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17.内側
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どれだけの月日が経ったのだろう。
思っているほどは経っていない気もするし、自分の感覚は疾うに狂って長い時間が過ぎているのかもしれない。
この生活には昼も夜もない。
リリアンヌは気怠い身体と重い頭を抱えながら、ぼんやりと外側を眺める。無粋な鉄格子に視界を縦に区切られた世界。
サフィールは、ここに自分を閉じ込めて心安らかなのだろうか。
大丈夫だと、安心だと、ここにいてねと言われるが、特にそれが本心だとも思えない。まるで自分に言い聞かせてるみたいだ、とリリアンヌはいつも思う。
こんなことをしても、あの子はまだ安心できない。こんなことが最良ではないと、本当は分かっている。けれど、他の方法を知らない。
ゆっくりと寝返りを打てば、とろりと腿に残滓が伝う。
「っ」
毎日毎日毎日注ぎ込まれる白濁は、いくら掻き出してもリリアンヌのナカから完全に消えることはない。
リリアンヌに魔女封じを施し、この檻の内に閉じ込めて。そうしてサフィールは激しく執拗に彼女を抱いた。向かい合う形で、後ろから、時に彼女を腹の上に乗せて。この身体にもうサフィールが触れていない場所などきっとない。そう言い切れるほど様々な手法でサフィールはリリアンヌを抱いた。
毎度毎度気を失うまで抱かれ、リリアンヌの意識は混濁していることが多い。身体には常に甘い痺れが走り、ロクに動かそうという気にならない。
だから、生きるのに必要な全てはサフィールが代わりに行っていた。
抱き潰したリリアンヌを抱え、風呂に入れる。優しく丁寧に身体を洗い、そして苦しいほどに注ぎ込まれた白濁を長い指で掻き出す。濡れた髪を拭き、丁寧に手入れするのは今までと同じ。
うつらうつらとする彼女に薄い下着一枚だけを許し、膝の上に乗せ、用意していた食事を食べさせる。ひと口ひと口匙で掬って、彼女の口に運ぶのだ。
そう言った生活に必要な行為の時だけ、束の間リリアンヌは檻の外に出される。けれどその間も鎖の端がどこかに必ず繋がれていて、彼女の動きを制限する。
「どこにも、逃げやしないのに……」
そう思うけれど、意味がない気がして本人の前で口にはしない。
リリアンヌが檻の内にいるから、必然サフィールも同じ場所で時間を過ごす。広い檻は二人を内包してもまだ余裕がある。
傍にいないと不安なのだろう。もちろんリリアンヌをここに閉じ込めている分、サフィールが代行しなければならないことは多い。見回りやら何やらをこなす必要はある。だから日中いくらかは、リリアンヌはこの檻の内に一人取り残される。
「馬鹿な子……」
最低限彼女の代わりを果たし、食事を用意し、湯を沸かし、彼女の身の回りの世話をし。
そうして隙あらば彼女の身体を抱く。どこまでも貪り尽くす。
サフィールはいつも精根尽き果てた彼女の身体を抱いて同じ檻の中で眠りに就くようだけれど、起床は当然彼女より早い。十分な休みを取れているようには思えない。
このままでは早晩体調を崩して倒れるだろう。
いつまでもこのままではいけない。
それは分かっている。きっとサフィールだって分かっている。
でも、きっかけを掴めずにいる。まだ、リリアンヌの言葉は真っ直ぐ彼に届かない。
歪み追い詰められていくその様子を見ていると、心が痛む。
サフィールは自分の行いを自分で責めて、そして余計に焦りに苛まれている。負のスパイラルに陥っているのがよく分かる。
どうにかしたい。
サフィールの不安は、リリアンヌの不安と同義だ。
いずれお互いがお互いを失う未来をどう受け止めるべきか。サフィールが踏み込み、リリアンヌが受け入れてしまった以上、きちんと飲み込まなければならない。
「どう、すれば」
