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最終話

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 三月の卒業式。

 スーツ姿に身を包んだ玲子れいこは、退屈に眠たそうな顔をして体育館から出るなり、両腕を上にグーッと背伸びをした。

「締まりがないわねぇー」

 と、隣で梨奈りなは外の冷気に両腕を抱え込む。まだ三月に入ったばかりでシャツとジャケットだけでは肌寒いが、毎日のように寒空の下で境内の掃除をしている玲子にとっては慣れっこで平気なものであった。

「校歌、歌詞分かんなくて全然歌えなかったなー……」

「なに、あんた歌いたかったワケ? あたしはあんなの小っ恥ずかしくてイヤよ、口パクするわ」

 と、つい先程口パクしてきた梨奈だ。

工藤くどうの口パク、金魚みたいで気持ち悪かった」

「金魚に失礼よ。って、あいつも最後まで締まりがなかったわよねぇー。お似合いよ、あんたら二人」

「なにが?」

 いつものように玲子はムッとする。からかうのもからかわれるのも、今日が最後だ。二人は少し名残惜しみながら会話を楽しむ。

「記念撮影は美人に写りなさいよ? クドちゃんの隣でねー」

「ヤダ! 目、つむりそうなヤツの隣なんか」

 アハハハ、と梨奈は手を叩きながらオバサンっぽく笑う。そんな梨奈の年齢は不詳のままである。このまま風のように颯爽さっそうと去り、そして思い出したようにふらりと目の前に現れるのだろう、きっと。

「っと。あたし、写真頼まれてるのよね。オッチャンも、あんたとの最後のツーショットが欲しいって言ってたから、あとで撮っちゃるわ」

 オッチャンこと地井は、学年トップの成績で卒業したという。勉学へ励む意欲だけは、若い者に負けなかった。

「オッチャンとは行事のたびに撮ったよー、かなり溜まってる。私は白川さんとのツーショットが欲しい」

 初老の白川は、遠足から総体まで全て皆勤賞。心だけは誰よりもうんと若かった。

「卒業生、十八名だったっけ? 確か入学した時は五十名以上いた気がするんだけど……みんな、どこいったの?」

「通信において、生き残りサバイバルは厳しいのよ。それに、三年で卒業とも限らないしねぇ」

 そんな過酷なサバイバルをくぐり抜けた者達だけが集う校舎内の庭は、いつものスクーリング時よりも静かだった。玲子は改めて三年間お世話になった校舎に礼をする気持ちで見渡す。すると、西門の前に思いもよらず正剛せいごうの姿があった。

「あら? 何やってんかしら、あの子」

「正剛ー!」

 玲子が手を振って呼ぶと、どこか少し遠慮気味に正剛は近づいて来る。

「卒業おめでとうございます!」

「正剛、ありがとー!」

 最後まで正剛にだけは素直な玲子に対して、うーむ。と梨奈が腕を組む。

「わざわざ、それ言いに来てくれたの?」

「いや、俺んちからそう遠くないですからね。近くに用もあったんで、一言挨拶だけと思って」

「とぼけてるー」と梨奈がヒソッと、人差し指と親指を立ててカメラアングルを作ってみると、しっかり聞こえていた正剛から、「ふざけてますね?」と負けずに返事が返ってくる。
 家が近い二人はたまにショッピングセンターで会うと、梨奈が正剛に飯奢っちゃる。という仲になっていた。姉と弟といった感じだ。

「また、いつでも神社に遊びに来てね」

「はいっ、ぜひ! 夏にお受けした御守りも返納しに行きますね!」

「あたしも一緒にねー、乗せてってねー」

 正剛の背後から両肩に手を掛け、梨奈のおふざけはまだまだ続く。

「そういや、クドちゃんのあの御守りはどうすんの? てか、結局何が起こってたのよ? あれ、命が無事だったから良かったけどさぁ、もしかしたらクドちゃんって今頃、突き落とされて死んで……わー、怖っ! 玲子、こーっわっ!」

「……真由子まゆこ由衣子ゆいこの霊魂なら、無事に浄化させたよ。工藤の内に巣食っていた邪気も、全部消滅させた。工藤は……死ぬワケはなかったの!」

「そ、そう……なぜかそこ、言い切れるのね」

「真由子さんが、下で守ってくれてたんですよね?」

「それもあるけど……」

 玲子には絶対的に信じていたものがあった。毎日、みそぎを行ってきたのは、あの日のためだった。玲子は神と契約を結んだ。命と引き換えに──その代償は、この先ずっと神へとはらいを行い続けていく事だ。
 全く、一体誰のために何をしているのだと、玲子は自分で自分を呪う。

