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第2.5話 間章
私はなんにも分かってない【雨木はるかの場合】 その6
しおりを挟む「私はパンケーキを食べに来た私はパンケーキを食べに来た私はパンケーキを食べに来た……」
繰り返す言い訳は、最早何かの呪詛みたいだ。
いや、でもちょっとマズイかなって思ってるのだ。
何がって? ――――――――自分の行動を、だ。
私は今、とある駅の近くにある、カフェにいる。
カフェにいるのは、あれだ、純粋にお茶を楽しむためだ。下調べによると、ここはパンケーキが評判らしく、グルメサイトの評判も上々、アップされた画像もすごく可愛くて美味しそう。
そう、私はパンケーキを食べに、やって来た。
なんとおひとり様だというのに、テラス席に通されてしまって、今は注文した魅惑の品が運ばれてくるのを心待にしてる。
でも、パンケーキを食べに来たとか言いながら、さっきから目線が木々の合間から見える通りにチラチラ泳いでいた。いや、植物とか置いてあって、それほどオープンな視界という訳でもないんだけど。
色々と言い訳が必要なのは、疚しいことがあるからだ。
「ギリ、セーフだと思いたい……」
カフェめぐりは元々趣味だ。
でも、今日ここを選んだのには意図がある。
飲み会でちらりと五条さんの最寄り駅がここだと聞いたことがあったのだ。
あの非公式面談と称した飲み会の後、私は次のチャンスを掴めずにいる。そして、五条さんに誰かがいるんじゃないかって疑惑にも、白黒つけられずにいる。
要するに、二の足を踏んでいるのだ。
ちなみに五条さんは本当にあの後自分の部下を順々に個人的に飲みに誘い、非公式面談を完遂した。仕事の延長線上だよ、と言っていたけれど。
私だけを特別にしないために。多分、そうしてくれたのだ。
全員に行われた個人飲みは私のためであり、自分のためでもあり、そして――――――――一番は、誰のためだったんだろう。
誰に、誤解させないためだったんだろう。
あのタルトの行き着いたその先にいる、誰かのため?
「いや、でもその前に自分の行動の気持ち悪さが問題だよ…………うわぁ、これってストーカー? アウト? 私、もうヤバい奴?」
言い訳だって分かってる。
でも、一つだけ言わせて。誓わせて。
こんなのこれっきりだ。最初で最後だ。もう二度としない。
回数を重ねたら、本当にマズイことになりそうだから。
今日、私はこのカフェでお茶をする。それから、SNSで見かけた駅前の猫グッズの可愛い雑貨屋さんを覗く。それが終わったら、真っ直ぐ家に帰る。
でも。でも、もし。
もしその途中でバッタリ五条さんに出くわすことがあったら。
勇気を出して、お茶か食事に誘う。
運命だって、自分の背中を押す。
確率的にはものすごく低いと思う。多分、ない。
それに見たくないものを見る可能性だってある。
でも、決めた。私はそろそろこの自分の気持ちにケリをつける。
今日、会えなくても、何もはっきりしなくても、私は次の行動を決めているのだ。
告白するって。
気まずくなるだけだとしても、玉砕することになっても。
二十八。私だっていい年だ。
眺めているだけの恋愛をしてる余裕なんて、ホントはどこにもない。周りの友人はどんどん結婚していくし、つまりそれは男性陣も皆結婚するってことだ。
市場は枯渇し、それ以前にお呼びでなくなる。つまり、婚期を逃すというやつ。
結婚に対してものすごい焦りがある訳ではないけれど、どこかでしたいという願望はあった。いつまでもここでぐじぐじはしていられない。
「お待たせしました、ベリーベリーパンケーキ、ホイップ増量、アイストッピングです」
景気づけに注文したカロリー過多な品を前にして、私は誓う。
今日が、ターニングポイント。
もうこれ以上、言い訳は、しない。
ナイフとフォークを手に取ったその時だった。
「?」
何か、耳に届いた気がした。
「だから、それは――――でしょ?」
「まぁ確かにな」
ドキリと胸が鳴る。
「うそ、この声」
視線を通りへ投げかける。
「今日はスペシャルバージョンで作ってね」
「たまご付きにすればいいんだろ」
「半熟のね。それと前に作ってくれたデミグラスソース、あれ、すっごく美味しかったから」
「はいはい」
いつもより、ずっと柔らかい声。でも、それを聞き間違えるはずがない。
これは、五条さんの声だ。
そしてそれに応じる、この可愛らしい声は――――――――
「!」
瞳に飛び込んで来る、その光景。
いつもの私が見慣れたスーツ姿じゃない、ラフな格好のその人は間違いなく五条さんで。
その隣には、女の子がいた。
そう、女の子。
女性というよりは、断然そっちの表現が合う、随分若い女の子。
可愛い。笑顔がすごくきらきらしてて、隣のその人に向ける視線には絶対的な信頼が透けて見えて。
「――――っ!」
ひと目で分かる。誰が見たって分かる。それは、恋する乙女の目だ。相手への気持ちが滲み出た表情だ。
その子は、五条さんと並んで歩いていた。絡めるように回された腕。二人のその手は、所謂恋人繋ぎという状態で。
「あの、子が……?」
何もかもが想定外過ぎた。
あの子、五条さんの恋人?
え、すっごく若くない?
誰、年上の相手がいるなんて噂立てたの。
一体、いくつなんだろう。もしかして、ほら、妹とか? 仲のいい兄妹って、年甲斐なく妙に絡んだりすることもあるし。
自分に都合の良い展開を考えようとするけど、その横で即座に否定の声がする。
そんな訳ない。あれが兄妹な訳ない。どう見たって甘い空気がある。恋人同士だ。
二人は並んで歩いて行く。五条さんの反対の手にはビニール袋。口からネギが覗いている。スーパーの帰りなのだ。
「なにこれ……」
生活感がすごい。そう言えばさっきちらっと聞こえた会話は、今晩の献立のようだった。
つまり、二人は一緒に暮らしていて?
遠ざかっていく背中。私の入る隙なんて一ミリだってないんだと、すごくよく分かる光景。
「はは…………」
ショック過ぎて、逆に心が麻痺して何にも感じない。涙も出てこない。何でとか、あんな子がなんて、そんな考えも過らなかった。
だってあの子、本当に幸せそうだった。
五条さんだって、すごく幸せそうだった。見たことない顔だった。
そうか、タルトは、あの子のためだったんだな。
私ってば、なんにも分かってなかったんだな。
五条さんには、もう、ちゃんといたのだ。その隣で、慈しみたい存在が。
「――――――――」
あの子に誤解させるようなことしたくないから、あれだけ最初から線を引かれたのだと、今更ながらに理解する。
視線を落とすと、パンケーキが飛び込んで来た。あぁ、アイスが溶け始めてる。早く食べないと。
一口、口に放り込む。
「甘い…………」
パンケーキはものすごく美味しかった。私の気持ちなんかと関係なく、甘くてふわふわで口内で優しい味を広げてくれた。
自分の行動が、今日の結果だ。私は情報を、結論を欲しがった。それがちゃんと手に入ったってだけだ。
そう、私、失恋したのだ。
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