12 / 35
第十二話 花が咲いた
しおりを挟む
早朝、うどん屋『道』に一輪の花が咲いた。
「たぬ子ちゃん、これトッピングお願い」
「はいっ」
たぬ子は店主の指示通り、かけうどんとしょうゆうどんにトッピングを加えていく。
(ええと、どちらもおネギを乗っけます)
(しょうゆうどんには、かまぼこはいりません)
(これくらいは覚えましたよ?)
働き始めて三日目。先程、目をしょぼしょぼさせながら小口切りに刻んだネギをトッピングする。慣れない手つきでスピードは遅いが、間違えないよう慎重にちょこちょこと指先で摘まんで乗せていく。早く仕事を覚えようと一生懸命だった。
そんなたぬ子の姿を、陰ながら見守る二人の老人──いつもは店内中央にある石油ストーブの方へと向いているのだが、岩次郎と白川は厨房内をジーッと眺めていた。
「ぽっちゃりしとって可愛いげななのぅ」と岩次郎が言えば、「ほんまじゃあ、優しげなな子じゃあ」と白川がつぶやく。
「尻のおっきょい、おなごは安産じゃゆうきにの。ようけ跡継ぎ産めるぞ」
コクコクと、白川は頷き同意を示す。
──ドンッ
テーブルの上に二つのうどん鉢が運ばれてきて乱暴に置かれる。
「うちの従業員、ぶしつけな目で見んじゃねぇ」
道人がすごむ。
「見てみぃ、シロさん。怒っとるぞ」と岩次郎がニヤければ、白川は「おんかれたぁ」である。二人とも全く懲りてなどいない。
「なんや、わしゃ見よるだけじゃ」
「見せもんじゃねっつってんだっ。イヤな思いさせて辞められたらどうしてくれんだよ? あんた責任取れよっ」
道人は小声で怒鳴る。
「責任取るんはおまえじゃろ。逃がさんよう、ちゃんと大事にせなイカンぞ。最近の嫁は気が強て、すぐに離婚じゃ言うらしいきんの」
「何の話してんだよっ」
「ほんだけんど、うまいこと見つけてきたの。あなにえぇ子、おまえにはもったいないくらいじゃ」
「どーゆう意味だよ。だから、さっきから何の話してんだよっ」
一昨日から同じ会話の繰り返しばかりだ。ヒソヒソと言い争いをしていると、
「店主さーん、ご注文のお客様ですぅー」
「あ、あいよっ」
道人はうどんと一緒に溜め息を一つ吐き置いて、厨房へと戻る。
若い女性従業員というだけで、お年寄りにとっては興味の対象となる。そして自分ちの孫と比較するのはもちろんのこと、ご近所さんの家庭事情にまでズケズケ突っ込んだ余計なお世話の噂話へと広がっていくのである。
たぬ子が店に入ってから、ガチャガチャと忙しない店内が和やかな雰囲気になった。「かわいい」と評判も良い。半ば勢い任せで雇った部分もあったのだが、道人にとっても体力と時間に余裕が生まれて、出汁の研究に力を注げられている。結果的には全て成功という事である。
(うん、よっし!)
