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第2話 香凛はなんにも分かってない

分かってない【パパ編】 その16

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「ごめん、不快な思い、させたよね」
「不快な思いをしたのはお前だろ」
「えっと、でもほら、私は大丈夫」
 にへらと無理に笑ってみせる。
「何が大丈夫なんだ!」
 その表情を見て、厳しい声が出ていた。 
「あのままオレがすんなり帰って来てなかったら、どうなってたと思ってる」
「……ホテルの中だよ? 人の目もそれなりにあって、何かしようにも限度があったはずだし」


 甘い見通しだ、と思った。


「世の中な、マズイと思いつつ見て見ぬフリをしてしまう人間も山ほどいるんだよ。助けを求めたのに誰も手を差し伸べなくて最悪の結果になった事件だって、珍しくないだろ」


 世の中性善説ではやっていけない。


「そ、それはそうだけど、向こうだって本気じゃ」


 第一、隙があり過ぎるのだ。


「香凛はっ」
「ひゃっ!?」
 一歩大きく踏み込むと、それに押されて後退る。三回もそれを繰り返せば、あっという間に壁際に追い詰めることができてしまった。
「本当に何も分かってないな……!」
「何、待っ!」
 顔の横に両手を付けば、閉じ込めることは簡単だ。身長差があれば上からも囲い込めてしまう。
「こんな風に抑え込まれたらどうするんだ?」
「っ」
 左右を見て、香凛が困った表情を浮かべる。やがてこちらの腕の下を潜ればいいと思い付いたらしいが、見え見えの行動はいくらでも防げてしまう。
「ひっ」
 香凛の身体が動く前にもう一歩踏み込み、片膝を無理矢理香凛の腿に割り入れてしまえば、完全に動きは封じれた。浴衣越しに壁に縫い付けてしまえば、そう簡単に身動きは取れない。あっという間の出来事だ。


「抵抗なんてまるでできてないじゃないか。こうして――――」
「ひう」
 胸を押し返そうとした手首を二つともまとめて頭の上で拘束して、反対の手で浴衣の上から胸に触れる。
「撫でられて、掴まれて、好き勝手されてっ」
「あ、止め……!」
「女に無理強いするような男は、絶対途中でやめたりはしないぞ。ほら、一人でどうするんだ?」


 どうこうしようとするヤツが悪いのは自明の理だ。
 それに、さっきその場で待ってろと言って香凛を一人にしたのはオレだ。自分にも手抜かりはあったかもしれない。


 だが、オレはいつでも香凛に張り付いて目を光らせていられる訳ではない。
 香凛には一人でだっての対応ができる力が必要だ。そういうところの意識が、あまりに甘いように思う。
 人目があるから大丈夫とか、声を上げれば誰かが気付くとか、そんなものは絶対の安心材料ではない。


「んう」
 迫れば、こうして無理矢理口付けることもできる。


 香凛には、何もできない。
 無理矢理に引き摺られて部屋にでも連れ込まれてしまったら、そこはもう密室だ。さっきだって、そうなっていたかもしれない。


 乱暴に捩じ込んだ舌は、いくらでもその口内を好き勝手にまさぐれる。
「ん、ふっ」
 隙がある女性の側にも問題があるとか、そういうことを言いたいんじゃない。そんな風に思ってるんじゃない。
「放し……」
 だが意識しきれていないところがあるなら、それはちゃんと知っておかないと、痛い目を見るのは本人だ。
 掴んでいた手首の拘束を解いて、顔を離す。一瞬、香凛の身体に自由が戻る。
「!」
 チャンスだと思ったのだろう、香凛は身を捩って抜け出そうと試みた。


 だが。


「きゃっ」


 捩られたその肩を掴みくるりと反転させたら、今度は後ろから抱き竦める形で閉じ込められてしまう。咄嗟に壁に貼り付いたその身体を抑え付ければ、もう本当に逃げ場はない。浴衣の裾を捲り上げ、ずらした下着の内側に指を捩じ込むことなんて簡単だ。
 花弁を開いて、その奥の入口にグッと指を押し付けた。


「パ、パパ、ごめ、ごめんなさ」


 だが、香凛のその声に動きを止める。


「私の見通しがっ、甘かったです! き、危機、意識がっ! 足りてなかったです……!」


 震える声に、多少やり過ぎたという自覚が生まれた。


「パパ、もう怒らないで……」
「…………っ」


 指を引き抜いて、解放する。乱れた浴衣を申し訳程度ではあるが直す。
 こちらを見上げる顔は、涙で滲んでいた。


「――――やり過ぎた。悪かった」
「……………………」
 何とも言えない空気がお互いの間に流れていた。
 実際自分が力的にどれだけ非力な存在か知って欲しかったというのもあったが、激情のまま強引に脅しつけるような真似をしてしまったことに嫌気が差す。


「……ちょっと頭を冷やして来る」
「パパ……」
 そう言って、少しぬるくなってしまったコーヒー牛乳のパックを手に押し付けてから、オレはその場を後にした。



 ――――せっかくの旅行を、自らぶち壊しにしてどうする。




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