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第2話 香凛はなんにも分かってない

分かってない【パパ編】 その7

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「それでだな、征哉。見てくれ、このラブリーショットを!」
 眼前に突き出された液晶画面にピンとを合わせる。
 くまか何かのみみのついた可愛い衣装に包まれた乳児。
「奥さん似だな。目元とか特に」
「だろ」
 デレデレした表情で向かいに座るの藤方広平ふじかたこうへい。高校時代からの腐れ縁である。
 スマホに映っているのは、半年ほど前に生まれた二人目の子どもだ。目元のくりっとした女の子。
「いやぁ、これは将来変な虫がつかないか心配だよ。今から気が気じゃないね」
 気持ちは分かる。オレだって同じ心配をして香凛を育てて来た。


 明るくよく喋り、人の懐に入り込むのが上手い。それが広平という人間だ。
 性格的にはそれほど共通点はないのだが、何故か馬が合ってずっと付き合いが続いている。
 広平相手だと気負うところが何もないので、気楽に過ごせる。
 高校・大学と一緒で、その後は違う会社に就職して道は分かれたが、いまでもそれなりの頻度でこうして飲みに出かける仲だ。


「はぁ、女の子って可愛いよな。着飾らせる楽しみ? があるよなぁ。航生こうきは航生で、同じ男で趣味とか一緒に共有できる楽しみがあるし、今、オレは両手に花状態だよ」
 それは使い方が違うだろ、と思ったが幸福呆けしている本人には言わずにおいた。
 広平は子どもはもちろんのこと、嫁のことも溺愛していて、いつ会ってもその溺愛っぷりは変わらない。スマホのフォルダは常に家族の写真で埋め尽くされている。


「それにしても」


 一通り惚気終わって気が済んだのか、いそいそとスマホをポケットに捩じ込みながら広平が言う。
「香凛ちゃんがいないこんな時ばっかり、お前付き合い良いよな」
 会うと必ず惚気られるのだが、一通り惚気終わると広平はスパッとモードを切り替える。延々変わり映えのしない惚気を聞かされることはなく、そういうメリハリと気遣いのあるところがコイツのいいところだと思っている。
「何言ってんだ、そんなことに関係なくいつでも相手してやってるだろ。夫婦喧嘩で凹んでる時とか、里帰り出産で時間持て余してる時とか、仕事のストレスがマックスとの時とか」
 弱るとすぐに連絡してくる。オレは割と律儀に相手をしてるつもりだ。
「って言うか、何で今香凛がいないって知ってるんだよ」
 確かに香凛は昨日から不在だった。春休みを利用して、父方の祖父母の元に泊まりに行っている。帰って来るのは三日後の予定だ。
 だがオレはそれをこの友人に話した覚えはない。
「だって香凛ちゃん、昨日ちょっとウチに顔出してくれたから。その時聞いたんだよ」
「は? 香凛がお前の家に?」


 その昔、香凛が幼い内はそう気軽に飲み歩けなかったので、広平と飲む時はウチに来てもらうことも多く、だから二人は知り合いだ。
 色々と香凛――というか年頃の女の子の対応について相談することもあって、それがきっかけで香凛自身、広平の嫁さんとも面識はある。
 だが、気軽にお宅訪問するような仲だっただろか。


仄香ほのかの出産祝いに来てくれた。口にしても大丈夫な安心素材のおもちゃくれて、深雪も喜んでたよ」
「……聞いてなかった」
 出がけにカバンの他に何やら紙袋も持っていたが、祖父母への土産だろうと思っていた。
「ほれ見ろ、ウチのラブリー仄香とお前の可愛い香凛ちゃんとのキュートなツーショットを」
 仕舞ったと思ったスマホをまた取り出して、見せつけられる。
 確かにそこには赤ん坊を腕に抱いて微笑む香凛が写っていた。


 子どもを抱いている香凛というその図が珍しく、見ている内に頭の中で妙な妄想が浮かんで、それはいくら何でも先走り過ぎだとストップをかける。


 それにしても広平の言う通りなかなかにいい写真だった。
 だが、いい年していい年した娘の写真が欲しいなんて口が裂けても言えない。
 広平のスマホに香凛の写真データがあって、自分のスマホにないのは何か釈然としないものがあったが、仕方がないと嘆息した時、テーブルの上に置いていた自分のスマホが振動した。


「?」


 覗き込むより早く、広平が言う。


「今の、送っておいた」
「……別にくれとは言ってないが」
 心の中だけで小さく拳を握っておいて、口では興味がなさそうな風を装う。それに見事に騙された広平は、“征哉、よく聞け”と神妙な顔で語り出した。
「目に見える思い出っていいもんだぞ。それに小さい時はいくらでも機会があっただろうけど、大きくなってきたら写真撮ることなんて滅多になくなってくるしさ。有難く納め給え」
「へぇへぇ」
 気のない返事をしてみせたが、確かにそれはそうだった。
 記憶を辿っても香凛にカメラを向けたのなんて、大学の入学式が最後だ。もう三年前の話である。一緒に映っているものとなると、一体いつが最後だったのか思い出せないレベルだ。


 だが、正直今更香凛とツーショットは勘弁願いたいと思う。
 きっと写真にして見返したら、オレはそこに映る現実にそれなりに打ちのめされるだろう。どう考えても、そこにはオッサンと若い娘、としか言いようのない光景が写っている。
 親子――――にはギリ見えなくても、恋人にだって見えない二人が並んでいるに違いない。
 自分と香凛の年齢差を頭では理解しているつもりだが、客観的に突きつけられた時の精神的ダメージはきっと大きい。