何もかもが、順調に進んでいた。
(……あの、おさげヘアを変えて眼鏡もコンタクトに変えればもっと……って、何考えてるんだ、俺はっ)
雑念を払うようにテボでジャッジャッとうどん玉の湯を切る。そこへ、ガラァンッと玄関が開け放たれる。
「あーさぶさぶ。外、雪チラついとるで」
毎度、いちいち騒がしい西村が三日ぶりにやって来た。ここのところ、『丸丸うどん』の方へも通っていたようだ。道人は、とても面白くない気分になる。
西村のお天気情報に、「ほうか、さっき降んじょらんかったけんどの」と言う岩次郎に、白川が「今日は冷える」とつぶやくが、白川は暑さ寒さに関係なく、いつも体をぷるぷると震わせている。
「どうせ、すぐにやまい」
西村は言うと、カウンターで「釜玉、小」と注文を告げると、厨房の奥へと目を留めた。
「え、なになに? あの子」
「バイトの子」
どうせまともに人の話など聞かないであろう西村に、一言に短く答える。
「かわいげな子やん。なに、彼女?」
「ちがう。みなして言うなっ」
やはり、勘違いされてしまう。いい加減、うんざりしている道人は露骨に不機嫌を顔に表した。しかし、「なんや」とガッカリされるのも、何だか腹が立つ。
「年は? なんぼ?」
道人は西村が未だに独身男なのを思い出してチラリと、
「西さんとは親子くらいの年の差だから」
念のために釘を刺しておく。
「いやいやいや、なんぼなんでもそなん若い子とは気が合わんわぁ」
ハハハッと、はにかんで笑った西村だが、満更でもないらしい。道人が心から呆れたところで、「あわわっ」とたぬ子が焦り声を上げた。
「またもや破いてしまいましたぁ……すみません!」
いなり寿司を作っていた、たぬ子。油揚げに酢飯を詰めようとして破ってしまったのだ。本日、三度目の失敗にひどくショックを受けている。
「いいよ、気にしなくて。俺もよく破くし」
明るくフォローして励ました。大きめの油揚げに酢飯がパンパンに詰まった、どんくさい図体が『道』のいなり寿司だ。薄くて柔らかい油揚げは破れやすく、一つ一つ手作業で酢飯を詰めるのは地道に大変なものだった。
「破ったのは責任持って、全部、口の中ね」
一枚つかんでたぬ子の口の中に、ハイ、あーん。と押し込む。
「あぐっ」
ジュワッと甘辛い汁が油揚げから滲み出て口の中に広がる。タヌ子にとっては幸福にも思える罰だった。
ほのぼのとした二人のやり取りに、三人組がうどんをすすりながら楽しそうにニヤニヤと眺める。すると、
──バタンッ
厨房の奥にある勝手口の扉が開く。
「たぬ子ちゃん、これトッピングお願い」
「はいっ」
たぬ子は店主の指示通り、かけうどんとしょうゆうどんにトッピングを加えていく。
(ええと、どちらもおネギを乗っけます)
(しょうゆうどんには、かまぼこはいりません)
(これくらいは覚えましたよ?)
働き始めて三日目。先程、目をしょぼしょぼさせながら小口切りに刻んだネギをトッピングする。慣れない手つきでスピードは遅いが、間違えないよう慎重にちょこちょこと指先で摘まんで乗せていく。早く仕事を覚えようと一生懸命だった。
そんなたぬ子の姿を、陰ながら見守る二人の老人──いつもは店内中央にある石油ストーブの方へと向いているのだが、岩次郎と白川は厨房内をジーッと眺めていた。
「ぽっちゃりしとって可愛いげななのぅ」と岩次郎が言えば、「ほんまじゃあ、優しげなな子じゃあ」と白川がつぶやく。
「尻のおっきょい、おなごは安産じゃゆうきにの。ようけ跡継ぎ産めるぞ」
コクコクと、白川は頷き同意を示す。
──ドンッ
テーブルの上に二つのうどん鉢が運ばれてきて乱暴に置かれる。
「うちの従業員、ぶしつけな目で見んじゃねぇ」
道人がすごむ。
「見てみぃ、シロさん。怒っとるぞ」と岩次郎がニヤければ、白川は「おんかれたぁ」である。二人とも全く懲りてなどいない。
「なんや、わしゃ見よるだけじゃ」
「見せもんじゃねっつってんだっ。イヤな思いさせて辞められたらどうしてくれんだよ? あんた責任取れよっ」
道人は小声で怒鳴る。
「責任取るんはおまえじゃろ。逃がさんよう、ちゃんと大事にせなイカンぞ。最近の嫁は気が強て、すぐに離婚じゃ言うらしいきんの」
「何の話してんだよっ」
「ほんだけんど、うまいこと見つけてきたの。あなにえぇ子、おまえにはもったいないくらいじゃ」
「どーゆう意味だよ。だから、さっきから何の話してんだよっ」
一昨日から同じ会話の繰り返しばかりだ。ヒソヒソと言い争いをしていると、
「店主さーん、ご注文のお客様ですぅー」
「あ、あいよっ」
道人はうどんと一緒に溜め息を一つ吐き置いて、厨房へと戻る。
若い女性従業員というだけで、お年寄りにとっては興味の対象となる。そして自分ちの孫と比較するのはもちろんのこと、ご近所さんの家庭事情にまでズケズケ突っ込んだ余計なお世話の噂話へと広がっていくのである。
たぬ子が店に入ってから、ガチャガチャと忙しない店内が和やかな雰囲気になった。「かわいい」と評判も良い。半ば勢い任せで雇った部分もあったのだが、道人にとっても体力と時間に余裕が生まれて、出汁の研究に力を注げられている。結果的には全て成功という事である。
(うん、よっし!)
