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17.糖度は増すばかり

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 全然違った。


 それがまず、莉緒の感想だった。


 今までしてきたセックスと全然違った。レオンとのそれは、信じられないほど気持ちが良かった。途中で意識が飛んでしまうくらいには。
 散々に啼かされ、穿たれ、繰り返し吐き出され。
 記憶は曖昧でも、濃厚な快楽の残滓が翌日も身体にしっかりと残っていた。
 あれほど乱れ、快楽を感じたのは初めてで。


 莉緒には過去に二人ほど彼氏がいたことがあったが、正直に言うと比べものにならなかった。
 どこかにいつも少しの我慢があったり、快感の傍らに理性的な自分が残っていたが、レオンとの行為には一切そういうことがなかったのだ。


「リオ、大丈夫? 酔ってない?」
「うん、大丈夫。酔い止めもちゃんと飲んで来たし」
 気遣いの声にそう答えて、莉緒は車窓から外を眺める。
 流れて行く景色は若々しい緑に溢れていて目に優しい。ただ、思ったよりは道にはアップダウンがあった。


 せっかく湖水地方にいるんだからと誘われたドライブデート。
 湖を渡るのに車のままフェリーに乗って対岸まで移動したり、レトロ可愛い蒸気機関車を眺めたり、莉緒にとっては一つ一つが新鮮だった。機関車もだが、駅舎そのものも可愛くて、何回もスマホのシャッターを切った。


「一応一時住んでたはずなのにね。自分でもこんなに? ってほど覚えてないんだよね」
「小さい頃のことって断片的にしか覚えてなかったりするよ」


 レオンおススメのレストランで軽く昼食を摂り、今また車で流しているところである。


「十二歳の頃にも一回来てるけど、あの時もこの辺りは知り合いに会いに来たって感じで、観光目的じゃなかったかも。だからほとんど目新しい記憶はなくて。でも、ゼーゲルのお屋敷には行ったよね。レオンにも会ったもん」
「……そうだね」


 景色が美しかったこと。長閑な光景が広がっていたこと。
 それだけがイメージとして心の奥底に残っていた。


「リオは、それ以降はイギリスには全く?」
「うん、そうだなぁ。大学の頃、両親は結婚記念日のお祝いにって二人で行ったみたいだけど、私はもう家を出てたし」
 大学最後に卒業旅行には行ったが、それもアジア圏内だった。
「だからホント……十三年ぶり? そんなに経ってたら大して覚えてないのも納得かも」
「今からまた、一つずつ経験していけばいいよ」
「確かに、もう一度新鮮な気持ちで楽しめるってことだもんね」
 他愛もない会話を繰り返す内に、車は段々と速度を落として行った。湖畔に建てられた白を基調とした優美なデザインの建物が目に入り、それに隣接する駐車場に車は停まる。


「お疲れさま」
 運転していたのはレオンの方なのにそう言って、彼は助手席のドアを開け莉緒に向けて手を差し伸べた。
「…………」
 エスコートされるということ自体に未だあまり慣れない。けれど流れるような動作は莉緒をするりと導いてしまう。
「わ、ホント湖がすぐそこだ……」
 柵から身を乗り出して覗けば、白鳥が気持ち良さそうに水を切っていた。
「沢山いる、可愛い~」
「リオの方が可愛いけどね」
「ぐっ」


 油断ならない。
 ふとした瞬間にレオンは甘ったるい言葉を吐く。その中でも“可愛い”は最頻出ワードで、口を開けばその唇の合間から漏れ出すのだ。
 莉緒は動揺をぐっと噛みしめて耐えるが、誤魔化すには全然足りなかったらしい。


「ふっ、照れちゃった」
「からかっ」
 耐性がつけばいいのだが、どれだけ数を重ねても慣れはしない。そんな莉緒の反応をレオンは面白がってすらいる。
 莉緒が軽く拳を持ち上げると、その手首をきゅっと捕まえてついでにいきなり身を屈めて来た。
 微かなリップ音と共に、唇が湿る。
「レオンさん! 外で!」
「人通り少ないよ」
 ケロリとした顔で言われるが、莉緒の方はとてもそんな涼しくは流せない。
「少ないだけでゼロじゃないのに……!」
 視線を走らせば、ちらほら人影はある。自分達がさほど注目されている訳ではないと分かっていても、他人のキスシーンなんて目に入って面白いものでもないのにと思わずにはいられない。
 けれど莉緒に隙があると、このキス攻撃だってところ構わずされるのである。
「うあぁ! 英国男性はとってもシャイって聞いてたのに! なんか全然違う……!」
 レオンとの関係性が変わってから、彼の紳士ぶりと優しさと甘さがとんでもなくグレードアップした。
 行為は激しいし、吐き出す言葉の糖度は高いし、外であってもいちゃいちゃが止まらない。
 莉緒が想定していた感じと全く違う。
「まぁ一般的にそういう風に言われてるらしいのは知ってるけど。でもだからって皆が皆シャイではないよ。性格なんて人それぞれ、リオだって自分のこととして考えればそう思うでしょ」
「それは、確かにそうだけど」
 日本人はこうでしょう? と言われれば、そういう傾向にはあるよね、とは思っても、全員が画一的にそうですとはならない。それは分かるが。


「僕は照れる暇があるくらいなら、言えることは全部言いたいタイプだな。どれだけリオのことを好きか、ちゃんと伝えたい派」


 湖面を渡って来た風が莉緒の髪を煽る。乱れたその横髪をそっと耳に掛け直された莉緒は、けれどお互いに譲歩が必要だと顔を真っ赤にして訴えた。


「お気持ちは嬉しいけど、私はそういうの慣れてないの。お手柔らかにお願いしますっ」





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