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【一章】ゴールド・ノジャーの人助け編

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 ユーナちゃんを魔物トラブルから救った翌日。

 さっそく大荷物を背負って山林に現れた彼女を出迎え、昨日と比べ居心地が良いように切り開いた空き地を利用して授業を始める。

 空き地といってもけっこう広く、近くにはツーピーと俺が暫定的に暮らすためのログハウスと、魔法の試射ができるだけの空間、それに的が用意されているのであった。
 なお、全て魔法で工事したため時間はそんなにかかっていない。

 せいぜい一時間弱くらいだろうか。
 無人の大森林に建てたログハウスと違い簡素だし、今回は怪力の持ち主であるツーピーもいたため、かなり作業がはかどった。

 とはいえ、まだまだ常人の域に居るユーナちゃんは、この状況にたいそう驚いていたみたいだったけどね。

「儂はお主の大荷物の方が驚きじゃ。いったい何を詰めてきたら、このような大きさのカバンがパンパンになるのやら……」
「妹弟子の感覚は、わたちには理解できないのよね~」

 ノジャー親子そろって首をかしげるが、ほんとなにを詰めてきたらこうなるのだろうか。
 まるで旅に出る行商人かのような大荷物だが、こんなことにアカシックレコードを使う気もないので、謎は深まるばかりである。

「え~っと、筆記用具と魔導書に、お弁当におやつに、着替えの服とタオルと採取のためにナイフと籠と……、それから……」

 うん、用意周到とかいうレベルを超えてるね。
 ここが昨日魔物と遭遇した山林であるとはいえ、農村からはそんなに離れていない近所である。
 せいぜい村人の足で徒歩三十分くらいのところだろう。

 そんな場所に、まるでお泊り会をするかのような装備でこられても、ほとんどが使わずに終わるだろうに。
 慎重なのはいいことだけど、ここで授業するのはせいぜい三時間くらいだよ。

 ユーナちゃんの毎日には勉強だけではなく、家の手伝いだってある。
 いくら村で魔法の才能に期待されていて、受験のためにある程度の時間を確保できるといっても限度がある。

 基本的にこの世界における貧乏農家の娘は、家で裁縫をしていたり水汲みしたり家事をしていたりとかなり大変。
 国や村の風習によって多少は異なるが、それなりに重労働な仕事を任されることが多いのだ。

 これが大貴族であるマルクス君のような家柄だったら、勉強だけに倍以上の時間を割けるんだけどね。
 何はともあれ、とにかくやる気はあるみたいなのでさっそく授業を始めよう。

 今も早く授業を受けたくてしょうがないユーナちゃんは、そわそわとしながらゴールド・ノジャーの言葉を待ち構えている。
 これほどまでに期待されているんだ、不老の魔女として恥じないほどの成果を挙げなければならないね。

 とはいっても魔導書を自力で解読し、魔力操作も熟練の域に到達している彼女に、いまさら基礎をどうこう言うつもりはない。
 そういう常識的なものは学院でこれでもかと習うだろうし、無理にスカウトしてまで教えるようなことではないからだ。

 であれば、何を教えるのか。
 もちろん入試で必要な貴族だけしか知らないような知識も、マルクス君とまともに会話できるだけの魔法知識も必要だろう。

 だが、それは初日から学ばなければならないほど、優先度の高い知識ではない。
 さきほども言ったが、基礎はある程度できているからだ。
 この入試までの限られた少ない時間で、本当に学ばなければならないのは何かというと……。

「では、お主にはまずこれをやってもらう」
「これはなんでしょう。……ボロボロになったスライムの中身?」

 うん、当たり。
 それはまさしくさっき討伐しておいたスライムの中身。
 スライムゼリーだ。

 今日からはこれを使って、これから先の魔法学院でも、そしてもしかしたら合流するかもしれない勇者たちとの旅にも必要な、ある魔法を覚えてもらうことになる。

「そうじゃよ。ボロボロのスライムじゃ。今日からはまずそのボロスライムに魔力を通して、スライムの完全な復元を目指してもらう」
「ええぇっ!? え、何のために!? というかスライムの復元っていったい!?」

