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4.どれだけ策を弄そうと

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 帰りの馬車の中は重い沈黙が支配していた。
 リズベルとエヴァンの様子を見たシスター長は、一度落ち着いた場で話し合いが必要なのではと言い出した。この様子では誓いの儀式は無理だと。貴女の心も定まっていないのではと。


 見る目がない。


 リズベルは心の底からそう思った。自分の心はもう十分に定まっている。揺らぎようがない。


「はぁ……」
 小窓のカーテンをそっと持ち上げれば、馬車はまもなく王都に入るというところだった。関所がすぐそこに見える。陽はとっくに暮れていて、濃藍の空には銀の粉を塗したように星が瞬く。
「随分な溜め息ですね」
「えぇ、誰かさんのおかげで」
 馬車に乗って以来、ようやく言葉を交わす。
「さすが王家の番犬と名高い第二騎士団の副団長様だわ。よくお鼻は利くのね、こうも見事に探し当てられるとは思わなかった」
 嫌みたっぷりに言ってやったが、エヴァンは少しも気分を害した様子は見せなかった。
 いつもそうだ。リズベルが何を言ってもやっても、彼はそうそう腹を立てたりしない。少なくとも表立っては。
「どうしてあそこが分かったのかしら?」
「おや、次に向けて対策と傾向を練っておきたいのですか?」
「っ」
 図星を刺されて言葉に詰まる。が、エヴァンは見抜いておきながらすらすらと答えた。
「貴女に付けていた侍女が屋敷に単身戻って来た時点で、はっきりと言って黒です。屋敷の者にはそのようなことがあれば、すぐに貴女の身柄を確保するように伝えています」
「まぁ、心配性なのね」
「事実、必要な心配だったでしょう」
 けれどそれだけで行先まで特定するのは難しいはずだ。そう思ったのだが。
「ウチの馬車が関所を越えれば、早馬で知らせるよう手筈は整えています」
「え」
 それは初耳だった。
「どの関所から出たか分かれば、方角はある程度絞れる。修道院は貴女の行きそうな場所の筆頭に上がります。もちろん、その数は多い。けれど今まで行こうとして失敗しているところを除いて、既婚の者でも受け入れてくれるところ、それも入ったら戻れないような限りなく厳格なところ、と条件を絞って行けばそれなりに当たりはつけられます。後は道中人に聞き込みをしながら」


 考えを読まれている。
 還俗したくない気持ちが強くて、逆に相手にヒントを与えてしまっていたとは。関所に仕込みがあったのも計算外だった。
 今回はこちらの素早さが勝ったと思ったのに結局追いつかれてしまったのだから、次はもっと早く足がつかない方法を考えなくてはならない。


「リズベル、考え事ですか?」
「…………」
 リズベルはエヴァンの声を無視した。これ以上聞きたいことはない。
「無駄ですよ」
 でもそう言われて、思わずムッと相手を見返してしまった。
「次の策を練っておいでですね? けれど馬鹿正直にお話したのは、貴女を取り逃がさない自信があるからです。そろそろ諦めてはいかがです。何度試みても成功はしません」
「それはやってみなければ分からないわ」


 どうしてこの夫はいつもいつも自分を追いかけて来るのだろう。離縁してしまった方が良いことだらけなのに。
 自慢できない過去だけでなく、リズベルは妻としても不合格だろう。愛想も献身も何もない。歩み寄りの余地がない、可愛げのない女。


「ねぇ、いつも言っているじゃないですか」


 なのに、彼はリズベルを手放さない。


「貴女は修道院に入る必要などない。懺悔も必要ない」
「それは貴方が決めることではありません」


 彼が本気で自分を愛しているのなら、リズベルは空恐ろしくて堪らない。彼の趣味と正気を疑う。
 彼が何か裏取引をしてリズベルを手元に置いているのなら、夫婦の真似事やあらゆる茶番は必要ない。ただただリズベルを屋敷に閉じ込め放置しておけばいい。
 エヴァンのやることには無駄が多すぎる。無駄でないと言うのなら、何かの復讐だろうか。本当はユリア嬢を好いていて、彼女に酷いことをしたリズベルを心の底では許していないとか。そんなことを考える。


「私は傍から見ていましたよ。貴女がユリア王太子妃殿下におやりになったことを」
「……見ていたのなら十分ご存知でしょう」
 ちらり、湖色の瞳を眺める。穏やかに澄んだ眼差し。
「えぇ、そうです。十分、よく知っています」
 逆に得体が知れないと感じる。
 人間は脆くて弱くて汚い生き物だから、きっとこの夫も腹の奥底には何かを飼っている。そうでなくてはおかしい。そうは思う。いや、そう思いたいの間違いか。
「あぁ、屋敷が見えてきましたよ。湯の準備をさせていますから、まずはその身体を温めるといい」
「…………」
 敷地に入り、数分揺られれば立派な玄関の前で家令や侍女が待ち受けていた。


 数回目の逃亡の失敗。毎度毎度夫に見つかり、連れ戻される。
 決して迎えに来てほしくてこういうことをしている訳ではないのだ。本当にそう。構ってほしくなどない。放っておいてほしい。
 彼といると、苦しくなるばかり。
 例えそれが偽りの優しさだとしても、仮初にでもそういうものを向けられる資格が自分にないことをリズベルはよく理解しているから。





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