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第3話 2人はやっぱり分かってない
2人は分かってない【香凛社会人編】 その3
しおりを挟む「四年も一緒だったしね。よそに目が向いてたみたいなの」
「え、それって」
「浮気ってやつ?」
さらっと明日香は言ってみせる。
「あのねぇ、相手がやたらと優しかったり、こっちに甘々だったり、不要なサプライズ仕込んで来た時はちょっと気を付けた方がいいよ。何か後ろめたいことがあったりすると、小心者ほど勘付かれてるかもって思ったら余計なことしてボロ出すしね。まぁ私はそれで気付いて、無神経なこと言われて、修羅場ってお別れまで一直線コースだったんだけど」
思っていたよりももっとずっと酷い経験をしたらしい。
失恋には新しい恋ってことなのかもしれないけど、しばらく恋はいいとなるのではなく彼氏がほしいと言う明日香にはある種の強さがあると思う。
「浮気するヤツは放っといて良い。そいつは駄目だ。そいつのために努力なんてする必要はないない。でも、別に浮気とかじゃなくてさ、本当に単純に心に距離が出来かけてるって言うんならさ、そういう方面で努力しろとは言わないけど、やっぱ刺激は必要だよ」
明日香が言われた心無い言葉を思い出す。そして心の距離、という言葉にドキリとする。
待って、よく考えたら、私も所謂その、マ、マ、もにょもにょというソレではないだろうか。え、待って。
刺激、という単語が頭の中で繰り返される。
記憶を漁ると、自分の方から何か積極的なことをしたことってないのだと気付いてしまった。
大した知識がないのだけど、アレとかソレとか、つまりそういうことだ。
え、したことない。そして要求されたこともない。
そりゃそういう雰囲気になる過程を考えた時、こっちからそういう空気を出すことはある。キスの一つや二つ、強請ってみせるし、まごまごしながらも自分から仕掛けてみることもたまにはある。何なら時に誘導されてとんでもないことを言わされたり、思ってもみない体勢を取らされたりすることはあるけど、でもよく考えたらそれも正直自分から進んでしていることではないし。
でも、そもそも違う。
今、明日香が言ってるのは、キスとか甘えてみるとか、そういうちょっとしたきっかけ作りの話じゃない。
つまり、最中の主導権というか、楽しみの提供というか、ご、ご奉仕的な話ですよね。自主性のお話。
「香凛ちゃん?」
「おーい、香凛?」
したこと、ないです。する勇気も、ないです。
私のそういうことは、全部征哉さん仕込みだ。
いや、仕込みとか言い出すとちょっと言い方がアレだけど。要するに、私は他の男の人なんて知らない。
だから私の知っているそれは全部征哉さんのやりたいことだって、そういう風に思ってた。
触れてくれるし、反応してくれる。だからそれで十分なんだって。
でも、違ったらどうしよう。
本当は、何か不満があったり、物足りなさを感じていたりするのだろうか。
そ、そろそろ飽きてきてたり?
倦怠期、マンネリという言葉が怖い。
そういう関係になって、もう三年、いやそろそろ四年の方が近い。まさにマンネリという言葉が当てはまる。私はそれを呑気に“安定だ”なんて思っていたけれど。
倦怠期、はどうだろう。
正直最近昇進が決まった征哉さんはとても忙しそうだ。帰って来るのがより遅くなったし、出張も多いし、時には休日出勤もある。
正直、顔を合わす時間はぐっと減った。私が寝てから帰って来て、起きるより前に出て行くなんてこともある。数日顔を合わせないとか、良くても寝顔しか見れないなんてことはザラだ。
会話は、あまりない。寂しいなと思う気持ちはあったけど、でもそれを何かしらの危機と捉えたことはなかった。
生活のすれ違いと、心のすれ違いは違うものだと思っていたから。
え、大丈夫、だよね?
生活のすれ違いは心のすれ違いとイコールじゃないよね?
「香凛ちゃーん!」
「え」
肩を揺さぶられて、ハッと意識が現実に戻って来る。
「大丈夫?」
「何か固まってたよ」
いけないいけない、飲み会の途中だった。
「や、うん、何でもない」
「そう?」
でも駄目だ。意識がそっちに引っ張られてしまう。
刺激。確かに時には必要だろう。努力や工夫だって右に同じ。
現状に甘んじていたら、それはいつしか怠惰に繋がってしまうのかもしれない。
私は今も変わらず征哉さんが好きだ。パパと呼んでいたあの頃からずっと、その気持ちは変わらない。
「無理しろって話じゃないからね?」
「無理してコケるとそっちの方がダメージ大きいしね」
明日香と二階堂ちゃんが心配そうに言う。
仰る通り。この手の失敗は目も当てられないに違いない。慎重に、いかねば。
「それに結局、一番大切なのはお互いきちんと話し合うことだよ。大事になる前に言葉にするってすごく重要」
「うん」
そうだ、相手に空気を呼んでもらうだけじゃいけない。きっと分かってくれるとか、そういうのはこっちの勝手な期待でしかないのだし。
マンネリ、倦怠期というワードの力強さに慄いた私は、すっかり聞き飛ばしていた。
明日香が“そういう方面で努力しろとは言わないけど”と言っていたことを。
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