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十七.一服のベランダ

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 教室を正剛せいごうと二人で一緒に出ると、玲子れいこが足をピタリと止める。

「どうしたんですか?」

 玲子が向けている視線の先には屋上へと続く階段。一本のビニールテープが行く手を遮断している。まるで結界のように──

「立ち入り禁止のようですね」

 それは玲子が一学年の時からずっとだ。

「……やっぱり何か気になります?」
「んー……前々から少し〝気〟は淀んでたんだけど、わざわざ通って上ることもないから放っておいてるんだけどね」
「そうですね。とりあえず今は様子見るだけにしておきましょうか。俺は毎日ここ通るんで、一応注意は払っときます」
「うん、お願い」

 触らぬ神に祟りなし。と、立ち去ろうとするも、玲子は何か後ろ髪を引かれる思いがした。
 四階から二階まで階段を下りると、「あ、玲子」と、声がかかる。梨奈りながベランダで一服をしていた。
 職員室もある二階のベランダは、喫煙指定所になっている。もちろん成人している生徒のためにだ。喫煙者同士の溜まり場であり、梨奈は何やらここで色々と情報を得ているようだった。

「正剛も一緒じゃん。なぁに? 仲良く二人で下校?」
「別にー」

 いつもの冷やかしを玲子が軽く受け流したのに対して、

「あ、俺は上り線なんですよ。なんで、一緒に帰れるのは駅までです」

 正剛は少しくすぐったそうに素直に答える。

「あら、そうなのね」

 こちらまでもがくすぐったい気分になるなと、梨奈は少し苦笑した。──なるほど、ストレートな子なのね。と、梨奈が分析解析を始める。

「梨奈!」

 玲子はベランダの柵まで近寄ってくるりと背中を向けてもたれると、

「本格的に修業する事にしたからね!」

 拳をガッツにドヤ顔で決めて宣言をした。

「何の修行だ?」
「ギャッ!」

 と、肩を跳ねらして悲鳴を上げる──工藤だ。
梨奈と少し離れた隣にどこか見覚えのある背中の人がいるなと思っていれば……その間に玲子が入っていった形であったのだが、急に横から話かけられたのと、まさかいるとは思わず驚いた訳である。

「俺は幽霊か何かかよ。ちょっと今、何気に傷ついたぞ」
「……すみません」

 と、失礼を口では謝ったが、その何かを憑けてますよ。と言いたくなった。そして口元と手元を見と、煙草ではなく紙パックジュースをストローで吸って飲んでいた。
その物言いたげな視線を工藤は感じ取り、

「なんだ? オレは吸わないぞ。生徒の前では、な」
「あら、生徒思いで素敵な先生ねぇーって、あたしは生徒じゃないの?」

 どうやら梨奈の前では吸ったことがあるようだ。梨奈の皮肉を何気に軽くスルーして、改めて工藤は質問し直す。

「んで?」
「いえ、なんでもないです」

 玲子はそっぽを向く。
 梨奈には、いつもうまくいかないと嘆いている神道の修行というやつだろうと理解する。そんな中、正剛は手持ち沙汰に突っ立っていた。それに気づいた工藤が、話を振る。

「おじいちゃん、どうだ? あの後、テレビドラマ、ちゃんと見れたのか?」
「はい。なんとかテレビカード買うの間に合って、無事に見られました。体調も変わりなく良さそうでした」
「そうか、よかったな。テレビカードなら実家に何枚かムダにたまってた気がするな。いるか?」
「あ、いえ。じきに退院できそうですし、先生ご自身のために取っておいて下さい」
「……なに、おまえ、オレを病人にする気?」
「いえっ、そんな意味じゃ……」

 二人のやり取りに、「この二人って馬が合わなさそうよね」と梨奈が玲子にボソッと耳打つ。玲子は、トトトと正剛に歩み寄ると腕を掴み、

「正剛、帰ろ。じゃ、またね、梨奈」

 玲子に腕を引っ張られながら、正剛は「え? あ、失礼します」と律儀に挨拶を忘れずに、階段を下りて行った。

「あらぁー」

 そんな二人の姿をニタニタとしながら梨奈は見送る。

「意外と、お似合いかも。ねぇ、そう思わなーい? クドちゃん?」
「ふーん。彼氏いないのか」

 先週の車内での玲子に向かって工藤は吐く。

「あれ? 気になる? 玲子って普通科なら、学年一の美人で絶対モテモテよねぇ。残念ながらここでは……まぁ、おじさまには人気ね。って、そーゆうクドちゃんは? 寂しくひとりぃ?」
「川瀬こそ。おまえって報われない恋するタイプだろ? 人の恋路に頭突っ込んでないで、自分のこと心配しておけよ」

 またもはぐらかされた上に、いらぬお節介だった。が、当たり外れでもなく、気づかれない様に梨奈はそっと溜息をつく。そして見た目だけはやたらオシャレなパッケージの箱に入ったメンソレータムの煙草を再び一本抜き取った。
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