上 下
45 / 104
第2.5話 間章

オレはなんにも分かってなかった【藤方広平の場合】 その4

しおりを挟む





“香凛とオレは、付き合ってる。付き合ってるっていうのはつまり、あれだ、男女関係にあるってことだ”


 脳みそに、ようやく情報が伝わる。耳から伝わって来た音が、意味を持つ。
 その意味を理解して、ドッと心臓が大きな音を立てる。



 征哉と香凛ちゃんが?
 父と娘として生きてきたはずの二人が?
 付き合ってる? 男女の、関係?


 男女の関係、その言葉の生々しさにぎょっとした。


「え、いや、待って……」
 確かに、あの空気感、さりげない行動の一つ一つの距離感。何かが今までとは違った。親しみ、のもう一歩先の気配。それが恋人同士のものだと言われれば、ものすごく納得がいく。いくけど。


「軽蔑されて当然だと、そう思ってる」


 軽蔑とか、そんな。だって、でも、征哉と香凛ちゃんだろ。二人は親子だろ。そりゃ、血は繋がってないけどさ、二人がちゃんと父と娘だったのは、オレがよく知ってる。あれは偽物なんかじゃない。ごっこなんかじゃない。ちゃんと、親子のものだったはず。


 けれど、向かい合う征哉の真剣な態度が、嘘や冗談ではないことを示している。
 当たり前だ。笑い話にもならない。それにそもそも征哉はこんなこと、冗談でもいうヤツじゃない。


「い、いつから……?」
 二人の様子は、でもとても安定していた。昨日今日であんな空気になるとは思えない。
 訊いたら、征哉は正直に答えた。
「二年前から、だな」
「に、二年前!?」
 ぎょっとする。二年前ってどういうことだ。香凛ちゃんが二十歳を迎えたくらい? そんな前から?


 え、オレ、二年も何も気付かなかったのか。でもそう言えば、この二年、征哉と香凛ちゃんと三人一緒に会う機会なんてほとんどなかった気がする。征哉とは相変わらず定期的に飲みに行っていたし、香凛ちゃんもたまにウチに遊びに来てくれてはいたけど。


 そこまで考えてハッとする。
 さっきコイツ、なんて言った?



“お前に隠すつもりはないから、はっきり言う”



「隠してるじゃん!」
 二年も隠しといて、どの口がそんなこと!
「二年も黙ってたんじゃんか!」
「いや、待ってくれ、そりゃその、正直最初の一年は言う気は全くなかったが」
「ほらな!」
「でもそれは、広平がどうこうの問題じゃないよ。オレの問題だ。正直、香凛との関係がどうなるのか分からなかった。オレからどうこうってことはないが、香凛の方に嫌気が差す可能性なんていくらでもあったし、正直もっといい男なんてこの世にいくらでもいるし、そう簡単に関係を公にできる間柄でもない。もしこれがすぐに終わりを迎える関係かもしれないと思ったら、ある程度安定するまでは、広平にでも迂闊には言えないなと思ったんだ」


 今でも正直先のことなんて分からない、と征哉は言った。


「…………」
 それはその通りだ。先のことなんて分からない。それは誰にだって言えること。オレだって深雪のことは愛しているし、その気持ちは一生変わらないって思ってるけど、別にそれは何に保証されたものでもない。何かが少し違ってしまえば、離婚なんてことになるかもしれない。人と人の関係に絶対はない。
 特にどう考えても征哉と香凛ちゃんの関係は繊細だ。駄目になってしまった時、それはそれはとても気まずいことになるだろう。根底から関係が壊れてしまうかもしれない。父娘の関係を知っている人間には、簡単に公表できることじゃなかっただろう。色々言われるに決まってる。


「言っとくが、その後は何度か言おうとしたからな。正直、今日のこれは四度目の正直だ」
「うそ」
「ホントだよ。一回目はお前のとこの息子が急な熱で、飲みの話自体が流れた」
 記憶を掘り返してみる。そう言えば、そんなこともあったかも。
「二回目は、広平が夫婦喧嘩真っ最中でどん底だったから、とてもそんな話は切り出せなかった」
 う、それは申し訳ない。
「三回目は先月かな。外飲みのつもりだったけど、ほら、美味しいブリが手に入ったとか何とかで急遽広平の家で飲むことになっただろ」
 えぇ、その通りでございます。
「……………………」
 そうか、何だ、何回か言おう言おうと試みてはくれてたんだな。間の悪いことにオレが全部それをクラッシュしてたんだな。


