ドラッグジャック

葵田

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3.「オンライン診療の落とし穴」

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 ユキは鈴華すずかが屋上の階段を降りて立ち去るのを確認すると、手すり壁に背持たれて座り込み、ハァと溜息をついた。

「〝普通〟か」

 何が不満で何に悩むというのか。凡人には考えられないのだろう。その普通でいられるということがどれだけ難しいことで、または幸せなことが――ユキは、身をもって痛いほどに知っていた。

「まだガキはガキか。子守りも楽じゃないな」

 だが、贅沢な悩みだと、馬鹿にするつもりはない。
 本人が辛いと訴え、生活に支障が生じるようであれば、それは立派な病として診断される。精神科の病とは、そうゆうものだ。
 くわえていたポッキーを口の中にもごもご押し込むと、ノートPCの画面を開く。
 ザッと鈴華の情報を入力した後、とあるサイトにアクセスして通話接続した。
 しばらく、待機していると、

『どうも、お待たせしました』

 PC画面越しに一人の白衣を着た男性の姿が映し出される。

「あ、お世話になっています。よろしくお願いします……」

 ユキは静かに暗い面持ちで挨拶を交わした。

『どうですか?』

 白衣の男性はアバウトに質問してくる。

「……特には……なんか、気分が落ち着きません。……憂うつだと思ったら、今度はガーッって色々やっちゃいます。波が激しいです」
『そうですか』

 と、相槌一つ。

「……薬、効いてないんでしょうか? 増やしてもらえますか?」
『そうですねぇ、今飲んでいるのは、えーと……』

 パソコン上のカルテをカチカチと操作して確認しているだろう音が聞こえてくる。

『バルプロ酸ナトリウムを一日二回、400ミリグラムから800ミリグラムに増やしてみますか?』
「……はい、そうします」

 ほぼ、選択をこちらに任された形だ。

『じゃあ、他は前回と同じという事で、よろしいですか?』
「はい」
『じゃあ、一ヵ月分出しておきますので。お大事に』
「どうもありがとうございました」

 ものの、三分。
 事務的で機械的な診察は呆気なく終わった。
 ユキはパソコンの通信を切り、

「せわないもんだな」

 吐き捨てて言い、ペットボトルの水をゴクゴクと飲み干すと、死んだ〝ふり〟をしていた目を生き返らせる。

 ――オンライン診療

 たった今、ユキが行っていたのは、それだ。
 インターネット上でウェブカメラを使い、どこにいてもオンラインで診療を受けることができる制度だ。
 患者は病院まで足を運ぶ必要はない。離島や僻地に住む患者にとっては利便が良い。
 薬は処方箋をデジタルか郵送で受け取り、それを持って調剤薬局へ行くか、または院内処方で郵送する方法がある。
 診察日はインターネットから予約可能で、時間が来れば5分前にパソコンかスマートフォンの前で待機して繋がるのを待つのみだ。

「一件、終了。次は……こいつか」

 ユキはリュックの中から眼鏡を取り出すとかけ、一応変装すると再び先程の手順で診察を受診する。
 こうして、何件ものオンライン診療を受診して〝客〟が欲しがる薬を処方されるよう、その薬に合った病状の演技で薬を手に入れていた。もっとも、ユキの行為は不正で違法なものであり、薬物取締違反法に当たる。
 コンクリートの地面に影が伸びる。すっかり辺りは薄暗くなっていた。遠くに望めるビルの合間から、赤焼けした夕日が姿を消そうとしている。

 カァ

 屋上の塔屋にカラスが一羽、舞い降りて来て鳴いた。

「なんだよ、おまえかよ」

 頭の毛が逆立ち癖がついてしまっている間抜けなカラスだ。

「また、笑いに来たのか? 人のこと笑ってるヒマあるなら、その間抜けなクセ毛、早く直せよ」

 カァカァ

「早く、帰れよ。待ってるぞ、――七つのかわいい子が」

 手でシッシと払いのける仕草を取ると、カラスは飛び立ち、空にいる無数の群れの中へと入っていく。
 しばし、ユキは仲間たちと舞い飛ぶカラスを見るともなしに見つめていた。
 自分を必要としてくれている人がいて、帰るべき場所がある。それ以上に幸せなことがあるだろうか。
 少なくとも、ユキにはそう思えた。
 夜が来る。
 ユキはパーカーを頭に深く被る。訪れる闇から身を包み守るようにして。
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