何もかもが、順調に進んでいた。
(……あの、おさげヘアを変えて眼鏡もコンタクトに変えればもっと……って、何考えてるんだ、俺はっ)
雑念を払うようにテボでジャッジャッとうどん玉の湯を切る。そこへ、ガラァンッと玄関が開け放たれる。
「あーさぶさぶ。外、雪チラついとるで」
毎度、いちいち騒がしい西村が三日ぶりにやって来た。ここのところ、『丸丸うどん』の方へも通っていたようだ。道人は、とても面白くない気分になる。
西村のお天気情報に、「ほうか、さっき降んじょらんかったけんどの」と言う岩次郎に、白川が「今日は冷える」とつぶやくが、白川は暑さ寒さに関係なく、いつも体をぷるぷると震わせている。
「どうせ、すぐにやまい」
西村は言うと、カウンターで「釜玉、小」と注文を告げると、厨房の奥へと目を留めた。
「え、なになに? あの子」
「バイトの子」
どうせまともに人の話など聞かないであろう西村に、一言に短く答える。
「かわいげな子やん。なに、彼女?」
「ちがう。みなして言うなっ」
やはり、勘違いされてしまう。いい加減、うんざりしている道人は露骨に不機嫌を顔に表した。しかし、「なんや」とガッカリされるのも、何だか腹が立つ。
「年は? なんぼ?」
道人は西村が未だに独身男なのを思い出してチラリと、
「西さんとは親子くらいの年の差だから」
念のために釘を刺しておく。
「いやいやいや、なんぼなんでもそなん若い子とは気が合わんわぁ」
ハハハッと、はにかんで笑った西村だが、満更でもないらしい。道人が心から呆れたところで、「あわわっ」とたぬ子が焦り声を上げた。
「またもや破いてしまいましたぁ……すみません!」
いなり寿司を作っていた、たぬ子。油揚げに酢飯を詰めようとして破ってしまったのだ。本日、三度目の失敗にひどくショックを受けている。
「いいよ、気にしなくて。俺もよく破くし」
明るくフォローして励ました。大きめの油揚げに酢飯がパンパンに詰まった、どんくさい図体が『道』のいなり寿司だ。薄くて柔らかい油揚げは破れやすく、一つ一つ手作業で酢飯を詰めるのは地道に大変なものだった。
「破ったのは責任持って、全部、口の中ね」
一枚つかんでたぬ子の口の中に、ハイ、あーん。と押し込む。
「あぐっ」
ジュワッと甘辛い汁が油揚げから滲み出て口の中に広がる。タヌ子にとっては幸福にも思える罰だった。
ほのぼのとした二人のやり取りに、三人組がうどんをすすりながら楽しそうにニヤニヤと眺める。すると、
──バタンッ
厨房の奥にある勝手口の扉が開く。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜
よどら文鳥
恋愛
フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。
フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。
だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。
侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。
金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。
父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。
だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。
いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。
さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。
お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!
なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」
信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。
私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。
「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」
「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」
「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」
妹と両親が、好き勝手に私を責める。
昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。
まるで、妹の召使のような半生だった。
ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。
彼を愛して、支え続けてきたのに……
「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」
夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。
もう、いいです。
「それなら、私が出て行きます」
……
「「「……え?」」」
予想をしていなかったのか、皆が固まっている。
でも、もう私の考えは変わらない。
撤回はしない、決意は固めた。
私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。
だから皆さん、もう関わらないでくださいね。
◇◇◇◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです。
お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~
おきょう
恋愛
突然の婚約破棄をされてから一年半。元婚約者はもう結婚し、子供まで出来たというのに、エリーはまだ立ち直れずにモヤモヤとした日々を過ごしていた。
そんなエリーの元に降ってきたのは、城からの針子としての就職案内。この鬱々とした毎日から離れられるならと行くことに決めたが、待っていたのは兵が破いた訓練着の修繕の仕事だった。
「可愛いドレスが作りたかったのに!」とがっかりしつつ、エリーは汗臭く泥臭い訓練着を一心不乱に縫いまくる。
いつかキラキラふわふわなドレスを作れることを夢見つつ。
※他サイトに掲載していたものの改稿版になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる