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十九.ヤケ食いの意味するところは

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 玲子れいこは階段を駆け下りる。

(誰?)

と、亡霊とは思えずに問いかけてしまうほど、鮮明に視えた。それは視界からといよりも脳裏から視えたという表現に近い。

 ──ゆいこ

 おそらく、工藤の〝内〟にいる霊魂に違いなかった。が、

「──誰でもない、か……」

 工藤の一言。
 玲子と由衣子ゆいこのどちらにも向けられる言葉に解釈できたが、玲子は自分でも何だかよく分からない寂寥感せきりょうかんに襲われていた。
 いつしか足取りは弱まり、テストで赤点を取った小学生のようにしょんぼりと下を向き歩いていた。そこへ、
 ドンッ。と、誰かにぶつかってよろめく。倒れそうになったのを、ぶつかった相手が素早く玲子を支える。

「里見さん? どしたんですか?」
「あ、正剛せいごう……」

 顔を上げた玲子の目には薄っすら涙が……流しているのに本人は気づいていなく、ギョッと驚き慌てたのは正剛の方だった。

「大丈夫ですかっ? どこか打ちましたかっ?」
「うー……イタいかも」
「痛むんですかっ? どこがですかっ?」
「いろいろ……」
「全身っ? 救急車呼びますかっ?」
「いや、それはいい」

 正剛とのいつもの調子のやり取りに、玲子は次第に平常心を取り戻していく。

「すみません。今、ちょうど連絡しようと思ってたところです」
「あ、ごめん。うっかりしてた……」

 あれ以来、二人は昼休みか放課後に二人は待ち合わせて修行を行っていた。主に人の少ない静かな図書室で……隣の男子トイレへと漏れる祓詞はらいことばの奏上が、密かに男子生徒達を不気味に怖がらせているとは露知らず。

「いえ。それより、本当に大丈夫ですか?」
「あー……うん。大丈夫、大丈夫!」

 とは言うが、どこか様子がおかしい玲子に、

「今日は、修行はやめておきましょうか?」
「……ん、そうしようかな」

 玲子もそんな気分にはなれそうになく、正剛の言う通りにした。
 二人の周りはいつしかザワつく始め、レポートの提出を済ました生徒達が玄関前の自販機で飲み物を買い、やれやれといった感じに休憩を取っている。
 玲子は少し迷ったのち躊躇いがちに、

「正剛。私……視たよ」
「え?」


   ◇


 二人は学校からすぐ近くの喫茶店へと場所を移動した。
 とりあえず玲子は注文した二つのショコラケーキとバクバクと口の中に運んでいく。
その光景を不思議に見つめる正剛。──そんなにいっぱい食べて夕飯は入るのだろうか? 正剛の観点はそこだった。ちなみに正剛の手元にはチョコレートパフェが置かれてある。

「食べないの? 遠慮しないで」
「あ、はい。ちゃんと頂いてます」

 遠慮をしているのではなく、どこから食べていいのか分からない上に、一向に底に辿り着けそうにないパフェに手こずっていた。
 玲子が一気にショコラケーキを食べ終えてカプチーノを飲んで落ち着くと、ついさっきの話の再開を始めた。

「……若い女の子の霊魂だった。やたら鮮明に視えて……おしとやかで、ふんわり優しいイメージ? だけどすごい悲しそうな目でこっち見てた」

 脳裏に浮かぶ、あの表情。悲哀に満ちた儚げな表情。まるで何かを訴えるかのように、こちらを見ていた。

(…………?)

 何かが玲子の記憶の端に引っ掛かる。

(あの顔、どこかで……見た?)

 必死にたぐり寄せようとするも、うまく掴めない。

「里見さん、具合悪くないんですか?」
「え? ううん。……大丈夫みたい?」

 言われてみれば、いつも邪霊を視た場合は具合が悪くなるがどうもない。という事は──、

「邪霊ではなさそうですね?」

 予想通り、守護霊の類だと判明した。

「……その子は、何か伝えたいことがあるんでしょうかね?」
「なら、本人に直接伝えれればいいのに」

 玲子はブスッと喋ると、メニュー表を手に取る。
 やはりこのまま放っておいて大丈夫なのだろうかと正剛は気にするが、──やはり、工藤と玲子の間柄は悪いのか、前回と同様に急に不機嫌になった玲子に対して、口を閉じる。

「なにかしょっぱいの食べたいな」

 甘いものを食べ過ぎて口の中が甘くなり塩辛いものが食べたくなった玲子は、今度はフライドポテトを注文する。ほぼ、無意識にヤケ食いしていた。
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