「何でまた、そういう関係になったとか、訊いてもいい訳?」
 二人のことに対して何とコメントしたらいいのかよく分からなくてそう訊いたら、征哉は教えてくれた。


 香凛ちゃんが先に気持ちを打ち明けてきたこと、それを到底受け入れる気にはなれなかったこと、けれど彼女が他の男といる場面を見て居ても立っても居られない気持ちになってしまったこと。
 そして彼女の部屋の中に、ものすごくさささいなものまで大切に大切に取って置かれてあったこと。ただの一過性のものと切り捨てるには、あまりに真剣なのだと気付いてしまったこと。
 何でも、香凛ちゃんの片想いは十四の頃かららしい。かなり年季が入っている。


 そう言えば、香凛ちゃんから恋の話なんて聞いたことがなかった。いや、オレには話したくないことだろうけど、深雪も聞いたことがないようだった。
 昔、一度ウチでバレンタインのチョコを作っていたことがあったけど、単に深雪とチョコ作りを楽しんでいるって様子で、本命用があるようではなかった。
“広平君にも義理チョコ”
 ってくれて、もう一つあった分はどうするのかと訊けば、
“これはパパに。日頃の感謝を込めて”
 と気軽な様子で笑ってみせた。


 でもそうか、あれ、本命だったのか。
 絶対の絶対に誰にも言えなかったんだろうけど、本命だったのか。


 そうしてオレの知らぬ間に、二人の関係は変わり始めていた。


「正直、父親目線が全くなくなった訳じゃない」
「それはそうだろ」
 何年、育ててきたと思ってるんだ。そんな生半可な覚悟じゃなかったはずだ。
「でも、本気、なんだな」
「当たり前だ。香凛が拒まない限りは、取れる責任は全部取る」


 二年。関係が変わって二年。二人の間の絆は強くなっているように見えこそすれ、危うさみたいなものは感じなかった。いや、男女の情は難しいものだけれど、でももうある程度安定した関係なのだろう。だから、征哉もオレに打ち明けようとしてくれたのだろう。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

スパダリ外交官からの攫われ婚

花室 芽苳
恋愛
「お前は俺が攫って行く――」  気の乗らない見合いを薦められ、一人で旅館の庭に佇む琴。  そんな彼女に声をかけたのは、空港で会った嫌味な男の加瀬 志翔。  継母に決められた将来に意見をする事も出来ず、このままでは望まぬ結婚をする事になる。そう呟いた琴に、志翔は彼女の身体を引き寄せて ―――― 「私、そんな所についてはいけません!」 「諦めろ、向こうではもう俺たちの結婚式の準備が始められている」  そんな事あるわけない! 琴は志翔の言葉を信じられず疑ったままだったが、ついたパリの街で彼女はあっという間に美しい花嫁にされてしまう。  嫌味なだけの男だと思っていた志翔に気付けば溺愛され、逃げる事も出来なくなっていく。  強引に引き寄せられ、志翔の甘い駆け引きに琴は翻弄されていく。スパダリな外交官と純真無垢な仲居のロマンティック・ラブ! 表紙イラスト おこめ様 Twitter @hakumainter773

鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏
恋愛
れいわ紡績に就職した新入社員、花森沙穂(はなもりさほ)は社内でも評判の鬼上司、東御八雲(とうみやくも)のサポートに配属させられる。 ドジな花森は何度も東御の前で失敗ばかり。ところが、人造人間と噂されていた東御が初めて楽しそうにしたのは花森がやらかした時で・・。 孤高の人、東御八雲はなんと間抜けフェチだった?! その上、育ちが特殊らしい雰囲気で・・。 ハイスペック超人と口だけの間抜け女子による上司と部下のラブコメ。 久しぶりにコメディ×溺愛を書きたくなりましたので、ゆるーく連載します。 会話劇ベースに、コミカル、ときどき、たっぷりと甘く深い愛のお話。 「めちゃコミック恋愛漫画原作賞」優秀作品に選んでいただきました。 ※大人ラブです。R15相当。 表紙画像はMidjourneyで生成しました。

虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメンアルファ辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

処理中です...