「あの時の玲子さんは、神がかってましたね。まさか、憑依とは……って思ったんですけど、よくよく考えたら、由衣子さんの霊魂は工藤先生の邪気に囚われてましたよね?」

「んー……囚われてたと言っても、霊魂の存在は物理的ではないから。由衣子が憑依したというより、私が由衣子の霊派に同調したって言った方が分かりやすいかな?」

「それって……もし下手して失敗してたら、玲子さんも一緒に引きずられて、あの世に道連れにされてたって可能性は……?」

「うん、十分にあったかも。だから、正剛が呼び醒ましてくれて助かったよ」

「やっぱり……なんて無茶やっちゃってんですかーっ?」

 玲子は一人で浄化すると言っていたものの、やはり恐れていた事態は的中していたのだと、正剛は青ざめる。

「だってでも、それでも最後に二人を引き合わせてあげたかったから──ってのは、ただの私の自己満足! 職業病!」

 照れ隠しにフイッと横を向く。

「ふぅーん……あたしにはさっぱり分かりにくい話だけど。つまり、あの時の呆けたアホ面のクドちゃんは、玲子の同調だか同情を通じて元カノに会えてたってワケね? それでハッピーハッピーって事だったのかしらねぇ」

「さぁ、工藤の気持ちまでなんか知んない。あ、御守りはうちの神社で御焚き上げしたから」

「えっ、あれって大事な形見じゃなかったの? いいの? って、いつの間によ、ズルー」

「ズルーって、何が? 御守りについては本人がそうしたいって望んだことだから。私がどうこう言うもんじゃないし、そうゆうの、大事なのは形じゃなくて気持ちの問題だから。もう、工藤なら大丈夫だよ」

「工藤先生、ホントすっかりキレイに浄化されましたよね。ふと思えば、双子さんたちは卒業式を迎えられなかったんですよね? 工藤先生もまた、毎年卒業シーズンが来るたびにどんな想いだったんでしょうね?」

 何気につぶやいた正剛の言葉に、玲子と梨奈もしんみりと心にする。

「でも、浄化されても人柄は変わらないみたいですね? というか、どこか意地が悪くなったのは俺の気のせいですか? 先々週のスクーリングもでしたが、さっきから俺、にらまれてます?」

 正剛が向けた先に目線をやると、工藤が校庭で卒業生達と会話を交わし終えていたところだった。
 玲子はトコトコと工藤の向こうへと歩き出す。そこへ、「正剛、ファイト!」と梨奈が背中を押し、「ここでですかっ?」と無茶ぶりを要求された正剛は焦る。

「あとで焼肉食べ放題、おごっちゃるけん」

「それ、結果はすでに決定的なんですね? そういや、俺の来年の担任って誰なんでしょうか? まさか、工藤先生ですか?」

 そんな不安と心配を胸に抱いている正剛は、この春から二年生となる。
 工藤は校庭の隅っこの桜の木の下にいた。去年、玲子と一緒に邪霊と出くわした場所だ。相変わらず隣にある植木は変な形で手入れされてその姿をキープしている。

「そんなところで何してるんですか? 祝賀会、そろそろ始まりますよ」

 桜の木を眺めているが、つぼみは春の陽気を感じながら咲くのをまだそっと待っている気配だ。

「……数を数えてんだ」

「蕾の? ヒマですね」

 玲子は肩を落としてオーバーに呆れ果ててみせる。

「ここで、里見さとみ玲子さんに問題です」

「はい?」

「この一年間で、工藤先生と会ったのは何日でしょう?」

「はぁ?」

 唐突に問題を振られ、間抜けに口をポカンと開ける。そして、ちょっと頭を巡らした後、四の数を十二回掛け、

「四十八回!」

 大得意に答えた。

「……おまえは、夏休みと冬休みはなくていいのか? それと、休んだ日数は?」

「ちょっ、ちょっといきなりで間違えただけですっ。えと……って、何ですか? この問題?」

「答え。二十一回。……全日制生徒のたった一ヶ月分しか会ってないんだよなぁ……」

 後期から休みが多かった玲子の場合の日数だ。全日出校していたとしても、四十日程しかない。たった、ほんのわずかだけれど、この学校と、そして工藤と過ごした時間──。

「……なんですか? そんな計算……なんでそんな悲しい計算なんてするんですか? 卒業式の日なんかに……晴れ舞台、ぶち壊しじゃないですかっ」

「悲しいか? 寂しいか? 泣くか?」

「……いいえ、別に?」

「泣いてもいいぞ? もっと会いたいとか言っていいぞ?」

「言いませんっ。留年なんて、ごめんですっ。縁起でもない事、言わないで下さいよっ! 正剛の言う通り、意地悪!」

 玲子は顔を膨らませて、くるりと反対を向く。

「なっ、意地悪? 誰の言う通りだって? おい、待て。寂しいとか、もっと会いたいとか、なんか可愛いこと言え!」

「イヤだ! 変態教師!」

「な……また、二度も変態って言ったな? あっ、コラ逃げるなっ! じゃーオレが言うからなっ、よく聞けよ!」




 ────卒業おめでとう 君たちへ




<了>
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