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第2話 香凛はなんにも分かってない

分かってない【パパ編】 その11

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「うーん、どっちにしようかな……」


 オフホワイトのワンピースと、パステルイエローのワンピース。
 シルエットなど細かいところは違うが、"花柄のワンピース"の一言で括ってしまえる二着。


 大型ショッピングモールのレディースの店が面々と並ぶエリア。その内の一つの店舗の鏡の前で交互にワンピースを当て、香凛がうんうん唸っている。
 若い子を対象にしたレディースものが並ぶ店内は、もちろんそれを求める女性ばかりで溢れていて、たまに男がいても彼女の付き添いだと一目で分かる、これまた若者ばかり。
 正直居心地はあまりよくないが、まぁ買い物の一つや二つや三つに付き合う覚悟はある。
「試着してみればいいんじゃないか」
「それはそうだけど」
 真剣に悩んでいるようなのでそう声をかけると、
「でも試着してる間、ここに一人残されるのキツくない? サイズはどっちもこれで問題ないはずだし……」
 とお優しい言葉が返ってきた。
 お気遣い痛み入る。
 まぁ自分の異物感は半端ないが、だがそれも今更だ。
「そんな時間かかる訳でもないだろ。ちゃんと気に入ったもの選んだ方がいい」
 そう言うと"じゃあお言葉に甘えて"と香凛は試着室に消える。


 今日は香凛の買い物に付き合う、ということで外出していた。
 買い物なんてこんな関係になる前からしていたことだが、やはり今までとは勝手が違う。香凛がこちらに向ける視線も、求められている反応も、こちらの触れ方も何もかもが。


「こっちがオフホワイトです」
 一着目を着込んだ香凛が出て来て、一回りしてからまた引っ込む。
 香凛は間違いなくこの十年オレが育ててきた香凛なのだが、大人っぽい印象のワンピースを纏って薄く化粧を施したその様子は、今までの認識をまた少し修正させる。
「で、イエロー」
 二三分して、また香凛が出てくる。
 一着目よりは可愛いイメージがするように思う。色味が増した分、華やかで春らしいとも思う。
 そんな風にしてぼんやり眺めていたら、


「どっちが好き?」


 と訊いてきた。


「…………どっちかって言うと最初の方かな」
 頭の中の一着目の映像と比較しながらそう答えたら、
「じゃ、そっちにしよ」
 とびっくりするくらいあっさりと決断を下してしまった。あまりに即決で、さっきまであんなに悩んでいたのに、と思ってしまう。
「そんな決め方でいいのかよ」
「どっちも同じくらい良く見えたし、ならパ……征哉さんが好きって言ってくれた方のが更にいいでしょ」


 さらっと可愛いことを言ってくれる。


「ご試着いかがでしたか。どちらのワンピースも今週入って来たばかりなんですが、結構な売れ行きで、今大変人気の物なんですよ」
「あ」
 タイミングを見計らっていたのだろう、店員が接客スマイルを浮かべながら近寄って来る。
「私の履いてるスカートも、こちらのオフホワイトのものと同じ生地でして。大人可愛い感じですし、これだけでパッと印象が明るくなるので便利なアイテムなんですよね~」
「ですね、今丁度、こっちのオフホワイトの方にしようかなって思ってたところで」
 二三、当たり障りのない会話が繰り広げられる。オレはその場で完全に物言わぬ壁と化していたが、にこやかな笑みのまま店員が不意にこちらに水を向けてきた。
「それにしてもこんなに丁寧に買い物に付き合ってくださるなんて、良いおと――――」
 が、途中でこちらを再度盗み見て、一瞬だけ難しい表情を浮かべた。
「――――お兄様ですね」
 途中で軌道修正された言葉。


 親子とも兄妹とも言い難い年齢差で、だから恋人だなんて想像も少し難しい。多少複雑な気分にもなるが、自分と香凛の釣り合いの取れてなさは自覚しているし、むしろ困惑させて悪いなと思うくらいだ。


 だが、隣で香凛の顔はあからさまにへなりとしょげていた。


「…………あの、これお会計お願いします」
 急激にテンションの萎んだ声。
「え、あ、はい! 在庫の確認をして参りますので、少々お待ちください」
 レジ裏のバックヤードに消えた店員を追うように、香凛も財布を取り出しながらレジへ向かう。
「出すぞ」
 後ろからそう声がをかければ、
「バイト代があるからいいの、お兄ちゃん」
「だが」
「いいの」
 と、“お兄ちゃん”などと気にしていることが丸分かりの返事がきた。


 そんなに気にして落ち込むことでもないだろうに。


 その後無事在庫はあったらしく、スムーズに会計は進んでいく。店から出て来たその肩に掛かっていた紙袋をこちらに回収すると、拗ねたような声が小さく落とされた。


「……頑張って"パパ"って呼ばないように気を付けてたのに」


 分かりやすくむくれる香凛。


「まぁ機嫌直せ。それだけお前が若く見えたってことだろ。自信持て」
 宥めるつもりでその頬にちょいと人差し指で拭うように触れてみたが、むくれ具合は改善されなかった。
「子ども扱いされたってことじゃん」
 めちゃくちゃ気にしている。
「オレがオッサン扱いされたんだろ。ほら、そこのジェラート屋でアイスでも食って休憩するか」
 だが、解釈としてはこちらが正しいだろう。オレとて諦めがあるだけで全く気にしていない訳ではないが、やはり事実は事実として受け止めるべきだ。
「もう! 甘いもの与えてご機嫌取ろうなんて、子ども扱いしないで!」
「子ども扱いじゃなくて、女の子扱いだよ。こっちは彼女のご機嫌取ってるつもりだが?」
 そう言ったら香凛はサッと頬を赤らめた。
「口ばっかり上手いんだから……」
 向かいから子どもが駆けて来たので、こちらに引き寄せるどさくさに紛れて、その腰をさらっと撫で上げる。香凛の身体が、腕の中で小さくビクリと震えた。


「上手いのは口だけか?」
 そうからかうと、脇腹に可愛らしいパンチをお見舞いされた。
「このドスケベおやじ!」
 小声ながら叫ばれる。


 うん、年の差問題から少し意識が逸れてきたらしい。


 意地悪く笑みを浮かべながら、オレはケロリと返す。
「何想像したんだ。やらしいのはどっちだよ。オレは口だけじゃなく料理もするし掃除もするし稼いで来るし、甲斐性あるだろってつもりで言ったんだけどなぁ?」
「――――っ!!」
「もちろんお望みなら、そっち・・・も頑張ってやる」
 そして耳元でそっと囁いてやる。
「バカ! なに言ってんの! 大体頑張るとか何とか、いっつも好き勝手してるクセに~!」


 いちいち反応が可愛くて楽しくて、ついからかってしまう。




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