 おお、いいリアクション。
 見事に度肝を抜かれて驚いてる。

 だがこちらも、意味なくこんな訓練を課している訳ではない。
 何を隠そうこの訓練、高位の回復魔法を覚えるのにもっとも適した訓練なのである。

 スライムゼリーというのはもともと人間の体に流れる魔力回路と同じ構造をしていて、適切に魔力を流すと徐々に損傷個所が復元される仕組みをもっているのだ。

 スライムゼリーの九割九分は水分なので魔力回路が同じでも人間にはならないし、含まれた遺伝子が全く違うからスライムが別の生き物に変化するみたいなことはないんだけどね。

 ただ、回復魔法というのは魔力回路を通じて肉体に影響を及ぼす魔法技術だ。
 それが高位になればなるほど操作が緻密になり難しくなっていくし、人体の知識も必要になっていくが、どれほど高位になろうともその基本はどれも同じ。

 というわけで。
 このスライムゼリーを一人で癒せるようになれば、それはこれ以上ない最高の鍛錬になるのである。

 回復魔法に必要なのは属性魔法みたいな適性ではなく、緻密な魔力操作と知識のみ。
 知識は休憩の合間合間に人体の構造を教えてあげればよいので、実践するべくはこのスライムゼリーの復元なのであった。

 ちなみに、魔物は魔族と同じような魔核を心臓としているので、完全なスライムの復元に成功したとしても生き返るようなことはない。
 そこは安心して欲しい。

 そんなことをユーナちゃんに語り聞かせながら、一応師匠もできるよということで目の前で実践して見せる。
 すると一瞬で損傷個所は修復され、魔力操作だけで完全なつやつやゼリーへと変貌したのであった。

「……というわけじゃ、わかったかの?」
「ほえ~……。これが回復魔法における最高効率の訓練なんですねぇ。これはすごい知識を得ました……。うん、さすがノジャー師匠! 見た目はちっちゃいけど、やっぱりすごい魔法使いなんですね! 師事してよかった~!」

 うんうん。
 見た目はちっちゃいけど、実はすごい魔法使いなんだよ。

 それに回復魔法を覚えなければいけない理由は簡単だ。
 学院ではまず貴族の陰謀、謀略、権謀術数、とかいろいろな面で危険が待っているからね。

 少し目立った平民の優等生がいれば毒殺されるなんて普通だし、直接的な怪我を負わせられることだってあるかもしれない。
 彼女の身分を鑑みて、リカバリーできる手段があるに越したことはないのだ。

 マルクス君が回復魔法を習得できれば、ユーナちゃんと引き合わせて守ってもらうこともできたんだけどね。
 あいにくマルクス君は膨大すぎる魔力ゆえに魔力操作が少し苦手であり、現在も練習中だ。

 おそらく下位の回復魔法であってもすぐに習得することはできないだろう。
 その辺はマルクス君とユーナちゃんで真逆の性能をしている。

「むむむ、難しすぎるのよ……! こんなの誰もできるはずないの! のじゃロリ、わたちに意地悪してる?」

 ツーピーもこの訓練に参加させているが、前衛型でありユーナちゃんほど魔力制御が熟達していないため、すぐに魔力を込め過ぎたスライムが爆発四散する。
 まあ、そうなるよね。

 しかし誤解しないで欲しい。
 これは意地悪してるんじゃなくて、ツーピーがどうしても妹弟子より魔法が得意なところを証明して、先輩としていいところ見せたいっていうから、しぶしぶやらせてただけなのだ……。

 こうなることが分かってたから、昨日のうちに別の方向性でアピールするよう言ったのに、なんか同じ課題じゃないと意味がないとか言い出すから困ったものである。

 でもちょっと可哀そうなので、少しだけフォローしておく。

「うむ。どちらかというと、ツーピーは攻撃タイプの魔法使いじゃからのお。魔力の緻密な操作ができない代わりに、魔力の出力が高く魔法の威力が高い。そんな感じじゃから気にするでない」
「はっ……!? そう、わたちのパワーはすごいの!」

 まあ、別に魔力の出力が高いからといって、緻密な魔力制御ができないわけじゃないんだけどね。
 それは言わぬが花というやつである。

 同じことをユーナちゃんも思ったのか、ツーピーを気遣う俺の意図を汲み取り、優しく笑いながらもすごいすごいと応援していた。
 まあ、パワーが圧倒的なのは本当なので、凄いか凄くないかでいえば、超凄いんだけどね。

 そんな感じで、初日の授業は多くのスライムゼリーの犠牲と共に進んでいくのであった。

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