他の人に弁当の内容で褒められることが限られていたので何故か照れくさくなる。実際に弁当を用意しているは母さんなのでいつか弁当のことで感謝でも伝えよう。

「そう言ってもらえると嬉しいかな。意外と献立考えるのが手間掛かって苦労しているから」
「僕は母さんに任せきりなので尊敬します」
「わたしも作り始めのときは苦労したけどね」

 弁当作りで始めの頃は相当苦戦したのか栗之先輩は顔色は良いながらもかなり苦笑いしていた。俺は栗之先輩を見習いたいと思いながら肉料理に味わう。普段は室内で昼ご飯を食べるためか、外で食べる昼ご飯は普段とは異なった雰囲気がして料理の風味は違うように錯覚してしまう。実際の味はいつもと何ら変わりのないはずだが。

「そういえば松貴くんっていつからあのスーパーでアルバイトしているの? 何度か見かけた覚えはあるけど、話したのは昨日は初めてであまり記憶にないから」
 自分は口に含んでいた料理を胃に送り込むと、箸を持った手を宙に留めると口を開く。 

「高校入学した始めからアルバイトしてますね。お金を稼ぐ必要があったんで」
「一年生のときからアルバイトしてお金稼いでいるのって凄いね。やっぱり欲しいものとかあるからアルバイトしているの?」
「……手に入れたいものもあるのでその通りですね。僕も気になってたんですけどやっぱり先輩ってスーパーで買い物するのって自炊のためですか?」

 会話の主体が栗之先輩になるように話題を切り替えた。そして栗之先輩に嘘をついた。ほぼ初対面の人にアルバイトをしている事情は明かせない。

「そうだよ。わたし一人暮らしだから朝昼晩、自分で調理しないといけないから数日に一度スーパーで食材を買い貯めしているよ」

 自炊の件からある程度予想はしていたが、一人暮らしとは意外だった。躍巡高校で一人暮らしをしている学生は俺の知る同級生にはいない。大学生ならともかく高校生が一人暮らしとはかなり珍しく思えた。

「高校生で一人暮らしって凄いですね。僕だったら食事の支度を考えただけで一人暮らしするのは躊います。もちろんいつかは家を出ないといけないわけですが」
「慣れたら一人暮らしも気軽に感じるよ」

 高校を卒業したら一人暮らしを始めるかと想像していた俺に対し栗之先輩は小声で「だけどたまに実家が恋しくなるけどね」と言い足しながら膝に乗せたお弁当の方に顔を向けた。俺は一瞬、栗之先輩の発言が気掛かりになりそれに関して質問をしようとしたときには話の流れが切れていた。昼食を食べた後、俺と栗之先輩の二人は少しだけ世間話をしそれぞれの教室に戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

不撓導舟の独善

縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。 現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。 その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。 放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。 学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。 『なろう』にも掲載。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

亡き少女のためのベルガマスク

二階堂シア
青春
春若 杏梨(はるわか あんり)は聖ヴェリーヌ高等学校音楽科ピアノ専攻の1年生。 彼女はある日を境に、人前でピアノが弾けなくなってしまった。 風紀の厳しい高校で、髪を金色に染めて校則を破る杏梨は、クラスでも浮いている存在だ。 何度注意しても全く聞き入れる様子のない杏梨に業を煮やした教師は、彼女に『一ヶ月礼拝堂で祈りを捧げる』よう反省を促す。 仕方なく訪れた礼拝堂の告解室には、謎の男がいて……? 互いに顔は見ずに会話を交わすだけの、一ヶ月限定の不思議な関係が始まる。 これは、彼女の『再生』と彼の『贖罪』の物語。

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...