「なぁ征哉、また遊びにおいでって香凛ちゃんに言っといて。航生もお姉ちゃんが来たって喜ぶし、深雪も香凛ちゃんのこと“こんな妹欲しかった”って好いてるからさ。まぁ若干深雪が香凛ちゃんを着せ替え人形の如く振り回したりするから、ちょっと申し訳ないけど」
「いや、香凛だって気心知れた同性の年上の知り合いがいたら頼りになるだろうよ。お前の奥さんにはいつも気遣ってもらって感謝してる」
「そう言ってもらえると嬉しいけど」


 十六の歳の差は大きいな、と事につけて思う。
 香凛に、恋人らしいことをしている時は名前で呼ぶことを要求しているのは、やはり外聞を気にしてのことだった。
 家で二人きりの時はいい。別に何も構わない。
 だが、例えば外で手を繋いで歩いている時に“パパ”なんて呼ばれた日には、きっと周りからは援交を疑われるに決まっている。まさにそんな感じにしか見えないことだろう。警察に職質をかけられたとしても、そらそうだよなと思うしかない。
 だが、実際にそんなことになったら、オレはかなりの精神的ダメージを受けると思う。
 それに、真実をどう弁明すれば良いのか分からない。
 援交ではない、一般的な交際だと言ったところで、次は“パパ”発言をどう説明すれば良いのか。まともに説明したら、多分そこから不純異性交遊とか性的虐待とかとんでもない冤罪ワードが飛び出してきそうである。


「広平」
「うん? お、何だこの豆腐グラタン、結構イケるな……」
「お前と奥さん、いくつ年離れてたっけ」
「ん? 六つだけど」
 六つ。
「この年になると正直気にならないけど、でも昔はちょっと大丈夫かなぁと思ったことあるよ。だって向こうがランドセル背負ってる時、オレは高校三年とか、そういうことだろ? 実際その当時に付き合ってた訳じゃないけど、ほら、オレ、深雪のカテキョやってたのが最初の出会いだからさ、教えてた当時どうこうなった訳じゃないけど、何て言うの、やっぱり教え子に手を出したみたいな? そういう悪いことしてるんじゃ……みたいな意識はあったよ」
 その言葉が数倍の威力を持って自分に撥ね返ってくる。
 こっちは六つどころか十六差があって、ランドセル背負ってる頃には疾うに社会人をしてて、教え子どころか娘扱いしていた相手である。
「だから向こうの親に挨拶行く時は滅茶苦茶緊張したよなぁ。当然向こうはオレがカテキョしてたの知ってる訳だからさ」
 そう、そういう問題もある。
 香凛とオレの間に特に問題がなくとも、自分の親や周りの親戚に報告が必要な段階になったら、一体どうなるのだろうかと。
「ま、でもそんなのも最初だけだな。今オレが三十六で深雪が三十だろ。よくある年齢差だよ」
「まぁ……そうだよな」
「うんうん。お、征哉、もうグラス空じゃん。次頼む?」
「え、あぁ」
「すいませーん、生、えっと二つ追加で!」


 分かっていたことだ。
 だから香凛に手を出すと決めた時、オレはそれらを間違っても別れる理由にしないと心に決めていた。
 香凛が理由にすることがあっても、オレが年とか外聞を理由にすることはない。
 ただ、現実問題ハードルの高い事実ではある。
 今後の在り方については、よくよく吟味しておかなかくてはならない。


「はい、生お待ち!」
 綺麗な泡を湛えたジョッキがやって来る。それをぐっと飲み干しながら、向かいの席の広平を見遣る。
 香凛とのことは、一番と言っても差し支えのないこの友人にもまだ話せていなかった。


 広平は、いいヤツだ。
 オレが香凛を引き取って育てると告げた時も、目を真ん丸にしては見せたが、その後すぐに“その子にとって、いい保護者になれよ”と言ったのだ。それから、“手助けが必要な時はいつでも言えよ、最優先はその子だからな”とも。
 何でとか無理だとかやめておけとかお前の将来はとかお互いの為にならないとか、沢山の人間がオレに向けてきたようなセリフは一切言わなかった。そんな人間はコイツだけだった。
 あの時、ただすっと事態を理解し受け入れてくれた広平に、どれだけ救われたことか。
 否定や反対されることに疲弊していたオレには、広平のその態度がすごく有難かった。


 だが、香凛とこんなことになっていると知ったら、さすがに眉を顰められ、色々言われるかもしれない。
 あの時みたいにすっと肯定されることはないだろう。


 それでも、時機を見て、いつか自分からきちんと説明したいとは思っている。


「そう言えばこの春で香凛ちゃん、四回生になるんだっけ」
「あぁ」
 広平がジョッキ片手に遠い目をして言う。
「あの小さかった香凛ちゃんが来年はもう社会人だもんなー、ウチのチビ達が巣立っていくのもあっという間なんだろうなぁ……寂しい……」
「いくら何でも気が早過ぎるだろ、寂しがる前にちゃんと今を楽しめ」
 子どもはいくつになっても可愛いものだが、それでも今目の前にある可愛さは本当にこの一瞬にしかないものだと、そう思う。幼い子どもなんて、一日で驚くような変化を遂げる。赤子ともなれば、成長の勢いは凄まじいものだろう。
「うぅ、経験者の言葉が身に染みるぅ」
 酔って来たな、コイツ、と思いながら、オレもつられて幼い頃の香凛のことを思い出していた。




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