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第3話 2人はやっぱり分かってない

2人は分かってない【香凛社会人編】 その28

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「あぁ、香凛、ちょっといいか」
 約束通り夕方迎えに来た征哉さんと一緒に夕飯までお世話になってから、私達は帰路に着いた。
 二人ともお風呂を終えてさっぱりとしたところで、改まって声をかけられた。


「今後のことなんだが」


 そう切り出されて、ちょっとびっくりする。
 どう切り出そうか切り出そうかとタイミングを狙っていたけれど、必要なかったみたいだ。


 でも話を聞いてみたら深雪さんにチクリと釘を刺されていたらしく、これはいよいよ深雪さんに足を向けては眠れないレベルになってきた。
 というか今までの生活を振り返っても、私達は藤方夫婦に助けられ過ぎである。小さい頃から、ずっとそうだった。


「会社にも色々窓口はあるだろうが、今回は利用しない方がいいと思ってる。今までの対応を見てるとアテにならない気がするし、毎日務めてるところなんだ、秘密は守られるとは言え、日常顔を合わす可能性のある相手にオレとのことなんて知られたくないだろ。不安だろ。だから、弁護士に頼ろうと思う」
「べんごし」
 大学時代の友人に弁護士をしている人がいるのだと言う。土曜のうちに連絡して、無理を言って既に概要は聞いてもらっているようだった。
「依頼は受けてもらえる。弁護士には守秘義務があるから、第三者に漏らされる心配はいらない。香凛、それでいいか」


 確かに、会社の窓口よりはずっといい。でも。


「でも、相手が逆上して、言い触らすかもしれないし」


 それはもう、覚悟するしかないことなのだろうか。
 リスクなしには動けないと、頭では分かっているけれど。


「それも可能性としてはあるな。ゼロにすることはできないと思う。でも、可能性を限りなく低くすることはできると思ってる」
「どうやって」
「ウチの会社の人間と伝手があると脅してきたんだろ。つまりそれは探せば相手の会社の伝手が、こっちにもあるってことだ」
 相手の親の会社の名前は知っていたから伝えていた。以前、明日香が教えてくれていたのだ。
「幸い聞いたことのある社名だった。会社の知り合いから辿って行って、繋ぎが取れた」


 何でも、高山は現社長の三男らしい。
 末っ子なので、親も比較的甘かったそうだ。だけど、そろそろ代替わりらしく、近く長男が跡を継ぐらしい。最近は社長と連れ立ってあちこち訪問している姿が目撃されているとか。


「あと広平がな、随分奮闘してくれて、毎週日曜の朝にその長男が打ちっぱなしにいくって情報を掴んできて、それでちょっと直接コンタクトを取りに行って来た」
「え!」


 広平君の情報収集力にも驚きだし、既にそんな大きな動きがあったことにも驚きだ。


「向こうもな、頭を悩ませてるんだよ、問題児に。今までも何度も危ない場面があって、警察沙汰になっていないのが奇跡みたいなもんだったらしい。だからこそ自分がいざトップに立つって時に無駄な不祥事は起こされたくない。頭痛の種なんだよ。未然に防げるものは防ぎたいし、ここらでお灸を据えておきたい。親と違って、甘やかす気持ちなんてないだろうし」


 それはそうだ。


「なぁ、香凛、泣き寝入りなんてする必要はない。すれば向こうは図に乗るばかりだ」
 そうだ、今まできっと痛い目を見たことがないからこそ、相手の行動はどんどんエスカレートしているのだろう。
「弁護士には動いてもらう。何もせずには終わらせない。ただ、こちらが動くことを長男には伝えている。向こうはこちらにやめろとは言わなかった。ただ、実名をあちこちに出すことはやめてほしいと、そうは言われたがな」
「それで、何て答えたの」
「被害の分はきっちり訴える。やることはやる。だけど、こっちも騒ぎを大きくはしたくない。した時に注目されるのは相手だけじゃない、香凛もだ。そんなことは望んでいない」


 こちらを見つめる瞳は強い意志を宿している。
 大丈夫だって言ったその言葉を、本当にしようとしてくれている。


「向こうには、不始末の責任は取れと言っている。こちらが不当な脅しを受けていることも伝えている」
「…………それで、相手は何て?」
「弟のことは余計なことをしないように、やることはやると、しっかり手を打つと」


 相手が強気に出てくるのは、実家の後ろ盾があるからだ。
 例えばその力が使えないとなれば、一切支援はしないと宣告されれば、考えを変えざるを得なくなるかもしれない。


「それで、いいか。正直、絶対に何のリスクもないとは言い切れない。キレた相手が思ってもみない行動に出るかもしれない。でも、何もしない訳にはいかない。このまま黙っていれば、確実に香凛が犠牲になる」


 黙って、泣き寝入りするヤツだと、何をしてもどこにも訴えないと、既に半ばそう思われている節さえある。


「香凛がうんと言ってくれさえすれば、すぐにでも動く。もちろん香凛は当事者だから、その過程で色々とあったことを話さないといけなくなる。気が進まないことだとは思う」


 一つ、大きく息を吐き出してから、私は口を開いた。


「気が進むとか進まないの問題じゃないよ。必要なことだよ」
 嫌だとか、そんなことは言っていられない。
 第一、危機にさらされているのは私だけじゃない。征哉さんもなのだ。


「私が、しなくちゃいけないことだよ」


 私は、闘う。自分のために、自分の大切な人のために。
 この短期間でここまで動いてくれたこの人に、どんな不利益も与えたくない。どんな小さな傷も許したくない。
 自分にできることならば、何だってする。


 隣には、いつだって彼がいてくれるのだ。
 一緒に、闘ってくれるのだ。
 こんなに心強いことってない。そういう風に、思う。




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