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第十二話 花が咲いた

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 早朝、うどん屋『みち』に一輪の花が咲いた。
 
「たぬ子ちゃん、これトッピングお願い」
「はいっ」

 たぬ子は店主の指示通り、かけうどんとしょうゆうどんにトッピングを加えていく。

   (ええと、どちらもおネギを乗っけます)
   (しょうゆうどんには、かまぼこはいりません)
   (これくらいは覚えましたよ?)

 働き始めて三日目。先程、目をしょぼしょぼさせながら小口切りに刻んだネギをトッピングする。慣れない手つきでスピードは遅いが、間違えないよう慎重にちょこちょこと指先で摘まんで乗せていく。早く仕事を覚えようと一生懸命だった。
 そんなたぬ子の姿を、陰ながら見守る二人の老人──いつもは店内中央にある石油ストーブの方へと向いているのだが、岩次郎と白川は厨房内をジーッと眺めていた。

「ぽっちゃりしとって可愛いげな可愛らしいなのぅ」と岩次郎がんじろうが言えば、「ほんまじゃあ、優しげな優しそうなな子じゃあ」と白川がつぶやく。

「尻のおっきょい大きい、おなごは安産じゃゆうきにの。ようけ跡継ぎ産めるぞ」

 コクコクと、白川は頷き同意を示す。

 ──ドンッ

 テーブルの上に二つのうどん鉢が運ばれてきて乱暴に置かれる。

「うちの従業員、ぶしつけな目で見んじゃねぇ」

 道人みちとがすごむ。

「見てみぃ、シロさん。怒っとるぞ」と岩次郎がニヤければ、白川は「おんかれたぁ怒られたぁ」である。二人とも全く懲りてなどいない。

「なんや、わしゃ見よるだけじゃ」
「見せもんじゃねっつってんだっ。イヤな思いさせて辞められたらどうしてくれんだよ? あんた責任取れよっ」

 道人は小声で怒鳴る。

「責任取るんはおまえじゃろ。逃がさんよう、ちゃんと大事にせなイカンぞ。最近の嫁は気が強て、すぐに離婚じゃ言うらしいきんの」
「何の話してんだよっ」
ほんだけんどだけど、うまいこと見つけてきたの。あなにえぇ子、おまえにはもったいないくらいじゃ」
「どーゆう意味だよ。だから、さっきから何の話してんだよっ」

 一昨日から同じ会話の繰り返しばかりだ。ヒソヒソと言い争いをしていると、

「店主さーん、ご注文のお客様ですぅー」
「あ、あいよっ」

 道人はうどんと一緒に溜め息を一つ吐き置いて、厨房へと戻る。
 若い女性従業員というだけで、お年寄りにとっては興味の対象となる。そして自分ちの孫と比較するのはもちろんのこと、ご近所さんの家庭事情にまでズケズケ突っ込んだ余計なお世話の噂話へと広がっていくのである。
 たぬ子が店に入ってから、ガチャガチャと忙しない店内が和やかな雰囲気になった。「かわいい」と評判も良い。半ば勢い任せで雇った部分もあったのだが、道人にとっても体力と時間に余裕が生まれて、出汁の研究に力を注げられている。結果的には全て成功という事である。

(うん、よっし!)

 何もかもが、順調に進んでいた。

(……あの、おさげヘアを変えて眼鏡もコンタクトに変えればもっと……って、何考えてるんだ、俺はっ)

 雑念を払うようにテボでジャッジャッとうどん玉の湯を切る。そこへ、ガラァンッと玄関が開け放たれる。

「あーさぶさぶ。外、雪チラついとるで」

 毎度、いちいち騒がしい西村が三日ぶりにやって来た。ここのところ、『丸丸うどん』の方へも通っていたようだ。道人は、とても面白くない気分になる。
 西村のお天気情報に、「ほうか、さっき降んじょらんかった降ってなかったけんどの」と言う岩次郎に、白川が「今日は冷える」とつぶやくが、白川は暑さ寒さに関係なく、いつも体をぷるぷると震わせている。

「どうせ、すぐにやまいやむだろ

 西村は言うと、カウンターで「釜玉、小」と注文を告げると、厨房の奥へと目を留めた。

「え、なになに? あの子」
「バイトの子」

 どうせまともに人の話など聞かないであろう西村に、一言に短く答える。

「かわいげな子やん。なに、彼女?」
「ちがう。みなして言うなっ」

 やはり、勘違いされてしまう。いい加減、うんざりしている道人は露骨に不機嫌を顔に表した。しかし、「なんや」とガッカリされるのも、何だか腹が立つ。

「年は? なんぼ?」

 道人は西村が未だに独身男なのを思い出してチラリと、

「西さんとは親子くらいの年の差だから」

 念のために釘を刺しておく。

「いやいやいや、なんぼなんでもそなん若い子とは気が合わんわぁ」

 ハハハッと、はにかんで笑った西村だが、満更でもないらしい。道人が心から呆れたところで、「あわわっ」とたぬ子が焦り声を上げた。

「またもや破いてしまいましたぁ……すみません!」

 いなり寿司を作っていた、たぬ子。油揚げに酢飯を詰めようとして破ってしまったのだ。本日、三度目の失敗にひどくショックを受けている。

「いいよ、気にしなくて。俺もよく破くし」

 明るくフォローして励ました。大きめの油揚げに酢飯がパンパンに詰まった、どんくさい図体が『道』のいなり寿司だ。薄くて柔らかい油揚げは破れやすく、一つ一つ手作業で酢飯を詰めるのは地道に大変なものだった。

「破ったのは責任持って、全部、口の中ね」

 一枚つかんでたぬ子の口の中に、ハイ、あーん。と押し込む。

「あぐっ」

 ジュワッと甘辛い汁が油揚げから滲み出て口の中に広がる。タヌ子にとっては幸福にも思える罰だった。
 ほのぼのとした二人のやり取りに、三人組がうどんをすすりながら楽しそうにニヤニヤと眺める。すると、

 ──バタンッ

 厨房の奥にある勝手口の扉が開く。
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