今、サフィールはこの部屋にいない。扉の向こうにも気配は感じないから、外へ出ているのだろう。リリアンヌは緩慢な動きで自分の首元に触れる。
指先に触れるのは小さな石。
複数散りばめられたそれには、魔女の力を封じる呪いが掛かっている。だからリリアンヌは平素のように自由に力を奮えない。
本当のことを言えば、逃れようはあった。
魔女封じにはいくつか種類がある。これはその中でもまだ甘い方だ。力ある魔女なら、壊すことができる。
力を練ると、すぐに霧散する。ずっと溜めておくことができない。持続する力がない。
そう、持続ができない。
でも、自身の内で力自体が枯渇している訳ではないのだ。
「その気になれば……」
膨大な力を、ある一瞬を狙って練り上げることはできる。一瞬あれば十分だ。その一瞬で制石に負荷をかけて、壊してしまえばいい。
そんなやり方をすれば当然身体に負担がかかるし、しばらく寝込むことにはなりそうだが、それでも自由にはなれる。
でも。
「それじゃ、駄目」
リリアンヌは割と最初からその方法を意識していたが、一度たりとて実行に移そうとはしなかった。
そう、それでは駄目なのだ。
男女の機微には疎くても、人の心の在り方を全く読めない訳ではない。
サフィールは今、彼女を無理矢理に繋ぐことで仮初の安心を得ている。方法を選べば、リリアンヌを閉じ込めておける事実に、最後の理性を保っている。
もし、ここでリリアンヌがその戒めを物ともせずに解いてしまったら。
そうしたら、次こそサフィールは恐慌に陥るだろう。自分の力では何一つ留め置けないのだと、絶望するだろう。
どこにも行かないと言葉を尽くしたところで、リリアンヌ自身が戒めから逃れようとした事実があれば、その言葉に説得力などまるでない。口だけでなら何とでも言えると、きっと思われる。
そう、言葉ではなく、まずは態度で教えなければならない。
どこにもいかないと。他なんて選ばないと。
お前が死ぬまで、傍にいると。お前の傍でお前を看取って、お前の墓の傍で残りの時間をぼんやり過ごすと。
そうしてサフィールが自身の手でこの首輪を外し、鎖を解き、檻の鍵を開けられなければ、事態は解決しない。
寂しい。怖い。その気持ちは分かる。
何かを大切に想う気持ちを知ってしまった自分が独り残された時、その孤独に耐えられるのだろうか。
自分の弱さを突き付けられそうで、リリアンヌとて怖いのだ。
レイナルドめ、余計なことをしてくれた。
そうは思うけれど、きっとこれは遅かれ早かれ起きていたことだっただろう。
自分を守れるだけの強い男がいれば、例え力を喪失するとしても、魔女であることより独りではないという安心を選ぶかもしれない。
サフィールが突き付けたその可能性は、あまりに予想外だった。思いつきもしないことだった。
けれどそれは、可能性としてはあり得るのだろう。リリアンヌの中ではゼロだが、サフィールのなかでは十分あり得ることなのだろう。
「あの子は、孤独の重さを知っている……」
心が弱り、よろめくことを知っている。
だから、リリアンヌにもそういう可能性があると言い出したのだろう。
「お前以外なんかごめんだよ。男なんて、もう懲り懲り」
呟きは鉄柵の向こうには出て行かず、空中で解ける。
リリアンヌは拒まない。サフィールを受け入れる。受け入れることでしか、自分の確かさを示せないから。
だから、相手の心が揺れるのを待っている。
「その前に、こちらの頭がおかしくなってしまいそうだけれど……」
濃厚な交わりは、日に日に思考を犯していく。おかしなことを口走りそうで、やっていられない。時に頭の中は疼きでいっぱいになり、与えられるものを貪欲に欲する。サフィールの熱が欲しくて欲しくて堪らなくなる。
でも、最後、理性を捨て切る訳にはいかない。
自分は、あの拾い子の手をしっかり握ってやらなければならないのだから。
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